337.むぅぅ……どっちにすべきか。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「んッ! せぁっ! やっ!!」
声に合わせ、梓の脚が舞う。
自由自在に動き回る脚捌きが、土で出来た人形を次々と蹴散らしていく。
ゴーレム程頑丈さは感じさせず、かといって人っぽさがある見た目でもない。
攻撃に罪悪感や忌避感を覚えさせるような要素も何一つなかった。
今まで戦闘への参加を止められていた憂さ晴らしをするかのように、梓の脚はそれ自体が一つの生き物の如く動き続ける。
「うわっ、すごっ……梓ちん、やっぱエグいね。ってか動きが何かエロい」
……いや逆井、お前同性だろう。
その感想はどうなんだよ。
特殊なニーハイブーツ、そして脚という武器を最大限生かすためか、梓は伸びる生地で出来たホットパンツを履いていることが多い。
更に体操選手かと思うくらい股関節周りも柔らかく、地に手を突いての開脚回し蹴りは洗練された戦士を思わせる見事さだ。
思わず脚に目が行ったとしても、それは決して下心から来るものではない。
……下心からではないのだ!
「……私だって、脚には自信あるし」
「フフッ。……じゃあ飛鳥ちゃん。今度もっと脚を出す衣装、一緒に試してみる?」
いやお二人さん、何の話をしてるんすか。
だから、脚技の見事さに感心してただけで。
股関節とか太ももとか、いやらしい意味で見てたわけじゃないから、うん。
……ただ白瀬や逸見さんがこうしてリラックスしながら観戦できるのも、梓への信頼の表れか。
「っ! はぁっ! ふんっ!!」
「――!! ――,――!!」
土人形は集団で囲むように梓へと襲い掛かるも、その軽やかな身のこなしに全く付いていけていない。
頭を蹴られ、胸を前蹴りでくり貫かれ。
どんどん動かぬ砂へと化していく。
「ふぅぅ……梓ちゃんには悪いですけど。これで一息付けますね」
「であります……ずっと泥のアリさんと戦いでしたから」
空木の安堵の息に釣られるように、ロトワも気を緩める。
あれから探索を進め、泥蟻との戦闘を重ねた。
能力自体はそこまで高くないものの、一度に出てくる数、そして何よりあの泥の攻撃が面倒臭かった。
それに注意を払う必要があって、早くも白瀬達の表情には疲労が滲みだしていたのだ。
ただそんな中、ようやくこの別のモンスターと出くわした。
蟻の巣のように入り組んだ洞窟型ダンジョンを進む中で、やっと別種の魔物を見つけ、全員で喜んだ程だ。
土人形は威力の大きいキックが入っても、体や衣類に死骸が飛び跳ねることも無い。
乾燥した土はサラサラと地面へと還って行く。
戦いを制限していた梓を、ここでようやく投入出来たというわけだ。
「……ご主人、でも、ボクも休んでて良いの? ボク、全然戦えるけど」
「あの、私もです! 陽翔様、休ませていただいたので、まだ、魔法、使えます!」
梓の戦闘が終わりへと近づいて来た頃。
ルオはピンピンした様子で、一方の皇さんはまだ少し疲れを感じさせる表情で言ってくる。
梓一人に戦わせているという事実が、二人に後ろめたさを感じさせているのかもしれない。
逆にさっきまでは梓だけ戦ってなかったから、梓も似たような気持ちを持ってたのかもしれないんだけどな……。
「まあまあ。その意気は汲むけど……二人はまだ休んでて欲しい、かな」
梓は十分一人で圧倒している。
その梓の発散という意味でも、そして役割分担という意味でも、二人には休憩しておいてもらいたかった。
それに――
「……ルオ。何か気付かないか?」
俺もついさっき違和感に気付いたので、あまり偉そうには言えないが……。
「んぇ? えーっと……何か、あの砂のモンスター。強くはないけど、凄い数が多い、とか?」
「……私も、そう思いました。最初は8体位でしたけど、段々新しいモンスターも合流して。多いな、って」
ルオと皇さんの言葉に、俺は肯定も否定もせず。
そのまま梓が戦闘している空間へと指を差す。
二人はそれに釣られるようにして、未だ残っている土人形達へ視線を向けた。
10体以上いたモンスターも、残り2体。
……今、梓がまた1体をただの砂にしたので、残り1体か。
だが――
「――あっ、何か光る石が落ちた!」
「えっ? ……私には見えませんでしたが」
一瞬だったから見逃しても仕方ない。
だがルオの言った通り、倒したモンスターからはコアのような石が落ちたのだ。
そして――
「ほらっ、あそこ!」
「あぁ……っ!? ルオさん、あれ、動いてませんか!?」
皇さんの声に反応して、倒した土人形の辺りに皆が注目する。
梓が残りの1体を葬ろうとしている横をスルりと通り抜けるように、コアの小石が浮遊していく。
そして俺達から丁度見えなくなる死角まで移動して、意識して見ていないと見落とすくらい、小さく淡く光ったのだ。
数秒して、そこからは――
「わっ、また出たよ!?」
「……“また出た”、というよりはもしかして……“蘇った”という方が正しい、のかも」
白瀬の呟きに、皆がハッとしたような顔になった。
……答え合わせ、行ってみるか。
ルオと逆井、それに白瀬を引き連れ、緩いカーブを曲がる。
……そこには、いかにもな杖を構えた、シャーマン風のゴブリンがいた。
そのゴブリンの周囲には、幾つものコアのような小石が落ちていて……。
「ギシッ!?」
見つかったことに、シャーマンゴブリンは大層驚いた様子を見せる。
不思議な紋様が刻まれた杖を慌てて掲げ、小石へと魔力を込めだす。
詠唱が始まり、それが進行する毎に、コアを中心として地面の砂がどんどん集まって行って――
「うわっ!? ご主人、これ、あのモンスターを作ってる!?」
「絶対コイツじゃん! もう目の前でネタバレしちゃってるし!」
「……ええ、これね」
満場一致だった。
ただこうして全てを曝け出してくれたので、この後の対処は非常に楽になるだろう。
そんなことを想像しながらも、もしかしたら永遠に続くかもしれなかった長い戦闘に終止符を打ったのだった。
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「うぅぅ……戦闘に夢中で気付かなかった」
「いや、まあ気にしなくても良いんじゃね?」
珍しく恥じる梓にフォローを入れる。
一人であれだけ戦闘をこなせるんだ、それで十分だろう。
というか、あのまま誰も無限湧きのトリックに気付かなかったとしても、だ。
梓なら難なく戦い続けることが出来たんじゃ、そう思わせるくらいだった。
「なるほど……陽翔様、つまり休憩だとしても、それはそれで役目がある、と言うことですね! 私もっともっと精進します!!」
「えっ? ああ、えと、うん、そうだね……」
さっきの話の続きか、皇さんが目をキラキラと輝かせて見てくる。
……うぅぅ、眩しい!!
