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魔法書を作る人 番外編  作者: いくさや


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25/25

???

 ???


 なんだか気持ちのいい香りがした。


 夜の学生寮。誰もが寝静まった深夜。わたしはお散歩に出かける。いい香りのおかげでとってもご機嫌。ふわふわした感じで、ちょっとほわんほわんとしてる。

部屋を抜けて管理人さんのいなくなったロビーを通り過ぎる。女子寮にだけ用意されている姿見に一匹の猫が映っていた。

 鏡の猫と睨み合う。

あなたどこの子? ここはわたしの縄張りだよ。


 黒い毛並みの子猫。

前足と後ろ足、それとピンと立ったしっぽの先だけが白い。

うにゃあと一声鳴いている。


 なんだ、わたしだ。

 ん。毛づくろい、ばっちり。

 上機嫌に寮の扉を開けて、学園側に出る。

 春の近づく暖かい夜。

 お月さまは空の高いところでキラキラしていて、遠く吹き抜けていく風が心地いい。

男子寮の窓の出っ張りに飛び移って、一階、二階、三階へ。向こうに入っちゃいけないけど、わたしは猫だから大丈夫。

 鍵の壊れたままの窓を開けて、目的の部屋に忍び込む。

 二段ベッドの下の段で男の子――シズが寝ていた。お顔を覗きこむ。よく寝てる。

前足でタシタシとほっぺを叩くけど、起きてくれない。

「なー。なー」

 遊んで、と鳴いても起きてくれない。

 だから、お腹の上に飛び乗った。猫だからへいき。

「ごひゅっ!?」

 変な声を出しながらシズの上半身が跳ね起きて、わたしが乗っているからそのままベッドに倒れ込んだ。目を白黒させて辺りを見回し、わたしと目が合う。

「な、なにが……って、リエナ?」

 シズが起きた。

「リエナ、勝手に男子寮に来ちゃダメなんだよって、あれ? なんかいつもと雰囲気が違う? 香水、つけてるの?」

 難しいことはわかんない。でも、猫だって大切なことはわかる。

 知ってるよ。大切なのはごあいさつだって。

 だから、鼻先どうしをくっつけてごあいさつ。

「はへ? ちょっ、リエナさん!?」

 シズ、うるさいとルネが起きちゃうからメッ!

 お口を前足で押さえると、シズは枕に埋もれてうーうー唸っていたけど、しばらくすると静かになった。

ルネは起きてこない。よかった。

今日のシズはわたしだけのシズだ。独り占めできる。

そう思うとしっぽがぴんと立ってしまう。猫だもん、しょうがない。

首元にほっぺを擦りつけて甘えてみた。シズは両手をぴくぴくと痙攣させているけど、いつもみたいに慌てたりしない。

でも、ふらふらさせてるだけなら、撫でてほしいの。

 腕をタシタシと叩いて、おねだり。耳の辺りとか、ほっぺとか、首筋とか、おでこもいい感じなんだよ? ここ。ここ、ここ。ほら、撫でて。すりすりおねだり。

 シズはわたしの催促にそろりそろりと応えてくれた。

 うなー。きもちいい。シズ、とってもおじょうず。もうちょっと強くてもへーき。ん。いい感じ。あ、でも耳はメッ! パンチ。

「ひごっ!」

 シズは潰れたお鼻を押さえて涙目。でも、猫だから当たり前。

 何かぶつぶつ言っている。

「わからない、リエナがわからないよ……」

 やりすぎはダメなの。ほら、こっち。しっぽの辺り。今度はここ。

 さっきみたいにわかりやすくおねだりしているのに、シズは固まったまま動かなくなってしまった。むう。もう、いい。

 わたしから腰の辺りをシズのお腹にこすり付ける。

 ん。いい感じ。んなーってなっちゃう。

「リエナ! それはダメ! やばい! やばいから!」

 小さな声でシズが叫んでるけど、知らない。だって、幸せだもん。

 嬉しくて喉をゴロゴロ鳴らす。

 本当に今晩はいい夜。

 気持ちのいい香りがして、シズは甘えさせてくれて、心も体もふわふわ。

 ぬくくなってきたら、眠くなっちゃった。猫だから普通。

 だから、シズのお膝の上で寝っころがる。んー。お腹をみせる格好になっちゃうけど、シズにだけは特別見せてあげよ。

 空中を彷徨っていたシズの手がぽとんとお腹の上に落ちてきた。眠いけど、しっかり捕まえとく。

 んー。本当に、幸せ。

 おやすみなさい。


 翌日、わたしが目を覚ますとシズの腕を抱っこして、お膝の上で丸まっていた。

 何があったんだろう? よく覚えていない。ちょっと頭がふらふらしていて、変な感じがした。

「シズ?」

 腕をひっぱっても反応が返ってこない。

 起きて顔を覗き込むと、真っ赤な鼻血に埋もれたシズがいた。顔どころか、枕まで血だらけ。

 ……寝てるんじゃなくて、気絶してる?

