354.見事……。
お待たせしました。
更新時間がバラバラですいません。
ではどうぞ。
「まあまあ、元気出してマスター。むしろ本番は明日なんだから」
「うぃぃ……それを言われると余計に気が滅入るんだが……」
ミニライブが終わり、直ぐに体育館を離れた。
そして赤星のクラスへと向かう。
織部は“これで元気が漲って来ました!”と大精霊のダンジョン攻略に戻って行った。
明日が休養日に当たるので、最後にもうひと踏ん張りしてくるようである。
織部自身が通っていた学校の学園祭を見て回るのだ。
メリハリをつけるため、その前に少しでも頑張っておこうと言うことだろう。
「ははっ。まあ良いじゃねえか。隊長さん、ハヤテん所行って、パーッとやろうぜ?」
パーッと、ねぇぇ。
そう言われても、そう直ぐに切り替えることは出来ない。
まあ織部に少しでも学園祭の、故郷の空気を感じて欲しい、そう思ったのは勿論織部のためだった。
……織部が赤星達3人に目を付けてしまったのは致し方ない。
俺に出来るのは少しでもその被害を抑えつつ、一方で織部のメンタル面もサポートすることだ。
あまり引きずり過ぎず、レイネの言う様に赤星のクラスに行って、気を落ち着けた方が良いんだろう。
ただ、なぁ……。
はぁぁ。
世の中、自分の思い通りにはいかないことが多いと実感する今日この頃である。
「……おっ、本当だ。誰もいない」
「だね。この時間は休憩タイム、ってことなんだね」
赤星のクラスに辿り着く。
先程の桜田のクラスとは異なり、その前には長蛇の列どころか、人っ子一人いなかった。
会場入り口で貰ったパンフレットを確認する。
ミニライブの後の1時間、このクラスは休憩時間となっていた。
赤星がミニライブに出演することから、それに配慮して前後のスケジュールを組んだのだろう。
「っし。じゃあ――」
「――はぁ、はぁっ! おっ、お待たせ!」
急いで階段を駆け上がる音が聞こえた直ぐ後、赤星が廊下から姿を見せた。
運動に定評のあるあの赤星が、少し呼吸を荒くしている。
つまり、体育館から相当走ってきてくれたらしい。
「うっす。……そんな急がなくても、ゆっくり俺達は待ったのに」
「あはは……でも、少しでも早く、新海君の顔、見たくて」
きゅん。
「……ハヤテ、流石の伏兵力だね。ワードのチョイスが見事だよ」
「伏兵どうこうは知らんが、全くだな」
リヴィルの言葉に同意して強く頷く。
揶揄い混じりの空気を感じて、赤星は一瞬ボケっとする。
そして自分の発した言葉を思い返し、理解して、アッと慌てだした。
「い、いやっ! 違っ――新海君“達”の顔が見たくて、うん! うわー、リヴィルちゃんもレイネちゃんも、来てくれたんだ! 嬉しいなぁー!!」
若干わざとらしいが……まあそうだろうとは思ってたよ?
赤星が実は俺のことを憎からず想っていて、それが不意に言葉となって漏れ出てしまった……そんな都合のいいことはあり得ないのだ。
急ぎ過ぎて言葉をちょっとショートカットしちゃったってだけ。
世の中の不可思議な謎の真相なんて、いつもそういうもんだろう。
「……隊長さんも隊長さんで、流石だな」
「……うん。これは完全に自己完結モードだね」
おーい、二人とも、聞こえてるぞー。
何、最近は主人の悪口を聞こえる位置から言うのが流行ってんの?
くっ、メンタル豆腐な俺に精神攻撃か、なんて的確な!
