番外編21 森の異常
番外編21
出発地点から猫妖精の村まで徒歩で三時間の位置らしい。
妖精族の間で行き来するための細い道を拡張しながら歩き続ける。
うん。拡張で間違いない。
僕らの歩いた後だと道幅がとても広くなっているというか、鬱蒼と茂った草木が押し潰されてしまっている。
別に僕はこれ以上、自分の名前の付いた道なんて作りたくないんだけどね。僕たちの歩いた後に道ができるみたいな?
……そんなちょっと前向きかつ格好いい生き方っぽく誤魔化すのは良くないか。
三人娘たちが飛竜を運搬中なのだ。
強化の付与魔法を使って持ち上げて、縦列編成で持ち上げて、ヒョコヒョコと僕らの後をついて来ている。
強化のおかげで持ち上げるのは簡単とはいえ、小柄な三人では盛大に引きずってしまっていて、おかげで道が開拓されているわけ。
「にゃあ」「にゃ」「なー!」
ちなみに、前後をソレイユとルナのお姉ちゃんコンビが持ち上げているせいで、真ん中の一番小さいステラは飛竜のお腹の下で踊っているだけにしか見えないけど、本人は楽しそうだから指摘すまい。
頑丈な飛竜なら置いておいても大丈夫だとは思うのだけど、仲間はずれよくないという主張を採用した結果、こうなってしまった。
果たして彼にとって、置き去りにされた方が良かったのか、ローラー代わりに引きずられる方が良かったのか、どっちだろう。
うん。微笑ましい姿なんだけどね。スキップしてるし。
お神輿でも担いでいるみたいだし。さしずめ飛竜の背中の上に乗ったレギウスとタロウはご神体だろうか。
正直、狩りで大物をゲットした狩猟民族の凱旋風景にも見えたりしているんだけど、それは汚れた大人の視点のせいだろう、きっと。
家族旅行が楽しんだよね? 狩猟本能が刺激されたわけじゃないよね?
よし。深くは考えない。
「どう? そろそろ猫妖精の村に着く頃だよね?」
「ん」
「村の様子は?」
「……お祭り?」
小首を傾げるリエナ。
森の気配が怪しいという中でお祭り騒ぎというのはいかがなものだろうか。
別に不謹慎とかそういう意味ではなく、不自然じゃないかって意味で。感知能力の高い猫妖精たちが森の異変に気付いていないとは考えづらい。
まあ、その辺りは到着してから確認するしかないか。
「バン先輩たちはいるのかな?」
「んー。いるぅ」
ん? 気のせいか? リエナの口ぶりが曖昧なような。疲れているのか、森の異変で気配が読みづらいのか。
それでも先輩の気配に関しては断言できるみたいだ。
所在が知れたのは良かった。
「とっーーてもご機嫌」
間の取り方からするとちょっとやそっとじゃないぞ? かなりハイってやつみたいだ。
あのバン先輩がハイになっているとなると……猫だな。それ以外にありえない。
っていうか、明らかにリエナの様子がおかしい。あんなに間延びした話し方はしない。少なくとも普段は。
慎重に前を歩くリエナを呼び止める。
「……リエナさん?」
「んー?」
振り返ったリエナの頬が艶っぽく上気している。
とろんとした目。ふわふわと揺れるしっぽ。へなーとなった猫耳。
何が楽しいのかクスクスと笑いながら僕の顔を覗き込んでくる。
「にゃぁに?」
ご機嫌なのはバン先輩だけじゃなかった。リエナもじゃないか!
甘猫リエナ。
過去に何度か経験している状態異常。主に酔った時にリエナはこうなってしまう。
幼少期に抱いていた猫耳としっぽといった自身の猫要素への苦手意識からか、普段は猫っぽさを出さないようにしているけど、この時のリエナは逆に全面的に表出する。
この時のリエナはとてつもなく甘えてきて、とてつもなく嫉妬深くなってしまう。
戦慄する僕にゆったりと、しかし、近づかれた認識する事さえできない不思議な歩法で接近してくるリエナ。
瞬きしたら、いた。
目の前。
そうとしか見えなかった。
鼻先が触れ合いそうな直近から見上げてくる視線。
「シズー」
そのまま首筋に頬をすり寄せてきて、肩口を甘噛みしてくる。
完全に出来上がっていらっしゃった。
「どうしてこうなった?」
経験上、原因は飲酒かマタタビの類か。
アルコールの摂取はないので、必然的に後者になるわけだけど、これはあれか? 僕には嗅ぎ取れない感じで漂っているのか?