たまたまボケーっと見てたら気付いた、なんて言えない!
「――でもこれ、いよいよ面倒臭いダンジョンですね」
皆が気にして口にはしなかったことを、空木は平然と言ってのける。
……ああいや、普通にうんざりしながら、ではあるけども。
「……そうねぇ。――ねえ新海君。これ、その“幼竜”を探すのと、普通に攻略を目指すの、どっちがマシ、なのかしら?」
逸見さんの質問に、直ぐには返答できなかった。
大精霊直属のダンジョン探索が初の人にも、どんな感じで今までやって来たかは簡単に話してある。
それで、一番真下、守護者のいるフロアへと直通で行ける方法も説明してあった。
「正直、今回はどちら、とは言い辛いです」
そのカギとなる幼竜を見つけられるのかどうか、わからなかったからだ。
今までの2つとは違い、この洞窟型ダンジョンは細い道が入り組んで出来ている。
それは幼竜だけでなく敵のモンスターも見つけ辛い、つまり偶発的な戦闘を回避し辛いことを意味していた。
「……要するに、あの泥アリと土塊人形と戦闘しながら探さないといけないかもしれない、って事よね?」
白瀬の確認に頷いて返す。
つまり、狭い空間が続くので戦闘も避け辛く、幼竜を見つけるまでにモンスターと何度もバトルしないといけないとなると、本末転倒になるのだ。
「折角楽するためにドラゴンを探しているのに、その探す過程で戦闘を重ねたら意味ないですよね……ウチら何してんだって話ですよ」
これも、空木の言う通りだった。
「……これは、いよいよ正攻法ルートを初めて選択しないといけないかもしれない」
「つまり、10階層を真正面から一つ一つ攻略するってこと?」
ルオは特に気負う様子なく尋ねてくる。
だが、特にシーク・ラヴのメンバーは俺の言葉にゴクリと生唾を飲み込む。
その緊張感が俺にまで伝わって来た。
……当然だ、二桁階層を真正面からなんて、今までやったこと無いんだから。
「でも、ロトワは途中まではドラゴンさん、探しながらで良いと思うであります!」
そこで自分の意見を出したのは、意外にもロトワだった。
否定せずロトワに視線を向けることで先を促す。
「あの、結局10階層を目指すにしても、下に続く階段は探さないと、ですよね!? なら、探す物が“階段”か“ドラゴンさん”かの違いしかないであります!」
「……そっか。階段を見つけるにしても、それまでにモンスターと出くわす可能性って変わらないもんね」
ロトワの意見にも理があると思い、逆井が頻りに頷く。
……まあ確かに、幼竜が見つかるに越したことはない、けどさ。
でも“幼竜ルートで行く”……それは一方で、桜田に大精霊の装備が与えられる可能性をも意味していて。
……誓って言うが、別に桜田が精霊に気に入られて特別な力を与えられることに、嫉妬や悔しいなどという気持ちはこれっぽっちもない。
むしろ俺が今後は相対的に楽出来るようになるのだから、何もなければ歓迎すべきことなのだ。
……そう、“何もない”なら、である。
「……はぁぁ。ちょっと一旦時間を取ろう。俺も一人で考えを纏めたいから。皆で少し相談しておいて欲しい」
一番纏め役をこなせそうな白瀬に頼んで、俺は一度離れることに。
ただ自分のワガママで幼竜ルートはダメと、頭ごなしに言うのも適切ではない。
それぞれ時間を置いて考えを纏めてから決めるのでも良いと思ったのだ。
……まあ時間を置いても幼竜ルートに積極的になれる理由なんてないだろうけどな。
「……ん?」
梓達から離れだして10秒もせず、異変を感じる。
というか、DD――ダンジョンディスプレイの通信の合図がした。
――えっ、このタイミングでまた織部!?
しかも今度はメッセージではなく、直接の通信連絡である。
同級生・協力者からの着信に、不吉な想像を働かせる。
そして気持ち速足で皆から距離を取りながら、連絡に出るのだった。
長くとも2話、上手く纏められると1話で終わるはず……です。
……でもなぁ、織部さん、出るんだよな、次話で(絶望)
感想も少しずつですが返していきますので、今しばしお待ちを!
……えっ、今日明日の用事?
12月24日・25日って、なんかありましたっけ?(すっとぼけ)
何かある人は怒りませんから、今の内に自首をお勧めします(怒)




