番外編14 ある貴族の妄執③
本日、三度目の更新です。
未読の方は一話前、または二話前からご覧いただければ幸いです。
番外編14
「完成だ……」
バン先輩が両腕をだらりと机に投げ出した。
どこぞのボクサーが燃え尽きたみたいに見える。
実際、折角のイケメンがやつれて、くまができ、憔悴していた。いや、それでも美形は美形。病弱属性が追加されただけか。
バン先輩に協力し始めてから一ヶ月近く。
新年を目前にして、遂に僕たちの共同研究が完成に至ったのだ。
作業机の上に鎮座まします猫耳としっぽ。
いつかの試作品とはレベルが違う。
この域に達していれば、僕らのようなトッププロでもない素人だって一目でわかるだろう。
それだけ凄みが違う。
「素晴らしい。完璧です、先輩」
「ああ。我が持てる技術の粋をこれに込めた実感がある」
毛並は前回と同じ茶色に『見える』。
が、違うのだ。
これのためにブランから稀少な猫型の魔物の毛皮を取り寄せた。その魔物の種族特性が残る毛皮は特殊で、周囲の色に反応して保護色になる。
つまり、黒髪の人が装着すれば黒に。茶髪の人なら茶に。実に自然に馴染む。しっぽに関しては予め髪を埋め込む事で対応可能。
しかも、バン先輩の伝手で手に入れた特殊な樹液を塗り込んだことで汚れもつきにくく、艶をいつまでも保つのだ。
もちろん手触りにもこだわっている。
選び抜いた毛皮の質。計算し尽くした毛足の長さ。丁寧に梳いた流れ。それらが合わさる事で奇跡の感触を生み出した。
一日中撫でていても飽きる事はないだろう。
そして、構造も一新した。
単純な綿づめから骨組みを用いるようにしたのだ。
使われた素材は西部の海で出没した魔物の骨。
この骨は刺激の与え方次第で形状を変異するという性質を持っていたので、これを利用する事で猫耳としっぽがある程度動く。
パターンは限られていた。
猫耳は起きるか寝るか。しっぽは左右に揺れるパターンと、先っちょがカギしっぽになるパターンのみ。
それでも画期的なアイディアだ。発案して組み込んだバン先輩には頭が下がる。
感触もただの綿ではない。
師匠から教えてもらった妖精族の大陸、ソプラウトにのみ自生する稀少な綿を使用。ただの綿よりも柔らかいのだ。
いや、これだけでは説明不足か。
柔らかさというのが半端じゃない。
この綿が詰まった袋に、僕が杖をフルスイングして殴っても衝撃を吸収してしまうぐらいと言えば理解しやすいだろう。そのままベストとかに詰めれば防弾チョッキになると思う。
おかげで代価は高くついた。
金額的にも、なにより、情報代的にも。
色々と時間を割いてもらって質問攻めにした後、それは何のために使うかと問われて自信満々に答えたら師匠に追加訓練を課されてしまった。
いつもより念入りに。
徹底的に。
うん。『そんだけ余裕があるなら、もっとできるよな? あぁ?』と頭を掴まれれば僕は頷く他ないのだ。
でも、協力は止めろとは言われなかったのだから、師匠は懐が深いよね。
そうして八方手を尽くして手に入れた綿を、部位によって量を調整しながら詰め込んだのだ。
柔らかく、それでありながら芯の残るラインを見つけ出すまでが長かった。
そこから更に何度も他のギミックの稼働実験も繰り返し、頭や腰への接続の仕方も工夫を重ねて、遂に完成したのだ。
「これこそ、究極の猫耳としっぽ!」
「ああ。これ以上の物、あと十年はどんな技術者であっても追随できまい」
疲労を滲ませながらもバン先輩は充実しきった顔をしている。
しばし、無言のまま僕らの夢を体現したそれを眺め続けた。
いつまでも眺めていたい。
これがあればご飯が三杯はいけそうだ。
とはいえ、こうしてもいられない。
バン先輩は猫耳としっぽを手に取り、僕に差し出してきた。
「では、これはシズに」
「え?」
驚きの声を上げて茫然とする。
確かに完成品が報酬だったけど、これはバン先輩の卒業制作でもあるのだ。
てっきり、学園に提出するとばかり思っていた。
いや、学園側がこれを認めて受け取ってくれるかはわからないよなと冷静に考える部分はあるけどね? 技術は。技術はすごいんだけどね?
