155話 それぞれの戦い
―キィィン―
両者の剣が交わるたび甲高い音が周囲に響く。
やがてその音は間隔を徐々に狭めていき、重なることもあった。
ミラと天使の激しい剣での応酬はやがて舞台を空中へと変える。
漆黒の翼と純白の翼が目一杯広げられ、縦横無尽に駆け巡り、一進一退の攻防が続いた。
そして両者が同時に距離を取る。
そこで先に仕掛けたのは天使だった。
すぐに天使は自身の周囲に光で形成された数多の剣を出現させ、その剣先をミラに定める。
直後、光の剣が一斉にミラへと降り注ぐ。
ミラは焦る様子も見せず、冷静にその剣全てを紅い雷で撃ち抜き、さらにそのまま天使も狙う。
轟音が鳴り響き、その衝撃は天使を捉え、砂埃を舞い上がらせる。
「…………………そう簡単ではないか」
砂埃が晴れ、ミラの直撃を受けたはずの天使だったが、その左手には剣同様に、光で作り出された盾が装備されており、紅い光の残滓が見える。
天使はまるで人形のように生気のない表情でミラを真っ直ぐ見据え、右手に握られた剣を軽く振るう。
それとほぼ同時に、ミラも持っていた魔剣を軽く振るう。
それに呼応するかのように魔剣に雷が纏われ、4本の魔剣が分離し宙に浮かび、ミラの周囲を意志を持っているかのように巡り始めた。
ミラが再度力強く翼を広げ、展開した魔剣と共に天使に迫る。
天使は先程同様にはミラに付き合わず、距離を保ちながら再度、光の剣を無数に作り出し、雨のように降り注がせた。
剣の雨を展開された魔剣で防ぎ、ミラは天使との距離を詰める。
そして振り下ろされた魔剣が天使の持つ光の剣と交わった時だった。
「がっ………」
天使は魔剣を剣で受けたと同時に盾を捨て、その左手でミラを掴む。
そして胸部から数本の光の剣を作り出し、ミラを貫いた。
「ぐふ……………終わりだ」
ミラがそう言うと、すでに紅い雷を纏っていた左手が天使の心臓を穿つ。
そして心臓の代わりに存在していた魔石を握り潰した。
魔石を砕かれた天使は身動きせず、最後まで表情を変えることなく光の粒となって消えていく。
(魔石などという物がなければどうなっていたか……)
そんな事を思った直後。
キィン
天使が消えたと同時に地面に何かが落ちた。
傷口を押さえながらも、それをミラが見やる。
「くっ…………これは、指輪か?」
指先で何度か少し触り、何も起きない事を確認するとその指輪を手に取る。
「ふっ………まるで私を嘲笑うかのように清らかな光だ」
それだけ口にすると指輪をしまい、周囲を見渡すと下層へ続く階段を発見した。
さらなる戦いに備え魔法薬を飲み干し、階段を降りる。
「ここは………」
階段を降りた先には、一般的な家屋の居間ほどの広さの空間があり、さらに奥には階段ではなく、真っ直ぐ伸びた通路が先が見えない程伸びていた。
(皆がここに集まってくれれば良いのだが……)
ミラは壁にも注意を払いつつ、背中を預け静かに時を過ごした。
―▽▽▽―
ミラがアクセルから手を離した時を同じくして、ステラ、ソニアもまた手を離し、別々の場所に飛ばされていた。
「………………」
階段を降りるステラの表情は、いつもの底抜けの明るさはなりを潜め、かつてアリスファミリーの狼獣人、オーグに見せたような冷えきった表情をしている。
周囲に仲間達がいない事が分かると、ステラは気を引き締めると同時に感情を心の奥底へと追いやった。
そして階段を1段、また1段と降りるたび、腰に差した脇差に宿る準精霊達が騒ぎ立てる。
「何かが居るのは分かってる。ありがとね」
辿り着いた部屋に居たのは人間だった。
しかしその姿は余りに異様。
着物を纏い、頭部には特徴的な頭髪、まさに武士の様な格好をしているが、体の至る所から魔石と思わしき物が結晶化し、飛び出ている。
ステラがそのサムライもどきの前に立つと、サムライもどきは腰を落とし、腰のカタナに手をかける。
それを見てステラも同様の構えをとった。
(強い…………マスターと対峙してるみたいだ)
それから2人は長い時間、膠着状態となった。
―▽▽▽―
「あれはまさか………」
ソニアが対峙しているのは真っ赤な兜まで揃えた全身鎧その物だった。
手には槍、反対の手には盾が握られている。
だが、その全てが馴染みのある素材、ドラゴンの素材で造られているのが見てわかる。
さらにただのドラゴンではなく、見間違うはずも無い、思い入れの深い代物だ。
「他国へ持ち出されたという父の武具…………」
まさにガラットが誇る国宝、そのうちの1つが今ソニアの前に立ちはだかっているのだ。
しかしすぐソニアは口を引き絞り、半竜となり臨戦態勢となった。
(私は生き抜く、必ず!)
