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魔法書を作る人 番外編  作者: いくさや


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番外編24 しつけ

ちょっと前のお話。

ステラがまだリエナのお腹にいる頃。


友達が飼い始めた子猫の画像に触発されてたのか、気が付いたら書いてました。

 番外編24


 困った。


 僕は腕組みしたまま天を仰いで、胸の内で溜息を吐いた。

 晴れ渡った初夏の空が広がっているけど、僕の心までは晴れやかにはならない。


 というのは、ソレイユとルナの教育についてだ。


 ソレイユが三歳。ルナが二歳。

 二人ともとっても良い子なのだけど、まだまだ幼い子供だ。

 色々とやんちゃをしてしまう事がある。


 いや、やんちゃ自体を怒ったりはしないんだよ。

 子供というのはそういうものだ。

 やんちゃをしない方がおかしい。

 誰だって子供の事にやらかしたエピソードというのはあるだろう。覚えているかどうかは別として。

 ともかく、やんちゃをするのはある程度、仕方ない。

 少なくとも人様に迷惑をかけない範囲であれば、目くじらを立てる必要はないだろう。

 決して僕の子供時代を弁明するわけじゃない。


 しかし、子供のやんちゃで問われるのは親の在り方だと思う。

 ちゃんと叱って、どうしてこれがいけない事なのかを教える。そこが肝要だ。

 子供の将来を思えば、しっかりと教えてあげないといけない。


 と、わかってはいるのだけど、僕は動けずにいた。

 よい解決方法が思いつかないまま、現実逃避気味に空へ向けていた視線を下方修正。現場を見つめ直す。


 自宅の庭。

 そこでは二匹の子猫がじゃれていた。

 お互いのしっぽを追いかけるように飛びついたり、逃げたり、転がり回ったり、実に元気に遊んでいる。

 とても心安らぐ光景だ。


 干していた洗濯物を巻き込んでいなければ。


 リエナが綺麗に洗ってくれたシーツやタオルやらを体中に巻きつけたまま、二人はお庭でハッスルしてしまっている。

 もちろん、洗濯物は汚れてしまっていて、洗い直しは免れない。

 想像するに風にヒラヒラと揺れる布の動きに、猫的本能が刺激されたのだろう。

 思わず飛びついてしまい、物干し台が倒れ、そのままテンションマックスではしゃいでしまった可能性が大だ。


 そんな光景を学び舎で今日の指導を終えて、帰ってきたところで目撃してしまった僕。


「どうしたものか」


 リエナはいないのかな。

 二人にお留守番を頼んで、どこかに行っているらしい。きっとそう遠くではないはずだし、本格的な事故や事件ならすぐに戻って来てくれるだろうけど、側にはいない。

 これまでこういったしつけに関してはリエナが主体になってくれていたけど、今日は僕が単身での解決しなければならない。


 いや、やる事はわかりきっているのだ。

 しっかり叱らないといけない。

 そろそろ二人も言って聞かせるべき年齢だろう。

 今までは元が良い子だから叱るべき場面自体がほとんどなかったし、軽く『ダメだよー』なんて声を掛けるだけだったけど、いつまでも甘いだけではよくない。

 僕は心を鬼にして、二人を叱らないといけないのだ!


「くっ……」


 しかし、足は動かず、踏み出すべき一歩がいつまでも踏み出せない。

 理由は明確だ。

 二児の父親となっても思わずにいられないから。


 嫌われちゃったらどうしよう、と。


 もしも、『お父さん、嫌い』なんて言われてしまったら、僕は爆発四散してしまう。とても生きていけそうにない。


 とはいえ、親の役目としても、娘の将来のためにも、注意しないという選択肢はないのだ。

 親のくせしてそれぐらいの覚悟もないのかとは言わないでくれ。

 情けないというのも自覚している。

 それでも、嫌われたくないものは嫌われたくない。

 そう。問題は叱り方。

 なんとか二人に嫌われてしまわないよう、うまく注意できればそれが一番なのだ。


「……そうだ」


 二人が猫的本能でやらかしてしまったのなら、同じく猫的対処を試みるのはどうか?

