355.……歯痒いな。
お待たせしました。
ではどうぞ。
『うわぁ……凄い久しぶりです! この通学路も、本当に懐かしい』
「そうか……そりゃ良かった」
学校へと近づき、賑やかさも増してきた。
DD――ダンジョンディスプレイを何気なく片手に引っ提げて歩く。
通常の登校時間からは過ぎ、それでいて織部と話しながら学校へと向かう。
……何だかとても不思議な気分だった。
『な、何だかドキドキしてきました……! ――あっ、校門!! 校門ですよ新海君っ!! おぉぉっ、入学式の日と全く変わってない!!』
校門だけでそこまで盛り上がれるなんて、よっぽど嬉しいんだろうな。
映像だけになるが、やっぱり学園祭を見せようと提案したのは正解だった。
「よく入学式の日なんて覚えてんな……」
ただ一瞬、織部は、あの日からずっと時が止まってしまっているのではないかと心配になる。
……いや、胸の成長の話じゃなくて。
織部が、自分が学校に通っていた時のことを大切に思うあまり、勇者として異世界に行ったことを後悔してしまうのではと思ったのだ。
『……何だか今、物凄い失礼なことを考えているオーラを感じましたけど――あっ、そう言えば受付があるんでしたね! 新海君、一旦切ります! ……今のうちに、ちょっと着替えておきますか』
そんな心配を他所に、校門の傍に他の学生の姿を認め、織部は一度DDの通信を切った。
この場合、ドキドキと期待感に胸を膨らませるのが思春期男子としては普通なんだろうが……。
……同級生の女子がボソッと“着替えをする”と言って、これほど不安になるのは織部くらいしかいないだろうな。
とりあえず校門まで行き、何気なく進んでいく。
DDについては勿論、俺自身についても言及されることはなく、すんなり中へと入ることが出来た。
……いや、俺の存在感が薄すぎて受付に気付かれなかったとかじゃないぞ?
自校の生徒は普通に制服で分かるし、それに俺は保護者・家族等を連れていないからスルーされたのだ。
昨日は逆に、赤星達の学校の生徒たちは普通に、自分の学校へと入場出来てたしな。
「……ふぅぅ。ほれっ、中に入ったぞ」
しばらく時間を置き、再び織部へと繋ぐ。
『お疲れ様です! ……何か、違う意味でドキドキしますね! 二人で潜入捜査してるみたいで、ちょっとワクワクもしてきました!』
まあ、俺も確かにドキドキはしてるよ……。
勇者の格好もしてるし、そんな織部の存在がバレないかって、今日一日ずっとヒヤヒヤすることに……って、ん?
勇者の格好をしている……。
――んんっ!?
おまっ、何で“ブレイブカンナ”姿になってんだよ!?
『さっ、さぁ新海君! 私のことは気にせず、行きたいところを回って下さい! 私は映像を見られるだけで十分楽しめますから!』
お前の“楽しむ”の意味、本当に俺のイメージしたことと合ってるか!?
“こんな傍から見たら露出の多いエッチな格好をして、それを誰かに見られたら……知り合いもいるかもなのに、ドキドキ!”的なスリルを楽しむとかじゃないよな!?
おい、勇者特有の力なんだろ!?
その崇高な変身能力を、そんな自分の欲求を満たすためだけに使うな!!
「っ! ――まあいい……」
どうせ織部の存在がバレないよう動くつもりだったんだ。
織部がどんな姿で、どんな格好をしてようが俺のやることは変わらない。
ツッコむだけ時間の無駄と思い、早速学校の中を移動する。
この時間は準備しているクラスの方がまだ多い。
既に始まっているとしたら――
「――よし、織部、何が食べたい?」
校門近くに軒を連ねるようにして出来た、屋台・出店ゾーンへ足を運んだのだった。
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「綿菓子とかりんご飴は、ちょっと待て。後で送るから。……焼きそばなんかはどうだ? パック詰めされてるから、直ぐにDDで送ってやれるが」
『お願いします!! うわぁぁ、何か本当にお祭りって感じで、本当にワクワクします!』
とりあえず目についた食べ物を片っ端から買って、鞄に入るだけ突っ込んでいく。
そして同じく鞄の中にあるDDを弄って、織部に幾つか料理を転送した。
まずここのゾーンを選んだのは単純に開いているから、そして織部を食べ物で釣って少々黙らせ――もとい楽しんでもらうためというのが大きい。
更に出店などの飲食関係は基本的に1年生がやっている。
つまり、この辺りに織部を直接見たことがある奴はいないと踏んだのだ。
織部がいなくなったのは去年、織部が2年の時。
出店をやっている1年生たちはその時、中学3年生だからな。
『むぐっ、んぐっ……んんん~! あっ、あぁぁぁん! だっ、ダメ、ダメです!! ダメになっちゃいます~!』
「…………」
左右に展開する屋台の中間、飲食用にテーブルやイスが置かれた場所で、向こうにいる織部の食事を待つ。
……ちょっとエッチな料理マンガに出てくる、美味しさを脱衣で表現する審査員かよ。
“ブレイブカンナ”の格好で食べてるから余計にそうツッコみたくなる。
織部を見たことが無い1年ばかりだから、最悪見られても大丈夫か、なんて思ってたが、とんでもない。
もしDDの画面も含めこの状況を見られたら、俺すらもヤバい奴判定を受けることになるだろう。
「はぁぁぁ……他は? クレープとか、パンケーキとかも売ってるっぽいぞ」
教室内の喫茶店とかで出てきそうだが、普通に外でも作っていた。
後、珍しい物だと逆井達ダンジョン探索士にあやかり、“ダンジョン焼き”なるものまで売っている。
たい焼きだと、たいの型に生地を流し込んで作る。
ダンジョン焼きは卍のようなグニャグニャっとした型を使って、中にあんこやクリームを入れて作るようだ。
それでダンジョンの形を表現したらしい。
こじつけも良い所だが……その型を、どっから持ってきたのかだけは気になった。
『全部、食べます! 例えこの衣装が――身が引き千切られようとも、全て、完食してみせます!!』
今“この衣装が引き千切られようとも”って言いかけた!?
