362.写真……。
お待たせしました。
学園祭パートはこれで終わりです。
……志木さん、すまん、これが限界だ……。
ではどうぞ。
「ラティアは、まあ本人が帰るってことなら構わない。もう学園祭も終わりだしな。……ただルオはこっちに残してくれ。ちょっと命の危機なんだ」
ミニライブが終わり、閉会式間際となって、ようやく暗い気持ちも幾分かマシになった。
何とかここから脱出できないだろうかと考え始めた時、リヴィルから電話がかかって来たのだ。
『……マスター今度は何やったの。はぁぁ……』
スマホから、リヴィルの呆れたような溜息が聞こえてくる。
うぅぅ……すまん、行く時に忠告してくれたのに。
……で、でもリヴィルだって“オリヴェア姿のルオと行くなら気を付けろ”的な感じで言ってたじゃないか!
今回死にかけてるのはルオ関連じゃなくて椎名さん関連だ!
だから、俺は悪くねぇ!!
先生が悪いんだ!!
『…………』
「すんません、はい」
無言に耐えかね、即座に謝罪する。
また溜め息が聞こえたが、リヴィルはそれ以上は言わず、話を進めてくれる。
『――とにかく。ラティアが先に帰ってくるなら私が迎えに行くから。それは任せてくれていいよ』
「助かる。……ルオは俺と一緒に帰ることになるから。……えっと、結果的に時間を稼ぐことにはなるかもしれん」
話を聞かれていないかと神経を鋭くする。
自販機へとジュースを買いに行ったルオを横目で見た。
ラティアと並んで何にしようかと迷っている。
そして先に決めて硬貨を投入し、紅茶を押す。
普段ルオは紅茶を好んでは飲まないが、オリヴェアの姿なのでオリヴェアらしい行動を取っている様である。
蓋を開けて優雅な仕草で一口含む。
「……まあ! 素敵なお味ですわ」
まるで箱入り御嬢様が初めて外の世界に出て、市販されている紅茶を飲んだみたいなリアクションだった。
うん……コチラの話を気にしている様子はないな。
『うん。それで問題ないよ。マスターがルオと一緒にいてくれるならこっちこそ助かるから。ルオの居ない間に、少しでもお祝い会の話、詰めておきたいしさ』
そう言えばルオの記念日ももう来週か……。
……来週まで、俺、生きてるかな?
「了解。じゃあラティアにもそう言って先に帰すから。迎えは頼むわ」
『ん。じゃあ、マスターも、気を付けてね』
気を付けてどうにかなればいいなぁ……。
「――では、ご主人様。私は先に戻りますね」
「ああ……ただ本当にいいのか? 一応後夜祭もあるけど……」
日が暮れ、閉会式が既に始まっていた。
リモートで遠隔地にいる各参加校を繋ぎ、大型スクリーンを使って主要なメンバーが挨拶を行う。
その声は校内に放送され、残った人には聞くことが出来るように配慮されていた。
『――大きな問題もなく、無事に大成功で終わることができました。ただこれを今年限りで終わらせることなく、後に続く皆さんに繋いでいって欲しいです』
校門付近でラティアと別れる際、丁度赤星の声が聞こえてきた。
こうした言葉を耳にすると、学園祭の終わりを実感する。
「はい。今日はもう目一杯、楽しみましたから。ご主人様とルオと一緒に」
ラティアは何かに遠慮している風ではなく、本心から学園祭を楽しんでくれたようだった。
なら……良いか。
「そっか……分かった。じゃあ俺達も後夜祭を適当に見てから帰るから。気を付けてな」
「はい。――ではルオ、ご主人様をよろしくお願いしますね?」
「かしこまりました、ラティア御姉様」
ルオがラティアを“御姉様”呼ばわりするのもやっぱ違和感あるな……。
だが今はそこに気を取られ続けるわけにはいかない。
……この後、命が左右されるかもしれない正念場を迎えるのだから。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
日は落ち、グラウンドに照明が点る。
後夜祭が始まったのか、再びざわざわとした声が学院内を満たし始めた。
キャンプファイヤーも直にスタートするだろう。
「……ここか」
学校の校舎の中。
最上階、屋上へと通ずる扉の前に立つ。
改めてスマホのメールを見ると、指定された場所はこの先で合っていると思う。
……未だとある人物からの脅迫メールや、何十件もの不在着信が無いのが一先ずは救いだった。
「……大丈夫ですか、旦那様?」
オリヴェアの姿のまま、ルオが心配そうに尋ねてくる。
後夜祭を楽しんでもらうわけでもないのに付いてきてもらって、その上心配させるのは忍びない。
だがルオは椎名さん対策の切り札なのだ。
「……ルオ、こんなワガママを許してくれ。もしもの時は……“ナツキ・シイナ”、行けるか?」
