338.クソッ、クソッ、クソォォォォ!!
お待たせしました。
やはりこれだけでは終わらず、後1話必要そうです。
ではどうぞ。
『――新海君っ、私が死んだら、恥ずかしいあれこれの処分、頼みます!!』
DD――ダンジョンディスプレイの通信を繋いで聞こえてきた声。
織部は俺が聞いているかどうかなどお構いなしとばかりに、一方的にしゃべり続ける。
『絶対、絶対に他の人、特に両親は何があっても関与させないでください!! 新海君一人の手で、誰にも知られない様に処分! 処分! 処分! で、お願いします!!』
お前は年末処分セールのCMキャラクターか何かか。
ってか“恥ずかしいあれこれの処分”って……。
しかもそれを俺がしないといけないの?
転生物のWeb小説序盤でよくある奴かよ。
主人公がプロローグで呆気なく死んだ時に、部下とか親友に秘密ファイルを含めたPC処分を託す場面かっての。
「いや、お前そう言ってて全然死にそうじゃないけど……」
これから先もそうだが、今も死ぬかもしれないなどという緊迫した感じが全く伝わってこない。
それでようやく織部が反応した。
幾らかムッとしたように突っかかって来る。
『酷いです、新海君っ!! こっちは大真面目に頼んでるのに!!』
大真面目に頼む内容じゃねえよ……。
DDの画面に目を移すと、そこは広大な砂漠だった。
これが大精霊のダンジョンの一フロアか……。
ただ目まぐるしく視点が動いている。
あちら側のDDを持っている織部が、凄い速度で動き続けているからか。
忙しそうなのは分かったが……ん?
「おいおい……今戦闘中かよ」
よく見ると、シルレやタルラがモンスターと交戦している所だった。
砂漠の中、無数の点に見えたのはどうやら夥しい数のモンスターらしく。
それを前衛の二人が押しとどめ、サラが後衛で魔法を使って数を減らしているのだ。
『えっ、何ですか!? ――すいません、今本当に激戦の中で、敵が全然やられてくれなくて!!』
いや、難聴系主人公じゃあるまいし。
……まあ今のは別に聞き取ってくれなくても構わない内容だけども。
「……あっ、レイネの妹さんもいる」
つまり、ノームのダンジョンへは5人パーティーで挑んでいるらしい。
同行してくれている五剣姫はシルレとタルラの前衛二人。
そこにサラと、オリヴェアの代役としてレイネの妹さん。
そして織部の5人だ。
確かに一騎当千の少数精鋭とは言え、俺が見えるだけでもモンスターは軽く100は超えるように思えた。
そしてそのモンスターが――
「……あの土人形かよ」
本当についさっき見て、そして倒したばかりのあの土で出来たモンスターだった。
『――もう嫌ですっ!! 倒しても倒しても湧いて出てきて!! これならまだあの泥蟻の群れの方が可愛げがありました!!』
織部は悲痛な叫びと共に、魔法を発動。
通信しながら、しっかりと戦闘も器用にこなしている。
光のレーザー光線の様なものが砂地一帯をなぞり、直後に爆発。
一気に多くの土人形を焼き払うも、あまり減っているように感じない。
『うぅぅ、かれこれ大体30分くらい、ずっとここで足止めされてます……大精霊のダンジョン攻略なんて無理だったんでしょうか……』
余程この無限湧きが効いているらしい。
かなり弱気になっていると感じた。
『……ここでカピカピに乾いて、動けなくなった所をあのモンスター達に弄ばれてしまうんでしょうか。敗北シーンへと移行しても、私にセーブデータはないのに……』
……コイツ、本当は結構余裕あんじゃねえの?