 子猫のしつけ方を参考にするなら……


 と、ソレイユとルナのじゃれ合いが本格的になってきたぞ。

 お互いにお互いのしっぽの先をくわえて、四つん這いでグルグル回り出した。


 僕はあえて娘たちから姿を隠して、思いっきり手を打ち鳴らす。

 手のひらが痛くなるぐらいに叩いたおかげで、パンッと大きな音が出て、驚いた娘たちがフリーズして動かなくなる。


 硬直する事、数十秒。

 おそるおそる動き始めた。

 きょろきょろと辺りを見回して、姉妹で首を傾げあっている。どうやらまだまだ僕が隠れている事には気づけていないようだ。

 驚かせてしまった事への罪悪感はあるものの、興奮状態の解除には成功したらしい。


 二人は辺りの惨状にようやく気付いて、ビクンッとしっぽを振るわせて、あたふたと洗濯物を抱えて、庭中をウロウロし出した。

 どうやら自分たちがまずい事をしてしまったのはわかるものの、どうすればいいのかはわからないのだろう。


 よし。

 満を持して、僕登場。


「二人とも、どうしたの?」

「お父さん!」「おとしゃん!」


 文字通り、飛びはねて驚く二人。

 見事に猫耳としっぽの毛が逆立っている。

 小さな体の後ろに汚れた洗濯物を隠そうとするけど、全然隠せていない。


 二人に目線を合わせて、僕はできるだけ優しく語りかける。


「ほら、お父さんに教えて」


 見つめ合う事、しばらく。

 二人はおずおずと隠していた(つもりらしい)洗濯物を差し出してきた。


「……これ。きたなくしちゃった」

「ご、ごめんな、しゃい……」


 ソレイユは泣くのを我慢しているけど、ルナは既に涙目になっている。

 怒られると思っているのだろう。

 しかし、既に二人とも悪い事をしてしまったと反省はしているのだ。これ以上、怒鳴ったりするのは叱るのではなく、怒っているだけ。

 二人の頭を撫でてやる事にした。


「ちゃんと言えて偉いね。汚しちゃったのは悪いってわかるよね?」

「「ん」」

「よし。じゃあ、お父さんも手伝ってあげるから、一緒にお洗濯しようか」

「「ん!」」


 よし。元気なお返事だ。

 僕は二人の背中を押して促して、洗濯道具一式を用意する事にした。


 それにしても、この方法は結構いいかも。

 悪い事をしたらびっくりする事が起きる、という教育方法とは違うけど、二人は基本的にいい子だから、落ち着かせてしまえばちゃんと自分で反省してくれるし。

 親としては手間が掛からないのを喜んでいいのか、残念に思うか複雑な面もあるけど、当初の『嫌われたくない』という目的は果たせる。

 次からもこの方法でいこうじゃないか。




 と、のんきに考えていられたのも一月ぐらいの話だった。


 手を鳴らしても、すぐの驚かなくなってしまった。

 猫耳がぴくんと動いて、それで終わり。


 忘れていた。

 うちの子たちは基本的に度胸がある。

 初対面だと人見知りする事があっても、それだって最初だけ。他の子供ともすぐに仲良くなってしまうのだ。

 音ぐらいではすぐに慣れてしまう。


 僕も色々と手を考えてみた。

 拍手に変えてみたり、ラクヒエ村から借りた楽器を鳴らしたり、水鉄砲を近くに撃ってみたりだ。

