391.空木、お前どうした!?
お待たせしました。
すいません、全然文章が進まず、ズルズルと長引いてしまって……。
ではどうぞ。
「はふぅぅ~~。甘ほわトロトロでありますぅ~」
口元にホイップクリームを付けながら、ロトワは幸せそうな様子でシュークリームを食べていた。
「ふっふっふ。これでロトワちゃんも共犯者。ウチらは運命共同体だからね?」
空木は甲斐甲斐しくロトワの口周りをティッシュで拭いてやる。
本当に美味しそうに食べてくれることを喜びつつも、しっかり悪い顔を作ることも忘れない。
「うぅぅ~。……お館様?」
夜更かし+間食という悪い行動をダブルでしてしまっているからか、漠然とした不安そうな表情で見てくる。
ハハッ、ロトワは真面目だなぁ。
心配することはないと軽く笑って頷いてやる。
「大丈夫。俺も一緒だから。皆で一緒に内緒、な?」
「あっ――はいっ、内緒、であります!!」
ロトワは秘密の共有自体を楽しむように、俺の仕草をマネて人差し指を口の前で立てた。
不安さよりも楽しさが勝るよう、俺もわざとらしく芝居がかった調子で告げる。
「特にリヴィル辺りには要注意だ、ロトワ隊員! 勘が嫌に鋭く、バレるとラティアに密告されることほぼ確実だからな!」
「はわっ!? むむっ、リヴィルちゃん、要注意であります!」
こうして遊び感覚も交えて、ロトワに夜更かしの楽しみ方を教えて行った。
……いや、勿論変な意味じゃなくね。
「ハルトが捕まると、ラティアが出てきてエッチな尋問を仕掛けてくる可能性大。だから、ハルトに誘惑耐性を付けることも大事」
「むむっ! お館様をお守りしつつ、ロトワ達も油断してはいけない……難しい任務であります!」
……いや、梓は何を教えてんの。
まあロトワが殆ど意味を分かってなさそうだから良いんだけど。
「……こういうのって、何か、良いですよねぇ」
梓とロトワのやり取りを眺めながら、空木が目を細めて呟く。
家族が楽しそうに笑う様子を見て、何でもない時間こそが何より大事なんだと気付く母親みたいな顔だ。
……空木、お前どうした。
「あっ、いや、変な意味じゃなくて。……ロトワちゃんって、超真面目じゃないですか」
俺の視線に気付いて軽く否定し、空木はドデカいプリンを頬張る。
「あむっ……んむっ――誰かがこうして遊び方って言うか、人生の楽しみ方みたいなのを教えてあげて。それでロトワちゃんも適度に肩の力を抜いて笑ってくれて……みたいな?」
……お前、ロトワの母ちゃんかよ。
慈しむ目でロトワを見過ぎだって。
母性溢れてんぞ。
どんだけロトワの未来が良くなることを願ってんだよ。
「まぁ、なぁ」
ただ茶化すのも躊躇われ、とりあえず相槌を打っておく。
空木はそれに気を良くしたのか、プリンを掬うスプーンの動きがドンドン速くなっていく。
……お前、それ、メインターゲット男用のジャンボプリンだろう?
量凄いけど、そ、そんなに一気に食って大丈夫か?
