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魔法使いの名付け親  作者: 玉響なつめ
第五夜 魔法使いの弟子

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 そして翌日の放課後、可紗はスケッチブックを片手に神社を目指して歩いていた。

 

 彼女の足取りはいつもよりも重くゆっくりとしたもので、俯き加減に歩いている。

 あの女の子から一方的に約束された夜、スケッチブックを前に可紗は結局、悩みに悩んで本当に物語を考えたのだ。

 

 だが、一晩で全部描けるはずもなく、可紗の気持ちも落ち着かなかった。

 

 母親に親孝行、それが目的だった就職という未来。

 それが途切れて、将来に対して何故不安を覚えたのか。

 

 女の子と約束をしたからと律儀にスケッチブックに物語を書き始めて、可紗は自分の気持ちに思いがけず、向き合うことになったのだ。

 

(適当なのでいいだろうって思ったのに、結局熱中しちゃったし)

 

 自分の名前が童話から来ていると知った幼い頃、次から次に母親が与えてくれた絵本に心をときめかせていた思い出、少し大きくなってから見かけた、図書館で読み聞かせの絵本に笑顔を見せていた自分より小さな子どもたち。

 

 自分も、誰かを笑顔にできたらいいのに。

 そう思って、絵本作家になりたかった昔の自分。

 女の子との約束のために、他愛ない物語を書き始めて夢中になって、思い知った。

 

 ああ、こんなにも楽しい。

 

 そう思ったときに驚いた。

 驚いて、ほんの少し、泣いてしまった。

 

(ああ、そうか、そうだったんだ)

 

 現実的なものに手を伸ばして一度は諦めた夢に、母親がいなくなったからという理由で戻ることに、躊躇いがあったと気づいてしまった。


 自分で捨ててしまった夢に対して、後ろめたかった。自分自身に、そして母親を枷にしていたかのように夢に戻ることに対して、母親に嫌われてしまいそうで怖かった。

 

(お母さんだったら、応援してくれたに違いないのに)

 

 勝手に『そう思われるかも』なんて怯えて、勝手に諦めて、勝手に良い子を演じて褒めてもらおうとしていた自分の姿を思い知って情けなかった。


 たくさん泣いて描いたスケッチブックの端っこは、可紗の涙で少し歪んでいる。

 

「あっ! おねえちゃん来てくれたんだね!」

 

 境内に着いてすぐ、駆け寄ってくる女の子の姿に可紗はなんとも言えない気持ちになった。

 どことなく恥ずかしいような、いてくれて嬉しいような、いてくれないほうが良かったような。


 赤くなっている目元を見られたくなくて、可紗は返事もそこそこにスケッチブックを女の子に渡した。

 女の子はきょとんとした後に、ぱっと笑顔を見せる。

 

「ありがとうおねえちゃん! 聞かせて!」

 

「えっ、いや、それ見てもらえば」

 

「やぁだー! 読んでよ!!」

 

 スケッチブックを抱きしめるようにしてくるくる回りながらはしゃぐ女の子が、無邪気な笑みを浮かべて可紗の手を取り、昨日と同じベンチに連れて行く。


 それを振り払うわけにも行かず、可紗は引かれるままに女の子の隣に座ってふと違和感を抱いて周りを見回した。

 

 昨日と同じ夕方、まだ日も高いというのに、昨日は境内にいた人の姿がまるでないのだ。

 

(……たまたま? それにしては……)

 

「ねえねえ、おねえちゃん! 早くう」

 

「あっ、うん……」

 

 女の子のご機嫌な様子に、気にしすぎだったかと可紗は小さく笑みを浮かべる。


 楽しそうに、まるで本当に絵本がそこにあるかのように市販のスケッチブックを掲げてわくわくしている様子だ。

 それを見て可紗は少しだけ躊躇ってから、返されたそれを受け取って小さな声で「ごめんね」と言った。

 

「あのね、これ……途中なんだ」

 

「そーなの?」

 

「うん。ごめん……」

 

 がっかりされるだろうか、それとも『そんなのイヤだ』と拒否されるだろうか。


 可紗は自分よりも遙かに小さな子どもに対して、申し訳なさと怖さを覚えてぎゅっと目をつぶった。

 

「いいよ!」

 

「え?」

 

 だが、その反応はどちらでもない。


 驚くほど、女の子の返事は朗らかなものだった。

 可紗が思わずそちらを見た彼女の目に映ったのは、満面の笑みを浮かべた女の子の姿。

 

「どんなお話なのか、楽しみ! 途中ってことは、続きをまた作ってくれるんでしょ?」

 

「え……」

 

 途中だから、それでオシマイ。

 可紗はそう思っていた。

 女の子は、そう捉えなかった。


 次に会うときに、続きを持ってきてくれると信じている。

 

「ホラ早く早く! 読んで!」

 

「う……うん」

 

 急かされるままに、可紗は慌ててスケッチブックを持ち直してぺらりとページを捲った。

 勢いよく覗き込んでくる女の子にどことなく圧されながらも自身もわくわくするような高揚を感じて、知らず知らず、薄く笑みを浮かべる。

 

「あるところに、女の子がいました――――」


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