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魔法書を作る人 番外編  作者: いくさや


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20/25

番外編20 渡河

大変お待たせいたしました。

 番外編20


 猫知識をひとつ。


 猫は砂漠地方の発祥と言われている。

 砂漠なので水は貴重だ。

 十分な水量を確保するのは難しく、手に入れた水も優先的に水分補給に使われる。

 だから、猫はそんな環境に対応する性質を未だに引き継いでいた。

 例えば飲み水は少量でも平気な生態とか、水浴びを嫌がる気性とかだ。

 さて、話の枕はこれぐらいにして、そろそろ本題に移ろうか。なんか、前も言った事がある気がするけどね。


 猫は泳げない。

 例外もいるけど、この場にいる猫に関しては除外してもいい。

 要するに、


 うちの猫の子たちは全員泳げない。


 割と万能選手のリエナの数少ない弱点だ。

 そんなウィークポイントを子供たちも引き継いでいて、ソレイユやステラやレギウスはもちろん。運動が得意なルナでさえも。

 一人として泳げない。

 浅い川や温泉なんかなら問題ないけど、足の届かない場所にいきなり落ちたりしたらアウトだ。猫耳に水が入ってしまうせいか、すぐにパニックを起こしてしまうのだ。

 今も三人が僕にしがみ付いている。


 あの状況下で家族バラバラにならなかったのは結果オーライだけど、問題はこのしがみつかれた体勢。

 ソレイユは胴体にしがみ付いたのはいいけど、その両足で僕の膝辺りをがっちりとホールド。

 ステラは頭に飛びついていて、両手でギュッと僕の目の辺りを押さえてくれている。怯えているせいで力加減がない。

 おまけにリエナが二人の娘をしっかりと抱きとめているのがまずい。

 何せ僕の前方から抱きしめているのだ。偶然なのだろうけど、いい感じに肘が固められてしまっていた。


 つまり、動けない。

 稼働部位は手首と足首ぐらい。


 なんとか拘束を緩めてほしいのだけど、三人とも目を瞑って硬直中。

 体勢的にはとっても幸せだけど、このままではまずい。


「ごぼごぼごぼ」


 なにせ、水の中。

 どんどん流されているし、沈んでいっている。

 溺死コース一直線だった。いや、知らない人が見たら一家心中と思われるかも。


 落ち着け。

 慌てるな。

 焦ったら負けだぞ?


 冷静になれと三度頭の中で唱えて考える。

 この悩ましい猫拘束を強引に振りほどくのは簡単だけど、そんな事をすればバラバラに流されてしまう。


 手の可動範囲にバインダーはない。

 かといって、魔法を使わずにこの状況を脱せるとも思えない。

 ならば、どうにかして魔造紙を発動させるだけだ。

 大丈夫。

 過去にもこんな状況はあったし、その時も対処できたじゃないか。


 僕は腰のバインダーに神経を集中させた。

 ここ数年は同じ配置にしているので場所の把握は問題ない。前から五枚目。崩壊魔法の『常世の猛毒』の魔造紙。

 そこに手を伸ばせ。

 腐蝕の魔神と戦った時の感覚を思い出す。

 背中から第三の腕を伸ばす姿を幻想して、思い込んで肉付けして、血肉と神経を通わせ、その指先を狙った魔造紙へと触れさせる。

 確かな感触が返ってきた。


「ごぼ、ごべぼばぼぼぼ。(いけ。『常世の猛毒』)!」


 鮮紅が大河の真ん中を抉り取った。


 激しくむせながら空気を肺に送り込む。ステラに目を塞がれていて見えないけど、川の水は範囲内に入った途端に消滅しているはず。

 もう一分ぐらいは大丈夫だろう。


「皆、もう大丈夫だよ!」


 声を掛けてみるけど反応がない。

 ダメだ。完全にパニックになってしまっている。聞こえていない。


 溺死の危機からは逃れたものの、あんまりのんびりもしていられないのにな。

 いつまでも川底にいてはまずい。

 『常世の猛毒』の効果時間内に川辺に脱出したいけど、さすがにピョンピョンと飛び跳ねていては間に合わないし、足元には泥酔した飛竜もいる。

 別行動していたルナとレギウスたちが助けに来てくれるかもしれないけど、まずは自分で解決に動かないと。


「……仕方ない。いけ。『刻限・武神式・剛健』」


 いつもの強化の付与魔法。五十倍凝縮の一枚を発動させる。

 さあ、慎重に慎重を重ねて動けよ、僕。


 まずは足元の飛竜。

 見えないまま足の感覚で探り当て、その巨体の下に爪先を捻じ込んで、


「いくぞぅ……」


 爪先で蹴り上げよう。

 猫拘束のおかげで蹴り殺してしまう心配もないだろうし、仮にも竜の眷属。着地の衝撃ぐらいなら耐えられるだろう。

 問題は視界が塞がれていて、勘で距離を当てないといけない事だけど……うん。ちょっと遠目に狙えばいいかな。大威力は小威力を兼ねる。名言だ。


「ふん!」


 ぶぅぅおおおおおんんっ!