体に炎と風を纏わせ、固く握った拳を構え、鎧に肉薄する。
そして渾身の力で拳を繰り出した。
ガン
重々しい音をたてながらも、鎧はソニアの炎が纏われた拳をいとも容易く盾で受け止める。
直後、繰り出された槍の切っ先は炎を生じ、ソニアの首筋を焼き焦がす。
「くっ」
辛うじて躱しはしたが、喉を貫かれてもおかしくなかった。
それほどに繰り出された槍は鋭く、速い。
そしてそれはドラゴンであるソニアの鱗を易易と切り裂いたのだ。
たまらず距離を取るソニアだが、それを見越していたかのように鎧は距離を詰め、神速の槍を幾度も繰り出してくる。
「ぐぅぅ」
腕を交差させ、癒しの炎を纏いながら致命傷を避ける。
しかし腕の交差している部分を槍で貫かれ、盾で顔面を横殴りされる。
何度か殴打され、一瞬意識が飛びそうになりながらも、貫かれた腕で力任せに鎧を持ち上げ、槍を引き抜くように振り回す。
「ふぅ、ふぅ……………」
肉の焦げた匂いが鼻につき、呼吸を荒らげながらも癒しの炎が傷を塞いでいく。
(私では、父を超えることが出来ないのか……)
傷は癒えたが心に深い傷を負ってしまう。
父から作られた槍は自分をあっさり貫くのに対し、自身の拳は傷1つ付けられない。
そんな思いからソニアの体が震え出す。
「はぁ、はぁ、はぁ……………私では……」
直後、鎧がソニアに迫り、神速の槍を再び繰り出してくる。
体を何ヶ所も貫かれてながらも、ソニアは癒しの炎を絶やさず必死に耐える。
(やはり、私では…………)
その時、不意に頭をアクセルの言葉が過ぎる。
―絶対に生きて帰るぞ―
それを機に今までの思い出や、仲間の言葉が頭を駆け抜ける。
鎧の槍がソニアの胴を貫かんと迫る中、その槍で左手を貫かれながらも受け止める。
「そうだ……私は生きて帰るのだ。絶対に!!!」
再びソニアの闘志が燃え上がる。
「がぁ!!」
力任せに盾を殴りつけ、鎧を吹き飛ばす。
直後、ソニアの纏う空気が変わる。
「お父様…貴方を超えさせてもらう。今、ここで!!」
今までただ纏っていただけの炎と風が、目に見えて形を変え、ソニアの腕に螺旋を描く。
その螺旋の渦はソニアの握られた拳へと集約し、空気が揺らいで見えるほど温度を上げていく。
白炎が灯る拳を構え、翼を広げ一気に鎧に迫る。
鎧は盾を構えるが、ソニアは直前で体を回転させ、勢いついた尾が盾を横薙ぎに払い、拳を胴目掛け繰り出した。
鎧は盾を弾かれ、咄嗟に槍で防ごうと槍を横に構えるが、槍諸共胴体を貫かれる。
「はぁあぁあああ!!!!!」
鎧の内部にあった魔石を掴み、咆哮と共に拳に灯った白炎を撒き散らす。
そして魔石を引き抜いた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
魔石を引き抜いた時点で鎧は活動を停止していたが、ソニアは父の武具が燃え尽きるのを呼吸を荒らげながらも見守った。
「お父様、私は先に進みます。貴方の施した呪いをも取り込んだ負の遺産。そんな物はこの世から消えた方がいい」
手に持った魔石を砕こうと力を入れるが、思い留まった。
父を超えた証であるように思え、チュチュ袋へとしまい、見付けた階段を降る。
「………………ミラさんっ!!!!」
「良かった……無事……では無さそうだが、とにかく良かった」
「マスターやステラは?」
「2人共まだだ………」
「待ちましょう………」
「あぁ」
―▽▽▽―
ソニアが鎧の胴体を貫いた時とほぼ同時。
ずっと膠着状態だったサムライもどきとステラが同時に動き出す。
サムライが鞘から紅い刀身を僅かに覗かせたが、ステラが極限まで体中に巡らせた身体強化の魔法でサムライがカタナを抜くより速く自らのカタナを振り切った。
ステラのカタナには自身が持つ4つの属性が纏められ、万物を切り裂くカタナとなってサムライの構えられた右腕と上半身を逆袈裟斬りにし、同時に胸にあった魔石も斬り裂いていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ…………」
カラン
サムライの体が消えたことでサムライの半分抜かれた状態のカタナが地面へと落ちる。
「……………凄く嫌な感じ」
そのカタナからは禍々しいほどの妖気が漏れ出ている。
そのカタナをステラは、包草という包帯に似た草を、浮島拠点の世界樹の新芽から滴る水に浸し清めた物でぐるぐる巻きにし、チュチュ袋へとしまう。
その後、見付けた階段を降っていく。
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