第111話 マーラが呼んでいる……?
「ちっ! 本当にあなたが操っているんじゃないでしょうね?」
マーラの屋敷の廊下を歩きながら、マガリがあからさまに不機嫌な様子でそんな言葉を投げかけてくる。
誰に聞かれるかわからないような場所なのに、こいつがこれほど素を見せているということは、それほどいら立ちが増しているということだろう。
本来であれば、俺がこいつに付き合ってやる義理はないのだが……まあ、気分もいいし会話くらいはしてやろうか。
これからも聖女としての重責を背負い、エリアかヘルゲと結婚して息苦しい生活を送るこいつに、せめてものはなむけだ。
俺は、マーラという都合のいい女と添い遂げ、自由気ままな生活を送るのだからな。
「違うっての。俺にそんな力はない。というか、俺の力だったら、お前の聖女とやらの無効化能力で打ち消せているはずだろ」
マガリは、彼女自身の力ではないのだが、聖女としての特殊能力を持っている。
それは、相手の力を打消し無効化する強力無比なものである。
……魔剣にそれ使ったら、自我とか失わせることでいない? いけそうな気がするんだけど。
試すだけでも土下座してお願いしたい。
『ダメだよ! 危険だよ!』
お前の存在の危機は俺にとっての好機である。
「……そうなのよね。雨に濡れながら行ったけど、何の効果もなかったし……」
いらだたしげに爪を噛みながら呟くマガリ。
……暴風雨の中、本当に突っ込んだのか。
お前、濡れるの嫌いじゃなかったっけ? 髪の毛が痛むとやらで。
というか、俺の力じゃないって言ってんのに信用していなかったんだな。どんだけ俺に信用ないんだよ。
もし、あれが何かの力で作られたものだったら、俺はマーラから引き離されていたわけだから……。
……俺の恋路の邪魔をするんじゃねえよ!!
「この滞在時間のおかげで、あなたはどこまで進んだのかしら?」
「さあ、どうだろうな。何だか腹に抱えてそうな態度をとっていたからなぁ、マーラも」
マガリに聞かれて、とくに教えたらマズイ内容でもないため、正直に言う。
心配なのは、マーラのあの何か隠しているような態度である。
そもそも、俺みたいに外見がイケメンで性格も聖人の如くいい(ように見せている)男に迫られて、ああも拒絶し続ける意味が分からない。
しかも、彼女は自分のことを行き遅れだと自虐しているのだから、結婚願望はあるだろうし焦りだって抱いているはずだ。
そこに、急にやってきたマーラにとって都合のいい男が、俺だ。
イケメンで、性格が良くて、そして自分に好意を持って積極的に迫ってきてくれている。
まさに、据え膳。その気になれば、簡単に食べてしまうことができるだろう。
俺だって、とくに性欲を感じることはないが、マーラに寄生するためだったらやぶさかではない。
……というのはどうでもいいにしても、いくら何でもおかしくないだろうか?
俺は自分の魅力を分かっている。イケメンで、性格も良くて、遺憾ながら勇者だ。
俺と同じくらいの優良物件は、そうそうないはずである。
それなのに……脈がまったくないというわけではないのは、マーラの反応を見れば明らかである。
ということは、マーラの気持ちではなく、それ以外の何かの要因で俺を受け入れることができないということで……。
「あら? じゃあ、諦めるのかしら? まあ、危機管理的には、何かこちらに隠しているような人を信用して懐に入れるのは下策だものね」
ニマニマとした笑みを向けてくるマガリ。
確かに、彼女の言う通りだ。いつもの俺なら……というより、マーラ以外に何か隠しているような仕草を見せる者がいれば、必ず遠ざけるか俺の方から離れていくことだろう。
だって、怖いし。面倒くさいことに巻き込まれたら堪ったものじゃないし。
だが……俺は笑みを浮かべて首を横に振る。
「ふっ……いいや? 俺は、マーラと添い遂げる。その考えに、変更はない」
「……そこまで?」
ん? なんだかマガリの声が低くなった気がする。
長い黒髪で顔も隠れてしまって、表情を窺うことができない。
まあ、興味ないからいいんだけど。
「ああ。マーラはまさに俺の女神だ。経済的基盤がしっかりしていて、社会的な地位も高く、性格も良くて男に甘い。ふっ……俺の寄生先になるにふさわしい」
『クソみたいな考えを、よくそこまで堂々と格好よく言えるよね』
魔剣の鬱陶しい言葉も俺の心には響かない。
俺は、生まれて初めての恋をしているのだ。
恋……故郷の同年代あるいは少し年上の連中がキャッキャウフフをしていても、俺はとくに何も思うことはなかった。
マガリの蔵書の中には、壮大な恋物語の本もあったはずだが、数冊ぱらぱらとめくっただけで俺は興味を失い、二度と読むことはなかった。
恋なんて、つまらない。というより、俺にとって必要ないものだと思っていたのだ。
俺の生まれながらの目的は、都合のいい女に寄生して気楽で豊かな生活を送ること。
そのためには、まったく好意を寄せられない存在にもこびへつらうことだって考えていたし、そもそも俺の心にそんな温かで爽やかな感情が現れることはなかった。
だが、そんな考えや先入観は、マーラと出会うことによって一気に吹き飛んだ。
俺は、ここのところいつも彼女のことを考え、彼女の反応に一喜一憂している。
まさに、恋する乙女のようだ。
『寄生候補に嫌われたくないだけじゃん』
「…………そう」
「なに不機嫌になってんの、お前?」
むすっとした表情を見せるマガリ。何イライラしてんの?
