137話 念願だったもの
とても不思議な場所だ。
見渡す限り、広大でのどかな草原が広がっている。
空を見ても青空が広がっているのは確かなのだが、やや薄暗い。
周囲には他に何も無く、ただ穏やかな風が吹き抜けていく。
ただ景色が変わっただけでない。
地を踏む感触も、頬を撫でる風の感触も間違いなくある。
ここは先程までいたリーレスト城の地下ではなかったのだ。
「転移か…………」
アクセルは即座に魔力を最大限展開する。
見通しの良い場所ではあるが、目に見えるものだけが驚異ではない。
直後、展開されたアクセルの魔力が何かを捉える。
「何かいる……人の形はしてるが………注意しろ」
それぞれが背を向け合い、違う方向を警戒する。
(何だ……嫌な感じは全くないが、魔力も感じないし、人の形をしている何か……)
アクセルの魔力はかなりの精度で状況を把握出来る。
しかしそんなアクセルの魔力をもってしても、魔力に捉えたものが何か分からないのだ。
しかしすぐに状況は変わる。
人型の何かは姿を一瞬消し、即座にアクセル達の前に現れたのだ。
「「「「……………っ!?」」」」
気配も感じる事が出来ず、視認したことで身構えようとするアクセル達にその人型の何かは声を掛けてくる。
「身構える必要はありませんよ。ようこそ、我が世界へ」
見るとその人型はエルフに近い容姿をしているが、身体の至る所に植物が見える。
そして男とも女とも見える中性的な外見に、草原を吹き抜ける穏やかな風の様な声をしていた。
「……あんたは何だ…あんたからは何も感じない」
「良い感性をお持ちだ。私は意思…世界樹の意思を伝える存在です。それ以外の何者でもありません」
「世界樹の……意思。それに世界ってことは……」
「えぇ、ここは世界樹が存在する世界……いえ、世界樹の為の世界と言いましょうか」
「ふむ……我々は世界樹によって、別の世界であるここに招かれた…そう解釈しても?」
「えぇ、間違いありません」
世界樹の意思の返答を聞き、周囲を見渡す。
遠くに薄らとそびえ立つ壁のような物は見えるが、それらしいものは何もない。
「あちらに参るとしましょうか」
そう言って世界樹の意思は遠くに見える壁へ歩き出した。
しばらく無言でついて歩くが、アクセルの我慢が限界に達したようだ。
「な、なぁ…もしかしてあの壁が…世界樹なのか?」
世界樹の意思は何も言わず、ただアクセルに向けて微笑みかけた。
「もう…無理だ!!見に行って良いか?今すぐ!!」
「ふふ、えぇどうぞ」
その言葉を聞いたアクセルは吹き抜ける風を追い越す勢いでかけていく。
それステラも続いた。
「はぁ、全く……済まない」
ミラがアクセルに代わり世界樹の意思に謝罪する。
「お気になさらず。私達も向かいましょう」
そう告げると世界樹の意思は宙に浮く。
ミラ、ソニアも翼を出して一気に壁に向けて進む。
壁がハッキリと視認出来る距離まで来ると、アクセル、ステラがその壁にセミの如く張り付いているのが確認できた。
そしてミラ達が来たのに気付くと飛び跳ねながら近寄ってくる。
「おい、見ろ!!!これ木だぞ!!!大きいぞ!!!」
もはや興奮しすぎて見たままの感想しか口に出せないアクセルだが、それも理解できた。
壁だと思っていた物が世界樹だったのなんとなく理解していたが、それが1本の木であるとは思えなかったのだ。
「改めまして、これが世界樹と呼ばれる木でございます」
見上げてみても頂上は雲がかかり見えず、木の幅も遥か遠くまで続いていた。
「俺どれくらい幅あるか見てきても良いか?」
「あ、僕も頂上見たい!!」
世界樹の意思に詰め寄るアクセルとステラは、その微笑みを確認する。
瞬時にステラは魔法で上昇気流を生み出し、どんどんと上昇していく。
アクセルも魔装まで施し、全力で駆け出していった。
残されたミラとソニアはいつの間にか出現した机と椅子に促され、席につくとお茶を運んできてくれた。
「これはもしや、世界樹の葉を素に淹れた物ですか?」