苦し気にそう尋ね返すと、ルオはオリヴェアではなく。
「……うん、ご主人、当然だよ!」
ルオの笑顔で、親指をグッと立てて答えてくれたのだった。
……すまん、助かる。
荒ぶる椎名さんが降臨してしまったら、もう“ナツキ・シイナご本人とご対面!!”でしかその怒りを鎮める策がない。
だからこそ噴火させないようこれから交渉に赴くのだが、保険は持っておいて損はないからな。
「……行こう、ルオ」
「はい、旦那様!」
この先に待つ相手の出方次第で、俺は無事帰れるかどうかが決まると言っても過言ではない。
オリヴェアの雰囲気に戻ったルオは明るく応じてくれた。
ルオも何となく、俺がマズい状況にいるという雰囲気だけは察してくれている。
頷き合い、意を決し、扉を開けて外に出た――
「あらっ、来たのね――」
秋に入り、少し寒くも感じる夜風が吹く。
2m以上の立派な金網が張り巡らされた、屋上の側部。
校庭で組み立てられたキャンプファイヤーの明るさ、グラウンドにある大きな照明の光が、屋上にも視界を確保してくれる。
夜の校舎、他に人の居ない屋上、間接的な光。
それらの要素が待ち人の少女を、とても幻想的に、魅力的に見せた。
「待たせたな――志木」
待ち合わせの相手、志木は金網から地上を見下ろしていた。
学園祭の成功を実感してか、感慨深そうな表情でいる。
俺も勿論、合同学園祭の成功をめでたく思ってるし、この場で一緒に祝うだけの時間を過ごすというのもアリなんだろう。
だがお互い話さなければならないことがある。
もうそろそろ写真の件が、逆井か逸見さん辺りから椎名さんに漏れる頃だろう。
俺は、何とか志木を介して、穏便に事が運べないか、その方策を探りたい。
志木はまあやはり、景品交換1位だったプライドでもあるのか、俺が椎名さんの写真を交換した理由の詳細な説明を求めてきた。
……俺はそれを話す義務はないが、それで取引が成り立つなら構わない。
「さぁ、折角そっちから呼んでくれたんだ。本当なら学園祭の成功を祝って、余韻に浸りたいところだが――時間が惜しい。早速取引と行かないか?」
というか、結構内心では焦っている。
今にも椎名さんから着信が入らないか、あるいは大量の“……デンワ、デロ”みたいな脅迫文メールが送られてこないか、と。
だがそんな内心は一切顔には出さず、余裕ある表情で志木に語り掛ける。
「フフッ、そうね――」
志木がようやく、ゆっくりと振り向いた。
フェンスの下、楽しそうに後夜祭に参加する学生達から、俺へと視線を移し。
そうして笑顔のまま視線を更に移動させてルオを見――
「……?」
ルオも“どうかなさいましたか?”と言う様に、笑顔で可愛らしく首を傾げる。
「っっ!!――」
志木はそれに息をのみ、そして俺を睨んでムッとして……。
…………えっ、“ムッ”と?
「――取引、残念ながら無しね」
それだけ言って、志木はプイっとまた顔を逸らしてしまった。
………。
――何で!?
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「ふんっ、陽翔さん、貴方、やっぱり年上の女性が好みなんじゃない。とてもお綺麗な方を連れてらっしゃること」
「は? ……え、年上の女性?」
一瞬何を意味しているのか分からなかったが、ルオを見てまた今日何度目か分からない“ハッとする”を経験した。
確かに、俺は本物のあの暴れっ振りを知っているからそんなイメージはないが。
全く知らず、今日初めてルオのオリヴェアを見た人はどう感じるか。
線が細く、知的で笑顔の素敵な女性。
しかもそれが大人の女性としての余裕のようにも感じられるかもしれない。
というか、志木はそもそもルオのオリヴェア――“ルオリヴェア”自体が初めましてだ!
「いや、志木さん、これ“ルオ”っす!!」
必死になってルオを指差し、これはルオであると訴える。
まさか、本当にルオのオリヴェアが俺の今後を左右するキーマンになるとは!!
リヴィルの姉さん、パネェっす!
朝のアドバイス、マジでした!!
その直感で今後も俺を導いてください!
一生付いて行きやす!!
「……はぁ? ルオさん? …………――って!?」
「……フフッ。――えへへ!」
ようやく分かってくれたらしい……。
“何だかよくわからないけれど……テヘッ!”みたいなルオの笑みで、志木はルオである確信を得られたようだ。
その顔がみるみる赤くなっていく。
……いや、まあ、うん。
一先ず、これで俺が年上好きという謎の誤解は解消されたな。
“やっぱり”って、椎名さんの写真も、俺が椎名さんを好きだから、みたいに疑われてたってことか?