まあ、いい。とにかく、暴風雨のような天災という神の恵みも、いつまで持つかはわからない。
いきなり現れたのだから、いきなり消えることだって考えられる。
悠長にしている暇はない。何としてでも、この領地に滞在できる間に堕とさなければ……。
いや、そこまでいかなかったとしても、俺という存在をマーラの心の奥底に植え付けてやらなければならい。
そうすると、仮にこの領地にいる間に彼女を堕としきることができなかったとしても、次に時間が空いてから会った時に、もう一度攻略することができるからな。
「むっ!」
そんなことを考えていると、ピキーンと脳に何かを訴えかけてくる不思議な感覚があった。
「なにいきなり。キモイわよ」
「すぐにキモイって言うな」
相変わらずの毒を吐くマガリも、今は無視だ。
この感覚は……マーラ? 俺のことを、マーラが呼んでいる……?
「行かなければならん」
「あ、ちょっと」
俺はマガリを置いてスタスタと歩き出した。
その歩みに、微塵も迷いも躊躇もなかった。
『格好いい言い方だけど、君が言うと何だか違う気がする……』
勇者とは、助けを求める人々を助けなければならない。
そして、今まさに、俺の名を呼んでいる人がいる! ような気がする。
普通の人が呼んでいたら気づかないし無視するけど、マーラのためならどこへでも駆けつけるぞ!
『うん、他の人の時もそうしようね』
嫌です……。
そんなことを考えながらも、俺の脚はどんどんと進んでいき、とある扉の前に立つと一気にそこをこじ開けた。
「お呼びですか、マーラさん」
「呼んでいませんわぁっ!?」
こっちを見て驚愕した様子を見せるマーラと、あと適当な取り巻き。お前らは知らん。
後ろから荒い息が聞こえてくる。マガリもついてきたようだ。
「あら、マーラさん。すみません、お取込み中に。ほら、行きましょう、アリスター。私たち部外者に知られたらマズイことだってあるわよ。お邪魔になるからさっさと出て行きましょう」
マガリはハアハアと息を荒げたまま、汗で額に髪を張りつかせながらもニッコリと猫かぶりスマイルを披露した。
痛い痛い。ケツつねらないで。
めちゃくちゃ俺のことをこの場所から立ち去らせようとしているが、そうはいくか!
マーラからの評価を爆上げするチャンス……と直感が言っているんだ!
「いや、マーラさんは助けを求めているような気がしてな。俺の力になれることだったら、全力で手助けさせていただきたい」
「た、確かに猫の手も借りたいですけれど、どうしてお分かりに……」
「愛の力、ですかね」
「はうううううううううっ!?」
顔を真っ赤にして机に突っ伏すマーラ。
子供かな? 年増の仕草じゃないぞ。
「ちっ、ちっ……」
マガリが舌打ちを何度も繰り返しながら、鋭い蹴りを何度も叩きつけてくる。
蹴るな蹴るな。何か後々ダメージ残りそうな攻撃止めろ。
お前戦えないって言ってるけど意外といけるんじゃない?
「それで、どういった事態でしょうか?」
「……お二人に知ってもらうことは、別に構いませんか」
少し悩んだ様子を見せるマーラだったが、教えてくれるようだった。
マガリの言う通り、実は機密情報でそうそう人には話せないようなものなのかもしれない。
彼女はあてずっぽうの適当を言ったのだろうが、まさか当たるとは……。
「今、わたくしたちが議論していたのは、わたくしの領地に巣食うやつらを駆逐するために、案を出し合っていたのですわ」
「やつら?」
あ、何だか聞かない方がいい気がしてきた。
やっぱ、今から回れ右して戻っていい? また俺が望まぬ戦いに身を投じなければならないようになりそう。
具体的には、魔剣とかいうクソみたいな無機物のせいで。
『ダメに決まってんだろ』
振り返って歩こうとすると、身体を硬直させられる。
クソ! マジでこの操る力だけでもなくせたら……!!
「奴らは……本来自由であるはずの人間を物のように売買をし、違法な商売によって巨額の財を築きあげた汚い闇組織……奴隷売買組織・『アルヒポフ商会』ですわ」
……グレーギルドよりヤバそうなの出てきたじゃん……。
ニコニコ静画様でコミカライズの情報が出ました!
まだ2ページですが、近日公開予定……らしいです。
ぜひご確認ください!
これは王道ファンタジーだろうなあ……(2ページ見た感想)。
↓ニコニコ静画の偽聖剣URLです。
https://seiga.nicovideo.jp/comic/45925?track=official_trial_l2




