315.どんな手品を使いやがった……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
『……そう。安堵。ロトワ、楽しくやって、るようで、何より』
「はい! タルラちゃんも元気そうで、本当に良かったであります!!」
織部と通信を繋ぎ、その時が来るまでしばし時間を潰す。
ロトワは既にシャワーを終えて、タルラとの他愛無い会話を楽しんでいた。
「……あぁぁ~なるほど。――分かった。じゃあルオちゃんとレイネちゃんがいる時には気を付けないとね。織部さん関係なく、“勇者”っていうワードは出来るだけ使わないようにするよ」
「うん、ありがとうハヤテ」
「レイネの方は妹と再会できたので、頃合いを見て教えてもいいと思うんですが……」
一方の赤星は、リヴィルやラティアから接し方のレクチャーを受けていた。
織部の存在自体や、アイツが“勇者”だと言うことは既に知っている。
ただ他にも、色々と織部絡みでこんがらがっていることがあり、この機会に教えているのだ。
特にルオとレイネは地雷持ちだからな……。
『…………』
『…………』
『…………』
そんな中、異世界側の雰囲気は少しヒリついているように感じた。
タルラこそリラックスしてロトワとの会話に興じているものの、他の3人はその逆。
シルレも、カズサさんも、それにあのオリヴェアまでも。
これから起こることに緊張している様に、後ろで表情を硬くしているのだ。
それが、最後の“5人目”との交渉が難航することを予見させて……。
『――皆さん、お待たせしました』
そこに、織部の声が聞こえてきた。
DD――ダンジョンディスプレイの通信だけ繋いで、主を呼びに行ったサラもいる。
二人が来たことで、各自していた会話を止める。
『あっ……颯さん! 今日はわざわざ来てくださり、本当にありがとうございます!』
「ううん、とんでもないよ! 何も出来ないかもしれないけれど、梨愛の分も、私、頑張るからね!」
地球にいる以上は直接的な手助けは限られている。
ただ、織部の存在を認識し、その上で応援してくれる者がいるというのは大きい。
赤星の存在と激励に、織部は大きく力を貰ったというように顔全体で喜びを表現する。
そんな織部を見て、赤星も更に織部に好感を持ったという風に笑みを浮かべた。
ただね赤星……あれは余所行きの顔やねんで?
織部も織部で、今日は逆井じゃなく赤星の応援だからか、“綺麗な織部”で事に臨むようだ。
……まあ交渉事には向いてるから、むしろそっちの方が俺としては有難いんだけど。
それでも複雑は複雑だから、抗議の視線だけは投げておく。
『……何ですか、新海君? 何か私に言いたいことでもありましたか?』
「……いいや、何にも」
そう返しておいたが、織部の仮面が一瞬だけ剥がれて“……あぁん? その目! 目が口よりも雄弁に語ってますよ!”と言われた気がした……視線だけで。
……おい仮面。
仮面が剥がれかけてますぜ、勇者さん。
「……? えっ、ん? ん?」
そんな俺達のやり取りを見て、赤星はとても不思議そうに視線を行ったり来たりさせていた。
……今の一瞬じゃぁ分からないか。
『――では皆様、そろそろ……』
サラが促すと、シルレ達もスッと立ち上がって部屋を出て行く。
既に織部達は件の町にいるらしく、DDから見える光景は王都に負けない位のものだった。
人も活気に溢れ、タルラ達五剣姫に気付くと、笑顔で手を振り声を掛ける。
町の大通り自体も賑わい、人の往来が激しい。
人垣を分け、向かうは本人の待つ修練場。
「いよいよですね……」
「ああ……」
隣にいるラティアに答えつつ、俺も自分で緊張しているのを自覚する。
上手く行けばいいんだがな……。
