357.うーん……まあ見られないことも、ない。
お待たせしました。
ではどうぞ。
『……ふん、死にたくなかったら、私の邪魔はしないことね』
『なっ!? っ、俺だってなったばかりだけども探索士だ! はいそうですかって、尻尾まいて地上に戻れるかよ!』
男女二人が言い合になっている。
主役である新米探索士の主人公と、スーパーエリート探索士のヒロインだった。
演劇は序盤から、かなり早いペースで進んでいる。
二人が出会いのシーンを終え、問題となっているダンジョンへと挑もうという場面だ。
「……ぅっ!」
左隣をチラッと見る。
ロトワは既に引き込まれ、この先どうなるかと夢中になっているようだった。
……まあ、初めてだって言ってたしな、演劇を見るの。
この演劇は、今年2月に発売し、今もなおロングヒットを続けている小説が原作だった。
“挑戦的試み! ダンジョンミステリーもの”と銘打たれ、実際に何人もの探索士から話を聴いた上で書かれたらしい。
一応読んだことはあるが……まあそれなりには読めた。
ちなみに、このクラスの委員長が、演劇にする許可を著者に直接求めたところ、快諾されたらしい。
……何でも、著者は木田と、そして梓――梓川要のファンだそうだ。
梓はともかく、木田のファンか……。
世の中、不思議なことが多いね。
『おいっ! さっきの戦い、どうしてあんなに無茶やった!! 君が強いってのは分かる、でもモンスター以外に危険があったらどうするつもりだったんだ!!』
『……どうもしないわ。私が全てねじ伏せて、解決する。この事件も、直ぐに犯人を捕まえて、裁きを受けさせる、必ず』
大きな戦闘を終えた二人が、また一触即発の状態に。
……まあ最初は犬猿の仲、みたいな感じだが、後に恋人関係に発展するんだけどね。
とある事件の真相を追うヒロイン。
それに主人公は何だかんだと巻き込まれてしまう。
ただヒロインをサポートする内に、彼女のミステリアスな部分、純粋な強さ、美しさの中にもふとした時に見せる脆さなどに惹かれていくのだ。
ただ原作だと主人公は社会人、ヒロインも再編されたばかりのダンジョン探索省のエリートという設定になっている。
それを高校生が演じるのだから……読んだことある人が違和感を覚えるのは否めないだろうな。
舞台上で口喧嘩する二人の間に、割って入って止める者が現れる。
『お、おいおい! 二人とも、止めようぜ喧嘩は! 俺達、この場じゃ仲間だろう? せめて足の引っ張り合いみたいなことは避けないか、な?』
セリフと共に、小さなざわめきみたいな声があちこちから上がる。
木田が登場し、主役と思われる二人を仲裁してみせたからだ。
“とても重要な役回りっぽい人物を、皆大好きRaysの一員、木田君が!! キャァァ!!”……ということである。
……ちなみに、犯人はコイツが演じている役の男です。
あっれぇぇ、原作だと犯人はもう少し知的な、けれども狂気を纏った感じだったんだけど。
配役間違えてない?
「うぅぅ! あっ、ひゃっ――」
ミステリーが原作とあって、演出で時に大きな音が鳴ったりする。
人が刺されたり、岩の落下があったり。
その音に、ロトワは逐一驚き、小さな声を上げて縮こまる。
……普段もっと怖い場面があるだろうに。
モンスターと実際に戦ってる時とかさ……。
まあフィクションだからこそ感じる怖さってのもあるか……。
しばらく鑑賞を続けると、物語は中盤に入って行く。
『また……死体。くっ、何で、容疑者は、捕まったんじゃないの!?』
『玲奈…………』
ヒロイン――玲奈が内々に追っていたのは、ダンジョン探索士の連続殺人事件の犯人だった。
小説は、ダンジョンが日本社会に溶け込んで5年後の世界を描いている。
恐る恐るながらもダンジョンとの共生を始めた人々。
何とか脅威と折り合いを付けながら、新しい暮らしを――という矢先、凶悪事件が起こったのだ。
そしてその連続殺人事件の犯人を捕まえた……そう思っていたのに、また探索士が殺される。
今まで完璧で何でもそつなくこなしてきたヒロインが、初めて見せる動揺のシーンだった。
「えぅ、あれ? どういうことでしょう……」
ヒロインとシンクロするように、隣でロトワも混乱している。
完全に物語に入り込んでいた。
ただ無意識的に声は抑えているようで、周りへの配慮もキチンと出来ている。
そんなロトワの成長に思わず感心した。
ラティアが日々している教育の賜物なんだろうな……。
……いや、普段忙しくて子育てを妻に任せっきりにする夫とかじゃないから。
それで偶の休みに娘のご機嫌取りに遊びに行ったら、ふとした時に妻の有難みと娘の成長を感じる、みたいなことじゃないからね!?
……くっ、ラティアめ、ロトワを介して俺へと良妻アピールとは!
……って、だから違うから!!
――ええい、木田、さっさと犯人だとバレて、最後モンスターに殺られてしまえ!!
