95話 語られる過去
周囲に危険な生き物がいないのは分かっている。
それでもアクセルは慎重に扉を開く。
何かを守る為、あるいは自身を守る為、罠を仕掛けている可能性は十分にあったのだ。
物理的な罠であればこの4人には問題ないのだが、魔法を使用した罠なら万が一ということもある。
その点、魔法が効かないアクセルなら問題ない。
魔力を使った索敵、魔法無効、脅威の身体能力と、こと探索においてアクセルは誰よりも秀でているのだ。
扉を開き中に入る。
そこは殺風景で、氷をくり抜き出来たような生活空間に、氷で出来た机とその机の上に2冊の本があるだけだった。
「中は温かいな…」
全員が中に入り、それぞれ部屋の中を見て回る。が、特に気になるようなものはなかった。
そして
「どう見ても怪しいよな、これ…」
アクセルの言葉に全員の視線が机の上に置かれた2冊の本に集まる。
「かつての海底にあった遺跡を思い出すな…」
「だな!あの時はランタン触って崩れちゃったからな」
遺体などは見当たらないし、作りもまるで違っているが、どこか雰囲気がかつての海底遺跡を思わせる。
そんなことを考えているとステラがとある疑問をなげかける。
「この壁になってる氷も外と同じ氷なのにどうやってこんな空間作ったんだろ…元から空洞だったとしても扉部分は絶対にくり抜いてるよね?」
「だな!もっと言えばあの扉に使われた木もどこから持ってきたのかって話だ」
そう、ステラの言う通り魔装を施したアクセルが渾身の力でやっと割れたほどの氷にどうやって穴を開けたのか、また、地下であり氷に囲まれたこの場所に木など存在せず、扉をなど作れるはずがない。
謎が謎を呼び、疑問は深まるばかりだ。
「やっぱこの本見るしかないよな…」
全員が黙って頷いたことを確認すると、アクセルはチョンチョンと指でつついた後、本を手に取った。
そして本を開くが特に何も起きないことにまずは胸を撫で下ろす。
その様子を見たミラも、もう1冊の本を手に取り開く。
(………全く読めないな。すでに滅んだ文字か?)
そんなことを考えているミラだったが、アクセルの言葉に驚愕する。
「これ日記か何かだな!」
「何!?読めるのか?」
「馬鹿にしてんのか?俺だってお前ほどじゃないけど本くらい――」
「待て待て、そうじゃない!その文字が読めるのか?」
「はぁ!?何言ってんだよ!いつも使ってる文字だろ?」
本によって使われている文字が違うのかと思い、ミラもアクセルの持つ本を覗く。
「ダメだ、私には読めない…全く見たこともない文字に見える」
「ボクも読めない」「私も」
その言葉を聞き、アクセルは両方の本に目を通し、読めることを確認する。
「俺だけが読めるってことか?なんで?」
「そういえば、魔力文字という、条件を満たさねば読めない文字があると本で読んだことがある。もしやこれが…」
「お前、ホントに何でも知ってるな……んじゃ、ちょっと読んでみるか…」
まずは日記だと思われる方の本を手に取り、最初から読んでいく。
「えーっと、『まずはじめに、この閉ざされた世界に迷い込み、この本を手に取りし者よ、私がここで過ごした人生と研究成果を遺す。君の残りの人生に役立ててくれ。そして願わくば私の研究を完成させてほしい…』…これ全部声に出さないとダメか?」
「無論だ!君しか読めないのだからな」
こうしてアクセルの長い朗読が始まった。
話をまとめると、どうやらこの日記を書いた人物は終焉の光とやらから逃れるため、この地に来たようだ。
アイツと呼ばれていた人物と共に地下に潜ることを嫌い、遠く離れた場所で高い所を目指し、山を登っていたところ、悪天候に見舞われ、身を隠した洞窟から足を滑らせ地底湖まで落ちてきたようだ。
そしてこの氷に囲まれた場所にたどり着き、散々探し回ったが地上への道は見つけられなかった。
その間にも食べ物や飲み物、その他色々と必要な物があるがあるが、なんとこの人物、チュチュ袋に似た能力を有していたのだ。
チュチュ袋とは違い、中の時間が止まっているなどの力はなかったが、それなりの物資を貯めておける能力だったようで、なんとか生き繋いでいたようだ。
だが極寒の中では物資があったとしても辛い。
寒さと閉ざされた空間にいよいよこの人物は絶望し、持っていた酒瓶を氷壁に投げつけた。
すると氷がみるみる溶けていき、それを理解したあとは氷の中に生活空間を作り出したとのことだ。
「ふぅー、ちょっと休憩だ」
「……なかなか興味深いことが書いてあったな…」
「あぁ、ミラ、酒ちょっと頂戴」
ミラから酒を受け取ると氷に少し垂らしてみせる。
すると少しずつではあるが氷は溶けていっている。
「「「おぉーーー!!」」」
氷に苦戦をしたアクセル、ステラ、ソニアが驚嘆の声を上げる中、ミラは別のことを考える。
(……そもそもこの近辺に山などなかったはずだ…そして地下に潜ったアイツと呼ばれる人物…続きが気になるな)
小さくなっていく氷を頭を寄せ合い眺めている3人に声をかけ、再びアクセルの日記朗読に耳を傾ける。
生活空間を手にいれた日記の持ち主は兼ねてより続けていた研究に再び取り掛かる。
それは転移魔法についてだった。詳しい内容はもう1冊の本に記すとのことで、それ以上の記述はなかったが、恐らくこの人物も終焉の光と呼ばれる脅威から人々を救いたかったのだろう。
さらに細やかな日常など記されていたが、いよいよ内容は大詰めとなっていく。
『いよいよ私の命も残り少ないようだ。私の研究はまだ不完全だが、成功しなければ私に待つのは死のみ。成果の程は私自身で確かめるとしよう』
「ここで終わりみたいだな」
アクセルはページをめくり、白紙が続いたことを確認するとそう告げる。
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