97話 ソニアの両親
月日はさらに流れ、アクセルとミラは22歳、ステラとソニアは16歳となっていた。
裕福な者達は、その者が誕生した日を祝う習慣があるようだが、アクセル、ステラ、ソニアは関心を示さなかった。
唯一魔界の姫であり、人間の母を持つミラは誕生日を祝うという習慣を知ってはいたが、この世界にきて正確に月日を刻むことなど出来るはずもなく、また特に気にもしていなかった。
その為、年齢はハッキリとしているが生まれた日などはすでに分からなくなっていた。
そして現在旅をしている北大陸に来たことで、それがより分からなくなった。
この北大陸では地域により環境が変わり、中央大陸のように大陸全土を通して季節が移り変わるということがなく、月日を数えるという習慣がなかったことも相まって、日付が余計に分からなくなったのだ。
そして案の定、アクセル達が南の果てにある街に戻ってきた時には、中央大陸へと続く海が割れる時期に間に合わず、すでに海は元通りとなったと聞かされたのだ。
だがそれも念頭に入れていたことだ。
アクセル達はこの北大陸の端をグルッと1周巡っただけだ。
細やかな探索など出来ていないが、次の海が割れるまでこの大陸に留まることはせず、すでに次の目的地は定めてあった。
ちなみに北大陸の西の果てに美しい砂浜と遠浅の海が広がり、小魚達の楽園となっていた。
次の目的地は中央大陸のとある国だ。
その地を目指すきっかけになったのは、ソニアの両親について話を聞いていた時だ。
時は少し遡り、それはランタンの世界での修行の合間、長い時間を閉ざされた空間の中で共に過ごしたことで打ち解け合い、皆でよく談笑をするようになった時のことだ。
旅を始めた当初はソニアが両親の話は避ける節があった為、両親とは何かあることは分かっていたのだが、旅を共にすることになったとはいってもそこまで踏み込むべきではないと思っていた。
しかし名を授け、旅の同行者から仲間となったことで聞き辛いこともあっさりと踏み込める間柄になっていた。
そして、いざ過去のことを聞かれるとソニアは何故かモジモジしながらも両親にまつわる話を語り始めた。
ソニアの父であるドラゴンは祖父に次ぐ実力者で、後を継ぎ、種族の長となるであろうと言われていたドラゴンであったそうだ。
しかしソニアの父は他のドラゴン達とは違い、外の世界、他の種族によく目を向けていたそうだ。
そしてそれは行動を伴うようになり、良く住処から出て行くようになった。
それは今から何百年も前の話で、当時は現在よりさらに人による争いが絶えない時代で、まさに乱世と呼ばれる時代だったそうだ。
か弱い人族が同じ人族で争い合い、その合間に他の種族を蹂躙する。
そんな人族を疎ましく思いつつも、ソニアの父は人族の生み出す他者と協力し合う力、考え新たな物を生み出す力を目の当たりにし、健気に生きようとする人族を慈しむようになった。
そしてソニアは父は人の姿に化け、人々の郷を巡っている際、乱世を収めようとする1人の男と出会った。
その男の熱意に惹かれ、直接手を貸すことはしなかったが行動を共にすることで友人と呼べる間柄となっていく。
後に男は最も争いが激しい大陸の中央部で日々怯えながら暮らしていた者達と立ち上がり、一大戦力を築き上げた。
ソニアの父もそんな男に助力をと、自らの牙や爪、鱗などを与え武具とした。
そしてその武具を纏った一軍の快進撃により、見事、男は一時の平穏を勝ち取ったのだが、その1番の功績であるソニアの父の素材から作られた武具は、同時にさらなる争いの種になると、ソニアの父はこれに呪いを施した。
それは私利私欲の為にその武具を使用すると使用者の身を焼き尽くすというものだ。
実際にその圧倒的な力に溺れ焼け死んだ者、武具を他国に引き渡そうと焼け死んだ者などが出たそうだが、平穏が戻ったそうだ。
その数百年の間世界を見守った後、自身はソニアの母となる人物と出会い、当時からポツポツと人が増えていた北大陸の南の果てでたまに訪れる人達を手助けしながら暮らし、ソニアが誕生したそうだ。
だがソニア誕生から少し後、北大陸全土を飲み込むほどの大噴火の予兆をドラゴン達が感じ取った。
これには火山を住処にしているドラゴン達も慌てふためいた。
住処を変えれば済むこと、そう簡単な話ではなかったのだ。
住処を失ったドラゴンが新たな住処を探せば、そこに元から住んでいたもの達は必死に抗おうとする。
焼き払うことなど造作もないことだが、それをソニアの祖父、父と有力者が反対したのだ。
自然と共にあり、噴火が治まった何もない場所で生きていこうと。
住み慣れた土地が消えることに納得出来ない他のドラゴン達はその大噴火をソニアの父が人間と子を成したことで大地が怒ったのだと、あげくソニアを呪いの子だと言い出し、生贄に捧げ怒りを鎮ろとまで言い始めた。
しかし、高位のドラゴンと呼ばれる存在だ。
それが大地の怒りなどではなく、大規模な火山の噴火、ただの自然現象だということは分かっていた。
しかし、何かのせいにしなければ心の平穏が保てないほど、追い詰められていたのだ。
落とし所としてソニアの父がその火山の噴火の力を、自らの命と引き換えに霧散させ、事態は事なきを得ることになった。
そしてソニアの母もまた、ソニアに人としてではなく、自らの夫同様に強く、逞しいドラゴンとして生きて欲しいと、人里に帰ることはせず、また自身が残れば肩身の狭い思いをさせるだろうと、ソニアを祖父に託し、夫と共に散ることを選択したのだ。
「当時幼かった私は、父や母との思い出といったものもあまり覚えていませんが、最後に母から他者を想いやる心を持ちなさいと、その言葉だけが私の記憶に鮮明に残っています」
そう締めくくり、ソニアは語り終えた。
静かに聞いていたアクセルとミラ、ステラは涙を流し鼻をすすっている。
「私はこの話を聞いた当時、他種族など捨ておき、他所へ移り住めば良いと思っていました。しかし貴方達に出逢い、考えも変わった。今では両親の決断を偉大に思っています。ですが、両親の話となると、貴方達に出逢う以前の愚かで幼い私を思い出す為、あまり口にしたくなかったのです…」
ソニアのその言葉を聞き、少しの沈黙が流れた後、ミラがその沈黙を破った。
「ソニア、父君に会ってみたいか?」
「え!?」
「言葉が足りなかったが、中央大陸には強国と称される国がある。その国が強国足り得るのは強力な武具を纏った軍があるからだと記憶している。それが恐らくソニアの父君が贈った武具……」
「おいおいおい!まさか……」
アクセルも驚きを隠せないようだ。
「勿論確証はないがな。行ってみるか?ガラット国に」
「………はい!!」
「まさかあの国とソニアに繋がりがあるとはなぁ……まぁ、とりあえずはこの北大陸をまわろうぜ!その後でも問題ないだろ?」
そして現在に戻り、一行はガラット国の王都に向かう為、ソニアの背に乗り北大陸を飛び立った。
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