となると、猫妖精の村にいるバン先輩たちがお祭り騒ぎというのも原因はこれかもしれない。というか、それしかない。酩酊状態で、大量の猫に囲まれればバン先輩なら大ハッスルだ。なにそれ、羨ましい。混ぜて。
「他、ダメ」
「ぐふぇっ」
首をね、グキッとね。
リエナさん、ナチュラルに僕の思考を読まないで!
「と、それより子供たち!」
リエナがこれならうちの子たちもまずい。
慌てて振り返れば凝視されていた。
ソレイユ、ルナ、ステラがじーっと僕たちを見つめている。
ソレイユがレギウスとタロウの目を塞いでくれているけど、なんの気休めにもならない。
「にゃ」「なー」
顔を真っ赤にしながらも全く視線を逸らそうとしない次女と三女が、思わずと言った感じで鳴き声を漏らす。
すると、一番顔を赤くしていたソレイユが二人の妹の口先をしっぽで撫でて窘めた。
「ダメ。夫婦の時間」
「ソレイユ!?」
そりゃあ、ソレイユの年頃的には色々と知識があったりするかもしれないけどさ! そこは見守る方向ではなくて、止める方向に動こうよ!
気の遣い方を間違えているから!
しかし、ソレイユはどことなくポワンとした雰囲気ながらも胸を張り出した。えっへんと言わんばかり。
「……ん。知ってる。こういう時はお外を走ってくるの」
「その気遣いも間違ってる! 誰!? ソレイユにそんな事を教えたのは誰!?」
「ルネさん!」
ルネえええええええええええええええええっ!!
それ、僕らが初めて学園の寮で会った時の対応ですよね!?
というか、何を教えちゃってるの!? 教育者としておかしくない!?
(性別を知っても現在進行形で)ルネの事を理想の女性として憧れているソレイユは完全な解答と信じて疑っていない。
というか、ソレイユもこれちょっと酔っぱらってるだろ! しっぽの揺れ方でわかるぞ!
確か、マタタビって大人の猫にしか効果がないんだっけ。
あー、ソレイユももう大人の仲間入りなんだなぁ、って現実逃避するな、僕!
「ダメよ、ソレイユ。こういうのは気づかれる前に隠れないと」
「ん。そう?」
「ほら、ステラ。今からでも隠れるわよ」
「なー、かくれんぼ?」
「そう! 皆で隠れるの! あ、レギウスちゃんは私に任せて……」
邪まな気配!
僕が親友について懊悩している間に、子供たちに混ざる薄桃色の髪の樹妖精。
どこかイッてしまった妄執渦巻く目でレギウスにロックオンしてやがる。
「リラあああああああっ!」
「ん。浮気、や!」
「きゃあ!」
ぐにいいいいっ!
首をリエナにグイッとされながらも突撃。
その手がレギウスを抱きかかえる寸前に掴みとめられた。
リラは泣き出す一歩寸前の涙目で僕から必死に距離を取ろうとして、掴まれていて逃げられずにいる。
「ちょっと『お話』しようかなぁ? リラさああん?」
「わかったから! 怖い! 首が変な方向に向いてる!」
まあ、首を捻じ曲げられながらイイ笑顔で捕まえられたら怖いだろうが、僕としても彼女を逃がすわけにはいかない。
いや、会いに来たのだから逃げるつもりはないかもだけど。
レギウスの無事を確保するためにも放せないでしょ。
ともあれ、まずは現状の把握だ。
大森林に異常があるなら樹妖精が一番詳しい。
「話してもらうよ。大森林に何が起きてるの? 僕たちが来たタイミングなのは関係ある? っていうかまだ子供のレギウスをそういう対象に見るのやめてもらえます?」
「ち、違うわよ! あくまで、子供を、子供を保護しないといけないから! 大人として、ね? この子たちに負担をかけちゃいけないじゃない!」
本当にそう思っている人間は目を泳がせたりしないと思います。
取り乱しかけたリラだけど、大きく溜息を吐くと気を取り直したようだ。
「すぅはぁ……。シズの言う通り、森には異常が起きてるわ。私がここに来たのも、シズたちを感知したから、説明しに来たの」
寸前の醜態をなかった事にするつもりらしい。
まあ、僕としても話が進まないので乗っかっておこう。でも、絶対に手を離さないからね。たとえ、リエナさんにギリギリと抱きしめられてもね!
