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魔法書を作る人 番外編  作者: いくさや


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19/25

番外編19 約束

 番外編19


 今日は特別な日だ。


 なんと言ってもまず、久しぶりに家族全員が揃っている。

 王都の魔法学園で勉強中のソレイユと合流したのは当然わけがあり、これから一家でソプラウト大陸へ小旅行なのだ。


 きっかけはバン先輩と再会した時に、お互いの家族も呼んで会いたいという例の話が再燃した事。

 ここしばらく、猫セットの普及活動のせいで忙しくて実行に移せなかったのだけど、色々あって、本当に色々あって、とりあえず、喪女もどきに灸をすえつつ、とあるイベント参加者を蹴散らしたりして(蹴散らされて喜ぶ高度な変態集団だった)、最終的に猫セット普及は王家主導になって手が空いたわけで。

 じゃあ、ひとつここで約束を果たそうとなったわけだけど、ついでに旅行も加えてみた。


 バン先輩も貴族の一員で、気軽に家族旅行などはできない立場だけど、偶には家族団欒したかったという話から発案してみた。

 領の管理も配下の人たちに任せられるし、引退した前領主もいるので少しぐらいなら留守にしても心配ないそうだ。

 最大の問題点であった警備についても、僕らが一緒なら全く心配ないだろう。現状、世界最強の護衛たちだ。


 ソレイユに至っては、最盛期の僕の火力をも上回っているレベル。合成魔法(師匠)×合成魔法(真)×相乗魔法×魔力凝縮という実に洒落になっていない合

わせ技を実現したとか。

 子供の成長を喜ばないわけではないのだけど、正直不安が勝っている。

 下手すれば世界が滅びかねないんですけど……。


 余談だけど、この子の争奪戦で王都は静かに揺れている。

 まあ、自分たちの陣営にほしい逸材なのは確かだ。

 権力で、とか。武力で、とか。そんな馬鹿は自浄作用的に駆逐されているのだけど、今度は本気の本気で真正面からソレイユを口説こうとしているという噂。様々なタイプのイケメンが大集合。あの手この手でソレイユに気に入られようと必死らしい。逆ハーとは罪造りな娘だ。

 魔法学園はちょっとした女性向け恋愛ゲームのような様相を呈してきたみたいな感じでルネが嘆いていた。

 まあ、誰も相手にされていないらしいけどね。

 いたとしても僕との二者面談が待っているからな。簡単に認めてなんかやらないぞ。少なくとも僕より頭がよくて……いそうだな。じゃあ、度胸があって……もいそうだ。なら、誠実でってそれもいるだろうなあ。あれ? 候補者多い?

 いやいやいや、そんな事ない。

 そう! 僕より強くて、僕より猫が好きじゃないと駄目だ!


 ……閑話休題。

 今は旅行の話だ。

 行先はソプラウト大陸の猫妖精の里。そこで一週間ほどバン先輩たちと一緒にバカンスして、ソプラウト大陸に初めて行く子供たちを色んな種族の村に連れて行こうと思う。


「楽しみだ……」


 バン先輩のリニャさんの間には八人も子供がいるとか。

 会った時のお楽しみ、という事で詳しくは聞いていないんだよなあ。


 人族と妖精族の間に生まれる子はいくつかのパターンがある。

 多くはリエナのような亜人。それぞれの特徴をバランスよく受け継いだ形。

 でも、それ以外にも片親の特徴が色濃く現れる例もあったりするので、決めつけられなかったりする。

 まあ、バン先輩の口ぶりからして亜人か猫妖精だとは思うけど。


 それに久しぶりの猫妖精の里だ。

 あの猫天国に再び行けるとは至福。

 バン先輩のお子さんに猫妖精の里。どちらにしろ僕の心は浮き立たざるを得ない。僕、ワクワクしてきたぞ!


「シズ?」

「……リエナさん、違います。誤解です」


 久々にリエナの凝視を浴びてしまった。

 下から捻り込むような角度で見つめられると、それだけで謝ってしまいたくなってしまう。

 ちゃうよ? 浮気とちゃうよ? 純粋に猫を愛でる気持ちだけだよ? 一番はリエナだよ? 次は子供たちさ!


