第21話 焦げ付かない奇跡
エリスが、
慌ただしく、
去っていった後。
工房には、
再び、
俺と、シズだけの、
静かな時間が、
戻ってきた。
彼女が、残していった、
『焦げ付かない、フライパン』
という、
最初の、『仕事』。
それは、
俺の、心の奥底で、
眠っていた、
ある、欲求を、
静かに、しかし、
力強く、呼び覚ました。
(…うまい、飯が、食いたい)
そうだ。
この、スローライフにおいて、
『食』は、
何よりも、重要な要素のはずだ。
だが、
これまでの俺の食事は、
ただ、空腹を、満たすだけの、
あまりにも、味気ないものだった。
木の実を、焼く。
干し肉を、炙る。
それだけ。
炒め物も、
焼き物も、
それを、可能にする、
まともな、調理器具がなければ、
夢の、また夢だ。
(よし、作ろう)
それは、
エリスとの、契約のため、だけじゃない。
俺自身の、
より、豊かで、
そして、美味しい、
スローライフのための、
新たなる、挑戦だ。
俺は、
素材棚の、奥から、
ギルドで、手に入れた、
『ロックリザードの鱗』を、
数枚、取り出した。
一枚一枚が、
俺の、手のひらほどの、
大きさがある。
表面には、
無数の、傷が刻まれ、
その、輝きは、
失われていた。
「お前たちも、
ゴミ扱い、されてたクチか」
俺は、
鱗に、
優しく、語りかける。
「心配するな」
「今から、お前たちを、
この辺境で、
最も、輝く、
調理器具に、
生まれ変わらせてやるからな」
シズが、
俺の、足元で、
「きゅん!」と、
期待に満ちた、声を上げた。
うまいものの、匂いを、
予感しているのかもしれない。
俺は、
まず、
工房の、自作の溶鉱炉に、
魔力を込めた、木炭をくべ、
その、温度を、
一気に、上げていく。
次に、
ロックリザードの鱗を、
耐熱性の、坩堝の中に、
投入する。
鱗は、
炉の、凄まじい熱を受け、
やがて、
その、形を失い、
銀色に、輝く、
美しい、液体金属へと、
姿を変えていった。
鑑定眼で、
その、内部を、透視する。
やはり、
多くの、不純物が、
混じり込んでいた。
俺は、
その、液体金属を、
別の、容器へと移し、
そこから、
このクラフトの、
核心となる、
第二工程へと、移行する。
(普通の、鋳型に、
流し込むだけじゃ、
最高の、性能は、引き出せない)
俺が、作り上げたのは、
『魔力式遠心分離成形機』。
前世の、工業技術と、
この世界の、魔法を、
融合させた、
俺だけの、オリジナル装置だ。
円盤状の、台座の上に、
液体金属を、固定し、
その、周囲を、
特殊な、魔力障壁で、
ドーム状に、覆う。
そして、
台座を、
超高速で、回転させる!
ゴオオオオオッ、と、
低い、唸り声を上げて、
装置が、回転を始める。
強力な、遠心力によって、
液体金属は、
外側へと、引き伸ばされ、
薄く、
そして、
完璧に、均一な、
フライパンの、形へと、
成形されていく。
同時に、
質量の重い、不純物は、
中心部へと、
自然に、分離されていった。
俺は、
中心部に、集まった、
不純物の塊を、
魔法の力で、器用に、抜き取る。
そして、
回転速度を、
ゆっくりと、落としながら、
フライパンを、
冷却していく。
スキル【万物再編】が、
最高の、結晶構造を、生み出す、
完璧な、
冷却カーブを、
俺に、教えてくれる。
早すぎても、
遅すぎても、ダメだ。
この、精密な、温度管理が、
奇跡の、
『焦げ付かない』特性を、
生み出すのだ。
やがて、
液体金属は、
その、輝きを、内に秘め、
表面が、
まるで、
黒曜石のように、
滑らかで、
そして、
深く、美しい、
黒色の、個体へと、
姿を変えた。
最後に、
別に、用意しておいた、
熱を、全く伝えない、
『断熱木』の、
取っ手を、
寸分の狂いもなく、
取り付ける。
全ての、工程が、
完了した、その瞬間。
完成した、フライパンは、
まるで、
自分の、誕生を、
喜ぶかのように、
チィン、と、
高く、
そして、澄んだ音を、
工房に、響かせた。
キラーン! ✨
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【匠のフライパン “円舞”】
Rank:B-
分類: 調理器具
解説:
職人イツキが、自身の「美味しい食事」への渇望と、依頼主の期待に応えるために生み出した、フライパンの傑作。
ロックリザードの鱗を、独自の製法で再精錬・再構築しており、プロの料理人も、舌を巻く性能を秘める。
付与効果:
超熱伝導(高)
絶対焦付防止(高)
耐久性(中)
食材風味向上(小)
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(……できた)
(これぞ、科学と、魔法の、結晶だ…!)(☆∀☆)
俺は、
完成した、
フライパンの、
その、完璧な出来栄えに、
しばし、見惚れていた。
だが、
道具は、
使われてこそ、
その、真価を、発揮する。
俺は、
早速、
その、性能を、
試してみることにした。
工房の、コンロに、
フライパンを、乗せる。
油は、
一滴も、引かない。
そして、
森で、手に入れた、
鳥の卵を、
一つ、
その、黒い盤面へと、
割り落とした。
ジュワッ、と、
心地よい、音がする。
卵の、白身が、
みるみるうちに、
美しい、純白に、
固まっていく。
黄身は、
宝石のように、
つやつやと、輝いていた。
完璧な、
理想の、目玉焼きだ。
そして、
驚くべきは、
ここからだった。
俺が、
フライパンを、
軽く、傾けると、
目玉焼きは、
何の、抵抗もなく、
つるん、と、
滑るように、
皿の、上へと、
着地したのだ。
「……すごい」
思わず、
声が、漏れた。
俺は、
その、出来立ての目玉焼きに、
少しだけ、塩を振り、
一口、食べた。
(……うまいっ!)
外側の、白身は、
カリッ、としていて、
内側は、ふんわり。
黄身は、
濃厚な、コクが、
口の中に、とろりと広がる。
ただの、目玉焼きが、
こんなにも、
美味しいなんて。
(…これは、売れる)
(いや、売るのが、惜しいくらいだ)
俺は、
フライパン『円舞』を、
愛おしそうに、
撫でた。
(だけど…)
(この、ささやかな感動を、
街の、誰かも、
味わってくれるなら…)
(それも、悪くない)
俺は、
この、フライパンを、
何枚か、作り、
エリスとの、約束通り、
『森の郵便受け』へと、
そっと、
置いておくことにした。
彼女の、
驚く顔を、