 それでも、効果はすぐになくなってしまう。猫耳がぴくぴくと動くだけだった。


 こうなれば僕も手段を選んでいられない。

 知り得る限りの模倣魔法から始まり、合成魔法、魔力凝縮、果ては異界原書まで持ち出してみた。


 幾度となく魔人村の上空を大魔法が炸裂させた事か。

 地面に向かって放てば、地形が変わる程の威力。

 相手が魔神であっても逃げ出すだろう。


 なのに、驚かない。

 威力が大きすぎたせいだろうか、ポカーンと空を見上げたのも最初だけ。すぐに手を叩いて喜び出してしまう。

 どうやら、花火的なイベントと勘違いされてしまったようだ。

 確かになかなか刺激的な光景だけど、まさか喜ばれるとは……。


 仕舞いには驚くどころかどころか、出所を探ろうと追いかけてくる事態に。

 慌てて異界原書を使って、空間跳躍をする破目になってしまった。


「危ない。もう少しで見つかるところだった……」


 子供だから大丈夫だろうと油断していた。

 小さくても猫耳。

 異界原書で姿も気配も消していたというのに、正確に僕めがけて突っ込んできたぞ?

 というか、こんな怪しげな存在に無警戒で突っ込むのはよくないだろう。これこそちゃんと教えないと将来が心配だ。

 うーん。もう少し大きくなったら、子供たちには自衛のためにも最低限、魔力凝縮とか武技は教えていかないとな。世の中、危険な奴がいっぱいなのだから、いざという時に自分で自分を守れないと。ほら、大体、人類の半分ぐらいは危険でしょ。


「と、そうじゃない」


 わき道にそれかけた思考を軌道修正。

 二人の追跡から逃げ切った僕は、転移先の学び舎の屋上で考える。

 今日、試してみた異界全書の全解放、『万魔殿』ですら楽しまれてしまったとあっては、僕はどうすればいいというのか。

 こうなれば異界原書の限界を超えて、新境地を目指す必要がある。

 無数の種族特性を組み合わせて、現状よりも威力を上昇させるとなるとどれだけの時間が掛かるか想像もできない。

 しかし、やるしかないだろう。


「子育てって大変なんだなあ」

「ん」

「うわあっ!」


 独り言に返事があって驚いたら、いつの間にか背後にリエナがいた。僕が考え事している間に来ていたらしい。

 そのリエナはどこかじっとりとした目で僕を見つめている。


「えっと、リエナさん?」

「ご近所迷惑。うるさいの、ダメ」


 うっ。

 それは、そうだ。

 騒音問題で訴えられても不思議ではない。

 なんだから諦めた目で村の住人に見られているなとは思っていたけど、躍起になって迷惑をかけてしまうとはなんて大失態。


「すいませんでした……」

「ん。後でいっしょに謝りにいこ?」

「了解です」


 手を引かれて学び舎を下りる事になった。

 おかしい。叱るはずなのに、叱られている。


「けど、驚かせるのは諦めた方がいいかな」

「驚かせる?」

「うん。ソレイユとルナがやんちゃした時に驚かせて、悪い事したって気づかせようとしてたんだけど、段々驚かなくなっちゃってね。だから、僕も派手になっちゃったんだよ」


 納得したとばかりにリエナが頷いている。

 なんとなくホッとしたような雰囲気さえある。

 あー、これは僕の奇行の原因がわかって安心したのかな?