織部の声が大きくなり始めたので、止まっていた足を動かして更に休憩地点から距離を取る。
画面では激しい戦闘が続いていた。
シルレやタルラが特に奮闘しているが、何となく相手の土人形の質が違うと感じた。
俺達が戦ったのよりも1体1体、レベルが明らかに高いというか。
しかもその質の高いモンスターが、俺達の時よりも2桁多い数集まっているのだ。
更に織部らは5人で挑んでいる。
そりゃ相手の分析をする余裕もない、か。
弱気になるのも仕方ない……。
……まあ“恥ずかしいあれこれを処分”ってのは勘弁して欲しいけどね。
本当、そんな遺言は今後も止めてくれ。
そうして、何とか織部に同情出来る余地を見つけて、仕方なく溜息を吐く。
その後――
「――おい、織部、聞いてくれ」
今度はちゃんと聞き取れるよう、意識的に声を強めて呼びかけた。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
『おぉぉぉ~! 数が、数がようやく減り始めましたっ!!』
織部の弾む声を合図にするように、画面内の戦況は一気に好転した。
モンスターの質がワンランク上がった所で、根本的な倒し方は同じだったらしい。
これで泥蟻の助言の借りは返したことになる。
「ただ、コアを潰すのも良いけど、根本の術師の方も探さないとだぞ?」
『分かってます!! ――ルーネさん、お願いします!!』
『はい!!――』
織部に頼まれ、レイネの妹さんが地を蹴る。
妹さんは宙へ浮き、また地面へと落ちて行く――ことはなかった。
「おっ――」
レイネの様に、妹さんは飛んだのだ。
背に、天使の翼を生やして。
と言うことは、風の精霊と仲良くなっていることを意味していて――
『――あっ、言われた通り、いました!! 1体だけ、明らかに異質な奴がいます!!』
2~3分ほどして、空からの捜索が功を奏す。
織部が言われた方向に駆けた。
一足で一気に数十メートルもの距離を詰め、妹さんの真下に。
『ギシィィ!?』
そこには、さっきのとは少し似ていない姿だが、シャーマン姿のゴブリンがいた。
ヒョロっちくて、顔色が更に悪そうな見た目。
それに呪術的な白い紋様が皮膚を覆っていた。
俺達の時よりもかなり禍々しい外見をしている。
『コイツが元凶、ですねっ!!』
織部がそれを言い終わる前に、勝負は決していた。
上級っぽいシャーマンゴブリンは体を完全に一刀両断され、気付かぬ間に倒されていたのだ。
……流石だな。
やはり個としての強さは圧倒的に織部が上らしい。
供給源が断たれると、後はもう決着がつくのも時間の問題だった。
掃討戦には織部も加わり、5分もせず辺り一帯の土人形を片付けてしまう。
『ふぅぅ……ようやく終わりました。本当に助かりました、新海君』
終わってしまえばやはり織部のピンチなど無かった。
いい汗かいたとでもいう様に爽やかに額を拭い、笑顔で礼を言ってくる。
「いや、まあそれは良いけど……」
そこまで練られてないマジックの種のようなもので。
気付いてしまえばどうってことないが、何もわからない状態だと少し手こずる。
俺達も梓が単独で戦ってくれたおかげで、他が休憩を兼ねて観察班の如く相手を見る余裕があった。
そのことを簡単に織部にも伝える。
『そうですね……5人と少数で来ましたから。全員に“戦闘員”としての役割を振るのが勝手に前提になってました』
「なるほどな……まあ戦力としては十分あるんだから。さっきみたいに妹さんか、サラにでも、戦況やモンスターの観察を任せるのも手だと思う」
織部は今回の一件が教訓になったのか、何も言い返さず真面目な表情で頷き返す。
『ですね……それに、本当に新海君の協力も有難いです。今後も行き詰まったら連絡していいですか?』
それは全然構わない。
砂漠での死因で意外に多いのが、水の飲み惜しみだそうだ。
手元に自分の苦境を一時的にせよ解決する手段があるのに、それを使うのを惜しんで、その間に自分の体の危険に気付かず亡くなってしまう。
織部に関しても同じことが言える。
通信にかかるDPや俺への後ろめたさを気にして頼らず、それで死なれては後味が悪すぎる。
協力関係を結んだあの時と何ら変わらず、全面的に助力することを改めて請け負う。
『ありがとうございます!! このダンジョン攻略は長丁場になりそうですんで、また――』
織部がそこまで告げた時だった。
「――ハー君、どこ? こっち? こっちにいるの!?」
洞窟内で、響く声が俺を呼んでいた。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「っ!! おう、こっちだ! ――織部、人が来た。おそらく白瀬だ。また後でかける」
『はっ、はい! 分かりました! えっと、“白瀬”……つまり“しらすんさん”、ですね。……彼女は何だか他人とは思えない感じがして、仲良くなれそうな気がするんですが――』
言葉の途中で、DDの通信を切断する。
……いや、白瀬が近づいて来たからってだけだし。
決してその先を聞きたくないから、なんてことじゃないし。
……クソッ、“持たざる者”同士、引き合い共鳴してるとでも言うのか!!