「信じる。でも、迷惑かけちゃダメ」

「了解。わかってるって」


 リエナの視線は和らぐものの、しっかり僕の手首を掴んで離さない。完全に管理下に置かれてしまっていた。


 ぐぬう。

 猫セット普及活動に伴う諸々の社会現象のせいで僕とバン先輩は手厳しく叱られたのだけど、それ以来家族から若干の不信感を受けている。

 確かに思い返してみれば、周りへの気遣いが足りなかったので文句も言えない。

 ちなみに、僕はリエナに思いっきり槍で叩かれ、バン先輩はリニャさんの爪で顔を縦に引っ掻かれた。僕らの顔には不名誉な跡がしばらく残り、見る度に反省させられたものだ。


 まあ、いい。

 失った信頼は行動で取り戻そう。

 そのためにも、まずは家族サービスだ。


 振り返る。

 飛竜の背中に取り付けた荷台ではソレイユとステラが楽しそうにおしゃべりをしている。

 どうやらソレイユが王都の事や、学園の事、他にも勉強した事などを話して聞かせているらしい。

 たまにステラはアランと釣りをするために連れて行っているのだけど、やはり村の外の事は気になるのだろう。それに大好きな上のお姉ちゃんと一緒で嬉しいのもあって、猫耳としっぽがピンと立っている。


 姿の見えないルナはどこかというと、遥か下方。

 大地に流れる飛竜の小さな影に追走する一匹の猫。

 どうにも高所恐怖症は克服できなかったルナは断固として空の旅を断り、自力で走っているのだった。

 いや、どうも鍛錬の一環みたいな節もあり、ノリノリで走っている。

 一般的な強化の付与魔法しか使っていないのに、遅れる様子が全くなかった。それどころか道中で遭遇した魔物を擦れ違いざまに一撃で屠っている。

 正直、武技だけの勝負だと僕ももう勝てない。


 そして、そのすぐそばを並んで飛行する小さな竜の姿。

 ちょっと大きくなったタロウだ。大体、全長で三メートル程。

 竜という種族の生態は理解不能で、たった一晩で急成長したのだ。朝起きたレギウスがポカンとしていたのが印象的だった。一緒に寝ていた同じ大きさぐらいの家族が、いきなり巨大化したのだからそりゃあ驚く。

 まあ、タロウであるのはわかったのか、すぐにいつも通り仲良く一緒にいるのだけど、何度か自分の変化に無自覚なタロウに押し潰されそうになってハラハラしたものだ。


 もう慣れたようなので、安心して見ていられる。

 今もレギウスはタロウの背中に乗って低空飛行を楽しんでいた。物心ついてからは初めての遠出でテンションが高めに見える。


「そろそろソプラウト大陸が見えてくる頃かな?」

「ん。もう見える」


 僕にはさっぱり見えないのだけど、リエナが言うなら確かだろう。

 猫妖精の里は大陸の北部。予定としてはまず猫妖精を堪能……失礼。猫妖精の村を観光してから樹妖精の里に行く。


 そして、ミラとリラの姉妹をしっかり拘束しなくては。


 じゃないとレギウスが危険だ。

 僕は父親として彼女たちの魔の手から息子を守る義務がある。旅行の間は里から動けないようにさせてもらうよ。

 いや、友人に対して酷いとは僕も思うけどね? たまに会った時の二人の反応がヤバいんだって。

 あれは狩人の目だ。

 友人の息子に向けていい目じゃない。


「ソレイユ、ステラ。そろそろ着くから荷物の準備ね?」

「「ん」」


 といっても、大した作業でもない。荷物はちゃんとまとめてヒモで固定しているのだから。

 うん。

 何故か、この飛竜で移動すると急な動きをする事が多いからね?

 あらかじめ対策するのが習慣なんだよ。


「ご苦労様」

「きゅう」


 リエナが飛竜の首を撫でている。

 なんだか無性に床ドンしたくなるけど、我慢だぞ、僕?

 こんな所でしたら飛竜の脊髄を圧し折ってしまうじゃないか。つまり、降りた後でなら……


「きゅうううん」

「シズ?」

「ははは!」


 笑って誤魔化しておく。

 と、そんな時だった。


 地面が揺れた。


 いや、もちろん飛行中の話。

 揺れたのは地面じゃなくて飛竜の飛翔だ。

 左右にぶれる中でバランスを取りつつ周囲を見れば、リエナはもちろん、ソレイユとステラも危なげなく立っている。


 問題は飛竜。

 何やら慌てるよう、焦るように羽ばたきを繰り返している。

 明らかにおかしい。普段は最低限の回数で風を捕まえて飛んでいるのに、比べて今は無駄が多すぎる。


 あれ? さっきの鳴き声って僕のせいじゃなかった? リエナに呼ばれたのも咎められたわけじゃなかった?