意識を変えるために理不尽な八つ当たりを心の中で呟き、一人ヒッソリと溜め息を吐くのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
『貴方が――斉内さんが、犯人だったのね!? クッ、どうして、どうしてですか!?』
クライマックスに突入する。
ヒロインが今日一番の感情を込めて叫ぶ。
信頼していた兄的な上司。
ダンジョン探索省の実働部隊、その中で孤立しがちだったヒロインをいつも気にかけていた。
そんな相手の裏切りに、感情を見せないことで有名なエリート探索士が、表情を歪めた。
……ちなみに原作小説はドラマ化の話も出ている。
そのヒロイン役として噂されているのは志木・逸見さん、そしてシーク・ラヴ中立派閥の一人、立花司の3人らしい。
まあ週刊誌とかネットレベルの噂だけどね。
『っ!! ――玲奈をこれ以上悲しませないでください!! 自首して、裁きを受けるんだ!!』
既にヒロインと恋仲になった主人公が、取り乱す彼女を守るように前に出る。
「っっ……!」
ロトワも応援するようにきゅっと握りこぶしを胸の前に持って行っていた。
……俺も一応、応援はしておこう。
木田、こっからがお前の一番の見せ所だぞ!
『……裁き? 俺が、か?――フッ、フフッ、アハハハハ!!』
犯人役の木田が、愉快そうに笑い声を上げる。
……ま、まあ及第点、ではないだろうか。
何だか上から目線で、偉そうに言っているようで申し訳ない。
だが、演技を見る目に関してはちょっとうるさいのだ。
なんたって、“猫を被って”ならぬ、“白かおりんを被って”日本中を欺いている奴を、俺は知っている。
そしてその仮面を見抜いたという自負があるからな。
……そのせいで、志木に会う時はいつも“黒かおりん”に怯えてビクビクしてるけどね。
更には他者の再現にかけては右に出る者はいない、【影重】【影絵】を使う少女まで知っているのだ。
ちょっとやそっとの演技では、俺は騙されないし満足しないだろう。
『法の裁きを受けるのなら、俺だけじゃない! ――探索士全員だ!! お前も、お前も、全てが裁かれるべきなんだ!!』
木田はヒロインと主人公を指差して、凄い剣幕で捲し立てる。
結構セリフ量が多いので、木田はチョクチョク噛みかけていた。
……まあ要するに、動機は探索士全体への復讐、ということだ。
ダンジョン探索士が始動した当初、木田の役の男は不運にもダンジョン関連の事故に巻き込まれる。
その際に大事な婚約者を失ったのだが、ダンジョン内で、男は目にしてしまったのだ。
救出活動などせず、我先にと逃げる探索士を。
助けてくれていれば、婚約者は助かったかもしれない……。
『それだけじゃない!! 国は、当時のダンジョン探索庁は何をした!? 俺の証言なんか一つも聞かず、逃げた探索士たちはお咎めなしだ!!』
国が全面バックアップで創設された探索士制度。
それがまだ走り出したばかりの時に、探索士の不祥事・不手際があったのでは都合が悪い。
この男の言う事だけを聞くと、ダンジョン探索省も探索士も完全に悪者っぽく見えるが――
『じゃあ、じゃあ何で貴方は!! 貴方は私を助けてくれたんですか! 省内で孤立してばかりいる私に、貴方はいつも声を掛けてくれた! 理不尽な上司から押し付けられた仕事を、一緒に片付けてくれた!!』
ヒロインの心からの叫びだった。
それ以外にも物語中では、探索士の善の部分が、主人公とヒロインの日々を通して色々と描かれている。
なので原作小説ではダンジョンや探索士の良い部分、悪い部分がバランスよく描かれていた様に思う。
惜しむらくは――
『……ハンッ。ボケてんじゃねえよ。探索士として一番優秀なお前を、一番の絶望に叩き落とすためだよ!!』
……これ、所々描写の散りばめ方がイマイチなせいで、もうミステリーものとは思えなかったんだよな……。
犯人の男の視点でチョクチョク、ヒロインの女性が、婚約者に似ているという描写がされてしまっているのだ。
つまり、探索士だから憎いけども、どこか亡くなった婚約者を想起させるヒロインを見捨てられず。
折角復讐のためにダンジョン探索省に入省したのに、最後の最後までヒロインに対してだけは本気の殺意を抱けなかったのである。
そして犯人に対し、上司としての敬愛を捨てられないヒロインの心情。
揺れる心の波に気付き、嫉妬っぽく犯人の男を追い詰めてしまう主人公。
……もうね、ヒロインを起点にした悲恋ものの小説かと。
あんまり後味も良くなかったんだよな……。
『――俺達は探索士として、ダンジョンという謎へ潜り続けることになる。だがその過程で……人の心という謎にも、向き合わなければならない職業、なのかもな』
決め台詞で、演劇は幕を下ろす。
体育館内は拍手喝采。
ロトワも隣で精一杯手を叩いていた。
初演劇は……良かったらしい。
『…………』
席を立つ者も出始めるので、DD――ダンジョンディスプレイを見えない様にサッと反転させる。
最初に言った通りに今まで黙っていた織部の反応を窺った。
『……私も私で、異世界、大変ですけど。地球も地球で、探索士・ダンジョン・モンスター……色々とあるんですね』
ロトワのように純粋に演劇そのものに感動した、というより。
織部は演劇で描かれた背景――地球の現状そのものが気になったようだった。
……織部は異世界のことだけでも大変なんだから、地球のことまで一気に背負おうとしなくてもいいのに。
『これより、15分の休憩時間に入ります。その後、3年――』
あっ、次はウチのクラス――
『っとと! 新海君、私はこれにてドロンします!! 梨愛にはよろしく言っておいてください!! それじゃあっ!!――』
切り替え早っ!!
DDの通信は既に切れていた。
……いや、まあいいんだけど。
凄いな、もう“立石”っていう前に、その存在を嗅ぎつけて逃げに徹してるぞ……。
すいません、2日目、それも演劇を終わらせるだけで精一杯でした。
でも次話からは3日目、最終日スタートで行きます!
やはり10話まではかからないかな、という感じになりましたね……。