「でしょう? ウチ、ロトワちゃんには色んなことを経験して、色んな世界を見て、素敵な人生を送って欲しいんですよ。そのためには、ちょっぴり悪い時間の使い方も、誰かが教えてあげないと、ですからウチがですね……」
プリンを口に入れる度、空木は一人ででもベラベラとしゃべっていく。
普段は不真面目を絵に描いたような空木が、こんな真面目なことを、熱く恥ずかし気もなく、である。
深夜テンションが空木にはこういう風に作用するのか……。
あるいはリヴィルの柑橘系酔いではないが、空木は深夜に甘い物を食べるとおかしくなるのかな……。
「ロトワちゃんが保健体育とか知りたがったら、ウチ、その、全然教材役、行けますから。男性役はそりゃお兄さんか梓ちゃんにお願いすることになるかもですが……」
いや、俺も俺でダメだろうけど、梓は梓でダメだろう。
深夜テンションが行き過ぎると、こうして暴走したことも口走ることになるんだな……。
後で睡眠をたっぷりとって冷静になった時、空木の黒歴史にならないことを祈り、聞き流してやることにしたのだった。
……まあ、遊びすぎると黒歴史のリスクも増えるぞという意味では、ロトワへの良い教材にはなるかな。
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「へぇぇ……じゃあ椎名さんはもうそろそろダンジョン攻略に参加しても問題無さそうなんだ」
「はい。忙しいながらも、地道にコツコツとモンスターへの攻撃参りを続けてましたからねぇ」
「私やハルトがいなくても、ミオ達の同行だけで大丈夫だと思う」
ロトワが流石にまた眠そうにしてきた頃。
これからは本当の大人の時間だと二人のディープな話を聞いていた。
「と言うことは……これでますます椎名さんも皇さんと同行できる機会が増えるってことだな」
ダンジョン内は危険だから、今までは椎名さんは同行せず、地上で待機するばかりだった。
だがこれからは皇さんを守るべく、ダンジョン内へと同行できるというわけだ。
皇さんのためにとひたむきに努力できる姿は、本当に尊敬できる。
ルオとの二人で一人“ナツキ・シイナ”も、思えば少しでも皇さんの側にいたいと言う一心で受け入れたんだったっけ。
「凄いですよね……まあ、それと同時に、ウチやお兄さんがジョークや冗談で死ぬ可能性も増えたってことですけどね」
「だなぁ……」
椎名さん、その力は俺や空木をこの世から葬り去るためにではなく、皇さんを守ることに使ってくださいね。
「司ちゃん達はもう少しかかりそうです。でも、他の探索士とか補助者に比べたら圧倒的に速いペースですよ」
「そうか。なら良かった」
「ハルトにヘイトを集めている間にモンスターをフリーで叩き放題。ハルト、あの育成の効率の良さは異常」
梓が本気とも冗談ともつかない調子で言うと、空木もうんうんと頷き同意する。
「普通ならあんなリスクも危険もなくすんなりとは行かないですからねぇ……」
確かに、本来はモンスターが自分にも襲いかかってくるかもしれないという危険に備えることを前提として。
その上でダメージも通らず、仰け反ってもくれない相手に、攻撃をしていかなければならない。
「モンスターの攻撃も対処して、ケガするかもしれないっていう漠然とした不安もケアしないとダメ。そんな状態だと、中々思う様に経験なんてさせてあげられない」
「そうそう、正にそれ。だから一般の探索士さん達を率いる時って、本当に一回の戦闘で一度、攻撃をさせて上げられればいい方なんですよ。――それを、何ですか、お兄さんは!」
いきなり非難口調になって立ち上がり、空木が絡んできた。
腕を俺の首に回して来て、物理的にも絡んでくる。
うぉっ、おいっ、ちょっ、お前胸がっ、頭に当たってるって!!
酔ってんのか!?
「“コイツ等は俺が引き受ける! その間に、安心して後ろから殴りまくれっ! フリーパスだぜ!”ですって? イケメンですかっ、モンスターだけでなく美少女の関心まで集めちゃうハーレム系主人公ですかお兄さんは!!」
空木は深夜で完全に思考がよわよわになっていた。
酔っ払いに絡まれたものとでも思って軽く聞き流す。
……何だよハーレム系主人公って、ボッチな俺のことをディスってんのかよ。
ってか、その、凄い柔らかな感触がずっと後頭部に当たってる!
ええぃ、離れろ!
どんだけ至高のフカフカさしてんだよお前……。
さっきもロトワに対して凄い母性を発揮してたし。
だからネットで“バブみとオッサンが同居するツギミー、マジおぎゃぁの真祖”とか意味わからないこと言われんだよ!
「一回ハルトに連れて行ってもらうだけで、攻撃を当てる回数、軽く100は超える。そこに合わせてモンスターをキチンと倒したことでの経験値も入る。ハルトとのダンジョン探索経験は、素人探索士には本当にデカい。ついでに、ハルトは色んな背丈もかなりデカい」
色んな背丈って何だ!?
俺が身長高めなのはその通りだけども!!
ロトワが聞いてなさそうだからって何言ってもいいって訳じゃないからな!!
