番外編13 ある貴族の妄執②
本日、二話目です。
未読の方はよろしければ一話前からご覧ください。
番外編13
所変わってある研究室。
ルネと別れた僕が案内されたのは、研究棟の離れのような位置にある小ぶりな建物の一室だった。
素材研究館。
この建物でも模造魔法の研究が行われているのだけど、ちょっと毛色が変わっている。ここでは術式ではなく、用紙や筆やインクなどの研究が行われているのだ。
始祖が原書を生み出した時と同じ品ならば、模造魔法の威力も向上するのでは? という観点で取り組まれている。
とはいっても、こちらの方面の研究はマイナーといってもいい。
模造魔法が誕生してから千年。
素材の面での研究は行き詰ったというか、頭打ちというのが現状なのだ。
例えば用紙。
破けにくい、耐久性が高い、汚れにくい、保存がきく、という用紙は既に一定のレベルに達していて、これ以上の向上は必要なのか疑問視されている。
はっきり言って、既に始祖の時代に使われていた物より品質では優れているのだ。
それでも模造魔法としては原書に近づいた方が威力は上がるのだけど、上昇利率は微々たるものという考え方が主流になっている。
ならば、上昇率は術式の面で強化して、素材はより現代に即した上質の物を使った方がいいだろうと考えられていた。
実際、僕も入学後に必須授業の一環で自作の筆を作っている。
その出来栄えはかなり酷い有様だったし、不器用人間の僕が目指す事でもないとわかりきっていたので、以来、ここに足を踏み入れた事もなかった。
閑話休題。
そんな素材の研究棟にバンウルフ――バン先輩は個人用の研究室を許されていた。
「我は魔筆の製作では学園屈指と自負している」
胸を張る様には自信が溢れていた。いや、このイケメンは徹頭徹尾、自信満々だったけど。
学生の身で個人用の研究室があるというのは、かなり破格の対応だ。有力貴族の派閥の貴族が、派閥の教師の研究室を使う例はあっても、その代表はあくまで教師。
その点、バン先輩は公式に実力を認められた上で、権利を得た事になる。
柔らかいソファーに向かい合ったところで、バンが本題を切り出してきた。
「この二年間。様々な動物の毛を、魔物の毛を、筆として扱ってきた。時には素材を得るために魔物を討伐してきたこともあった」
「はあ」
「そうして、研究を重ね、とうとう我も卒業を間近になったわけなのだが、卒業試験のために至高の一品を作り出したいと考えている」
「なるほど」
「だから、猫耳としっぽを作りたい」
「わからないけど、わかりました。協力します」
バン先輩の論理は全く理解できなかったけど、協力を惜しむわけがない。
彼は同志なのだ。十全を以って援護しよう。
「ふっ。さすがだ。我が理想に臆する事もなくついてくるか」
「猫耳としっぽのためならなんだってやりますよ、僕は」
ああ。甲殻竜だってぶっ殺してやらあ。だけど、師匠だけは勘弁な。
いや、マジで。
「さて、猫妖精でも、亜人でもない我々には猫耳もしっぽもない。悲しい事だがな」
「ええ……」
沈痛な面持ちで項垂れるバン。その気持ちはよくわかる。
しかし、ないものねだりをして足を止めるなど愚の骨頂。
「ちなみに、我は卒業後、領地に戻ったら猫妖精と結婚するつもりだ」
「えっと、それは貴族的に大丈夫なんですか?」
貴族の連中には妖精族を自分たちの下に見る傾向が強い。
そんな風潮の中で結婚というのは厳しいだろう。バン先輩も、お相手も。
「問題ない。ダイムの所領は妖精族との交流で栄えている。妖精族を蔑ろにするなど愚の骨頂よ。それに準男爵ならば家名にこだわる意義も薄い。何より我は学園に入学する前に結婚を約束している。それらと比べれば風聞など些細な事よ」
そうか。
亜人と違って猫妖精はガチの獣人で、二足歩行の大きな猫みたいな感じなのだけど、バン先輩は気にしないのだろう。
そして、伴侶を守る覚悟もできている、か。
本当にイケメンだな、この人。
「とはいえ、だ。我らに猫耳としっぽがないのは変わらない。ならば、擬似的にも作り出すしかないと考えるが、どうか?」
諦めるのは残念だけど。
いや、僕だけはその在り方を否定はしない。
「仕方ありません。妥協はしたくありませんけど……」
「言うな。我も同じ思いだ」
やべえ。この人、超意見が合う。
もっと早く出会いたかった。
「となれば、だ。如何にして完成させるか。それが問題なのだ」
席を立ったバン先輩が棚から箱を持ち出して、テーブルの上に置いた。
開けてみると、そこには一対の猫耳。そして、しっぽ。
耳の方は茶色の毛並。やや先端が丸みを帯びた形。
しっぽはデフォルトでカギしっぽか。
どちらも単色で、細かい柄はなし。それだけに作成者の腕の良しあしが明確になりそうだ。
「試作品だ。どうだ?」
言葉少なに尋ねてくる。
なるほど。何かの毛皮を生地にして、型を取ってから切り出し、縫い合わせて綿をつめた、という感じか。
研究室を一室自由に使えるだけあって、感心する程の器用さだ。素人ながらもわかってしまう程で、縫い目がまるでミシンを使ったみたいな正確さだった。
それだけに、惜しい。
「話になりませんね」
僕は敢えて強い言葉を使った。
対してバン先輩は平民で年下の僕の辛辣な言葉を平然と受け止め、逆に身を前に乗り出してくる。
「聞こう」
「単純に手芸品としては優れています」
「ならば、猫耳としっぽとしては?」
「まず、毛並み。外側はいい毛並みですけど、対して内側はただの布。猫は内側にも耳毛があります。毛並みが薄いので、外側とは別の生地を使うべきでしょう。それと色合いも違う例が多いですので留意してください」
「続けろ」
「それに綿。猫の耳は平たい軟骨が皮膚で覆われた物です。柔らかさと硬さが両立しているでしょう? 動かせとはいいませんが、せめてその点は追求しなくては嘘でしょう?」
「そうか」
「それはしっぽも同じです。綿を詰めただけでいいと思ったんですか?」
「ああ。確かに我の不明だった」
僕の指摘に反論もせずに受け入れていく。
特に不快に思う様子もなく、積極的に意見を吸収しようとしていた。
器の大きいイケメンだ。
だからこそ、好きなものだからこそ、僕も言葉を選ばない。
「卒業試験なんでしょう? 拘らないと。こんな具合で大丈夫なんですか?」
「面目ない。しかし、何も問題ない。いや、なくなった。全て解決するだろう」
さわやかにイケメンが微笑む。これだけを見たら、女生徒が黄色い悲鳴を上げそうな顔だった。
しかし、その笑顔を受け取るのは僕。
本当に残念な人だ。その結婚の約束をしたという猫妖精さんは、バン先輩のあれこれを納得しているんだろうか?
いや、どうでもいいけど。
「シズ。君となら至高の猫耳としっぽが生み出せると確信した」
「僕は不器用です。バン先輩のようには物を作れません。でも、アイデアなら出せます。きっと険しい道でしょうけど、バン先輩となら頂点に辿り着けると信じています」
がっしりと握手を交わす。
そして、師匠との訓練の合間にバン先輩を手伝うことが決まった。
報酬は猫耳としっぽの完成品を一セット。
僕はこれをルネのベッドの枕元にそっと置いておく。
ああ。生きるっていう事は素晴らしい。
次の更新は一時間後。