「――あっ、いたいた! こんな所に……」
道の先から姿を現したのは、やはり白瀬だった。
……いや、白瀬だけでなく梓もお供として付いてきている。
ただなぜ織部とのニアミスの相手が、よりにもよって白瀬なのか。
運命というか、何かの存在の悪意を感じてならないんだが……。
「おう。まあ、ちょっとな。男だから、色々あるんだ」
言外にトイレだと匂わせて、何とか誤魔化しを図る。
「ふーん……」
……信じていない顔である。
だが追及はしないでくれるらしい。
「……私達、もう話が纏まったからハー君を呼びに来たの」
なるほど、そりゃそうか。
俺が離れてから既に10分以上は経ってるはずだ。
それだけ織部に付きっ切りだったからな……。
「でも結構遠くまで歩いてたのね。……梓がいなかったら、多分迷っちゃってた」
「ふんすっ」
……いや、そこはドヤ顔しなくていいから。
むしろもうちょっと時間をかけて見つけてくれれば、切りの良い所で終われたんだが。
「いや、そりゃ女子の近くで、しかも皆アイドル様だろう? さっきだってあのアリ達の戦闘でのリアクション見てたし」
要するに、トイレにかなり神経質そうだったから、気を遣って離れたのだと告げる。
だがやはりそれで納得してはくれそうにない。
「ふ~ん……そう」
今度はキョロキョロと、俺の立っていた場所を観察し始めた。
いや、俺が本当にトイレだったらどうすんの!?
地面が湿ってるかもしれないよ!?
「……グッ!」
梓はちょっと黙ってようか!
親指立ててグッ、じゃねえよ!!
お前何考えてんだよ、織部も織部で面倒臭いけども!
梓も梓で思考回路どうなってんだ!
「……って、えっ!? ――っ!!」
梓と無言のバトルを繰り広げていると、白瀬がいきなり駆けだした。
何かに気付いたと言う様に、一目散に走って行く。
えっ、俺、トイレはしてないよ!?
どこか湿って変な臭いしても、それ、俺じゃないからね!!
「……やっぱり。ハー君はこれのために、私達に嘘ついてまで離れたのね」
白瀬の言い草だと、何か本当に俺がトイレのために一時離脱したみたいに聞こえるんですけど……。
だが、俺と梓が後を追いかけ、その目に飛び込んできたのは、全く予想だにしない物で――
「――ギュルゥゥ!! ギュルッ、ギュルルゥ!!」
ダンジョンが放つ仄かな光。
その輝きで照らしきれない、小さな影のポケットに。
四足で地に這う、土色をした小柄なドラゴンがいた。
「……なるほど。ハルト、皆のために一人で地竜探し、してくれてた?」
梓の言葉で、更に白瀬の視線が鋭くなる。
「ハー君、やっぱり、私達のために、一人で頑張って……」
いや、違うんですけど……。
俺は心の中で頭を抱える。
クッソォォォォ!!
織部めっ、またしてもやってくれたな!!
通信に出るため、適当に歩いて距離を取ったら偶然にも、隠れていた幼竜を見つけてしまった。
これを織部のせいだと言わず何というのか!
しかも、これで最下層までの直通ルートを選べてしまう。
すると、それは大精霊の特別ミッションを達成する、その条件を満たすことを意味して――
――あぁぁぁぁ、折角桜田を外してまで来たのにぃぃぃぃ!!
…………(無の表情)
……やはり織部さんのせいで、指はスルスルと動くんですが疲労感はいつもの倍です。
クッ、織部さんめぇぇ!!
……昨日と一昨日というボッチを殺しに来る日を超えたのにこの仕打ちですよ。
織部さんはもう本当に扱いに困る……(白目)




