358.穢れの差か……。
お待たせしました。
3日目、最終日突入です。
ではどうぞ。
「ふあぁぁ……っ。あぁ、ずっと学園祭にならないかな」
普段ならもう既に登校し始めていてもおかしくない時間。
ラティアが作ってくれた朝食を味わい、休日さながらのゆったりした朝を満喫する。
昨日あれから、ロトワと連れ立って校内を歩き回った。
自分の通う学校ながら、あれだけ沢山校内を移動したのは初めてではないだろうか。
そして今、その疲れを残さずゆっくりと睡眠をとれたことに大きな喜びを感じていた。
本当、ウェーイ系の人々、頑張って毎日学園祭にしてくれないかな……。
そうすれば俺もずっと時間を気にせずに寝てられるのに。
それはそうと――
「……えーっと。ルオ?」
「フフッ。どうかなさいましたか? “旦那様”?」
“ルオ”の名を呼んで、しかし反応した声はルオのそれではなかった。
目の前のイスに座り、こちらをニコニコと見つめているのは深窓の令嬢――オリヴェアだった。
「あの、いや……今日の学園祭、“それ”で行くのか?」
「フフフッ、はい!!」
勿論、吸血姫であり、異世界にいるはずのオリヴェア本人が地球にやって来た、と言うことではなく。
ルオがオリヴェアを再現しているのだ。
今までシルレ、カズサさんを再現しているのは見たことがあったが……。
……オリヴェアは、うーん。
ちゃんと誰もが振り返るような美人性は再現されているが、正直あんまり似てない。
「まあ、俺は良いけど……」
「そうですか。私、今日この日をとても楽しみにしておりました。ロトワさんのお話を聴いて、その想いがもう積もりに積もって……はふぅぅ」
レイネやリヴィルにされたのと同じように、ロトワも昨夜、帰ってから土産話を披露した。
それがルオの興奮を高めたらしい。
ただロトワと違って、ちゃんとグッスリ眠り、こうして既に他者へと姿を変え、俺を待っているというわけだ。
「フフッ、フフフッ……」
「…………」
決して“急いで!”とは言わない。
だが美女から笑顔で見つめられるだけで圧力を感じる。
サクッと食事を済ませようとご飯をかきこみ、味噌汁で流し込む。
そうしながらもオリヴェア……の姿をしたルオの顔を盗み見る。
……顔とか雰囲気はもうハァァと溜息を吐きたくなるくらいの美少女だ。
それこそ今日行く月園女学院にいそうな御嬢様然としている。
だが、本物とはやはり全然雰囲気が違って見えてしまう。
何がどう違うかと聞かれると難しいが……うーん……。
しいて言えば、今のルオは綺麗すぎるな。
……ああ、そうだ、“綺麗なオリヴェア”だ!
「……なあ、ルオ。俺の血か汗……飲むか?」
「なっ、は、はいぃっ!? だ、旦那様、ご冗談はお止めを!! も、もう! 淑女を揶揄って……」
頬を赤く染め、凄く初心な反応をして拗ねる様にプイっと顔を逸らす。
それは本当に穢れを知らない乙女の様で……。
――そう、“綺麗なオリヴェア”とは容姿を形容する意味ではなく。
つまり、本物のオリヴェアが俺の血や体液に飢えて、凄い反応をするのに対し。
ルオのオリヴェア――ルオリヴェアはまるで“そんなエッチなことはいけませんわ!!”とでもいう様なリアクションなのだ。
……穢れの差、か。
確か織部の再現でも、一番差が目立つ部分である“胸部”が、ちゃんと再現されていなかった。
ルオの純真無垢さ・天真爛漫さが逆に再現の時、本物には辛い影響を与えているのかもしれない。
俺は世界の悲しい真実を一つ見つけたような気になり、虚しさを覚えつつ朝食を食べ終えたのだった。
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「ではリヴィル、レイネ。留守、ああ後、ロトワのことも。よろしくお願いしますね?」
出発時。
玄関まで見送ってくれる二人に後を任せる。
レイネは欠伸混じりに応え、手を振る。
一方でリヴィルはニヤッと笑う。
「フフッ。マスター両手に花だね? ……色々と気を付けた方が良いかもよ」
リヴィルの目はニットとスカートで着飾ったラティア、そしてルオを向いていた。
勿論ルオはオリヴェアの姿で、膝下まであるスカートは清潔感・清楚さを思わせる。
ルオは更に可愛らしいワンピースも着ていて、何でもレイネに借りたらしい。
……というか、こんな御嬢様っぽい衣服を、レイネから借りたのか。
それはそれでふむ……と思わなくもないが。
「何に気を付けた方が良いかは分からんが……まあ一応アドバイスは受け取っておくよ」
リヴィルはラティアと共同戦線を張る時以外は、基本俺のためになることを言ってくれる。
だからリヴィルがわざわざ忠告してくれたことだと、気に留めておくことにする。
出発してしばらくはルオが話して、ラティアが相槌を打ちつつ俺に振り、俺が無難な答えで返す、それを繰り返していた。
これをバスなどに乗っている時も続けていると、あっという間に辿り着いていた。
今回は赤星や桜田の学校の場合とは違って、一度行ったことがある場所だ。
迷うことはなかった。
ラティアとは去年の夏休み、二人でサイクリングも兼ねて行った。
そこで志木や皇さんと初めて話をした。
更に今年の夏休みはお祭りにお呼ばれして行った。
そこでは椎名さんの衝撃の真実を知ってしまったな……。
お母さんっ子で、カレーが大好きなんて……っと!?
