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魔法使いの名付け親  作者: 玉響なつめ
第三夜 この世は不思議なことばかり!

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 そして、人形はジルニトラの手に戻りウルリカに渡される。


 たったそれだけ。

 あっという間の出来事だった。

 

「なんてこと……あんなぐちゃぐちゃになっていたものが、こんな一瞬で……」

 

「貴女が伝説の黒き竜、魔法の神ツィルニトラ! ああ……伝説は、本当に……本当だったんデスね……」

 

「さあて、アタシはそんな大層な存在になった覚えはないんだけどねえ……」

 

 汀の母も、ウルリカの父親も、その力量の差に愕然とした様子だ。

 がくがくと震えて(ひざまづ)いたウルリカの父親に、ジルニトラは困ったように笑みを浮かべる。


 そんなジルニトラに代わって、ヴィクターが一歩進み出た。

 

「伝説かどうかよりも、まずは娘の無事を確認してはどうだ。こちらとしては可紗の呪いも解いてもらわねばならない」

 

「そ、そうデシタ! ウルリカ、具合は……」

 

「呪いが消えてるわ」

 

 どこか、力の抜けたような声だった。だが、それは問う父親の言葉を遮るようにして短く、はっきりと響いた。

 ウルリカは渡された人形を見つめている。


 釘で確かに刺したはずの人形は、まるで新品かのように傷一つない状態だった。

 

「……可紗」

 

 ゆるゆると顔を上げたウルリカが、左手を伸ばしてきたので可紗はなんとなしに同じように左手を差し出して、手を繋いだ。

 その瞬間青い光が手首に集まり、霧散する。

 

「これで、いいわ……」

 

「……え? これで? 大丈夫なの?」

 

 可紗は確かめるように何度か手首を見て、ジルニトラとヴィクターを見て、汀を見て、そして最後にウルリカに視線を戻した。

 周りの反応からも大丈夫なようだと判断した可紗は、うなだれるウルリカの手を取って握手した。

 

「ありがとう、明石さん!」

 

「……なによ、ワタシが巻き込んだのよ。アンタ、馬鹿じゃないの……?」

 

「えっ、だって約束を守ってくれたわけだし」

 

「……可紗……その、ゴメン。ゴメンナサイ」

「え?」

「巻き込んで、ゴメンナサイ……!!」

 

 ボロボロと泣き出して、お気に入りだと言っていた人形を抱きしめたウルリカは大きな声で可紗に何度も謝罪を繰り返し、両親に抱きしめられた。


 わんわん声をあげて泣くウルリカに、今日はもう落ち着いて休ませた方がいいとジルニトラが告げたことで彼らは何度も頭を下げながら去って行く。

 汀はなにかを言いたげだったが、なにも言わなかった。

 ただ、彼は可紗を支えるように肩を抱くヴィクターのことを見ていたようだ。

 

 ジルニトラと汀の母親が、少しだけ言葉を交わしてなにかを約束しているようだったが、可紗はただウルリカの去って行ったほうをぼんやりと見ていた。


 ウルリカが両親に抱きしめられている姿が、可紗の目に焼き付いている。

 それを、羨ましいと思った自分に彼女は少しならず動揺していた。

 

(不安だったんだろうな、明石さんも、ご両親も。……そりゃ、そうだよね)

 

 死ぬかもしれない、そういう思いがあったからこそ(わら)にも縋る思いでこの場に来ていたのだろうと、可紗は思う。


 死ぬということは、もう二度と会えない。当たり前の挨拶もできないし、笑うことも怒ることも、ごめんと謝ることだってできない。そ

 こから逃れることができたのだから、きっと彼らは今とても幸せに違いない。

 

(お母さんがいたら、私も……叱られていたのかな)

 

 羨ましい。

 その感情に気がついて、可紗はそれを認めたくなくて目を閉じた。


 そうしたところでなにかが変わるわけではなかったが、なんだか少しだけ楽になった気がするのだ。

 

「可紗」

 

「……ヴィクターさん」

 

 声をかけられて、目を開ける。

 穏やかに微笑むヴィクターが、可紗の頭を優しく撫でた。それが心地良くてされるがままにしていると、また撫でられる。

 

迂闊(うかつ)だったが、ちゃんと友人のために動いたことは褒めてやらないとな」

 

「……うん」

 

「ジルニトラも、もう話し合いが終わりそうだ」

 

「うん」

 

 当たり前のように、ヴィクターが手を繋ぐ。

 そしてジルニトラのところへ、二人は歩き出す。

 それが何故か、先ほどのウルリカ親子の様子に似ていて可紗は笑った。

 

「なんか、家族みたいだね」

 

「なにを言っている」

 

「え?」

 

「お前も言ってたじゃないか。おれたちは、家族だって」

 

 おかしそうに笑ったヴィクターに、可紗は思わず顔を赤らめた。


 聞かれていたという部分と、ああそうだ、彼らが家族なのだと自分でも発言していたのに、勝手に落ち込んでいたという部分が恥ずかしくてたまらない。

 

「ああ、可紗。蛟のご一家とは、また後日ご挨拶をすることになったからその時は案内してくれるかい?」

 

「はい、勿論」

 

「それじゃあ、帰ろうかね。アタシたちの家へ」

 

「はい! あ……あの、帰ったらジルさんに渡したいものがあるんですよ」

 

「おや、なんだろうね。楽しみだ」

 

 ジルニトラが笑顔で、ヴィクターとは反対側の可紗の手を取った。


 まるで小さな子どもみたいだと思うとおかしくて、照れくさいけれど振りほどく気にはなれなくて、可紗はくすくす笑った。

 

 そんな彼女に、二人は不思議そうな顔をしたけれど楽しそうな可紗につられて二人も笑い出したのだった。


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