156話 最果ての地
何の変哲もない部屋がドラゴン達の咆哮をキッカケに光と闇に分かれる。
地面から上は真っ白な光に覆われ、地面より下は全てを飲み込む闇が広がっていく。
闇竜は咆哮と同時に闇に溶け、宙に浮く光竜の周囲には無数の光が球体状に収束され、アクセルを全方位から取り囲む。
ピュン
1つの音を皮切りに、一斉に撃ち出された光線は発射と共にアクセルへと襲いかかる。
「ぐっ………」
心の中で魔力の塊ではなく、光の塊であることに毒づきつつ、止むことがない光線を避け続ける。
「がぁっ」
直後、足元の闇がドラゴンの牙の様な形で現れ、アクセルの足を貫いた。
瞬時にアクセルは避けることを止め、剣に魔力を纏い、迫る光線を打ち払う。
致命傷を避けながらやっとの思いで全てを防ぎきった瞬間、視界が一転し、闇へと変わる。
全方位から圧力がかけられ、体が軋む。
「あ"ぁぁ!!」
すでに施されていた魔装がより一層の輝きを放ち、アクセルの周囲の闇を払う。
「はぁ、はぁ、……」
それからも視界が白黒するたび、対峙するドラゴンが変わり、アクセルを追い詰めていく。
それでも光竜が光を収束させる一瞬の隙をつき即座に斬り掛かるが、光竜はその体を粒子に変え、再び光竜を形成していく。
(次だっ……)
体中を抉られながら、光線を捌き切り、闇竜の圧力をかき消す。
そして再び視界が一転した瞬間、光竜の首が落ちた。
このドラゴン達に斬り掛かっても粒子に変わり、闇に溶け、実体を捉える事が出来なかった。
しかし実体が無いわけではない。
アクセルの魔力は正確に両ドラゴンの実体を捉えていたのだ。
しかしアクセルの速度をもってしても攻撃を掻い潜り、剣を届けせることは出来なかった。
ならば、移動を省けば良い。
アクセルはドラゴン達が入れ替わる瞬間、実体のすぐ傍に時空間で移動し、即座に首を切り落としたのだ。
だが、これには相応の代償が必要だった。
時空間は魔力の消費も凄まじいが、それ以上に脳神経に多大なる負担をかける。
加えてアクセルは戦闘時、魔力を拡散し周囲の把握を行っている。
それらの情報処理するだけでも脳は最大限動かしているため、戦闘時に時空間を使う余裕は無かったのだ。
しかし現在は区切られた部屋、居るのは敵と自身のみと、魔力を使って周囲の状況を常に把握する必要がない。
そんな特殊な状況下であった為とれた手段なのだ。
光竜の首が地面に落ちたことで、一瞬闇竜の実体が姿を見せる。
それを分かっていたかのように、既に時空間で飛んでいたアクセルは闇竜の首を切り落とした。
「っはぁ、はぁ、はぁ、くそ……頭痛てぇ」
目や耳、鼻から血を垂れ流し、アクセルは地面に腰をつき、頭を抱える。
「ふぅ………コイツらがバカで良かった……知恵があったら普通に死んでたな」
このドラゴン達が生物として襲いかかってきていたなら恐らくアクセルも無事では無かった。
強靭な肉体、他の追随を許さない能力ではあったが、自我が無かった事が幸いしたのだ。
強力な力を感じる2つの魔石を拾い、アクセルは周囲を見渡す。
「勘弁してくれよ……体中痛てぇのに…」
下へと続く階段は無く、また降りて来たはずの階段も無くなっている。
加えて部屋の中央から静かに崩壊が始まっていた。
「くそっ」
―▽▽▽―
「マスター遅いね……」
「彼に限って万が一ということは考えられないが……」
「し、しかし………」
「だが、私達にはここて待つしか………」
「静かに!!」
ステラがそう言うと地面へと耳を当て、神経を研ぎ澄ます。
「音が聞こえる。何かが砕ける音……この壁の向こう!」
即座にステラが示す壁に向け、ソニアが渾身の拳を打ち付け、その衝撃を伝うようにミラが雷を走らせる。
「気付いた!こっちにくる……………………マスターの衝撃弾だっ!!」
「離れろ!!」
ミラが叫び、3人が壁から離れた瞬間、壁から特大の衝撃が伝わり、大穴を空ける。
「ぁぁぁぁあ"あ"あ"!!!」
叫び声と共に壁からアクセルが飛び出し、地面を転がる。
「「「マスター!」」」
「ふぅ…………助かったぁ!ありがとな」
「……全く…心配させてくれる」
「マスター!!」
抱きついてくるステラを受け止めるアクセルだが、表情を歪ませる。
「がぁ、痛てぇ!!体中抉られてんだ!勘弁してくれ」
「すぐ治癒を…………」
「しかし何故壁から?」
「あ、あぁ、階層主は倒したんだけど、上も下も階段が消えちまって、部屋も崩れだしたから壁に適当に穴空けて進んできたんだ」
「………………ぷっ、くははは、あぁ、全く君らしい」
「死にかけたんだぞ?笑うなよ」
「いや、すまない。しかし………」
「待てっ!なにか来る」
アクセルがそう言い、ソニアの治療の手も止めさせ、長い通路を睨みつける。
全員が警戒態勢をとるなか、通路からカツン、カツンと音が聞こえ始める。
「子供?」
「いや……」
姿を見せたのは子供程の背丈だが、杖をつき、長い髭を蓄えた老人、そしてその老人に付き添うように歩く壮年の男性だ。しかしこちらも背丈は子供ほどしかない。
2人はアクセル達の傍にまで来ると、老人が杖を置き、おもむろに地面に膝をつき、頭を下げた。