 まあ、何も知らなければ、僕がいきなり空に向かって攻撃をし始めたようにしか見えなかっただろうから、リエナとしては心配もするか。

 これはもっと反省しないといけないぞ、僕。

 近年稀にみる大失態じゃないか。

 いや、うん。僕も迷走しているような気はしていたんだけどね。


「魔法、いらない」

「そうだね。本当にその通りだ」


 普通、子育てに魔法は使わないだろう。


「もっと、かんたん」

「そういえば、リエナはどうやって注意してるの?」


 僕より子供たちと一緒にいる時間の多いリエナなら、的確な方法を知っているはずだ。

 そして、その方法はかなり優れている。

 何故なら僕の知る限り、ソレイユとルナがリエナの前でやんちゃをしでかす場面を見た事がないから。

 これは二人がリエナの前でやんちゃをしてはいけないと、幼いながらに心身に刻み込まれている証拠だろう。

 それでいて、二人はリエナを怖がったり、嫌ったりしていない。

 是非とも僕もそれを参考にしたい。


「あ、お父さんとお母さん!」

「みっけー!」


 と、ちょうどソレイユとルナがやってきた。

 今まで空間跳躍した僕を追いかけていたのだろうか。村中の至る所を走ったらしく、服がすっかり泥だらけになってしまっている。ルナなんてひざ小僧を切ってしまったのか、血が滲んでいるじゃないか。

 というのに、二人とも興奮状態のままなのか、まるで自分たちの状態に気付いていない。


「ん」


 たしーん。


 リエナのしっぽがうなる。

 僕ですら数回しか聞いた事のない音。

 これはやばい音だ。

 リエナさんがオコの時にしっぽが奏でる危険信号。


 途端、二匹の子猫が固まった。

 興奮状態なんてあっという間に吹き飛んで、お互いの姿を見合ったところで『あっ!』という顔をしてわたふた。


 たしーん。


 二度目。

 まるで鬼教官が鞭を打ち鳴らしたように、子猫たちはびしっとその場で直立。

 足の間にしっぽを挟んで、猫耳をぺたんと伏せさせて、スカートの裾をギュッと握り締めた。

 涙目になっていて、すぐにでも決壊しそう。


「ん」

「「ごめんなしゃい!」」


 促すように一声かけられたところで、唱和するように謝った。

 リエナはいまだにしっぽを軽く揺らしながら二人を見ている。今にも三度目の『たしーん』が炸裂しそうな雰囲気。


「ん」

「お洋服汚して、ごめんなしゃい!」

「ご、ごめんな、ひゃい!」


 ああ。ついにルナが泣き出してしまった。

 ソレイユも我慢しているけど、今にも涙が零れてしまいそう。


「ん。でも、違う」


 リエナはハンカチで二人の顔の泥をぬぐうと、ルナの膝に向けて回復魔法を使う。

 痕も残らずに治ったのを確認して、リエナは続けた。


「怪我、ダメ」

「「ふぁい!」」

「走るなら、もっとうまくする」

「「ん!」」


 いや、最後のはちょっと問題点が違うような気もするけど、リエナ的にはケガをしないように走る分にはオーケーなんだな。


 しかし、これがリエナ式教育法か。

 しっぽのない僕には絶対に真似できないじゃないか。


 僕が立ち尽くしていると、リエナのしっぽがまるで手招きするみたいに僕を呼んでいるのに気付いた。

 いや、隙あらばリエナのしっぽを触りたいという僕の願望ではなく。

 リエナは器用にしっぽを動かして、まるでソレイユとルナへと導く様な仕草だ。

 そこでようやくリエナの意図に気付く。


 つまり、飴と鞭の役割か。

 リエナに大変な部分を任せてしまうのは心苦しいし、情けない事この上ないけど、自分の劣等感よりも娘たちの教育の方が大切だ。


「二人ともちゃんと謝れて偉かったね。ほら、いっしょに帰ろう」

「「ん」」


 ちょっと元気がない声なので、二人の頭をわしゃわしゃと撫でてから、両手でまとめて抱き上げた。

 ひしっと抱きついてくる二人の背中をポンポンと叩いてなだめつつ歩き出す。


 よし。家に帰ったら今晩にでもリエナとちゃんと話し合おう。

 父親として至らないところばかりなのだから、ひよった事を考える暇があればもっと精進しないと。


「リエナ、僕はもっと頑張るよ!」

「ん」

「ソレイユも! ソレイユも頑張る!」

「ルナも!」




 今日も魔人村は平和だ。

シズ家の教育方針。

飴としっぽ

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