346.それ、どうにかならなかったのか……?
お待たせしました。
ではどうぞ。
「おーい、織部ぇ、無事かぁ?」
『…………』
織部は画面から見える位置で、膝を抱えてブツブツと何かを呟いていた。
その瞳からは完全に光が失われており、俺達の声は中々届かない。
「どんだけ嫌だったんだよ……」
『実際の演技とか内容を目にせずこれだからね。何も教えずに当日見せてたら、柑奈、やばかったんじゃない?』
思い切って、今年の演劇内容を織部に伝えてみたのだ。
立石がストーリー・脚本に絡み、その上で織部の存在を窺わせる中身となっている、と。
更には立石とのハッピーエンドまで待っていると聞かされれば、こうなるのもまあ無理ないことだと言える。
『うぅぅ……最悪です。もう全てをブチ壊してしまいたい衝動に駆られるくらい最悪です』
勇者が闇落ちして魔王になる、みたいなことはよしてくれよ……?
ようやく声が届き始めたと思ったが、その口から漏れてくるのは世界全てを呪ってやると言わんばかりの恨み言ばかりだ。
『……勇者になって、世界のため人のためと頑張っていたらこの仕打ちですよ。ヒロインの名前変更が可能なゲームで勝手に名前を使われていたみたいな、一生もののトラウマ案件です』
……お前も勝手に、主人公の名前変更が可能なゲームで、誰かの名前を使って遊んでそうだけどな。
それに、今の織部の言葉を聞いたら、果たして立石はどんな反応をするだろうか。
俺が勝手に想像する立石だが――
“……柑奈に嫌われるのは辛いけど、それでも。柑奈の心に俺がずっといるってことだろ? なら、それはそれで本望だな。――柑奈、憎しみが愛情の裏返しだったって、いつか気づいてくれるまで、俺は待ってるから”
……とか言いそう。
……いや、流石にここまで言ったらもうホラーの領域か。
『? 新海、どしたし? 急に黙っちゃって』
「いや、何でもない」
これは流石に口にしない方が良いだろう。
何より俺の想像だし。
これ以上は何も生まない。
織部をただ吐血させるだけだ。
「あー、とりあえず、これで当日、見せて急に発狂されることは回避できるな。……で、どうする? 織部、本番は見ないって選択肢も勿論あるが――」
『“見ない”一択です!!』
即答だった。
『梨愛や新海君には悪いですけど、絶対に見ません! 見せる素振りをしたら、即通信を切って自分の殻に閉じ籠もりますからね!!』
瞳には揺るぎない意志が宿っているように見える。
それはどんな絶望にあっても決して屈しない力強さを感じさせた。
……こんな所で勇者っぽさ発揮すんなよ。
『あー、まあアタシは別に良いけど。柑奈を苦しめるために役を引き受けたわけじゃないし』
「俺のことも気にしなくていいぞ」
買出し役なんて“お前の代わりはいくらでもいる”って言われても一番納得できるポジションだからな。
クラスの演劇に対して、残念ながら今でも全く思い入れが出来ないし。
『ありがとうございます。いつもいつも、二人には感謝してもしきれません。何か少しでもお礼が出来れば良いんですが……』
織部はそう言って席を一度離れる。
『別に良いのにね、アタシ達、好きで柑奈をサポートしてるだけだし』
「まあ、なぁ……」
それに織部の方から、直接何か物的お礼を送ることは出来ない。
そういう意味でも、必要以上に気を遣われてもしょうがないという気持ちがあった。
しばらく逆井と二人で雑談をして間を繋ぐ。
とりあえずは学園祭当日、織部とDD――ダンジョンディスプレイを繋いでいる間は“立石”との物理的接近を避けようという話になった。
立石と会って地獄みたいな状況になるくらいなら、まだ志木とか、あるいは桜田や空木辺りの方がバレるにしても、幾らもマシだろう。
『――二人ともっ、丁度良いお礼、ありました!!』
タイミング良く織部が戻って来た。
そして今回画面に映ったのは織部だけではなく――
『では早速ですが! 私がプロデュースしていたサラ達を、どうぞご覧ください!!』
異世界産だろう可愛らしい衣装に身を包んだ、サラ達だった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
『~♪ ラララッ、イエィッ!!』
レイネの妹さんがセンターで踊る。
透き通ったような歌声がDDを通して聞こえてくる。
『うぅぅ、――……ルルっ、ラッ!! い、イエィ!!』
サラは衣装を着ることや可愛らしいダンス、そして歌そのものにまだ恥じらいを残していた。
ただ他の二人、妹さんやタルラがちゃんと歌って踊っているので、仕方なく自棄気味に混じっている。
『――あ・な・た・は、シルバーウルフなの~。私を、捕らえて……』
タルラは普通に話すよりも、言葉のイントネーション等を気にせず伸び伸びとしている様に見えた。
予め決まった歌詞を歌うだけだからだろう。
……普通に上手いな。
ダンスも歌も、まるで本職の物と思えるくらいだった。
何と言っても、異世界で本場の強力なモンスターと日々、命のやり取りをしているんだ。
運動能力も度胸も、段違いなんだろう。
『……細かい部分は色々あるけど、さ。普通に凄いね、サラちゃん達。凄く惹き付けられるパフォーマンスだと思う』
逆井がDDから目を離さず呟く。
本職で今も超人気アイドルをやっている逆井が、こうして太鼓判を押すのだ。
それだけの物なんだろう。
3人の歌がクライマックスに突入する。
一瞬、サラ達の姿が、ラティア達とダブって見えた。
サラ達と同じく異世界人で、歌も運動能力も申し分ない、ラティア達も。
サラ達の様に歌って踊ってみたら、あれ以上のパフォーマンスになるのではないか。
そんな“もしかしたらあり得る・あり得た世界”の想像が一瞬、脳を過ったのだった。
「……確かに、凄いな」
逆井の言葉に同意するように俺も小さく呟いた。
殆ど音が出ないくらいの小さな、ほんの小さな声で。
それだけ彼女たちの歌をちゃんと聴きたい、もっと見ていたいという思いがあったのだろう。
ただ逆井の言う様にツッコむところがあるとしたら、一つだけ――
――“歌詞”、もっと何とかならなかったのか?
