第13話 逃げよう
さて、そろそろ寝るか。
俺は背伸びをしてベッドに向かう。
かかりつけの使用人が綺麗にベッドメイクをしてくれていた。
最高級宿って、最高だな!
俺はいそいそとベッドの中に潜り込もうとすると……。
『ちょっと待って。今、何か女性の声がしなかった?』
魔剣がそんな風に話しかけてきた。
…………ははっ。
しなかったぞ。さて、あの高そうなベッドで寝るのも楽しみだなぁ。
いつもはせんべい布団で寝ていたから、ワクワクが止まらない。
『いや、したよ! 確かに聞いた! こんな夜に女性が出歩くなんておかしいじゃん! 見に行こう! もしかしたら、その女性が危険な目にあっているかも……!』
バカかこいつ。危険な目にあっているかもしれないからこそ、知らんぷりをするんだろうが。
だいたい、こんな夜中に大して力もない奴が外を出歩くのが悪いのだ。
だからこそ、俺は夜中に王都を歩き回ってみようなんて微塵も思ったことがない。
出来る限り、危険というものは回避しなければならないのだ。
必死に回避していてもどうしようもなくなってしまったときは、周りの人間に押し付けるなり盾にするなりすればいい。
まったく……こんな当たり前のことくらい、誰だって分かることだろう。
つまり、仮に見ず知らずの女が危険な目にあっていたとしても、俺には関係ない。
さっさと寝る。
『さあ、行こう! アリスター!! 正義を為すんだ!!』
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああっっ!?」
なにすんだこいつぅぅぅぅぅっ!? あ、頭が割れるぅっ!!
わ、分かった! 見に行くから頭痛を止めろぉっ!!
俺は魔剣の脅迫に、あっさりと屈してしまうのであった。
◆
はー……マジで怖い……。
嫌々夜の王都に出た俺は、めちゃくちゃキョロキョロしていた。
あぁ……あの居心地が良くて温かい宿屋に戻りたい……。
どうしてこんな危険な場所に身を投げ出さなければならんのだ……。
夜の王都は、昼間にあった活気がまったくなくなっており、まるで別世界のようであった。
月の光だけが辺りを照らしている。
幻想的だったりロマンチックだったり思うやつもいるかもしれないが、残念ながら俺はそこまで脳みそお花畑ではなかった。
『何でそんなにビビるのさ』
そんな俺とは対照的に、魔剣はとてもリラックスした声音だった。死ね。
無機物のお前と違って、俺にはちゃんと魂があるんだよ。
お前、森の中に何百年も打ち捨てられてたから分かってないみたいだけどな……。
『打ち捨てられてないから。安置されてただけだから』
王都の治安って、別に良いってわけじゃないんだよ。
魔剣の言葉を無視して、俺は脳内でこの分からず屋に教えてやる。
むしろ、俺のいたクソさびれた村の唯一勝っている点が、治安かもしれない。
ほとんどが顔見知りのあの場所でおかしなことはできないし……経済事情も似たように貧しいものだったので、経済格差みたいなものもなかった。
一方、この一見絢爛で多くの人が集まっている王都では、格差もあれば人も多い。
治安が悪いというのも納得だろう。
昼間はまだ警邏をしている騎士などがいるからマシだが、夜になると……治安を悪化させているような奴らがうろつき始めるのだ。怖い。
『へー……君、田舎者のくせによく知っているじゃないか』
殺すぞ魔剣。
まあ、これはマガリから教えてもらったことだけどな。
読書好きなあいつは、何かと知識を身に着けて俺にひけらかしていた。ウザかったなぁ……。
『な、なるほど……』
というわけでさ、やっぱ行くの止めない?
俺以上に王都のことを知っているであろうまともな奴が夜に出歩くとは思えないし、そもそも本当にあれが悲鳴だったら今更行ったところでもうとっくに死んで……。
『急ごう!!』
「うぐぉぁぁぁぁぁぁ……っ!!」
分かったから頭痛を止めろ!!
◆
気が重い。
これから先、何度もこんな厄介ごとに首を突っ込まなければならないのか?
やはり、何としてでもこの魔剣を処分しなければ……。
そんなことを考えながらも身体が動いているため、俺は着実に危険に近づいていた。
本当は魔剣を投げ捨てて逃げ出したいのだが……そうしようとすると、魔剣が俺の身体を操るのである。
やはり、何かに身体を勝手に動かされるというのは非常に気持ちが悪く、そもそも逃げ出すこともできないので、俺は大人しく従っていた。
……魔剣の処分方法を考えながら。
「――――――」
声も随分と近づいてきていた。
女の声なのだが……襲われていた悲鳴だとするには長くない?
こんな長時間続くものなのか? もしかしたら、厄介ごとではないのかもしれない。
そう思うと、俺も気が楽になる。
心が穏やかになったが……俺の明晰な頭脳は、悪い面も思いついてしまう。
……いや、加害者が長時間被害者を痛めつけるような頭がおかしい奴だったら……ああ、逃げたい……。
そう、たとえば人が悲鳴を上げたり苦しんでいたりするのを見て楽しむような快楽殺人鬼などが待ち構えていたら……怖すぎておもらししそう。
『そんなこと言ってないで。ほら、急ごう!』
ちょっと足に力を入れて踏ん張ってみるのだが、魔剣の身体を操る力には勝てなかったよ……。
曲がり角を曲がって、そこにいたのは……。
「ああ、あなた。愛おしいあなた……どうして行かれてしまうの?」
月の光に照らされながら、名残惜しそうに手を差し伸べて悲痛な顔をしている一人の女であった。
……薬中か。逃げよう。




