第147話 やっておしまい!
「言ったでしょう? 彼は必ず気づいてくれるって」
「ああ、聖女の言う通りだったな」
ふふっと嬉しげに笑うマガリに、フロールは不敵な笑みを浮かべながらもどこか苦々しそうだ。
もちろん、彼女が助けに来てもらったなんて可愛らしい考えで笑みを浮かべているはずがない。
あいつならば、俺がどのような考え方をしているか知っているし、そもそも別れ際助けに行く気がないことを知っていた。
つまり、『ばーか! お前引っ掛かってやんのー! ぷぎゃー』という考えで笑みを浮かべているのである。許すまじ。
……というか、何でラスボスが一番最初にエンカウントしてきてんだ!?
「な、何故お前がここに……!?」
「ああ。まあ、本来であれば、彼ら部下に守られて後ろの方にいることがいいんだろうがな」
神妙な顔で頷くフロール。
そうだよ! そうしてくれていることを前提に動いたんだぞ!
なに勝手な行動してひっくり返してくれてんの!?
「何度も言うようだが、俺の目的はお前らを叩きのめすことではない。ただ、この聖女を手に入れることだ。誰かが最初に残って後の者を先に行かせることは想定できたからな。俺はその残った者を潰し、さっさと逃げ出させてもらおうと考えていたのさ。結局、聖女の言う通り、お前は俺のたくらみに気づいてみせたがな。見事だ」
何言ってんだこいつ。何にも気づいていなかったぞ。
しかし、そうか。こいつも俺と同じ考えだったのか。
さっさと終わらせてとんずらしようとするなんて……男の風上にもおけん!
『お前が言うなよ』
しかし、聖女を手に入れること、か……。
俺は思わずニンマリした笑顔を浮かべて、マガリにアイコンタクトを送る。
「(てか聖女を手に入れることってすっごい求められてるじゃん。やったな、モテモテ女。おめでとう。そいつと一緒に新婚旅行とか行ってきたら? もう二度と帰ってこられないくらい遠いところに)」
「(いいでしょう。そんなモテモテを助ける権利をあげるわ。気張って私を助け出しなさい)」
「(いらねえ)」
ニンマリ笑顔は一瞬でふてくされたものへと変わる。
何で気張ってマガリなんかを助けなきゃならんのだ。
『いつも通りで安心するよ』
安心するな。緊張しろ。
「さてと、では始めるとするか。勇者がここに残ったのは誤算だったが……一人で残ったのは好都合だ。お前を殺し、聖女を連れて遠い場所に行かせてもらう。そこで能力も引き渡してもらい……俺が世界を平和にする」
……何か凄いことを言っている気がするが、無視をする。面倒くさそうだし。
ふん、好都合はこっちだぜ。
「お前【とマガリ】を倒し、【俺は誰にも知られないような場所に移動してスローライフを送って】ハッピーエンドだ」
「色々言外に聞こえて来たわよ」
マガリ以外には聞こえていないから問題ない。
というか、何で言外の言葉が分かるんだ。さとりかよ。
さて、前口上はこれくらいでいいだろう。
よし、魔剣! やっておしまい!!
『うん、まあここは適材適所だよね。任せてよ』
最近お前本当に良い所ないからな。ちゃんとノーダメージで勝てよ。
『えっ? それは多分無理……い、いや、頑張るよ』
え? 無理なの? じゃあ、やっぱり今からでも逃げるか。
魔剣の深刻そうな声に俺も深刻になり、踵を返そうとすると……身体が硬直!?
『うおおおおおおおおお!! いくぞおおおおおおおおおお!!!!』
魔剣の猛々しい雄叫びと共に、俺の身体はフロール目がけて突っ込んでいた。
待てえええええええええ!! まだ俺決めてなあああああああああああああ!!!!
「来い!!!!」
フロールもキリッとした表情でそう言って、俺を迎え撃つのであった。
◆
ガキン! と甲高い音が鳴って、剣同士がぶつかり合う。
フロールはどこからか取り出した剣を持って、黒々とした禍々しい聖剣を受け止めた。
生半可な武器であれば、聖剣は容易く破壊することができる。
かなりの名剣であっても破壊することが可能なポテンシャルはあるのだが、使い手があれなのでそれほどの力を引き出すことはできないようだが。
「どこでそんな武器を……羨ましいことだな」
「世界の頂点に立とうとしているんだ。それくらい準備はするさ。何より、聖剣を持っているお前がそんなことを言うと、嫌味にしかならないぞ!」
ギリギリと鍔迫り合いになりながらそんな会話をする二人。
バッと少し離れると、お互い目にもとまらぬ速さで斬撃を繰り広げ続ける。
傍から見ているマガリはさっぱりだし、魔剣に身体を操られているアリスターもさっぱりである。
「(うわー、すっごい。何にも見えないけどビュンビュン風を切る音がするし火花が散るし衝撃が腕に走るしもう帰りたい)」
ズガガガガ! と繰り広げられるのは、まさに物語に出てくるような英雄と英雄の剣戟。
お互いの身体を捉えようと振るわれる剣は、しかしお互いの剣によって打ち払われる。
「ふっ……!」
「ぐぉっ!?」
ざっとフロールは剣を地面に突き刺すと、それを一気に払い上げて土をアリスターの顔面に打ち付ける。
とっさに聖剣は腕でそれを防ぐが、視界を遮ってしまったことによって生じた隙をつき、フロールはその懐に忍び込む。
「ぐっ……!?」
くるりと回転しながら鋭い蹴りを柔らかな腹部目がけて放つ。
剣技だけでなく近接戦闘の心得もあるフロールのそれは、ろくに鍛えていないアリスターが受ければかなりえぐい結果になることは明白であった。
ハッキリ言うと、人目もはばからず嘔吐していた。
聖剣はそこに自分を構えさせることによって、直接腹部を蹴りぬかれることを防いだ。
……が、威力は凄まじく、その場から吹き飛ばされることになったのであった。
「(人間の蹴りってあんなに強くなるもんなの? 手がめっちゃビリビリしてるんだけど)」
『それほど、フロールの意思が強いっていうことだよ。目的のために、血を吐くような努力をしてきたんだろうね』
「(ふっ、分かるぜ。俺も都合のいい女を捕まえて楽な人生を送るために、血を吐くような努力をしているからな)」
『君と比べるのは何か違うと思う』
聖剣の呆れた声を無視して、アリスターはフロールに剣を向ける。
「やっぱり、力を温存していて勝てるとは思えないな。全力でいかせてもらおう」
「ほう、俺を相手にして手加減していたとは遺憾だな。だが、どれほどの力を使おうと、俺は負けるわけにはいかん」
「それは、俺もだ」
自分のスローライフのため、ここで敗北して死ぬわけにはいかないのだ。
なお、フロールはアリスターがマガリのために負けるわけにはいかないと思っていると勘違いした模様。
「さあ……」
聖剣からドクドクと黒い瘴気が溢れ出し、それがアリスターの身体を覆っていく。
その異質な光景に、思わずフロールも隙だらけの彼を攻撃することができずに、凝視する。
本当に聖剣なのかと問いただしたくなるような光景が続き、アリスターの全身を黒が覆った。
そして、全身真っ黒な人型が生まれ、真紅の目が現れる。
【始めようか】
「……ッ!?」
次の瞬間、フロールの眼前に現れていた黒い人型。
とっさに剣を構えるものの、その上から叩き潰さんと聖剣を振るうのであった。