 強烈な風切り音がした後、辺りが無音になる。

 聞こえるはずの飛竜が落ちる音がしない。


 十秒、まだ。

 十五秒、まだだ。

 二十秒、まだ、なの?

 二十五秒、まだかなあ?

 三十秒、もしかして聞き逃した?


 ずっどおおおおおおおおおおおおおんっ!!


 遠くの方で重たい落下音がした。

 聞こえない事を心配していたけど、別の心配ができてしまった。

 今の音、でかすぎじゃないか? そう。今のはまるで高高度から地面に叩きつけられた時のような……。

 そういえば距離を稼ぐことは考えていたけど、高度については配慮していなかった。冷静を装っていたつもりで、ちっとも冷静じゃなかったようだ。


 果たして飛竜は無事なのか。心配だ。

 まあ、地面と平行に蹴り飛ばされて川べりに激突したり、垂直方向に飛んで戻ってを繰り返すよりはましだったと、前向きに受け止めてくれないかな。

 無理か。ごめん。せめて、君の犠牲は無駄にしない。


「と、反省は後にして……」


 僕たちも脱出だ。

 反省を活かして結界の法則魔法を発動させてから、再び爪先の力だけで飛び跳ねる。

 とても覚えのある足元が砕ける感覚。そして、しばしの浮遊感。数秒の体感時間の後、足に地面の感触が戻ってきた。

 というか、足首までが地面に突き刺さった感触だった。


「成功、かな」


 上下逆さまになって落ちる覚悟もしていたけど、僕にしてはうまいこと着地できたようだ。これも猫の加護のおかげだろう。

 しかし、今の僕たちは奇怪なオブジェというかトーテムポールというか、すごい有様だな。


「変な伝説が増えないといいんだけど」




 その後、最初にリエナが復活し、ソレイユとステラも恐慌から回復。

 ちなみに、飛竜は呑気に眠っていた。完全に酔いつぶれた状態で起きそうにない。気絶しているわけじゃないよ?


「リエナ、ルナとレギウスとタロウは?」

「ん。こっち来てる。川の向こうから……」

「来たよー」


 リエナの言葉を途中でステラが引き継いだ。

 見れば赤い輝きが川(今は正常な流れに復帰)を駆け抜けてくる・・・・・・・光景があった。


 ルナ。いつの間に水上走行をマスターしたんだい?


 何かの映像トリックか、動揺して幻覚でも見たかと疑ったけど、現実だった。

 あの子、すっごいダッシュで水の上を走ってるよ。


 タロウに乗ったレギウスがその上空を追って飛んでいるけど、この光景に疑問も驚きもない様子。

 レギウスの常識が激しく心配になった。


「ん。できた」


 僕が茫然としている間にルナたちが到着した。

 どことなく自慢げな顔で僕を見上げてくるルナ。猫耳は興奮して立ったままで、しっぽを小刻みに揺らしている。

 うん。ほめてほしいんだね。よーし、頭を撫でてあげよう。


「あー、うん。すごかったね?」

「むふー」


 すまない、ルナ。おとさん、疑問形を外せなかったよ。

 困惑を隠しきれない僕を気にする様子もなく、僕の手に自ら額を押し付けつてくるルナ。とても上機嫌だ。


「ん。もう水、怖くない」

「解決方法が力技過ぎる……」


 しかし、過去の事件においてその大半を大魔力で乗り越えてきた僕に苦言を呈する資格はなかった。

 さっきも大威力の有用性を認めてしまったし。

 ラクヒエ村に帰ったら、『雷帝』お母さんに相談しよう。


「で、これからだけど……」


 飛竜の復帰は先になりそうだ。

 となれば、歩いて目的地に向かわないといけないのだけど、飛行中のアクシデントを思い出せば無計画にはいかない。


「なんか、森、変」

「変なの。におい? 空気? んー、いっぱい! 木!」


 リエナとステラの発言。

 二人の視線は大森林に向いている。

 大河を越えたばかりのここからだとまだ距離はあるけど、二人の感覚とっては問題ないのだろう。

 問題なのは発言内容。

 大森林に異常が起きているのは間違いなさそうだな。

 さっきの飛竜を思い出す。


「もしかして、毒とか?」

「ん。違うの。悪い感じ、ないの」


 悪意はない。

 となると、飛竜の泥酔は事故なのだろうか。

 広い大森林。豊かすぎるほどの植生だ。竜族を酔わせるような香りを持つ植物があっても不思議ではない。


 けど、これまではこんな事なかった。

 それが今回に限って事故を起こすとなると、やはり原因があるはず。


「猫妖精の村に行こう。ここからなら歩いても半日も掛からないはずだから」


 僕だけで向かうというも考えたけど、樹妖精の案内のない大森林は危険だ。リエナたちの感知能力は必須。

 じゃあ、一度撤退するというのもありなのだけど、猫妖精の村には先にバン先輩一家が向かっている。せめて、彼らの安否を確認したい。


 念のため五十倍凝縮した解毒の魔造紙を使ってから僕たちは大森林へと踏み込んだ。


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