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360.じ、地雷が地雷のまま残ってしまってる……。 

お待たせしました。


ではどうぞ。




「さて、これからどうしようか……」



 校舎の外に出て今後の予定を相談する。

 志木の演劇は見たいには見たいが、残念ながらチケット制だ。

 

 大人気とあってチケットは入手できなかった。

 頼めばもしかしたら融通してくれたかもしれないが、今回は事前に行くと約束したわけでもない。

 なのにチケットはくれなんていうのも図々しいだろうし、本人達に気を遣わせてまで見ようとするのは何か違うだろうしな……。



「そうですね……ルオは、どこか行きたい場所はありますか?」


(わたくし)ですか? 私はリツヒさんの顔を一度見ておきたいのですが……」 

 


 ルオは今オリヴェアである以上、皇さんのことを“リツヒさん”と呼ぶのは仕方ない事なのだが、やはり違和感が凄い。

 

 というか目の前にオリヴェアがいると言うのもまた大きな違和感だ。

 シルレを再現する時もそうだったが、異世界、画面向こうにいる存在が急に自分の前に現れた、みたいな驚きがある。


 ……それを言うと、シーク・ラヴ全員にも同じことが言えるんだが。


 志木を始め、皆、画面向こうの手の届かない存在、大人気のスーパーアイドル様だもんな……。 



「皇さんも志木も忙しい身だろうからな……会うのは難しいかもしれん」



 皇さんは運営本部に詰めていると聞いていた。

 他にも沢山人がいるだろうし、俺達がのこのこと会いに行ったら“……

何だコイツ等?”ってなるかも。


 ……いや、ラティアとルオは歓迎されるだろうな。

 同性でも息を飲む程の美少女だしね、丁重に扱われるかも。


“何だコイツ”ってなるのは俺だけか。



「そうしますと……ではシイナ様は――」


「よしっ、今日は最終日だ! とことん遊んで帰ろうぜ!!」



 ラティアの言葉を遮り、力強く宣言する。

 今その名前は聞きたくないんだ!


 勢い半分で手にしてしまった、昔の椎名さんの写真。

 しかし冷静になってみればこれほど危ない物はないと思う。


 

 椎名さんに所持がバレれば一発現行犯で逮捕(そくし)だ。



「フフッ。――そうですね。では、特に目的地は決めず、また色々と見て回りましょうか」



 ラティアも俺の焦りの奥にあるものを察したのだろう、追及はせずにニコニコ笑ってスルーしてくれる。


 ふぅぅ……ラティアが何かを企んでないなら大丈夫――




 ――prrrrr



「ヒィッ!?」



 でっ、電話!?

 相手は……うぉっ、椎名さん!?



「だ、大丈夫ですか旦那様!? えーっと、もしかして……シイナさん、ですか?」



 今日オリヴェア姿で初めて、ルオが焦る様子を見せた。

 そりゃこの流れで椎名さんからだもんな……。

 

 

「い、一回心を落ち着ける時間も必要だと思うんだ、うん。よし……」



 切れるまで待って、こちらから改めて掛け直して――





 prrrrr…………。


 ――prrrrr!



 ヒィェッ!?

 またかかって来た!! 


 心なしか呼び出し音に怒気が混じってるように聞こえる!!

 き、気のせいだよね!?



「うっ、仕方あるまい……――はい、もしもし」



 観念して通話ボタンを押した。

 恐る恐るスマホを耳に近づけると……。



『ああ、もしもし、良かった、出て下さって。椎名です、今大丈夫ですか?』



 予想に反して、椎名さんの声は普段通りの落ち着いたものだった。

 その奥に静かな殺気を宿している、ということもなく。

 ……どうやら俺が構え過ぎだったらしい。


 良かった……。



「あっ、はい、大丈夫です。すいません直ぐに出られず。……で、何かありました?」


『いえ。……それで、おかけしたのは少しお願いしたいことがりまして――あっ、すいません、前提として、今どちらに?』

      


 俺が写真を手に入れたなんてことは全く念頭にもないという風に、椎名さんは話を進めて行く。

 これは……真面目な話かな?