つまり裸になってでも食べるって言おうとしたの!?
お前、お色気料理マンガのヒロインでもリスペクトしてんの!?
今後食事に関しても気を付けないといけなくなるからやめてくれ、マジで!!
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織部が故郷の懐かしい味を楽しんでくれたのを確認し、校舎へと移動した。
外から中へと入った辺りで、メールの着信を感じ取る。
「……おっ、ラティアからだ」
『あっ、もしかして、ロトワさんのことじゃないですか?』
織部の言う通りで、ロトワがようやく起きてきたらしい。
午後からはちゃんと行けるだろうからと、織部にも伝えておく。
『そうですか。分かりました……』
「ああ……」
階段を上り始め、織部も俺も、言葉数が少なくなっていく。
周りも俺達に合わせるかの様に人の行き交いが無く、外の喧騒も小さく聞こえた。
ここは主に2年生が使う校舎だ。
2年は学園祭では演劇を行うことになっている。
演劇は体育館を使うので、今日が公演予定だと勿論ここには来ない。
逆に今日は自分の所の演劇は休みだとしても、昨日の俺の様に他校に遊びに行ったり、純粋に学園祭を楽しんだりするだろう。
つまりこの時間、この校舎に用のある生徒は殆どいないのだ。
いたとしても、それは――
『あっ、ここは――』
「…………」
2年生のまま、この地球を離れることになった元学生が、久しぶりに自分が通っていた教室を見学するため、とかだろう。
『…………』
他の生徒や通行人が今の所はいないのを見て、俺は公然とDDを胸の前に掲げる。
そして織部に、自分が使っていた教室を見せてやった。
そこは確かに、去年まで俺や織部が自分のクラスとして使っていた教室で。
でも、学園祭の準備のために、机やイスは全て後ろに運ばれている。
黒板にはチョークでデカデカと“絶対演劇、大成功させるぞー!!”と書かれていた。
学園祭だったからこそ、こうして大手を振って織部に教室を見せてやれる。
その一方で、日常の教室感はなく、非日常的な雰囲気ばかりが目立ってしまっていた。
……うぅぅ、歯痒いな。
しばらく無言の時間が続く。
俺は急かすことなく、織部が何かを言い出すのを待った。
『……ふぅぅ。――新海君、もう大丈夫です。ここに連れて来てくれて、ありがとうございました』
織部は何かに区切りをつける様に、大きく息を吐いた。
無理をしてないかとDDの画面を見つめるが、むしろ吹っ切れたと言う様に清々しい表情をしている。
「……もう、いいのか?」
『はい! ……新海君と一緒に。もしかしたら去年、あの後も新海君といたかもしれないのこの教室を見ることが出来た。それで十分ですから』
そっか……。
何だか逆に、織部に気を遣わせてしまったのかもしれない。
異世界の方が、確実に辛いことや大変なことが多いだろう。
だからこそこうした機会に、少しでも気を休ませる助けになればと思ったんだが……。
自分は出来ることが増えたようで、思った以上に出来ないことが多いんだなと改めて思い知らされた。
凹む。
『あぁっ! 新海君、信じてない顔をしてます! 本当なんですよ? ちゃんと新海君に感謝してるですから! 何ならその、感謝だけじゃ足りないくらいで……』
と、言わせてしまっている時点で、やはり気を遣わせたのだ。
『もうっ! 新海君、どうしてそう勝手に自己完結するんですか!! そんなんだから私や梨愛も中々――』
織部が怒って何かを言いかけた時、外から一際大きな歓声が聞こえてきた。
グラウンドの方からだ。
「おっ。どうやらミニライブ、始まったみたいだな。どうする? ちょっと覗いて――」
『――さってと~新海君、一旦帰りましょう! ロトワさんを連れて、もう一回来たらさぞ盛り上がるでしょうね!!』
…………。
「たてい――」
『――あ~! わー!! 聞こえなーい! 聞こえないですねー!!』
耳を塞いであーあーと騒ぐ。
……どんだけ立石NGなんだよ。
その後、ミニライブの盛り上がりとぎゃぁぎゃぁと騒ぐ織部の声を聞きながら教室を出る。
そして一度家に帰り、ロトワを連れて行くことにしたのだった。
織部さん、どうやらお色気料理漫画のヒロイン枠も狙っているようです。
主人公を煽りに煽って、簡単に成敗される役どころ、みたいな感じですかね?
そしてリアクションで服が千切れ飛ぶ……(白目)