「でも、卒業は?」
「問題ない。もう一個完成させるだけの材料も時間もある」
だとしても、最初の一個はバン先輩が持つべきだろう。
僕は協力者に過ぎず、意見を言うだけ。貢献の度合いは明白だ。
断ろうと口を開きかけたところに掌を突き出された。
「理屈はいらん。これは我の君への友情の証だと思ってほしい」
「バン先輩……」
ちくしょう。
かっこいいじゃないか。
こう言われてしまえば言葉は無粋に過ぎる。
「ありがとうございます」
「大切にしてくれ。言うまでもないだろうがな」
お互いに笑い合った。
沈黙が下りるけど、気まずさはなかった。
今、ここに言葉は余計だ。
ただ笑みを交わすだけで思いが伝わるのだから。
猫耳・しっぽ、サイコー!
そういう事だ。
ああ。僕は今、魔法学園で青春を満喫している。
こんな素晴らしい先輩がもう数ヶ月で卒業なのが惜しまれた。もっと早く出会えていればよかったのに。
「では、早速使ってみないか?」
バン先輩に促される。
既に実験は繰り返しているけれど、実際に使用しているところを見たいのかもしれない。
「じゃあ、ちょっとルネを探してきますね」
「? 何故、他の人間の名前が出てくる?」
「? それはこれを使ってほしいからですけど……」
再びの沈黙。
今度は気持ちが通じない。
それどころか相手の腹を探り合うような、間合いを計り合うような、猜疑心の空気が漂う。
「それは、シズが付けるのではないのか?」
「僕が付けてどうするんですか? こういうのは似合う人が付けないと」
空気が粘度を得たように重くなる。
僕とバン先輩――いや、バンは椅子から腰を浮かせて、臨戦態勢に入っていた。
「いや、待て。前提が違う。この猫耳としっぽは人がより猫に近づくための物だ。似合うか否かは重要ではない」
「は? なにを言ってるんですか? 猫耳としっぽは究極の萌えポイントでしょう!?」
「萌えだと!? そんな邪まな考えなど捨てろ! 猫がかわいい事は認める。至高の猫だからな。当然だ。だが、その本質は猫という動物の中にあるのだ! 誇り高くて! 美しくて! それでいながら驚いて飛び跳ねたり! 日向でお昼寝したり! 気まぐれに近づいて離れたり! そんな、猫が、我は、大好きなのだー!!」
「あんただって萌えてんじゃねえかよ! いや、僕だって猫の素晴らしさを否定する気なんて微塵もありません! でも、その要素を持ちながらも人間である猫属性こそ究極なんですよ! 美少女もいい! 猫もいい! でも、うちのリエナを見てください! 美少女と猫の究極の融合! これ以上の存在が自然界にあるわけない!」
「猫だ!」
「猫属性だ!」
白熱するうちに互いに額をぶつけ合い、至近距離から睨み合っていた。
身長差で屈服させようとしてくるバンを、鍛えられた身体能力で押し返す。拮抗したまま、歯ぎしりする。
「まさか、この身の内に相容れぬ敵を取り込んでいたとはな」
「こちらの台詞ですよ。信じていたんですがね。がっかりだ」
いや、バンの言い分だって理解できる。
猫はいい。素晴らしい。
だけど、己の中のベスト、マスト、究極を譲るわけにはいかない。
それだけはできないのだ。
恐らく、バンもだろう。
だから、やはり、反目した今でもお互いに言葉はいらなかった。
いくら言葉をぶつけあっても、妥協はできないと悟ってしまう。
結論に至るのも同時だった。
舌打ちと同時に距離を取り合う。
引き留める言葉も、和解の言葉も出るわけがない。
僕は受け取っていた猫耳としっぽを突き出す。
「返します」
「いらん。くれてやった物は受け取れん」
くそう。
敵対関係になってもかっこいいと思ってしまう。
これまでの日々が脳裏に蘇り、泣きそうになるのを必死にこらえた。
いい、先輩だった。
今までの学園生活で関った貴族子弟の中で、これ程までに心を許せた相手はほとんどいなかったというのに。
歳の差も、身分の差も、全て乗り越えて友人になれたはずなのに。
言葉はいらない。
そうとわかっていても、言わずにいられなかった。
未熟を承知で呟く。
「残念です」
「我もだ」
その言葉を最後に背を向ける。
僕は振り返らないまま研究室を出た。
そして、バンが卒業しても会う事はなかった。
でも、希望がないわけじゃない。
僕が返そうとした猫耳としっぽをバンは受け取らなかったのだから。友情の証を僕に持っていろと言ったと思うのは、僕だけなのだろうか?
あ、とりあえず、猫耳としっぽに罪はないので、予定通りルネのベッドの枕元に置いておきました。
結果についてはプライバシーの関係で黙秘させていただきますが、僕は翌朝、大量の鼻血を吹き出して倒れたとだけ言っておきます。
切りがいいところで連続投稿終了です。
この結末は見えていましたね。
ヒントは『至高と究極』の単語。
ちなみに、猫耳としっぽは危機感を本能的に察知したリエナによって封印されてしまいました……。
この話、もうちょっと続きます。