梓は梓でテンションが上がると、それに比例してオッサン度が上がると言う謎の発見があったのだった。
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「一般の探索士の人達って、人使い荒いんですよ。ウチを便利屋か何かと勘違いしてるんじゃないですかねぇ。ウチは遠距離専門だって言うのに」
椎名さんや立花達の話から変わって、空木がブツブツと一般的な愚痴を呟きだした。
タイミングも良いので、それに乗っかることにする。
「そう言えば……どうなんだ? その、今の探索士業界の状態は」
ダンジョンに深く関わっている自負はあるものの、探索士でも補助者でもないため業界事情には疎い。
「探索士業界? ……まぁ、今の所は大きな失敗なく、何とか上手く回ってるんじゃないですかね」
空木の評に同意するように梓も頷く。
「チラホラ、個人で、モンスターにダメージを与えられる探索士が出始めてきた。龍爪寺と藤も、役に立つようになってきてる」
梓がRaysのメンバーの名を出したので、他の二人のことも気になった。
ただ立石と木田は“始まりの二人”とか“ダンジョンに選ばれた青年たち”とか言われ、特にメディアへの露出も多い。
調べようと思えば情報なんてポンポン出てくるだろう。
「あぁぁ……結局Raysは皆受験はしないんだってね。藤さんだけが大卒アイドルかぁ……いや、正確には院卒か」
赤星がシーク・ラヴの裏の頭脳を司っているとしたら、Raysの裏の頭担当は藤冬夜さんだ。
……まあ表の頭が龍爪寺ってのは、比較に上がる志木には申し訳ないが。
インテリっぽいのに言葉に嫌味もない感じで、同性の俺でも好感が持てる。
「藤は頭も切れるし、ダンジョンで私の動きに不自然さがあるのも多分気付いてる。……ただそこにツッコミを入れられないくらい、龍爪寺や立石、木田のお目付け役が大変そう」
「梓ちゃんは“今は四肢に重りを付けて全力を抑えてる強者ムーブ”なんでしょ? それに薄々とは言え勘付いているとは流石だね……それなのに、椎名さんの恐怖の一面には気付いていないとはこれ如何に」
バカッ、空木、やめとけって。
椎名さんがジョークの通じない“人”から“鬼”に進化したかもしれないって、さっき意見の一致を見たばかりじゃないか。
藤さん、椎名さんは遠慮という物を知りません。
皇さんだいしゅきクラブとか作ったら絶対入ってくれる皇さん命の人です。
そのくせ丁寧な言葉遣いで普通に俺の社会的抹殺を仄めかしてくる方ですので、十分お気を付け下さいね。
「……で、何の話してましたっけ? ――あぁ、そうそう、探索士業界でしたか。梓ちゃんの言う通り、まあちょくちょくまともな探索士も出始めて来たかなーって感じです」
空木は少し眠たそうな目をしながらスマホを操作する。
該当の記事を見つけてこちらに見えるように示してきた。
『ダンジョンからモンスター出現 自治体専属の探索士雇用が功を奏し、ダンジョン内に押し戻すことに成功』
『ダンジョン探索士雇用の動き促進 通常の採用とは別に、ダンジョン探索士・補助者だけの専門部署を立ち上げる自治体も』
『またまたシーク・ラヴお手柄! 駆けつけ、ダンジョンから外へと出現したモンスター討伐 自治体雇用の探索士が奮闘し、時間を稼ぐ役割果たす』
それらはモンスターが地上へと出て来てしまった事件を取り扱った記事だった。
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ラティアと出会った当初に起こった、つまりあのアーマーアントみたいな事件は殆ど稀だが、やはり0ではない。
空木が見せてくれた記事の一つは、最近にあったその一つについて述べたものだった。
『殆どのダンジョンは早期発見で、モンスターが外に出る前にその場所の周知・探索士の派遣などで大きな被害を生むこと無く過ごせている。ただ、やはり稀に発見が遅れ、モンスターが外に出てしまう案件も存在してしまう』
記事は一番最初の事件、つまり逆井や赤星、志木、それに皇さんが攻略したとされるあのアーマーアントの件に触れ、状況を整理した。
『――そこからシーク・ラヴが生まれ、日本中の大きな希望となっていることは我々の記憶に新しい。…………そして、探索士・補助者の制度が整備された今、対応の基本的部分はどの自治体でも同様なものとなってきている』