 自分から墓穴を掘ることはない。

“景品交換所から出たところです”とは言わず、ただ学園祭に来ているとだけ告げる。



『そうですか。……その、もう少しで御嬢様が休憩時間に入られるんです。それで、もしよろしければ、御嬢様の所までご一緒しませんか?』

   


 行き先を決めていなかった所で、思わぬ申し出があったのだった。


 

□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆



「あっ、どうも。いきなりお呼びたてして申し訳ありません」



 待ち合わせ場所へ向かうと、椎名さんが俺達に気付いて近づいて来る。

 普段は見ないラフな格好で、その頭には帽子を深く被っている。


 既に卒業しているとはいえ、椎名さんはちょっとした有名人でもある。

 自分のホームである学院だし、顔を(さら)さないための配慮かな……。



「いえ。それで――」



 話し始めようとしたが、それは椎名さんに遮られた。

 俺、ラティアを見た後、椎名さんは鋭い視線をルオに向けた。


 そしてパッと頭を下げる。

 


「はじめまして。夏生椎名と申します。新海様には普段からお世話になっていまして――」


「…………」


「…………」


「…………」



 椎名さんの行動に、一瞬理解が追い付かなかった。

 何事かと俺達は皆して口を閉じる。


 ……が、ルオの姿を見て、ハッとした。



 ――あっ、そっか!




「椎名さん、すいません……ルオですルオ」


「……へ? ルオ、様?」



 椎名さんは珍しくポカーンとして、ルオをまじまじと見つめる。

 ルオはオリヴェアの上品そうな笑みを消し、ルオ本来の人懐っこい笑顔を浮かべた。



「えへへ……」


「あっ――そう、ですか……」


 

 オリヴェアのような――つまり志木や皇さんのような御嬢様だと発しないだろう悪戯な声。

 それで“これはルオだ”との確信を抱いたらしい。


 これまた珍しく恥ずかしそうに、納得の言葉を小さく呟いたのだった。



「とても、お綺麗な方だったので、てっきりまた新海様の引っ掛けたお知り合いかと……ああ、ルオ様、でしたか」 



 その言い訳めいた言葉の中に俺への当て擦りを感じたのだが……まあ良いだろう。

 これしきのことで、“写真(きりふだ)”を出すこともない。



 ……いや、ってか俺は何を考えてるんだ。


 あれは地雷にもなりうる危険なものだと自分を(いまし)めたばかりだと言うのに。

“使っちまえよ……グヘヘ”という悪魔の囁きを聞いたような気がして頭を振り、幻聴を追い払ったのだった。





「――あっ、椎名! もう、来ないでってあれほど言ったのに……」



 気を取り直して椎名さんの先導についていくと、人の居ない小さな仮設テントに案内された。

 大きな幕が張られ、それで三方を囲まれている。 

 目隠しをされているその中に、皇さんはいた。


 保健室にありそうなベットが2台あり、その一つに皇さんが腰かけている。 



「いえ、御嬢様! 私は御嬢様の様子を窺いに来たわけではなくて、人をお連れしたんですよ!!」



 今のこのやり取りだけで、椎名さんが俺達を連れて来た理由が分かった。 

 なるほど、だから“お願いがある”っていう風に椎名さんは表現したわけか。



「えっ? 人って――あっ!! 陽翔様っ! それにラティア様も! 来て頂けたんですね!!」



 皇さんは俺達に気付いて、ムスッとした表情を一変させる。

 ただ俺、ラティアと見た後に、もう一人誰かを探したような、そしてその人がいないのを残念がる雰囲気があった。


 それを上手く隠しながらルオを見て……あっ、今度はちょっと警戒感が。


 

「あの、すいません……こちらの凄くお綺麗なお方は? その、陽翔様とどういうご関係なんでしょうか?」


「凄くお綺麗……ウフフッ」

  


 皇さんの言葉を最後まで聞き終えることなく、ルオは堪らず小さな笑みを零す。

 それで皇さんがまたムッとするのだが――



「――えへへっ!」



 ルオの悪戯な笑顔を見て、皇さんはハッとする。



「……あっ、ルオさん!?」



 そして次の瞬間には満面の笑みを浮かべていた。

 先程一瞬だけ見せた残念そうな様子など、本当に幻か何かだったかのように、皇さんは嬉しそうだった。


 ……なるほど、やはりルオを探していたのか。


 今度こそ皇さんは、俺達の来訪を心から歓迎してくれたのだった。 

 

□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆ 


「す、すいません……その失礼、します」


「あ、ああ……どうぞ」



 皇さんがおずおずと頭を乗せてくる。

 膝に乗った皇さんの頭は、とても軽く感じた。


 

「では御嬢様、皆様。私は外で待機していますね。……休める時に休むのもお仕事の内ですから。御嬢様、今は新海様に甘えてください」


「わ、分かってます! ……で、ですからこうして……」



 皇さんが言い終わらない内に、椎名さんはサッと幕内を出て行った。

 それを見届けると、皇さんはまた俺の膝に頭を預けてくる。

  


「フフッ、お疲れ様。リツヒ、働き詰めだったんでしょ? 今はゆっくり休んで」


 