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『――あはっ、あはは! ……へぇぇ~。本当に来たんだ~』
ゲームに出てくる闘技場みたいに大きな修練場にて、織部達を出迎えたのはそんな間延びした声だった。
一方では親しい友人達を歓迎する、揶揄う様なフランクさを覚える声音。
だが他方では、冷たい氷の様な寒々しさを感じさせる声にも聞こえた。
とても可愛らしい若い女性のそれなのに、油断してはならない相手だと直感が訴える。
『――シルレちゃんも、カズサちゃんも、それに“あの”オリヴェアちゃんまで。……フフッ、あはは! ……へぇぇ~』
「…………」
俺の左で事を見守る赤星が、ゴクッと生唾を飲み込む。
チラッとその横顔を覗くと、表情が少し強張っていた。
地球にいては感じられない、本当の強者を目の当たりにしたと言う様に……。
俺達の存在はまだ伝えていない。
なのにDDから覗く彼女の雰囲気だけで、ここまで威圧感を放ってくるなんて……。
『……歓喜。“ネジュリ”、おひさっ!』
そんな緊迫した中一人で、その女性に対して進み出る者がいた。
あちらで一番幼いタルラだ。
『おぉ? ――うわぁぁおひさぁ~! タルラちゃんも、本当に来たんだねぇ~ネジュリちゃん嬉しいな~!』
そして“ネジュリ”と自らを呼ぶ彼女は、その纏っていた雰囲気を取っ払い、タルラと再会を喜び合う。
この時ばかりは空気が弛緩し、俺達やシルレ達も少しだけ落ち着くことが出来た。
「タルラちゃん、いつの間に!? そんなに仲良しさんだったでありますか!?」
ロトワが驚いている。
……ロトワも知らなかったのか。
5人目の彼女は、未だに親戚の子供を可愛がるようにして、タルラに触れ続ける。
動くたびに跳ねる髪は、まるで透明な雫のように透き通った色をしていた。
背の低いタルラに合わせて膝をかがめる彼女は、細くスレンダーな体型で、“軍師”というイメージにピッタリ当てはまる。
タルラを見る目は優しく、そこに打算や含む物を感じることは無かった。
……本質的にはやはり他人想いで人格者、ということで良いんだろうか。
『……“ネジュリ”さん。挨拶はそのくらいにして、そろそろ本題に入ってもよろしいですか?』
オリヴェアが代表して声を掛ける。
それでネジュリの手は止まり、ゆっくりと体を起こす。
『……あはっ。そうだね~皆が揃って来るんだもん、ただ挨拶しに来ただけって訳じゃないよね~……うん!』
一瞬にして目や表情をスッと元に戻し、何を考えているか分からないヴェールのようなものを再び身に纏う。
そして初対面である織部やサラに視線を向けた。
『……知ってると思うけど~“五剣姫”のネジュリだよ~。――よろしくね、“勇者”さん』
『っ!!――』
織部に小さいながらも衝撃が走る。
織部自身も“もしかしたらバレているかも……”と予想していたらしいが、自分が何者なのかを言い当てられてしまった。
『……“カンナ・オリベ”と言います――よろしくお願いします』
織部も直ぐに立て直し、簡単に自己紹介を済ませた。
それを確認してネジュリは満足気に頷く。
歩き出し、織部達に付いて来るよう促した。
『……執務室。中にあるからさ。大事な話なら、そこでしよっ、ね?』
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『……と、言う訳です。ご協力、いただけませんか?』
執務室に移動して織部や、説明が上手いカズサさんを中心とした話がなされた。
念のために、俺達地球組の存在には言及していない。
この町を統治し、そして“五剣姫”の一人が使うには、意外に質素な部屋。
必要なものだけを揃え、他の華美な装飾などは全くない、実用性を重視した内装だった。
そこで話し終え、織部は居心地悪そうにネジュリの反応を待つ。