「リエナさん、また来ちゃったんだ。って、うわあ! シズ、どうしちゃったの!?」

 起きてきたルネが悲鳴を上げる。

ん。血塗れだからびっくりするするよね? でも、わからないの。

昨日の夜から記憶がなかった。覚えている所からゆっくり思い出してみる。

えっと、クレアが部屋に遊びに来て、いつもと違う、いい香りのする蝋燭を使ったんだっけ?

思い出すとまだその香りが体に残っているのに気付いた。嗅いでいるとちょっと頭がぼんやりしてしまう。でも、悪い感じじゃないの。気持ちいい感じ。

「リエナさん!? 大丈夫? フラフラしてるよ?」

 ルネが呼んでくれたから大丈夫。

 袖を差し出すと、ルネが鼻を近づけてきた。

「これ、いい香り」

「……ひょっとして木天花の香木?」

 なにそれ? 知らない言葉だった。

「えっと、猫が酔っ払っちゃう香りのする香木なんだけど……猫妖精や亜人にも効果がある、みたいだね」

 そうなんだ。知らなかった。

 なんだか、とってもいい夢を見た気がするけど、やっぱり思い出せない。

「とりあえず、シズを介抱しないとね」

「ん」

 もう鼻血は止まっているみたいだけど、放っておけない。

 でも、その表情に気付いてルネと顔を見合わせた。

「なんだか、幸せそうだね」

「ん。幸せならいいと思う」

 今日もいい天気。


 暖かな夜は猫になった夢を見るの。






 そろそろ魔法学園に入学して一年が経とうとしている。

 吹く風から春の兆しを感じ始めたある日。やわらかな風が頬を撫でる感触に目を覚ます。

「んー?」

 だけど、目覚めたばかりのせいか意識がはっきりしない。

 競技会からこっち、クレアを中心に色んな人との繋がりができて、色々とドタバタする事が多くなっているためだろうか。疲れているのかもしれない。

 とはいえ、今日は動き始めているのだ。いつまでもぼーっとしてはいられない。

 ぼんやりした頭のままベッドから這い出た。

「ルネ、起きてるー?」

「きゃあっ!」

 かわいらしい悲鳴に視線をやれば、そこには天使がいた。

 柔らかな眼差しは驚いて広げられ、頬と耳は羞恥に赤く紅が差し、小さな唇は悲鳴を上げた形のまま茫然と固まっていた。

 着替え途中だったのだろう。下着だけのあられもない姿で、新雪を思わせる白い肌を外気に晒してしまっている。抱きしめるようにして握るシャツで胸元を僅かに隠しているものの、遮蔽物としては頼りないと言わざるを得ない。隠せているのは正面ぐらい。肩や脇はもちろん、腰下は丸見えだった。

 絶句した。

 いや、別に部屋に知らない人がいたわけじゃない。

 僕はこの人を知っている。間違いなく知っている。

 なにせ毎日、顔を合わせているルームメイトだ。親友と呼んでもいい。見間違えるわけがない。それにルームメイトなのだから、ここにいることに不思議なんてどこにもない。

 だけど……。

「る、ね?」

 誰何の声を上げずにはいられなかった。

 何故か?


 目の前で驚きに硬直している人が、女性物の下着を身に着けていたからだ。

 淡い桃色のブラとショーツが網膜に焼き付いて、離れない。


「……シズ、ちょっと恥ずかしいよ?」

「ご、ごめん!?」

 恥ずかしそうに、困ったように、微笑むルネに指摘されて、凝視していた視線をその肢体から強靭な意志の力を以って引きはがす。

 毛布を頭から被って、枕を顔面に押し付けながらも頭は混乱したままだった。

 確かにルネは美少女然とした容姿をしている。ちょっとした仕草や表情まで嫋やかで、初対面の人間なら十中十人が女性だと勘違いするだろう。

 だけど、だ。

 だけど、ルネは男だ。

 男、だよね? 男の、はず、なん、だけど……。

「シズ、もういいよ」

 肩を揺さぶられて現実に引き戻された。

 余程、僕は顔を変な顔でもしていたのか。ルネが心配そうに覗きこんでくる。

「大丈夫? 顔色、悪いよ?」

「ひゃっ!」

 こつん、とおでこを合わせて、熱を測るルネ。

 間近に薄く目を閉じたルネの綺麗な顔。

 互いの息さえ感じ合える距離。

 頭が真っ白になる。

「ん。ちょっと熱いね。季節の変わり目だからかな? シズ、今日は大事を取って休も?」

 強引に寝かしつけようとしてくるルネに逆らうどころか、満足に言葉を発することもできなかった。

 だって、ルネが女子用の制服を着てるんだもん。ええ。目茶苦茶、似合っております。似合っておりますけれども! 眼福ですけれども! ちょっとその場でくるっと回ってみせてほしいぐらいですけれでも!!