“君の笑顔は【サキュバスチャーム】!”とか。
“心にゴブリンの笑みが、そっと広がるの……”とかさ。
まだこのレベルの知ってる概念や名前ならいい。
でも、モンスター名とかスキルの技名?みたいなのが、これ以外にもバンバン出てくるんだよ。
そのモンスターとかを知らないと何を例えてるのか全く分からないから、歌に集中できないんだけど……。
そんな中で歌が終わり、改めて織部が画面中央へと進み出る。
その顔は、彼女たちの歌や踊りに対する自信・信頼に溢れていた。
『――ありがとうございました! ……で、どうです、売れますかね、これ!! フフッ、何とですね、私が詞と曲を作ってあげたんですよ!!』
お前かーい。
……まあ異世界で売り出すんなら、そりゃその方が良いだろうけどね……。
ちなみに曲名は“ドラゴンラブ”らしい。
……ドラゴン感全くなかったんだけど。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
『うん、凄い良かった!! 柑奈、そっち系の才能もあるんじゃない!?』
『えっ、そうですか!? え、えへへ~。いや、それほどでも。――あっ、でもでも! やっぱり私よりも、サラ達が一生懸命に頑張ってくれたから良かったんですよ~!』
謙遜しつつも、嬉しさが笑顔に滲み出ている。
逆井も逆井でべた褒めで、歌詞の部分には言及しない。
……このネーミングやワードのセンスに違和感を覚えてるのは俺だけってことか。
まあいいさ、ボッチは慣れっこだ。
とりあえずこの出し物の意図を聞くと、これもまたパーティーメンバーの気晴らし・気分転換の一環ということだった。
特にサラは奴隷という経緯から。
タルラに至っては、“娯楽”という概念を理解しているかどうかすら怪しかった。
なので織部が将来を案じ、休憩時間の過ごし方を教えたのだ。
そしてそのレクチャーの一環として、3人にアイドルの真似事をやってみてもらったらしい。
『うぅぅ……無事にニイミ様にお披露目を出来たのは良かったですけど。でもまだ胸がバクバク言ってます』
『……満足。ハルト兄と、リア姉、が見てくれて、嬉しかった』
サラ達は異世界風にアレンジされた衣装のまま、披露が成功した余韻に浸っていた。
アイドルっぽさを感じる服装ながら、随所に地球では見られないような模様が施されている。
俺が送ったものではないだろうし、かといって異世界でそのまま売っているとも思えず……。
『あぁ、これですか? 私が頑張りました!! フフッ、どうです、裁縫上手で、女子っぽいでしょう!!』
織部は作詞作曲を担当したこと以上に誇らし気に答える。
「確かに意外だった……ただ言われてみると、まあ織部の他に作る人なんて思い浮かばないか」
“アイドル衣装”を作るんだから、そもそも“アイドル”という概念がどういう物かが頭の中にないと、作ることなんて出来ないだろう。
つまり、裁縫スキルが高いことも前提にはあるだろうが、その前に“アイドルを知っている”ことが条件としてあるのだ。
だからどれだけサラ達に手先の器用さがあろうと、衣装は織部が根本部分を担うことになる。
『これで地球に戻った時、新海君の家で穀潰しにならずに済みます!! 新海君、私、コスプレ衣装のネット販売とか頑張りますから!!』
未来に明るい希望があると信じて疑わない、純粋な笑みだった。
……いや、そこまでコスプレ衣装を自作するって甘くないと思うけどなぁ。
だが、織部の可能性を俺の安易な言葉で封じるのも良くない。
そう思って開きかけた口を閉じた時、はたとある事気付く。
それで逆に口を半分開けてしまった。
――コイツ、地球に帰ってきたら、普通に俺ん家にいつくつもりだ!!
あまりに自然に言うからスルーしかけたぞ!!
クッ、サラ達の見事なパフォーマンスで油断を誘って、その間にってことか!
これがラティアが相手なら、黒ラティアの策謀を疑っただろう。
一方で織部が相手だと、策略などではなく、素でそれが頭の中で既成事実化されている可能性がある。
そして勇者の運命力的な物で、自分に都合の良い様に事象を誘導していくのだ。
織部め、やっぱり油断ならない……!
その後、逆井達シーク・ラヴの“1周年記念ライブ”の話に移り。
そちらも学園祭と同様にして、DDを使い織部へと映像を見せられないかという話題になった。
ライブは録画され、後々に映像化して販売されることもあるので、DDを掲げながら見ると会場から締め出されるかもしれない。
なのでそこは今後、それとなく志木達にも確認を取るということに。
ただそうした事務的な話になっても、俺は全く警戒心を解くことが出来なかった。
クソッ、毎回毎回……何か一つは俺を疲れさせやがって!!
今後の通信の際にも同じような心労を覚えることを想像し、更に気が重くなるのだった。
織部さんにプロデュースされる……。
……うん、サラ、ドンマイ(白目)
もう私達の知るサラは戻ってこないと思っておいた方が良いでしょうね(遠い目)