ソニアの質問に対しても世界樹の意思は多くは語らず微笑み返すだけだ。
そのお茶はこれまで飲んでどんな物よりも爽やかであり、甘みと苦手が黄金比で調和した物だった。
「こ、これは美味いとしか感想が出ませんね……なんと言葉にしていいか……」
「確かにな…極めて贅沢なのは間違いない」
ミラとソニアは優雅にアクセル達の帰りを待っていた。
するとほぼ同時にアクセルとステラが帰還し、ほぼ同時に口を開いた。
「全容が見えない!」「頂上が見えない!」
アクセルが魔装を施しても幹を1周することは出来ず、ステラも同様に頂上に辿り着くと事はおろか、視認する事も出来なかったのだ。
「はぁ……大きいとは聞いていたけど、こんなに大きいとは誰も想像出来ないだろうし、信じないだろうなぁ」
アクセルからしみじみと、といった感想が零れ、皆もそれに頷いていた。
「あっ、なぁ!そう言えば俺たちここから帰れるのか?」
「えぇ、希望とあればすぐにでも……」
「そっか!悪いが俺たち人を待たせてると思うんだよ。だから……」
「それでしたら問題はありませんよ。ここはあなた方がいた世界とは時の流れが異なります。今この時も若木を受け継いだかの者は瞬きの最中でしょう…」
「ほぇー……………ところで、俺たちは何でここに呼ばれたんだ?」
「おや?世界樹を求めていたのでは?」
「いや、それはそうなんだけど…こんな形でとは思わなかったから……なぁ?」
確かにアクセルは世界樹を求めていたが、直接世界樹その物を見ることが出来るとは思ってもみなく、困惑しながら皆に同意を求める。
「世界樹の気まぐれ………そう受け取って頂いて問題ありません。そして………」
世界樹の意思はそう告げると姿を消した。
かと思えた次の瞬間、片手で樹齢、数百年、いや、1000年はあろうかと思える大木を片手に現れた。
「こちらをお納め下さい」
「…………………はっ!!いや、これ…………」
「ご所望の世界樹の枝、ですよ」
「本当に良いのか?こんな立派な物……」
「私は世界樹の意思。それを伝えているに過ぎません。単なる気まぐれと思い、受け取ってください」
その言葉を聞き、アクセルはプルプルと体を震わせた後、世界樹の幹へと張り付きながら礼を述べていた。
「本当にありがとう。大事に使わせてもらうよ」
落ち着き世界樹の意思にも礼を述べる。
「しかし………」
「どうやって持って帰るんだ、これ?」
当然だが、チュチュ袋には入らない。袋に入るくらい小分けにしてしまっては世界樹を求めた目的を果たせない。
「貴方は空間を創り出せると記憶しています。それに合わせた物を持ってきましたので」
「えぇ!?そんな事も知ってるのか?」
「あなた方の世界にある世界樹の1部と、この世界樹は全て繋がっているのです」
確かに世界樹は他の物より生命力に溢れ、1目見れば区別出来るような物なのだが、全てがそうではなく、ただひっそりと存在している物も無数にあるのだという。
世界樹は意思は持ってきた巨木のような枝を3等分にする。
アクセルはそんな枝を自ら創り出した空間へと収納する。
「もう無理!!!これ以上は入らない」
3つの枝を収納したアクセルは、そこで初めて自らの空間の限界を知る。
「俺以上に俺のこと知ってるんだな………」
その言葉を聞いても世界樹の意思は微笑み返すだけだ。
直後、アクセル達の体が光に包まれる。
「貴方の持つ世界樹もまた繋がっている。この地より見させて頂きますね」
「……あぁ!世界1の家、造らせてもらうよ!」
その言葉の後、アクセル達は光に完全に飲み込まれた。
そして目を開けるとそこはリーレスト城の地下、目の前には世界樹の若木があった。
信じられない出来事に、アクセルは自身の疑い頬を叩いた後、自ら創り出した空間に丁度収まっている世界樹の枝を確認し、表情を綻ばした。
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