彼女は邪魔するでも茶化すでもなく、ただ終始ニコニコしながら話を聴いていた。
そして――
『――ふ~ん……まっ、良いよ、協力しても』
そんな気まぐれの様な答えが返って来た。
いきなり満額回答を貰えるとは思っておらず、異世界側だけでなく地球側にも少なからず動揺が走る。
「えっ、え? 大丈夫なんでしょうか、本当に?」
「……うーん、嘘を吐いてる雰囲気ではない、かな」
ラティアの率直な疑問に、答えを持っている訳ではないリヴィルもそう返すだけで精一杯だった。
そりゃあれだけ事前に警戒して来たんだ、何か裏があるんじゃ、と思わないではいられない。
織部達の方でも似たような反応があったからだろうか、ネジュリは不服だと示すように頬を膨らませてみせた。
『ぶぅ~! 皆酷いな~! ネジュリちゃん、そんなに悪辣な女じゃないぞ、プリプリ!』
怒った振りをしながらも、彼女は自分の返答の理由を挙げ始める。
『“五剣姫”の内4人も賛成してるんでしょ~? なら、それ自体が一つの根拠・担保になるってもんですよ!』
『そ、そうですか……ホッ……』
今までの旅が、一人一人シルレ達に協力を求めてきたことが無駄ではなかったと知り、織部は純粋に嬉しそうに安堵の息を漏らしていた。
『そ・れ・に~! “勇者”の力ってのは貴重だからね~! ネジュリちゃんも~、助けて欲しい時は沢山あるから~お互いにとって得かなって、あはっ!』
『もっ、勿論! 相互協力ということで大丈夫です! ――はぁぁ~良かったぁ~……』
相手が思った以上に友好的で、当初に想定していたよりもかなりスムーズに話が纏まりそうな様子だった。
皆それぞれ、大なり小なり肩の力が抜け始める。
――そんな時だった。
『――ただ、ちょーっとだけ、試させて欲しいかな~?』
今までで一番、心から凍えるような冷たい声。
それが、予想もしなかった、完全に油断仕切っていた時に聞こえたのだ。
『えっ――っっ!!』
俺の目には、織部だけがそれに気づき、完全な臨戦態勢に移ったように見えた。
だが次の瞬間には――
『――あちゃぁ~。惜しいな~反応はしてくれたのに、ざぁ~んねん。……“勇者”でも、やっぱりダメか~』
織部が、ネジュリに組み伏せられていた。
その場にいた他の誰一人として、全く反応できなかったのだ。
執務机にいたネジュリが、中央の応接イスに座ってる織部に一瞬で近づき、そして組み伏せた……。
……一体どんな手品を使いやがった。
『えっ、あっ、カンナ様!?』
ワンテンポ、ツーテンポ遅れるようにして、今の状況にサラがようやく気付く。
「……カンナがあの五剣姫の動きを、完全に見切ったように見えたんだけど」
リヴィルは俺の様に最初、ネジュリの動きを追えた……と思ったのに。
それが錯覚であった様に、いつの間にか織部が組み触れられていて、大きな警戒感を露わにする。
『まっ、しょうがないよ。“あの魔王の女”でも全部は分からなかった、自慢のネジュリちゃんパワーだからね~! あはっ!――よっこらしょっと……』
そんなお茶らけるようにして織部の上から退いて、手を取って織部を立ち上がらせる。
そして全員の注目が集まる中、挑戦するような目付きで告げてみせた。
『――さて! 今のネジュリちゃんの動き、“全部見えたよ~”“分かったよ~”って人、いる? いたら条件なく協力してあげるんだけどな~』
異世界側では誰も答える者は無く。
ただ重たい沈黙が流れる時間が続いた。
そんな中――
「――やっぱり……」
そう呟く声がした。
そして続けて、こう告げられた。
「――ご主人様、少しお耳に入れたいことがあります」
うーむ、普通に振る舞う中に仄かに漂う狂気感というかはみ出してる感、表現するのは難しいですね。
むむむっ!
ネジュリさん、織部さんを見習え!!(無茶ぶり)




