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魔法使いの名付け親  作者: 玉響なつめ
第五夜 魔法使いの弟子

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「……ごめん、連れ出して」

 

「ううん……」

 

 神社の境内は、先ほどまでよりも茜色がぐんと増して眩しいほどだった。

 まだそこらかしこで遊ぶ子どもや、それを見守る保護者の姿が見えて可紗は少しだけ違和感を覚える。


 だが、それがなんであるか考えるよりも前に汀に手を引かれハッと意識をそちらに向けた。

 

「でも、どうしても確認したかったんだ」

 

「……あの、汀くん、あのね。先に謝らせて! ごめん!!」

 

「……えっ?」


「避けちゃって、ごめん。……勝手で、ごめん……」

 

 汀になにを言われたって、なにが変わるわけではない。

 だが同時に、変わらないものなんてない。

 それは友人関係であろうが、恋人関係であろうが、要はそこでなにをどう築き上げた関係かでその後も変わっていくだけで、同じというわけではないのだ。


 可紗自身が常に変化している以上、同じでい続けることはありえない。

 

 変わったことでよくなることもあるし、変わらなくてよかったこともある。

 その逆だって、たくさんある。

 

 そのくらい、可紗にだってわかっている。

 

「可紗さん」

 

「……怖かったんだ、どうしても。でもそれは、私が、私の……気持ちが、色々今、ぐちゃぐちゃで、整理できなくて。汀くんがどうってことじゃなくて、全部、……全部私なんだ」

 

 ずっと友達だよ、なんて言葉が不変を表しているものではないことくらい、気づいているし知っている。

 それでも可紗にとって変わることは、怖いことだった。

 いいや、変わってしく景色に追いつけなくて怖くなってしまったのが正しい。

 

 自分が成長していくように、カレンダーの日付が進むように、時計の針が止まらないように。

 物事は、変わっていく。


 それに怯えて、避けて、なんの意味があるのだろう。

 わかっているのに、足が竦んでいた。だが、目の前に汀が来てはもう、逃げ出すことは叶わない。


 だから、せめて。

 

「私……」

 

「別に、怒ってない。ぼくが、急に態度を変えたからだろう?」

 

「…………」

 

「だけど、聞いてほしいんだ。……可紗さんが怖かったのと同じように、ぼくも怖かった」

 

「……汀くんが……?」

 

「うん、そうだよ」

 

 繋いだ手を離して、汀はその手を見つめるようにしてから自分の胸にそっと手を当てた。

 泣きそうな顔をした可紗は、それをただぼうっと見ていた。

 

「ぼくは、人が望むままに、望まれる形で努力してきた。誰かに強要されたわけじゃない。ぼくがそうあるべきだと思って、立派な当主となるべく努力してきた。そう、周りの心配も振り切ってね」

 

「……汀くんは、努力してるよ。それが、ちゃんと結果に」

 

「繋がってない。ぼくは、周りが思うよりもずっと……普通だよ」

 

 期待に応えようとした結果、少しの無理くらいはなんでもないことのように振る舞う術を身につけたという汀は、ふっと目を細めて笑った。

 

「可紗さんを初めて見かけたのは、図書室だった」

 

「え?」

 

「楽しそうに本を眺めるきみを見て、『ああ、本が好きな子なんだな』って思ったんだ」


「……そう、なんだ」

 

 時々見かける同級生。

 汀の中で、可紗はそういう存在だったという。

 

 特筆すべきところはなく、ただ図書室でよく見かけるその女子が友達と笑っているところを廊下でも見かけるとか、その程度。

 同じクラスになったことはない。

 だけれど、汀は本を片手に友達に面白かったんだと小声で話している姿や、委員会で真面目に取り組んでは〝今月のお勧め図書〟なんて広報に載せている可紗と、言葉を交わしたいといつしか思うようになっていた。


 そう聞かされて、可紗はただ瞬きする。

 

「きっと明石さんの件がなければ、挨拶以外……なんて声をかけていいかわからなかったと思うけどね」

 

「……私も。あれがなかったら汀くんと、こんな風に話すなんて思わなかったよ」

 

「一緒だ」

 

「一緒だね」

 

 思わず同時に吹き出して、可紗は目元に溜まった涙を拭った。


 そして真っ直ぐに汀の目を見つめて、言葉の続きを待つ。

 笑い合った途端に、先ほどまであった寂寥感や、罪悪感、まとまらない考えや感情に対する焦燥感、それらがいっぺんに落ち着いたことにはそれこそ笑ってしまいそうだ。

 

 だが、汀も可紗と同じように〝普通に〟悩んだり、努力しているのだとわかってなぜかすとんと落ち着いたのだ。

 

(ああ、そうだ。彼は最初から完璧なんかじゃない)

 

 勝手にそう、思い込むことで憧れで終わらせようとしていた。

 そのほうが綺麗な思い出になるから。

 

 だけれど、可紗はもうわかっていた。

 こちら(・・・)の汀のほうが、ずっとずっと魅力的だと感じている可紗自身について、彼女はもう理解して、受け入れていた。

 それこそなんてことない問題だったのだろう、なにが問題だったのかすら今となってはわからない。


 可紗はその瞬間、まるで溢れだしたその感情の勢いそのままに、言葉を発していた。

 

「私、汀くんが好きです」


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