375.皆……暇なの?
お待たせしました……。
更新時間がバラバラで、本当すいません。
このお話からライブ当日スタートです。
ではどうぞ。
「おぉぉ! 今日はここにお泊りするんだね、ご主人!」
「ああ。荷物を置いて、少し休んでから会場に行こう」
シーク・ラヴの一周年記念ライブ当日。
朝早くから出発して、仮の宿となるレンタルハウスに到着した。
2daysの二日目も呼ばれていたが、その負担を気遣って、椎名さんが会場近場の貸家をレンタルしてくれたのだ。
俺の家の隣に、空木がほぼ定住しているレンタルの家があるが、それの超短期版みたいな感じの奴だな。
ライブが終わって自宅に戻って、また翌日早起きして向かうのはメンタル的にしんどいから、正直助かる。
「ん、分かった。――ロトワ、レイネ、行こ」
「はい!」
「おう! ちょっと探検もしてくるか!」
一泊だけなんてもったいなくなるような趣ある古風な家。
しかもしっかりと手入れが行き届いていて、築年数に比例して出てくるようなボロさやきしみ、漠然とした不安さを一切感じさせない。
2段ベッドが二つ、計4人が一部屋で眠ることが出来る部屋もあった。
貸し出すに当たって、大人数に対応できるようにとの配慮だろうか。
「あっ、ロトワお前ズルぃぞ! 上はあたしが狙ってたのに!」
「ふふ~んであります! こっちはロトワが占拠しました! レイネちゃん、下決定であります!」
「……何なら私が下使うけど? もう一つある方、そっちを使えば?」
既に3人もこの部屋に来ていて、誰がどこで寝るかを決めていた。
折角他にも部屋があるんだから、今日くらい贅沢すればいいのに……。
俺の寝る場所は余った所でいいと皆に任せて、ライブへ向かう準備を一人、黙々と進める。
「夕飯はどっか外食で良いから、後は……っと?」
メールが来た。
逆井からだった。
『おっす~! 今メンバー皆で歌とか演出の確認中~! ようやく休憩入った! 新海は今どんな感じ?』
相も変わらず、謎の絵文字付きだ。
擬人化されたハンガーが、服に向かって“お前がいなけりゃ、俺はただのハンガーなんだよ!”と謎の熱いセリフを叫んでいる。
いや、この絵文字で何を伝えたいのお前は……。
ってかライブ当日だろうに、何なの、暇なの?
「はぁぁ……って、あれ? また来たぞ……」
逆井に呆れ混じりの返信を送ろうとすると、スマホが次々に別のメールの受信を告げる。
赤星、白瀬、桜田……等々。
『新海君、おはよう。私達は今揃ってステップや立ち位置の確認をしています。休憩時間に入ったから、何となく気になってメールしてみたけど……今、何してるのかな?』
『えっと、ハー君。今日はライブ、来てくれるってことだったけど。頑張って最高のライブにするから。今もその調整中よ。そっちは?』
『ふふん! 先輩、チハちゃん、今、何してると思います? じ・つ・は~! 何と、ライブの時に着る衣装をチェックしてま~す! どうです、想像してドキドキしちゃいましたか?』
……皆、休憩時間に揃ってメールとか、本当、実は暇なの?
ってか“揃って”って言ったけど、計ったように全員バラバラに、だが丁度同じタイミングで送ってきやがる。
こっちの様子が知りたいだけなら、誰か一人が代表して送ってくればいいのに……。
「ご主人様? どうかなさいましたか?」
スマホを見て固まっていたところに、後ろから声がかかる。
「ああいや、何でもない。……さぁ、準備は出来たか? そろそろ出発しようかと思うが」
知られたら気まずいわけでもないが、何となく話をはぐらかした。
「はい。皆ももう直ぐ来るかと」
「そっか」
ラティアの言った通り、3分もしない内にやってきた。
少し予定よりは早いが、遅れるよりは良いかと、ライブ会場へと向かうことにした。
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「へぇぇ……凄い見晴らしが良い席だな」
「であります! はうぅぅ~……ワクワク、ドキドキ、でありますよ!」
移動の際に軽く昼飯を済ませて、会場入りする。
貰ったチケットに印字された番号、そして座席表を見比べながら辿り着くと、そこは3席×2列しかない場所だった。
近くの周囲に他の客席は見当たらず。
大きく通路を隔ててようやく下側に、同じ配列の座席があるだけだ。
これなら他を気にせずライブを見ることが出来る。
「だな……また今回もかなり良い席のチケットを貰ったらしい」
そしてレイネが呟いた様に丁度良い高さから、遮る物なくステージを視界に収められる。
ステージと距離が近いわけではないが、至近距離であればいいと言うことでもないから、そこは気にならない。
「そうですね……――では皆。今の内にトイレや売店など、行きたい所は行っておきましょうね」
余裕を見て出発できたので、ライブが始まるまでにはまだ時間があった。
一度に全員がバラけると誰かが迷子になる可能性もあるので、交代で動くことにする。
「……マスターはいいの? 私とロトワで待ってるから、行って来ても大丈夫だよ?」
「いや、別にグッズとか買うわけじゃないし、行くって言ってもトイレくらいだからな……」
グッズを買わないという発言に、リヴィルが大袈裟なくらい驚いて見せる。
「えっ!? ……大丈夫なの? その、色々と。誰のグッズでも良いから、少しでも買っておいた方が……」
リヴィルが何を心配してそう聞いてくるのかがサッパリ分からなかった。
ロトワに視線を向けると、同じ様に、はてなマークを頭上へと浮かべている。
「はぁ……まあ、よく分からんが、なら後で少し見てくるわ」
よく分からんが、リヴィルの勘が不安を告げているらしいので、とりあえず従っておくことにした。
「そう? うん、多分その方が良いと思う」
リヴィルも安心したように小さく笑顔を浮かべた。
……何なんだろう、グッズに何かがあるんだろうか?