 心の中でツッコミを入れている間に僕は布団の中に戻されてしまっていた。

 確かに今日はぼんやりしている。休む程ではないとは思うけど、無理はルネが許してくれそうにない。

 ルネは上のベッドから自分の毛布まで下ろして二重にしてくれたり、食堂から消化に良さそうな粥を持ってきてくれたり、背中を支えてくれてあーんと食べさせてくれたり、着替えを手伝ってくれたり、汗を拭いてくれたり、額に乗せた濡れタオルを替えてくれたり、心細くならないよう枕元で手を握ってくれたり、本当に甲斐甲斐しく看病してくれた。

 とてもルネに性別のことを聞ける気がしなかった。というか、そんな些細なこと、もうどうでもいいか。

 お嫁さんにほしい……じゃない!

 僕にはリエナがいるだろ!? そうだ、リエナは!? こういう時はリエナが一番に来てくれるはずだ!

「リエナ……」

「ん? リエナ? あ、ちょうど来たみたいだよ」

 思わず漏れた呟きにルネが反応した。木窓の向こうからカリカリと窓を掻く音がする。

 ルネがリエナを呼び捨てにする事とか、木窓を叩くのではなく掻く事とかに違和感を抱くけど、今はそれよりリエナに会うんだ。そうすればルネの格好について何が正しいのかわかるはず!

 そんな期待を込めて窓を見やれば、ルネが振り返るところだった。何かを優しく腕に抱いている。

「はい。リエナだよ。リエナ、シズはちょっと具合が悪いから大人しくしててね」

 ルネの腕の中の子猫が「なー」と鳴いた。

 足としっぽの先だけが白い黒猫。

「……リエナ?」

 呼ぶと黒猫はルネの腕から抜け出して、僕のお腹の上に飛び乗ってくる。そのまま丸くなって、じーっと見つめてくる視線に既視感を覚える。

 リエナ、なのか。

「本当にリエナはシズが大好きだね」

 ルネが再び枕元に座って、僕の汗を拭いてくれる。

 現実が砂糖菓子のように脆く崩れ去っていく感覚に目眩を覚えた。

 もう駄目だ。先延ばしになんてできない。決意を固めて、ルネの手を捕まえる。

「シズ?」

「ルネ、君は男の子だよね?」

 震える声で問い質せば、ルネは悲しそうな困り顔になってしまった。

「シズ、冗談でもそんなことを恋人に言うのはダメだよ?」

 熱のせいかな? なんて、笑うルネに何も返せない。

 こいびと? コイビト? 恋人? 誰と誰が? 僕と、ルネが、恋人? え? 性別どころの問題じゃないの? ルームメイトじゃなくて、これ同棲なの? え? ええっ!?

「ふふ。本当に酷いなあ。ボクの大切なものまでシズにあげたのに」

 な・に・を!? 僕はルネの何をもらってしまったんだ!? 思い出せ! 全力で思い出せえっ!!

 しかし、思考は堂々巡りを繰り返すだけ。次第に自覚できる程、体が熱くなってきた。誰かが僕を呼んでいるような気がするけど、僕はそのまま意識を失ってしまった。


「シズ、大丈夫!?」

「はっ!」

 聞き慣れた声に目を覚ます。

 僕の肩を両手で揺するルネと目が合った。

 先程の状況を思い出して叫びそうになりかけて、気づく。

 ルネは見慣れた男子の制服を着ていた。

 荒れる呼吸を落ち着けながら、なんとかそれでも一言だけ搾り出した。

「……ルネ?」

「うん。うなされてたから起こしたんだけど、悪い夢でも見たの?」

 その一言で強張っていた全身が弛緩した。

 そうか。夢、だったのか……

 見れば足元にはリエナが体を小さく丸めて眠っている。

 思い出した。色々とあって倒れたんだっけ。ルネとリエナが看病してくれていたのか。現実の出来事が微妙に歪んで夢に見てしまったようだ。

 それにしても……。

「なに、シズ? ボクの顔、なんか変?」

 頬に手を当てて小首を傾げるルネ。

 本当に、男の子、なんだよね?

 微笑むルネに確かめることはどうしてもできそうになかった。


整理していたら出てきた書籍の特典で書いたSS2点。

既読の方はスルーしてください。

今日にはちょうどよさそうな内容なのでのっけてみました。

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