 ルオはオリヴェアの姿で皇さんの頭に手を置いた。

 そうしてお姉さんとしての容姿を活かすように、優しく優しく撫でていく。




「あ、はい……ですが、まだ、学園祭が、続いていますし……」

 

「リツヒ様のおかげで、とても楽しめていますよ? さぁ、休憩時間くらい、ゆっくりしましょう。仮眠を取って休みましょうね」



 ラティアも幼い子供を寝かしつける様に、甘く安らかな声で囁く。

 頭上から見える皇さんの右目が、次第にトロンと重くなっていくのが分かった。


 そして直ぐに膝上から穏やかな寝息が聞こえ始める。

 ……少しでも休めれば良いんだけどな。



 ルオとラティアと、目だけで意思疎通を図り、20分程はこのまま時間を潰すことにする。


 サイレントモードのスマホをイジっていると、メールが届く。

 椎名さんからだった。




『御嬢様のことを見てくださり、本当にありがとうございます。私は今回、側に付かずにいるよう言われていたので、新海様やラティア様、それにルオ様が来てくださり本当に助かりました』



 かなり長文の内容だった。

 それだけ皇さんのことを想っているということが伝わり、斜め読みはせず、しっかり目を通していく。

  


『花織様が人寄せとなって講堂に人を集めて下さってますので、今の所大きな問題は起きず、全体としての進行は出来ています』



 ……ああ、なるほど。

 志木は皇さんへの配慮も含めて演劇の役を引き受けているのか。


 一番多くの人が集まる所は、それだけ問題が起こる可能性も大きくなる。

 そこに自分が張り付くことで、少しでも問題の芽を摘もうということなのだろう。


 3年生で運営の表舞台からは引退したと言っていたが、その行動には皇さんに成功して欲しいという想いが詰まっている気がした。



『しかし、御嬢様も責任者の一人となっている以上、気が抜ける時が殆どありません。ですので、皆さんが来ていただけて、御嬢様に休んで頂ける口実を下さったこと、本当に感謝しています』



 俺達が来ることで一時でも気を抜けるのなら、言い訳にでも何にでも使って欲しい。

 相当疲れが溜まっていたんだろう、俺の膝上で寝息を立てる皇さんは心地よさそうに眠っている。

 

 皇さんの疲労に付け込むようで悪いが、こんな美少女が俺なんかの膝上で眠ってくれるなんて、こっちこそまたとない経験をさせてもらって感謝しかないしな、うん。



 ……グヘヘ、皇さん、こんな無防備な姿を俺の前で見せて、後で後悔しても知りませんぜぃ?    

     



「……フフッ」


「…………」



 ……何ですかい、ラティアさん、その“あらあら。……ウフフッ”って目は。


 ……ケッ、気が変わったぜ、大人しくしといてやらぁ!!



『これは私への貸しと思っていただいて構いません。私に出来る事であれば何でも申しつけ下さい。全力でお応えさせていただきます』




 メールの終盤に入り、なんとも言えない気分で幕の外へ視線をやった。

 ……いや、椎名さん、そう易々と“何でも”とか言うもんじゃねえですよ。

 織部じゃあるまいし。



 ……そ、そうだ! なら写真!!

 あの高校時代の椎名さんの写真、もしバレても寛大な心で見なかったことにしていただけたら――




『追伸:そう言えば、一つ、探し物をしています。とある“写真”なんですが……まあ新海様は知りませんよね? ただもし私が映った写真の情報や現物を入手されましたら、中身は絶対に見ず、私に知らせてください。良いですね? 絶対に内容は見ずに、です。お願いしますね』



 

 ……あっ、これ、アカン奴や。



 ってか現物の場合、俺はどうやって見ずにそれを“椎名さんの写真”だって確認すんだよ。

  

 無茶ぶり過ぎんだろ……。



 地雷を地雷のまま抱え込み、椎名さんが差し出してくれた“貸し”と言う名の解体バサミも使えず仕舞いに。


 

 このまま膝上に眠る皇さんを人質に交渉が出来ないだろうか……。

 そんな危ない考えが頭を過る程、手にしてしまった写真(ばくだん)の扱いに悩むのだった。


皇さんの膝枕回でした。

そして地雷確認回でもありました……(白目)

その内爆発するかもですね……まあ何とかなりますよ、多分


次話で多分終われる……と思います。

志木さんがメインになると思われますが、もしかしたら予定が変わるかもです。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 頑張れ〜!かおりん〜!応援してるぞ〜!いいとこ見せたれ〜!
[一言] > ルオはオリヴェアの上品そうな笑みを消し、ルオ本来の人懐っこい笑顔を浮かべた。 > ルオの悪戯な笑顔を見て、皇さんはハッとする。  それはそれで破壊力が高そう、本物と違って。 >“使っち…
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