「異常? どんな?」
「ある理由でね、森の植物の生態系が乱れているというか、変な育ち方をしちゃってるのよ。リエナは……マタタビの影響ね。猫妖精の村も……ダメね。酔っ払っちゃってる」
「こんな事、普通じゃないよね」
「ええ。猫妖精と相性の悪い植物は近くに生えないようにしているから。他の妖精族も苦手にしているようなのと遠ざけてるの」
うん。そうだろう。
生活圏にこんな多大な影響がある植物があってはまともに過ごせるはずがない。
つまり、異常というのはその点なのだろう。
「ある理由って言ってたけど、原因はわかってるの?」
「ええ。わかってるけど、それは……」
言い淀むリラ。
何度か口を開きかけて、決心がつかずに言葉を作れずにいる。かなり言いづらい内容らしい。
リラが覚悟を決めている間に家族を確認する。
だんだんと頭をフラフラさせ始めたソレイユは、抱きしめたレギウスに頬ずりしている。
ルナとステラは話が退屈なのか、飛竜の頭を撫でたり、口を開いたり、首を揺すったり。果たしてあれは看病のつもりなのだろうか。
レギウスはバタバタと手足を動かしている。もしかしたらソレイユのただならぬ雰囲気に不穏な物を感じ取ったのかもしれない。大丈夫だ。そして、諦めろ。きっとそれからは逃げられないから。
「言うわ」
自由奔放な家族の行動を眺めていると、リラが前置きして背筋を伸ばした。
どうやら決意ができたらしい。こちらも居住まいを正して向き合う。まあ、リエナさんに首をぎゅうっとされたままだけど、せめて表情だけは取り繕う。
「原因は私たち、樹妖精よ。今の樹妖精は普通じゃないわ」
それは想像していた。
植物操作の種族特性を持つ樹妖精は大森林の管理者ともいえる。
なのに、森に異常が起きているなら樹妖精に何かあったという推理は容易だった。
「あ、先に言っておくけど、今回の件にシズたちは関係ないから安心して」
ちょっと安心した。
トラブルのある所に第八始祖あり。
どこぞの王家がそんな認識で僕を見ているんだよ。いや、驚きの遭遇率だけどさ。今回も巻き込まれているけどさ。
「じゃあ、何が原因なの?」
「樹妖精は、その、えっと、ね。樹妖精はね……」
何度も言い出そうとして失敗するリラ。
固めたはずの決意が揺らいでいるのが窺えた。
それでも、一分近い葛藤を経て呟く。
「……ぅ期なの」
ごにょごにょと口ごもって聞き取れなかった。
僕が難聴なわけじゃない。リラの声が小さすぎた。
聞き直したいけど、リラは目をギュッと閉じて涙を滲ませている。こちらの様子を見るつもりはなさそうだ。
けど、僕には普通じゃない聴力を持った家族たちがいる。
気配を感じ取って見回せば、好き勝手にしていた猫耳たちが集ってきていた。
まだぽわんとしたままのリエナに、不思議そうにリラを見上げている子供たち。
目で問いかけると、彼女たちは一斉に声を揃えて教えてくれた。
「「「「樹妖精、発情期!」」」」
瞬間、僕は家族を抱きしめて飛び退き、
「いけ。『封絶界――積鎧陣』!」
着地と同時に五十倍凝縮の結界の法則魔法を発動させた。
唖然としているリラから目を離さないまま、言葉の意味も分かっていないだろうレギウスの頭を撫でる。
「レギウス。お父さんは君を必ず守ってみせるぞ!」
「ちょっと! さすがにひどくない!?」
涙目のリラの叫びが異常を抱えた大森林に響いた。
『お神輿』と変換しようとしたら真っ先に『お巫女師』と変換したうちのパソコン、マジ優秀。
一家の猫耳たち、巫女服も似合うんだろうなあ……。




