番外編16 ある貴族の妄執R②
本日、二回目の投稿です。
よろしければ前話からご覧ください。
番外編16
「「あ」」
声がハモった。
場所はトネリアの町のパーティ会場。
といっても特別な施設ではない。中央広場にいくつもの天幕を並べて、それぞれにバイキング方式で料理を並べていたり、楽隊が演奏していたり、出し物が催されていたり。
そこを参加者は好きに移動している。地方の祭りなどをイメージしてもらえばいい。それに近い感じだ。
スレイア貴族からすると粗末なパーティに見えるかもしれないけど、用意された料理もイベントも王国屈指の内容ばかり。
王国では珍しい形式にしているのは、この方が妖精族は楽しめるだろうという留意したためだとか。
確かに大森林で種族ごとに生活している彼らに、王国式のパーティでもてなそうとしてもお互いにきつい結果になるだろう。
で、僕は適当に貴族をあしらいつつ、知っている妖精族の人と挨拶して、バカが出てこないか目を光らせていたわけだけど。
小腹がすいたのでサンドイッチをゲットしたところで、出会ってしまったのだ。
「あ、始祖様だ。ひっはー。いつものかわいい子たちは?」
進化した喪女だった。
いや、生まれ変わった始祖たちをどうこうっていうのはないのだけど、こいつだけは抵抗感があるというか、複雑な気分になってしまうのだ。
本人にとっては言いがかり甚だしいだろうけど、前世の印象が大きすぎて修正不可能なんだよな。
「なんでいるんだよ」
「あたしの質問、無視!? 始祖様でもひどくない!? あたし、これでも王女よ!?」
そうだった。こんなんでも王族なのだ。王様の末娘とか、ふざけている。
「ちっ」
「舌打ち! 舌打ちしたでしょ! 普通なら不敬罪よ!」
「はいはい。ごきげんうるわしゅー、ヒメサマ」
「ひは。適当ねえ。硬いの苦手だからいいんだけど」
始祖と王族。
お互いにお互いを尊重する関係を取っている。いらん波風は立てたくないからね。
でも、こいつだけは別にしているので、向こうの口調が砕けていても文句はない。僕ももともと堅苦しいの嫌いだし。
というわけで、数少ない普通に会話できる関係だったりする。
「子供たちはいないよ」
「そうなの? そろそろしっぽを撫でさせてくれてもいいと思ってたのに」
やめといた方がいいと思う。
無理に触ろうとしたら良くて猫パンチ。悪くて引っかかれるか噛まれるか。やりすぎれば都市崩壊級の攻撃がとっさに出てしまうかもしれない。
「で、そっちは?」
「お父様の代理よ。挨拶回りが終わって一休みしてるの」
なんのかんので王族の役目は果たしているのか。
それにしてもどもらなくなって聞きやすくなったけど、違和感が半端ないな。
「あー。疲れたわ。妖精族の人たちって毛並がすごいふわふわだから、触らないようにするの大変だったのよ。ひは。でも、犬妖精の男の子、ちょっとだけ撫でさせてくれて、ひはは。もう、ふっわふわで、ひはっ! ……連れて帰っちゃダメかしら」
前言撤回。
こいつを野放しにするなよ、王国関係者。国際問題になったらどうするんだ。
「ひは。なんで睨むのよ! というか、始祖様。今日は不機嫌じゃない?」
「不機嫌なのはお前のせいだ」
といっても、言動とか前世のせいではない。
喪女の格好。
ドレス姿なのはいい。
控えめながらも高価そうなアクセサリーを身につけているのもいい。
王族としてなめられず、かつ悪趣味にならないバランスで着飾っているのだけど、客観的に言えば似合っている。
問題はひとつだけ。
このパーティの趣旨である仮装の部分。
こいつ、猫耳としっぽをつけてやがる。
僕と被った事で怒ったりはしない。
ただ、喪女が、猫耳としっぽを、身につけている、その事実が許しがたい!