「どうか、命ばかりは奪わんでくれませぬか。我らに出来るのは命を懇願することのみ。どうか……」
「いや、別にそんなことはしない」
「おぉ、それはなんとも……」
「長!!騙されてはいかんぞ」
そんな様子を見て敵対する意思はないと判断し、アクセル達も警戒態勢を解いた。
「俺達はこのダンジョンに何があるか知りたいだけだ。よっぽどの事がない限り、手を出す気はない」
「我らがここに来る物達を食い物にしたとしてもか?」
「必要なんだろ?」
「それは、そうなのじゃが………」
「じゃあ話を聞かせてくれよ。わざわざここまで来たんだ。奥には踏み込んで欲しくないだろ?」
「…………いや、案内しよう。我らにはお主達の言葉を信じる他ないのでな」
こうして老人に続き、通路を進む。
その傍ら、老人達について尋ねると、ホビットという種族らしい。
成人しても人間の子供ほどにしか背丈は伸びす、他にこれといった特徴もない。
「私の記憶では遠い昔に滅んだ種族だと記憶しているが……ダンジョンの奥地で生き延びていたのだな」
「いいや、ワシ達はこの地で生まれたのじゃ………今から向かう場所でな」
それ以降はただ静かに老人について進む。
そして通路から眩い光が漏れ、出口が見えた。
「おぉっ!綺麗な場所だ」
拓けた場所で雄大な自然が存在し、所々に小さな家がある。
そしてその家からはホビット達が恐る恐るアクセル達を覗いていた。
「ワシらの祖先はここで生まれた。それからアレの恩恵を受けひっそりと暮らしておる」
老人が杖で指し示す方向、空間の中央に巨大な六角柱の水晶のような結晶があった。
あれこそが、このダンジョンの根底を支える物質なのだという。
アクセル達はホビット達が暮らす場所には踏み込まず、通路の出口のすぐ傍で老人から話を聞く。
ホビット達が生まれた時には既に結晶は存在しており、様々な恩恵をホビット達にもたらした。
結晶は食料や水、生きていく為に必要な物を生み出し、ホビット達はそれらを貰い受け日々暮らしている。
しかし無限に生み出すことは出来ず、結晶もまた糧が必要だった。それがここダンジョンに集まる欲望だ。
この結晶は古い記憶を持っているようで、すでに存在しない資源や魔物を生み出し、欲望を集める餌とした。
さらには集まった餌が落とす品々を取り込み、更なる餌にしたり、自身を護る矛や盾としたのだ。
「ふむ………………」
「ワシらはアレに殆ど干渉は出来ませぬ。出来ることと言えば、お主らがダンジョンと呼ぶこの地に結晶を通じて新たな空間を創り出すことくらいじゃ」
「階層のこと……だろうな」
「うむ、それと予期せぬ強力な魔物が生まれた際に隔離する場所も作りはしたが……」
「あの闇と光のドラゴンか?」
「うむ……まさかあれを打ち倒す者がおるとは思わんかったが…あれは特にワシらの手には負えんかったからの」
「しかし、では何故このダンジョンは生まれた?自然にこんな物が生まれるとは到底思えないが……」
「すまぬ。それはワシらも一切分からぬことだ」
そうなるとダンジョンは人間達にとって、とてつもなく都合がいい物に思える。
少なからず欲望をもってこの地に入るのだ。
危険は伴うが、その欲望が資源を生み出すとなると、都合が良い。
そんな物が自然に生まれるだろうか?
また誰かが生み出した場合、それはまさに人智を超えた存在だ。
そんな者がこの世界に居るのだろうか。
「ま、そんな事考えても答えは出ないよな」
「それもそうだ。何故生物が生まれた。などという事にも繋がるからな」
「で、爺さん。アンタらはここにずっと残るのか?」
「ワシらはこの地より出ることが出来ん。出たいとも思わん」
「………………出る方法は?」
「ワシらは使えんが、地上へと一瞬で移動できる仕掛けがある。それを使えば出れるじゃろ」
「……………ふーん。じゃ案内してくれ」
「うむ」
老人に連れられ、再び長い通路を戻る。
そして皆が集まっていた広場に来ると、その一角の壁に老人が手をかざすと、壁が消え、その先に伸びる通路が現れる。
「ワシらはここより先には進めん。真っ直ぐ進めば不思議な模様を描いた床があるはずじゃ」
「あぁ、分かった。じゃあな」
老人と別れ、通路を進む中、アクセルが口を開く。
「嘘はついてないけど、全部は喋ってないな…」
「あぁ、恐らく彼ら専用の外に出る方法がある、といったところか」
「あと、魔物また造らなきゃ、って遠くで聞こえたよ」
「ま、それもアイツらの生きる為に必要なことなんだろ………あれか?」
転移の魔法陣に辿り着き、警戒は解かず踏み入れる。
光に包まれ一瞬の浮遊感の後、先程とは違う部屋が視界に入る。
正面に扉があり、その扉を抜ける。
「ん?ここ1階層だな」
即座に魔力を展開したアクセルがそう告げる。
同時に背後の扉は自動で閉まると消滅した。
理解の及ばない技術に関心しつつ、外へ出る。
こうしてアクセル達によるダンジョン攻略は幕を閉じた。
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