「そ、それはいいからさ、入って入って――」
何かを誤魔化すように俺達を誘導し、教室へと入って行く。
中は驚くことに人が見当たらず、待機係も出払っていた。
休憩時間だから、その間に他のクラスに遊びに行ってるのかもしれない。
赤星が言うには、この時間は一人で使いたいとクラスメイトに頼み、教室を空けてもらったらしい。
……俺達は一緒に使わせてもらう側だから分かるが、これ、聞く人によっては勘ぐるぞ。
特に赤星に異性としての想いを抱いてるクラスメイトとかは“一人で使う(意味深)”って風に捉えてるかも。
それを想像して、家の自室で更に一人――いや、止めておこう。
教室内の構造は桜田のクラスと違いはなく、学園祭用の仕切りが設けられている。
「ちょっと待っててね? 直ぐに着替えて準備するから――」
「いや、休憩時間なんだから、無理して接客しなくても……行っちゃった」
止める間もなく仕切りの奥へと入って行った。
休んでいいのに、赤星は俺達の接客をしようと律儀に準備しているのだ。
うーん……何だか申し訳ない気分になる。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――お、お待たせ……さっきチハに新海君達が注文した品物、聞いておいたんだ。だから、違うので好きそうなもの、勝手に用意したんだけど、どう、かな?」
10分もせず、赤星は盆を手に乗せて戻って来た。
その上にはドリンク二つ、そして料理が置いてあり――
「…………」
「…………」
「…………」
赤星が奢りだという料理や飲み物に勿論文句がある訳ではない。
他のクラスメイトが帰ってこないこの間に、密会を楽しんでしまおうと急いで用意してくれたんだと思う。
ただ……赤星は露骨に、自分が着替えた衣装から話を逸らそうとしている。
そこにツッコミが及ぶことを避けようとするかのように、真っ先に運んできた料理や飲み物へと話題を移したし。
……。
「は、はい! レイネちゃん、コーラ好きだったよね!? リヴィルちゃんはこの前の京都の時、グリーンティー美味しそうに飲んでたから、ラインナップに入れておいて貰ったんだ!!」
俺達が反応を示さず、ジーっとその服――メイド服に視線を向けるので、赤星は更に必死になって話を逸らそうとする。
いや、まあ……良いんだけどさ。
このクラスが“メイド喫茶”を選んでるんだし、その格好をするのは別に。
でもこう、隠そうとされると、イジりたくなっちゃうんだよな……。
「新海君はさっきデザートを食べたんだよね!! お腹、減ってない!? オムライス、私、作ったんだ!!」
……さっき料理には文句などない、と言ったな。
あれは嘘だ、前言撤回!
またか!
また喉が渇く物か!!
この場合水は頼んで良いんだよね!?
あんまりイジメると、こっちもメイド服の追及、始めちゃうからな!?
だが何を勘違いしたか、オムライスを睨みつける俺に、赤星は笑顔でケチャップを差し出す。
……まあかけるけども、有難く使わせてもらうけどもさ。
でもこの喉が乾いた状態でそれを渡されると、“ケチャップでも飲んどけ”って言われたと一瞬勘違いするぞ。
「……ハヤテ、メイドさん、なんだよね?」
「ッ!! ――……はい」
とうとう切り込んだリヴィルに、赤星は一気に顔を真っ赤にする。
消え入りそうなくらい小さな声だ。
……どんだけメイド服恥ずかしいんだよ。
探索士の制服とか、肌の露出もあるアイドルの衣装だって着てるだろうに。
少々スカートの丈が短い気もするが、それらに比べればマシに見える。
「……ケチャップでハートを描いて、呪文を唱えてくれれば、もうメイドさんについて言及しないけどな~」
リヴィル、お前は鬼か!?
「あたしもあたしも! メイド服、恥ずいんだろ? だったら、さっさとやっちゃった方が楽だと思うけどな~」
レイネも面白がり、リヴィルに追従する。
クッ、赤星、引っかかるな!
それはどちらにしても後で恥ずかしい思い出になるだけだぞ!!
「っっっ~~!! ――……新海君、ゴメン、ケチャップ、貸して」
渡した直後だったが、また自分の手にケチャップを取る。
そして羞恥心で顔中を真っ赤に染めながらも、赤星は、ケチャップの腹を押し始めた。
「ケチャップで、その、ハート、描きます。美味しく、なーれ、萌え、萌え、きゅん!」
や、やりやがった……コイツ。
羞恥のせいで手は震え、描かれたのはお世辞にもハートに見えない何かの模様。
だが、赤星は身内に近い集まりの中で、メイドさんを、やり切ったのだ。
見事。
……まあ後で黒歴史化して、枕に顔を埋めて奇声を発したくなるかもだけどな!