「お父さん?」


 声を掛けてくるソレイユ。

 安定しない飛び方を始めた飛竜を心配しているのがわかる。ステラもソレイユのしっぽを握って僕を見つめていた。

 不安にさせてはいけない。


「ソレイユはステラを見てて。何かあったら頼むよ。あと、これ」

「ん」


 念のため、空間跳躍の魔造紙を渡しておく。

 最悪の場合、空中に投げ出されても二人なら単独で着地できるだろうけど、手は多いに越した事はない。


 意識を飛竜の方に戻す。

 飛竜の首のあたりに移動しているリエナの隣へ。


「様子が変なのは見たらわかるけど……」

「どうしたの?」


 リエナが首を撫でながら尋ねるけど、飛竜からは声も返ってこない。

 どうやらこちらの声が届かない程、混乱してしまっているようだ。


「攻撃、じゃない。そんな気配はなかった。リエナ、わかる?」


 リエナは目をつむって集中する。

 揺れる中でも動じる様子もなく、それでもなかなか反応がない。

 しばらくしてようやく目を開いても、僅かに首を傾げてしまった。


「……ん。変な、臭い?」


 僕にはわからない。

 リエナですら語尾が疑問形になってしまう程度なら嗅ぎ取れなくても不思議じゃないか。


 数年前の事件を思い出してしまう。

 あの時もミシェルは僕らの能力を深く把握して、その穴を巧みに突いてきた。

 これがリエナの感知能力のギリギリを見極めた上だとすれば、緊張せざるを得ない。

 今のところ、馬鹿貴族や闇組織の中で、そんな有能な連中はいないはずなのだけど……いや、思い込みは危険か。

 何者かの仕業と考えるのも、偶然と考えるのも、判断材料が少ない。

 まずは現状への対処だ。


 リエナが嗅ぎ取った臭いというのが飛竜を混乱させている原因だろう。

 食事に何かが混入していたなら、その段階で気づくはず。

 故意か偶然かは別にして、こうして目に見えないのなら粉末が風に乗って流れていると考えるべきか。


「なら、いくよ。『風・波流』」


 風の属性魔法を放ち、周囲にあるという臭いの元を払う。

 僕では効果の程はわからないけど、リエナが頷いているので例の臭いはしなくなったのだろう。


 しかし、肝心の飛竜の飛行は安定しないまま。

 元を断つのが遅かったのか、既に大量に吸い込んでしまったようだ。


「じゃあ、解毒も……」

「ん。違う。これ……」


 次の魔造紙を取り出すより先にリエナが何か気付いたようだ。

 再び飛竜の首に手を当てて、じっくりと様子を窺っている。


「……酔っぱらってる?」

「はい? なんで?」


 飲んだら乗るな。飲むなら乗るな。


 そんな前世の標語を思い出した。

 もちろん、移動中に飛竜にお酒を飲ませていないし、そもそもお酒なんて持ち歩いていない。僕だって付き合いぐらいでしか飲まないんだ。

 と、余裕だったのはここまで。


「きゅいいいいいいい」


 突然、飛竜が飛びながら回り始める。

 縦方向、横方向と空中をアクロバティック飛行。

 軌道も縦横無尽という言葉の通り、実に気持ちよさそうに飛行を楽しんでいる。

 アル中かよ。


 乗っている僕たちはたまったものじゃない。

 さすがにこんな状況で仁王立ちできるはずもなく、僕は咄嗟に飛竜の背中にしがみ付いた。頑丈な鱗のおかげで掴む場所はいくらでもある。


 リエナも首にしっかり抱きついているので問題なし。

 子供たちは……うん。曲芸飛行を楽しんでいらっしゃる様子。荷台の部分にぶら下がってはしゃいでいるね。この子たちの度胸は毎度毎度すごいなあ。

 下にいるルナとレギウスとタロウも気になるけど、さすがにこの状況で地上までは見れなかった。

 まあ、とりあえずルナは下で良かったね。居合わせていたらパニックを起こしかねない。


 と、不意に飛行が安定する。

 どこかへ真っ直ぐに向かっていく感覚。

 本当ならホッとするところなのだろうけど、始まりとよく似た唐突な終わり方に不吉しか感じなかった。


 見れば飛竜は目を回していた。

 首がぐってりしてる。


 うん。飛行が安定したんじゃない。これ、落ちてるだけだ。

 そりゃあ、酔っているのにあんなグルグル回りながら激しく動けば酔いも巡るだろうよ。完全に酔っ払いの所業だった。


「……ああ。いつものパターンね」


 諦めの極致と、悟りはとても近くにあるらしい。

 いっそ清々しい気分だった。

 やはり、この飛竜で移動すると一度は不時着しないと気がすまないらしい。




 そして、僕たちはアルトリーア大陸とソプラウト大陸の間に流れる大運河にダイブするのだった。


ちょっとスランプになってました。

内容は思いついてもなかなか文章にできない状態。

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