はぁぁ……そもそも椎名さんと俺はそういう感じなんて全くないのにね。
「……その、陽翔さんの、話は、分かり、ました。椎名さんの写真を預かって、本人に私から返しておくってことでも、大丈夫です」
志木は直ぐに冷静さを取り戻してはくれたが、やはり少しぎこちない。
こっちもそれで何だか話し辛い雰囲気になってしまう。
ルオが“ナツキ・シイナ”となる切り札は使わずに済みそうなので、話を待つ間、下のキャンプファイヤーでも眺めててもらう。
さっき待っていた志木と入れ替わるような形だ。
「えっと、それは、うん、助かる」
「……はい」
……やべぇ、間が。
……でも、勘違いとは言え、志木が怒ったのも分からなくはない。
要は、仕事として折角良いパートナー関係を築いていたのに。
その仕事で一緒になることが多い椎名さんに、現を抜かしているのではないか。
そんな疑問が生じれば、イラっときて、話を聴きたくもなくなるか。
「……えと、ただ、さ。俺だけ写真がないと、ラティアとルオが気にする、かな~?」
「? ……その、えーっと、どういう――」
俺が唐突に変な事を言い出したので、志木が困惑する。
ちょっと上手く言える自信がないが、仕方ない――
「ほらっ、俺達、3人で回って、スタンプ押してもらって、それで交換してもらったんだ。それも3人での思い出なのに、俺だけ写真が欠けてたらさ……何か、寂しいだろ?」
「まあ……そう、ね。でもそれじゃあ……」
志木は俺が手にしている椎名さんの写真を見て、先の言葉を告げられずにいる。
……うぅぅ、伝わんないか。
ええい!!――
「だから、さ。代わりに、何か志木の特別な写真がゲットできたらなーって……」
「あっ――……はい」
何かを察したかのように、志木はハッとして、自然な笑顔を浮かべた。
「……そうですね。陽翔さんがちゃんと学園祭を回ってくれた証が、写真ですものね。誰の写真も手元に無いのは不公平ですもの。そうね――」
志木は少し悩み、直ぐに何かを思いつくと、俺にスマホを貸して欲しいと頼んできた。
この流れで悪戯されることも無いだろうとサッと渡す。
「……セキュリティとか、ロックとか、全然警戒してないのね」
……いや、ボッチですぜ?
俺のスマホに誰が興味あるんですかぃ。
「はぁぁ……まあ陽翔さんらしいと思うけど。――んっ、んん。……それで、写真を撮らないといけませんから、これは仕方なく、ですから」
咳払いしたかと思うと、何やらボソボソと自分に言い聞かせるように呟く志木。
すると受け取った俺のスマホを軽く操作し、自撮りするように掲げる。
そして――
「おっ、おい――」
――志木が、いきなりくっつきそうな程に体を寄せてきた。
「まぁ!!」
一部始終を見ていたルオも、驚きの声を上げる。
オリヴェアの口調で、しかし好奇心を隠せないような声音が耳に印象的だった。
「っっ!!」
パシャリ。
抗議する間もなく、シャッターが切られた音がした。
そう認識した時には、既に志木は体を離していて……。
「――は、はい、お返しします。写真、これで良いですか?」
「…………」
手渡されたスマホのアルバム欄には、1枚の写真が追加されていた。
驚いて志木だけを見ている俺と。
バッチリ画面に顔を向け、俺にくっつくくらいに近づいていた志木のツーショットだ。
「――フフッ。この学院内でしかゲットできない、私の特別の写真です。大事にしてくださいね? ……では、また後日――」
志木は悪戯が成功したと言う様に笑顔でそう告げ、その後俺の返事も待たず早足に去って行ったのだった。
…………いや、まあ、うん。
とりあえず、間違えて処分しないように気を付けます。
色々と考えを整理するため、しばらくルオと下の後夜祭を眺めていると――
――デンデンデーンデデデーンデデデーン……
ヒィッ!?
この着信音は!?
「あれっ!? しっ、椎名さん!?」
志木さん、えっ、何とかしてくれてないの!?
……あっ、止まった……。
――ちょっ、ウソっ、メールもガンガン来るんだけど!?
志木め、何か上手い事やってやった風に去って行ったのに、アイツ今何やってんだ!?
クソッ――
その後、電話に出て何とか色々と誤魔化していたら、時間差で志木が何とかしてくれたという報が入った。
命拾いしたのは良いが、何で俺達と別れてからそんな時間差が出たのか……。
ツーショットの写真もそうだが、色々と消化不良な学園祭の終わりとなったのだった。
ルオのお祝い回に入りますが、こっちは2~3話で終わると思います。
その後はライブですね。
ダンジョンにも入らないとだし、織部さんをそろそろ出してあげたい症状も出てきたし、目が回る……!




