番外編22 出発
遅くなってしまい申し訳ありません。
やっと五巻の原稿が一段落できました。
ちなみに、今回のお話はちょっと特殊です。お分かりになりますでしょうか。
番外編22
三行で現状を説明しよう。
大森林で事案発生。
緊急ミッション発令。
発情した樹妖精から猫耳ショタっ子を守れ。
「任せろ。お父さん、頑張っちゃうぞ?」
レギウスの将来のためにも絶対に負けられない戦いだ。
何、問題ない。こんな時のために僕は武技と魔法を学んできたのだから。
魔族だって、異世界の化け物だってまとめて相手してやろうじゃないか!
「リラ、挑むというのならその命を賭けて、僕という壁を乗り越えてみせろ!」
「だから! 話を聞いてってば! ちょっとかっこいい台詞なんて使わないでよ!」
「かっこいいとかなんてどうでもいいんだ」
これからは戦争の時間だ。
最早、悠長に問答をする時は過ぎている。
バインダーから必殺に足る魔造紙を手に取り、リラの挙動を見逃さないように構えた。
「大切なものを守る。僕はそれだけでいいんぢゅえら!?」
「ん! お話、わたしと」
リエナさん、僕の首はそっちには回りません。
強引に背後を向かされたせいで緊張感が霧散してしまう。
いや、というか僕もちょっとおかしいぞ? 確かにリラはことレギウスに関しては不安要素を抱えているものの、性根は信じられる相手だ。
いくらなんでも問答無用で全力攻撃というのは僕らしくない。
いや、結界で守りを固めたのは正しい判断だと信じているけどね。
「だ・か・ら! 聞いてってば!」
リラは涙目になって主張している。
落ち着いて観察してみれば、未だに恥ずかしげな様子ではあっても、目の色から正気が失われてはいない。
そもそもの話、発情期という単語が獣属性ではなく、エルフに適用されるというのは珍しい事例ではなかろうか。
言葉の上辺だけを掬い上げて、決めつけてしまうのは早計だった。
僕は魔造紙をバインダーに戻しつつ、リラと対話を試みる事に決めた。
残念ながらリエナさんは甘猫モードのままなので、首をぐいぐい、肩やら耳たぶやらを甘噛み、全身に自分の香りをつけようと密着してくるけど、強い意志で耐える。
「ごめん、リラ。ちょっと早まったよ」
「もう。わかってくれたならいいわ」
「それで、発情期ってどういう事なの?」
「……結界はそのままなのね」
じと目で見られるけど、そこは僕も譲れないな。
元からリラにレギウスを近づけるのは危険なのだから。
リラは溜息を吐きつつも、諦めたのか話を進めてくれた。
「発情期っていうのは言葉の意味そのままであってるけど、それで正気を失うってわけじゃないの。衝動に負けて、とかは心配しないでいいわ」
本能が理性に勝る状況ではない、か。
「でも、不安定にはなる?」
「それは半分正解で半分外れ。不安定になるのは種族特性の方なの。精神はちゃんと安定してるから」
それはまたなんとも。
どちらが良かったのか決め難い。
リラから聞いた説明をまとめると、こうだ。
百歳から二百歳ぐらいの樹妖精は三十年に一度、一ヶ月ほど恋をしやすくなるらしい。
とはいえ、あくまで理性でコントロールできる程度の影響で、理性のストッパーがぶっとんで乱痴気騒ぎになりはしない。
しかし、普段よりも感情の制御に注力するせいか、種族特性が妙な発動の仕方をしてしまうのだとか。
結果、各妖精族が苦手とする植物が村の周りに生えてしまう。
無論、既に自分たちの性質を知り尽くしている樹妖精たちは、その時期を警戒して対処するはずだけど、今回は周期に乱れが発生してしまった。
そのため前準備もできずに発情期に突入。
大森林では植物の異常発生が起きてしまったそうだ。
事態の収拾のためリラたちが各妖精族の集落に連絡と、個別の対応を行っている。
「私が調べてたらあなたたちが森に入ってきていて、びっくりしたんだから」
「そっか」
「猫妖精の村に行くなんて聞かされてなかったし……」
今回はあくまで家族旅行というか、猫天国を堪能する目的だったのだ。樹妖精の里には寄らないつもりだったので黙っていたんだけど、ナイショにしていたのが裏目に出てしまったようだ。
いや、けどね、レギウスの貞操的にもね。わかるでしょ?
しかし、そうか。もしかしたら、最初の僕の過激な対応も何かしらかの植物の影響を受けたのかもしれない。
解毒の魔法は使っているけど、どうも毒と認識されない類らしい。
恨めし気なリラの視線を気づかないふりで誤魔化し、僕は腕組みして考える。
「じゃあ、他の村も危ないの?」
大森林では多くの種族が生活している。
猫妖精の村では酔っ払い状態で済んだけど、中には命に関わるような事態が起きていてもおかしくない。
「ううん。そういう所は最初に年配の人が行ったから。どこも深刻な事態になったりしてないみたい」
それは不幸中の幸い。
ほっとした。
「じゃあ、猫妖精の里は?」
「すぐに問題の木を私が枯らせるから、後は酔いが醒めるのを待つだけね」
「そっか。じゃあ、僕たちで介護しよう」
「……いいの?」
リラに頷いて答える。
樹妖精の面倒事に巻き込んでしまうと遠慮しているのかもしれないけど、他人事なんて思わない。
「村には僕の先輩もいるし、単純に助けたいんだ」
酩酊状態だけとはいえ放ってはおけないだろう。
第一、大人が全て酔いつぶれているとしたら、子猫たちが危ないじゃないか。
決して猫まみれになりたいなんて欲ではなく、だ。
いや、マジでね。
おそらく、樹妖精の発情期の周期が乱れたのは、魔族との決戦などが原因だろう。
発情期という生物の機能は種の存続のためにある。
つまり、数を増やすという本能に根差している。
なら、魔族との決戦なんて一大事は無関係であるまい。直接命を落とさなかったとしても、寿命を削る種族特性は何度も使用されている。
樹妖精全体の生命力、という点ではかなり消耗しているのだ。
既に権限を失ったとはいえ、元始祖としてはあの戦いの影響を座視はできない。
いや、本当に猫まみれに特攻したいからじゃないんだ。
うん。
僕の(猫に対して)誠実な心が通じたのだろう。
リラは遠慮がちながらも、期待のこもった目で聞いてきた。
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「もちろんだよ。任せて。皆も、いいかい?」
子供たちを振り返る。
ぎゅー!
「にゃあ!」
「にゃ!」
「なー!」
「……ん」
「ピィ!」
いいお返事だ。
残念ながらリエナさんだけは僕に(物理的に)首ったけだけど。
発情期とかよくわかってない様子だけど、子供たちの協力があれば猫妖精のお世話も楽になるはず。
ほら。親戚会とかさ。
大人たちが酒盛りしてると、子供たちが集められて遊ぶ事になるじゃん。
うちの子たちならその輪を問題なく回してくれるだろう。
お姉ちゃん属性に誇りを持つソレイユが、若干酔い気味なのが不安要素だけど、それだって悪い方向に働くとは限らない。
大きくなって落ち着いた佇まいを見せる彼女もまだまだ子供。偶には童心に返るのもいいじゃないか。
うん。元々、猫妖精の村でのバカンス予定なのだ。
何も問題はない。
僕、ワクワクしてきたぞ!
「よし、じゃあ行こう! 猫天国に!」
僕は先頭を切って走り出した。
前書きの答え。
四国で書いてます。
ええ、わかるわけありませんよね。お世話になっているお宅で思いつくままに話を進めました。