体がいきなり震える。
背筋がブルっと来た。
「ご主人様、ど、どうかされましたか!?」
「い、いや……大丈夫。ちょっと殺気――違う、寒気がしただけだから」
「そ、それは……大丈夫なのですか? もし旦那様を狙う不届き者でしたら私が懲らしめますが……」
そうかルオ、なら椎名さん除け――もとい魔除けに、俺と契約して“ナツキ・シイナ”にならないか?
魔法少女風の勇者なら既に織部で間に合ってるから、魔法少女風メイドアイドルでお願いします。
……あっ、ごめんなさい椎名さん!
“少女”は違いましたよね、ワザとじゃないんです許して――
「…………大丈夫そうだ、うん。よし行こう!」
「は、はぁ……」
本当に意図してイジったわけじゃないが、それでまた寒気がすることはなかった。
だから大丈夫だと思う。
あまり納得していなさそうなラティアを促し、ルオには目立たぬよう言い含め。
受付や委員の女の子達が出迎える、月園の校門へと向かったのだった。
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「あ、あの……もしよろしければ、その、生徒手帳・学生証に当たる物をお見せいただけますと、その、とても有難いのですが」
「……はい、どうぞ」
受付の少女は皇さんと同じ制服だった。
つまりは中等科の子と言うことになる。
物凄くおずおずとした態度なので、思わず俺がイジめてるみたいに思えてしまう。
生徒手帳を渡すと、受け取ったはいいが……。
「…………」
「えーっと……」
写真と俺の顔を見比べる作業で、何故か俺の顔をちゃんと見てくれないのだ。
……えっ、そんなに俺の顔、見るの嫌なの?
皇さんも出会った当初は物凄く箱入りな印象を受けたけど。
やっぱり御嬢様学校なだけあって、男に良い印象を持たない子も、一定数いるのかな……。
「……フフッ、ご主人様、落ち込まれるのは早計かと」
うぉっと。
いきなり耳打ちされ、ゾクゾクっとした。
……ラティア、容姿や雰囲気もそうだが、声もなんかえっちぃ感じがすんだよな。
それで耳元で囁かれたらムラっと来るから、出来れば不意打ちはやめて欲しいんだけど……。
「――あっ! もしかして、去年のジョギングデートのカップルさんですか!?」
確認が中々進まない所に、一人、また女の子がやって来た。
別の所で受付をしていた子らしく、俺とラティアを見て元気な声を上げる。
「凄いです! いらして下さったんですね! またお会いできて嬉しいです!」
何となく記憶がよみがえって来た。
……あれか、カモフラージュでラティアとジョギングしてた時、しつこく追いかけてきた部活少女の一人か。
「どもっす。えっと、それで……」
その話を掘り返されてもそれはそれで面倒臭いので、無言でチラッと受付の子を見る。
それで部活少女も俺の意図を察してくれた。
「? ……ああ、受付けですね! ――もう亜希ちゃん、この人はダメだよ? どれだけカッコよくてドキドキしちゃったからって、彼女さんがいらっしゃるんだから。早く受付けして差し上げないと!」
「っっ~~!! ち、ちがっ、私、別に、引き留めたくて、ワザと意地悪してたんじゃなくて、本当に、その、顔を、見れなくて――」
何だか小さな言い合いに発展しそうになってる。
それでまた受付けが滞ったら意味ないんだが……。
「フフッ、可愛らしいじゃないですか。ご主人様をまともに見れないくらいドキドキしちゃったってことですから」
……本当かね?
俺の陰気そうな顔を見て、“男の人って皆さん、こんなに怖そうな顔をなさってるの!?”とか。
“やだ、怖い、でも顔を見ないと受付できないし……うぅぅ、怒られないかな、怒鳴られないかな、ドキドキする!”的な事を思ったんじゃないの?
「宜しいじゃありませんか、それだけ旦那様が魅力的だって事ですわ」
ルオにも同じことを囁かれるが、素直に頷けない。
うーん……。
「――ああ、申し訳ありません! 失礼しました。それで、確認できましたので、後はご同伴の方が2名……あれ? 彼女さんと、こちらは――うわぁ、美人……」
…………やべぇ。
また面倒臭い方向に話が行きそうな反応を。
その後はラティアが上手く言いくるめてくれたので、オリヴェア……の姿をしたルオとの関係については、何とかなった。
それでようやく月園女学院へと入場することができたのだった。
主人公とセットだと、ルオが五剣姫の誰を再現してもトラブルがやってくると思います……(白目)
リヴィル「(あー、ただでさえラティアだけでも目を惹きやすいのに。今日のルオはオリヴェアか……。これはマスター、何事もなくは帰ってこないだろうな……)」
多分こんなことを思ったのでアドバイスしてくれたんでしょうね……。