「……メイドさん、案外良いんじゃないか?」
赤星をフォローする意味もあり、そう呟いてスプーンに手を付ける。
口に運び、ケチャップの酸味と卵・ケチャップライスのハーモニーを楽しむ。
……そうだ、メイド服、悪くないじゃないか。
だって、大精霊の装備なんかよりは余程痴女っぽくないし。
まだちょっと大胆なコスプレ止まりだ。
うん、良いな、メイド服。
「あっ…………そ、そっか、新海君は、メイド服、好き、なんだ。そっかそっか」
?
……何か違うニュアンスな呟きのような気もしたが、まあ些細なことか。
その後は約束通りリヴィルもレイネもニヤニヤとするだけで、メイド服には言及せず。
赤星も恥ずかしそうではあったが、メイド服の話題を必要以上に避けるような仕草も見せなかった。
食事も含め、ゆっくりと自分達だけの時間を楽しんだのだった。
……それは良いけど、水はやっぱり欲しかったな。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「ほらっ、ロトワ。しっかり起きないと。今日はご主人様の学校に行くんでしょう?」
「うにゅぅぅ……はい、行くであります。学校のお館様に行くであります」
いや、逆だぞ逆。
学校の俺に行くって何だ。
ロトワは畳の部屋、布団の中で未だ夢の中にいた。
「フフッ、ちょっと昨日、話し過ぎたかも」
「だな。あたし達が土産話し過ぎたんだろうな。興奮して眠れなかったってオチか」
リヴィルとレイネは普通に起きてきている。
ルオは明日に志木達の所へと行く予定だから、今日はまだ寝ているが。
……やはりロトワの方は、昨日帰ってから二人に話を聞いて、期待値を上げ過ぎたらしい。
遠足の前日にワクワクし過ぎて夜眠れず、次の日寝坊してしまう、みたいな感じだ。
「まあ急がなくてもいいぞ? 演劇も午後からだし、午前はゆっくりしてっても大丈夫だから」
昨日こそ午前まで授業があったので午後から開始だったが、今日は違う。
学園祭に一日中あてられているので、各自が行きたい時間に、行きたい所に行けばいい。
自分のクラスの出し物には原則出席しないといけないが、俺は配役などなく、完全に自由の身だ。
眠いまま行っても、ロトワは結局途中で寝てしまうかもしれない。
それならいっそ朝は家でしっかり休んで、午後から向かえばいいだろう。
「……よろしいのですか? その、リア様やカンナ様のことは……」
「ああ、それなら大丈夫」
ラティアの懸念は逆井や織部に配慮しなくて大丈夫か、ということだろう。
確かに逆井は午前から自校でミニライブを行う予定だと言っていた。
……だがそこには、立石と木田も同時に出演する。
立石込みのライブだと知らせると、織部はアレルギー反応でも見せるかのように体をかきむしり、観覧を“No!”と言ったのだ。
だから、逆井もライブ見学がされないことは承知済みなのである。
「まあちょっとだけ行って、適当に織部に見せてくるわ。お昼前には戻ってくるから。それまでは寝てても大丈夫だ」
「分かりました。10時半頃にまた起こしてみますね」
ラティアに頷き返し、準備を進めた。
いつもなら既に学校についている頃だが、今日はこれから出発である。
「さて――」
昨日、声こそ聞いたものの、直接顔を会わせることはなかったが。
今日は俺の可能な限り目一杯、景色を見させてやるつもりである。
俺はDD――ダンジョンディスプレイを繋ぎ、織部を呼び出したのだった。
赤星さん、他のメンバーの居ぬ間についうっかりアピールしちゃってます。
そりゃ伏兵認定されますぜ……。