「各自治体、ダンジョン対策に出る予算と相談して、出来るだけ探索士を雇って。お兄さんがやってくれたような戦闘経験を出来るだけ積ませる……それがようやく芽が出始めたって感じですかね」
「ミオ達が色んな所に出向いて、出張戦闘ツアーをしてるのも大事。モンスターを倒せる人がいるのといないのとで、得られる経験値は天と地ほどの差」
梓が“ツアー”と称したのは、アイドルが全国各地を回ってライブをすることになぞらえただけだろう。
実際にそういう公式のツアーをシーク・ラヴがしているわけではない。
それだけ志木や赤星、それに逆井など、モンスターを倒せる面々が他の探索士たち育成のために各地へと足を運んでいるということだ。
俺やラティア達が逆井達にしたことを、逆井達が一般の探索士達にもしてくれている。
それがようやく見える形となって、効果が出てきたってことだろう。
『――つまり、モンスターが外に出た場合は、避難情報等を即座に出し、住民の安全を確保。自治体専属の探索士が現地に即座に赴き、近隣の探索士にも応援を求める。そしてそれらで何とか内部へと押し返す。その間に“志木花織さん”や“逆井梨愛さん”を始め、モンスター討伐が可能な探索士が駆けつけてくれる』
要するに、今多くの探索士がやっているのは時間稼ぎ。
根本的な解決、つまりモンスターを倒すことが出来る探索士が来てくれるまでの間の。
『幸い、今の所は外にモンスターが出ると言っても、数は大したことは無い。神出鬼没というダンジョンの特性ゆえ見逃してしまうダンジョンも必ず出てしまう。自治体はそれに備え、少しでも多く探索士を雇用すると言う流れになってきているのだ』
記事にもあるように、今の所アーマーアントの時のように多くが外に出てしまうということはまだない。
むしろあれが教訓的に機能して、自治体への備えをより充実した慎重なものにさせている。
シーク・ラヴの広報のおかげもあって、ダンジョンへの対策が必要だとの認識も浸透してきている。
だから地方議会・国会などでも予算は比較的スムーズに承認される傾向にあるらしい。
『ただこのやり方でしわ寄せがくるのはやはり、今もなお輝かしく活動し続けているシーク・ラヴのメンバー達である。――来年春、とうとうダンジョンを専門に扱う“ダンジョン探索庁”が発足する。彼女達に過度な負担がいかないよう、行政が今以上に舵取りをしっかりして欲しい』
凡そ制度が上手くいっている中、しっかりとダメな所はダメと書くこと自体は評価できる。
ただいきなり、来年出来る行政庁の話に移って、意図を掴みかねた。
それを察したのか、空木がつまらなそうに口にする。
「あぁ~それですか。要は根も葉もない噂話を引っ張ってるんですよ。――来年、花織ちゃんとか飛鳥ちゃん達、卒業するでしょう?」
「ああ。……それが?」
前提情報が足りなさすぎてまだピンとこない。
空木はそれで特にうんざりすることもなく、甲斐甲斐しく応じてくれる。
……空木、捻くれ者の癖に本当に世話焼きだなぁ。
「えーっと“ダンジョン探索庁、設置に大幅の遅れ”って話、あったでしょう? 色々と国会の審議で揉めて、みたいな。それで来年の春にようやく決まったって感じの」
「……なるほど。ようやく分かった」
その話は聞いたことがあった。
そして後“ダンジョン探索庁 探索士1期生の中から初代長官を選出か”みたいな記事も読んだことがある。
つまり、シーク・ラヴで、来年卒業する志木や逆井などの誰かから探索庁の長官が出るのではないか。
スカウトするために彼女達の卒業に合わせたのではないか、みたいな憶測話だ。
だが流石にそれは無いと、当人たちとよく話をする俺達は知っている。
まあ、そんな話が出るくらい、探索士の居場所が色んな所にちゃんと出来てきたってことだろう。
「ふにゅぅぅぅ……すぅ……すぅ」
「っと。……ロトワ、寝ちゃったか」
そうして難しい話が続いて、とうとうロトワが再び眠りへと旅立った。
そこで話を切り上げ、今夜はお開きにすることに。
「さて……どうすっかな」
この時間から寝たとなると、ロトワはいつもの起床時間には絶対に起きないだろう。
それでロトワがラティアに怒られると、結局は俺も怒られることになりそうなので何とか避けたい。
「……ラティアにも、何とか寝坊してもらえないだろうか」
ロトワをおぶって家に戻る短い時間で、そんな非現実的な方策がないかをぼんやりと考えるのだった。
ツギミー、母性を発揮して新海さんにアピール!
妹系立ち位置の脱却狙いか!?
……とりあえずラティアに怒られない方法を頑張って考えないとですね。