「喪女の分際で猫耳としっぽを愚弄するつもりなら許さないぞ?」
「ひは! 殺気! すっごい殺気! ちょっ!? 待って!?」
おっと、殺意の波動が漏れてしまったらしい。
辺りから種族の別なく人々が遠ざかっていく。
喪女は膝ががくがくと笑っていて、斬新過ぎるダンスを踊っているみたいだった。
と、人の輪を抜けて誰かが僕らの間に割って入ってくる。
「始祖様。ラピスが、何か、不興を買ったのなら、僕が、謝ります」
ルークか。
悲壮な覚悟を決めた目で僕を見つめてくる。
僕の殺意を一身に受けて顔色が悪くなっているけど、退くつもりはなさそうだ。
まあ、喪女がいるなら彼もいるよね。うん。病的に傍から離れないし、彼。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと猫み――ごほん。思うところがあっただけだよ」
殺意の矛先を収めて微笑む。
殺伐とした空間に穏やかな空気が戻ってきた。
ルークは座り込みそうになっている喪女の腕を取って支えながら、ほっとしている。
ちなみに、ルークは犬耳としっぽだ。
異様なほど似合っているけど、果たしてこれは犬なのか、狼なのか。僕には判別がつけられなかった。
「で、喪女はその猫耳としっぽはどうしたの?」
「前々から思ってたけど、喪女ってなに!? あたし、もう婚約者いるんだけど!?」
そうだった。
喪女のくせして婚約者がいるんだった。
視線を僅か横にずらせば赤く頬を染めつつも、どこか澄み切った、いや、澄み過ぎた笑顔のルークがいる。
こいつが喪女の婚約者だ。
気の毒に。いや、どっちがとは言わないけど。
「ああ。そこは流して。君の魂の話だから」
「ひは! あたしの魂が喪女なの!?」
「いいから。その猫耳としっぽ、どうしたの?」
悔しいけどこれはかなりの品だ。
僕の装着したそれと同格。いや、猫耳としっぽに真摯に向き合い、あらゆる事情(主に喪女)を抜きに鑑定すれば、二つほどランクが上に見える。
相当の業師の作品と見受けられた。
「これ? もらったの。献上品だって」
ほう。猫耳としっぽを王族に献上したのか。
素晴らしい御仁じゃないか。
「誰? 献上ならやっぱり貴族? それとも大商人? それとも妖精族の方? ブラン、はないよね。竜族はもっとないし。こんな名作を作れる人を抱えているならやっぱり大貴族かな? ガンドール家? ルミネス家? それとも新興のどこか? ちょっと教えてよ」
「すごい食いつきようね。教えるのはいいけど、本人を紹介しようか?」
「え?」
「ほら、あの人よ」
そういって、喪女が僕の後ろを指差す。
ちょうど人の輪から誰かがこちらに近づいて来る気配を感じて振り返る。
猫がいた。
巨大な猫だ。
身長はざっと百九十近く。
体長ではなく身長で正しい。
何せ、彼(或いは彼女)は直立歩行している。
ちなみに、三毛猫。
白と茶と黒のイケネコ又は美ネコさんだ。
その巨大な猫が広い足幅で僕たちに近づいてくる。
確かに僕は猫が好きだ。
野良猫とか見ると構いたくて仕方ない。
猫妖精の集落で心から癒された事もある。
しかし、猫妖精は確かに二足歩行するけど、もっと小柄なのだ。背の高い男性でも僕の肩に届くかどうかというぐらい。
こんな背の高い猫妖精なんて見た事ないぞ。
「姫様。ご歓談中、お声掛けする無礼をどうかお許し下さい」
「ひは。いいわ。ちょうど、貴方の話をしていたの」
喪女に対して優雅な仕草で膝をつき、首を垂れる巨大猫。
この喪女すげえな。こんな怪生物に跪かれて平然としてやがる。
「失礼」
僕が茫然としている間に、巨大猫は恭しく一礼した上で僕に向き直ってきた。
巨大猫は僕をじっと見つめてくる。
うん。怖い。
遠くから見たら愛らしく思えるかもしれないけど、見下ろされるとひたすら怖い。
「シズなのか」
男性の声だった。
あれ? 記憶のどこかが引っかかる。
そう。懐かしい記憶。最近、思い出した事があるような気がした。
「我だ。忘れたか、友よ」
いや、こんな巨大な猫の知り合いはいなかったはずだけど、呼びかけられる程に記憶が刺激される。
こんな話し方をする人を僕は確かに知っている。
待て。重大なヒントがあるじゃないか。
友。
そんなの、僕には数えるほどしかいない。
そうやって記憶を検索すれば、十年以上前の記憶が呼び覚まされた。
「もしかして……」
「そうだ。バンウルフ・ダイムだ」
魔法学園の先輩。
僕が身につけている猫耳としっぽを共同制作した同志。
そして、互いの主義をぶつけ合い、別れた友人だった。
「バン先輩」
「ああ。久しいな」
自然と僕たちは手を取っていた。
とても柔らかい肉球だ。百点をあげたい。
思わずふにふにしてしまうけど、夢中になっている場合じゃないだろ。
僕は声が震えるのも抑えきれないまま、どうしても言いたい事を口にした。
「いつから人間やめたんですか?」




