第10話 あくどい笑み
俺の近くに、あれだけ悩ませてきたゴブリンたちは見事なまでにいなくなっていた。
腕一本残らないとは……いい気味だ。
しかし、この魔剣……もとい聖剣は本物のようだな。
俺自身、戦う力は微塵もありはしないので、ゴブリンたちを倒したのは全てこの無機物の力である。
『ふふん、凄いだろう?』
……まあ、よくよく考えてみると、この聖剣を振るったのは俺である。
振るわせたのは聖剣だが、少なくとも俺がいなければこれほどの力を発揮することはできなかったと言うべきだ。
そう考えれば、この成果はまさしく俺と聖剣の二人で分けるべきではないだろうか?
具体的には、七対三……いや、もしかしたら、全て俺のおかげと言えるかもしれない。
『言えないから! 君、どれだけ図々しいんだ!!』
ギャアギャアとうるさい無機物。
はぁ……まあ、いいだろう。難は去ったのだから。
『そうだね。でも、これくらいで音を上げてはダメだよ。聖剣を持つ以上、これから様々な苦難が君を待ち受けているのだから』
は? 何言ってんだ、こいつ?
『……え?』
どうやら、聖剣は勘違いしているらしい。
まるで、これからも俺がこの剣を手に取って困っている人々を助ける勇者のような存在になるとでも思っているみたいではないか。
『……え? その通りでしょう?』
何を言っているんだ、この無機物は。
ゴブリンという目の前の脅威が消えた今、お前は用済みに決まっているだろう。
『……はぁっ!?』
まったく……驚きたいのはこっちだっての。
『いやいやいやいや! そんな都合の良いこと、認められるはずないでしょ!? これからも僕を使って困っている人々を助けないと! それが、聖剣の適合者ってものだよ!?』
訳のわからないことを言うな、魔剣め。
お前の見た目を思い出してみろ。禍々しい黒だぞ。
『君のせいじゃん!!』
はぁ……また人のせいか。そういうことを繰り返していると、成長しないぞ?
そんなことだから、お前はこんな人がまったく来ない場所に突き立てられて放置されていたんだ。
『い、いや、放置されていたわけじゃないし。いずれ来たるときにふさわしい人が来るようにしていただけだし……』
ブツブツと言い始める聖剣。
まあ、俺には関係のない話だ。
さっさと手を離して、お暇させていただくとするか。
『えっ!? ちょっと待って! 本当に僕を捨てる気!?』
今更になって慌てた声を発する聖剣。
当たり前だろう。どうして持っているだけで呪われそうなお前を手にしていなくちゃならんのだ。
『酷い!!』
それに、勇者なんて絶対に嫌だぞ。
お前の言っていることやマガリから借りた本で読んだ勇者像は、明らかに俺からかけ離れている。
あんなしんどそうなこと、自分も出せずにできるわけがないだろう。
『いや、できるよ! だって、君は何百年ぶりに現れた聖剣の適合者だもの! 聖剣は、心清らかな人にしか扱うことができない超兵器なんだから!』
……まあ、俺が心清らかでイケメンだということは理解した。
うん、確かにその通りだ。俺ほどまっすぐに成長した真人間はいないからな。
『えっ? そ、それはどうだろう……』
聖剣が俺を褒めそやすのも理解できる。
まあ、そうそういないだろうからな、俺みたいな男は。
だが、それでも面倒事はごめんだ。
俺は、適当な金持ちの女を捕まえて、適度に猫をかぶって何不自由ない裕福な人生を送ると決めているんだ。
そのために、この災厄を呼び込みそうな聖剣もどきは邪魔である。いらない。
『ぼ、僕を使うだけ使って捨てるのかい!?』
変な言い方をするな、ぶっ壊すぞ。
ここに人がいたら、俺が嫌な誤解をされることになるだろうが。
まあ、ここには人間どころか魔物もいないから問題ないが。
『あ、それは大丈夫。選ばれた人しか、僕の声は聞こえないから。それよりも、本当に僕を捨てる気? マジで? ありえないんですけどー』
どうでもいい情報と共に、うるさいくらいブツブツと言い始める聖剣。
ちっ、いい加減ウザったいな。
捨てようとしてそこまでギャアギャア言うんだったら仕方ない。
俺は、聖剣を地面に突き刺した。
そして、ぐいっと剣を倒して土を掘る。
『えっ? 何をしているの? もしかして、生き埋め?』
察しが良いな、聖剣。
ギャアギャアうるさいし、地面に埋めてやる。
というか、お前は無機物なんだから、生き埋めではないだろう。
『せ、聖剣殺しぃっ!! 命の恩人を冷たい土に埋めるとか、君に人の心はないのか!? それに、穴を掘るのに僕を使うってどういうことだ!!』
無機物なんだから死なないだろう。
何百年もここにつき立っていたらしいし、地面に埋まってもいけるいける。
『だ、誰かぁぁぁぁっ!! 助けてぇぇぇぇぇぇっ!!』
大きな声を発するが、俺は失笑する。
はっ! お前が決まった奴にしか声が聞こえないと言ったんだろうが。
お前はこれから、一人でずっと冷たい土の中に埋もれているのだ。
土の中の虫とも仲良くしろよ。
『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』
女みたいな悲鳴を上げる聖剣を使って、せっせと穴を掘っていると……。
「本当にこちらですか?」
「ええ。光はここから出ていましたし……それに、何だか声が聞こえて……」
「声?」
俺はピタリと聖剣で土を掘る作業を止めた。
……声が聞こえた?
声音からして男と女一人ずつだろうが、誰もいないはずのここで声が聞こえてきた。
しかも、もうすぐそこに……。
さらにさらに、二人の声……とくに、女の方は長年聞いていた聞き覚えのあるもので……。
「あら?」
「君は……」
ビクッと身体を震わせた俺は、おそるおそるといった様子で振り向いていく。
だ、大丈夫だ。そんなはずはない。
何故なら、あのお邪魔虫は聖女という訳のわからない存在になって王都に押し付けたはずなのだから。
だから、大丈夫。もう、俺はあの女に脅かされることなく、楽な人生を送って行くのだ。
「マガリ……ヘルゲさん……」
ふーっと息を吐く俺。
……最悪だぁ……。
驚いたように目を丸くしていた二人だったが、マガリは俺であることを確認すると、にやぁっとあくどい笑みを浮かべるのであった。
聖女が浮かべていい笑顔じゃないぞ!!