逆に俺が不安を覚えたが、一先ず気にしないことにして。
しばらくして戻って来たラティア達と入れ替わり、俺達もそれぞれの用事を済ませることにした。
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「まあ……これで、いいだろう」
トイレを済ませた後、長蛇の列となっていた物販コーナーに並んで、ようやくグッズを購入することに成功した。
リヴィルとロトワは軽食売り場で時間を潰してもらっている。
「さてと……ん? 電話?」
ほぼ売り切れ状態の中、ギリギリ手に入れることが出来た成果物、“立花司リストバンド”と“空木美桜 缶バッチ”を右手で纏めて持つ。
かかって来た電話の相手に驚く。
椎名さん!?
「……もしもし」
通話ボタンを押し、声を抑えながら人のいない所を探す。
『……もしもし? その、陽翔さんの携帯で大丈夫かしら?』
……えっ!?
志木、さん、っすか?
「……はい、大丈夫です、陽翔さんのスマホです」
『クスッ。……どうして貴方がそんなに畏まってるのよ』
通話口の向こうから聞こえた微かな声。
志木は、おかしそうに笑っていた。
「いや、椎名さんのスマホからかかって来たから、てっきり椎名さんかと」
椎名さんも今日はライブに参加するはず。
だから念のためにと小声になると、その名前を口にするのもおっかなびっくりになってしまう。
『ああ……今はもうメンバー皆、スマホの電源切っちゃって、預けてるから。椎名さんの携帯以外で使えなくて』
あ、あの、それはその、大変言い辛いんですが……。
かおりん様が電話を掛けて来た理由にはなってないと思うんですけど……。
『? ……ああ、そんなに深刻に構えないで。私が電話したのは難しい事態が起こったとか、そういうことじゃないから。ただ、その、陽翔さんのことだから、面倒臭がって、もしかしたら来てないかも、とか思って。フフッ』
ああ、なるほど。
要は“お前、直前になってブッチしてないだろうな?”って事っすね。
安心してください、ちゃんと会場に入ってますよ!
とにかく下手の新海で対応する。
『でもちゃんと来てくれてるみたいで安心しました。……じゃあ、その、代わるわね』
満足したのか、志木はそれだけ言ってスマホを誰かに渡す。
今度こそ持ち主が来るかと身構えたが――
『全く……花織ちゃんも素直じゃないなぁ。ただお兄さんの声が聞きたかったって言えば良いのに。――あぁ、もしもし、ウチですウチ。ウチですけど』
また椎名さんじゃなかった。
『ごめんなさい……花織ちゃんの金を使いこんじゃったのがバレて。このままじゃクビになって、裁判沙汰になるって言うんです。じゃ、ちょっと上司に代わりますね――もしもし』
「いや、ウチウチ詐欺やめろ」
全部空木の一人芝居である。
大体親族でもないんだし、お前と俺の間柄だとどうやって俺が金を出す流れになるんだ。
本当、どういう設定なんだよ。
『あはは、流石お兄さん。ナイスツッコミです。今度こそ真面目に代わりますね――』
えっ、今ので本当に終わり!?
空木は何で志木と代わったんだよ……。
『――新海君? もしもし、赤星だけど』
代わった相手、赤星はヒソヒソと内緒話をするような声のトーンだった。
今までの流れとはまた違った雰囲気で、俺もつられて声を落とす。
「……おう、どうした。ってか何なんだこれは?」
『あ、あはは……皆、本番前だから、新海君の声を聞いて、リラックスしたいだけ、とかじゃないかな? えっと、それでね――ああ、もう、ちょっとチハ、直ぐ終わるから待っててば!』
赤星は後ろから桜田辺りにせっつかれているらしい。
時折他のメンバーの話し声が聞こえてきては、通話が途切れる。
『ゴメンね。で、えっと……あっ、そうそう! 席は大丈夫だった? あそこなら、周りの人とかいないから、気にせずDDを開けると思ったんだけど』
赤星の告げた用件を聞いて、素早くその伝えたいことを理解する。
「ああ……もしかして席の手配は、赤星がしてくれたのか? 助かる――」
チケットは志木から手渡されていたので、てっきり志木が今回は全部やってくれたのかと思っていたが。
どうやら席の確保自体は、赤星が裏で動いてくれていたらしい。
……あっ、そうか。
そこまで考え、そして危うく一般論・世間話の一つとしてスルーしかけた言葉の真の意味に気付く。
「……本当に助かる。“奴”も、これなら、一緒に見ることが出来そうだ」
それだけで赤星にも伝わったみたいだ。
『……うん、そっか。なら良かった。梨愛はこういうの苦手そうだったから。私が新海君や“彼女”の力になれたのなら、嬉しい。是非ライブ、楽しんで行ってね』
赤星……。
「ああ、分かった。今度何か別に礼をするよ。――じゃあ、ライブ、頑張ってくれ」
『うん!』
赤星の細やかな気遣いに好感度爆上りである。
未だ繋がっている電話の向こうから“颯様! 伏兵ですか!? 伏兵的策謀ですか!?”とか“ハヤちゃんまた伏兵ってたの!? もう、今日くらいは伏兵あざといのは勘弁してほしいし!!”とか聞こえるが。
……まあ赤星が言った様に、ライブ前で皆テンションが上がっているんだろう。
その後も他のメンバーと入れ替わりの短いやり取りを済ませ、席に戻った。
そしていよいよライブがスタートするのだった。
赤星さんはキッチリと伏兵って来る……!
そしてライブはラティア達とだけではなく、あの人とも一緒に見られる……かも!




