294.本人が驚いてんぞ……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
『――続いて、ダンジョン探索士1期生にて、アイドルグループ“シーク・ラヴ”のメンバーとしても活躍されてます“志木花織”さんから、お言葉を頂きます』
『ご紹介に預かりました、志木花織です。ダンジョン探索士の試験に合格し、無事に候補生となられた皆さん、おめでとうございます。不思議な気分ですね……1年前は私もそちらに座って――』
体育館のような大きな場所。
その壇上に志木が立ち、大勢の探索士の卵達に言葉を贈っていた。
『つい先日行われた、ダンジョン探索士2期生の入所式。志木は探索士全体の代表として、言葉を求められる程の存在になっていた』
ナレーションのセリフに続くようにして、志木が言葉を紡いでいく。
志木の密着ではあるものの、この時は会場全体を映していた。
志木の告げる事全てに耳を傾けるように、候補生達はシーンと静まり返っている。
中には憧れや尊敬のような眼差しで志木を見る者もいた。
……凄いな。
あれじゃあもう、ただのアイドルや探索士なんて枠には収まらないだろう。
「本当それ。不思議な気分だよね~。アタシも去年はあそこでボーっと座ってたんだって思うと、ちょっと笑けてくる」
そういえば去年、ダンジョンに挑む前くらいか。
テレビで入所式の様子をやってて、それで逆井の姿をチラッと見たような気がする。
「長引いて怠くなると踏んで、ズル休みを実行に移したウチは勝ち組」
「おぉぉ~! 流石はミオちゃんです! ……でも、あれ? “ズル休み”は良くないのでは?」
おぉぉ~。
ロトワ、良く自力で気付いた。
空木のズル思考は、特殊な訓練を積み重ねている空木だからこそ成り立つ技だ。
良い子のロトワはマネしないように。
「そう言えばさ、ひじりん。“補助者”の方も、もう2期生、いるんだよね?」
番組内容に関連した質問が飛ぶ。
夏休みに入り、更に今日は週末だからか、夜でも関係なく逆井はお菓子を摘まんでいた。
「えっと、そう聞いてますね。前期の合格者が、今実習を受けてて、探索士の2期生と同じくらいに現場に出るだろうって」
九条の話を聞きながら、チラッと部屋の端――眠っているルオに目を向ける。
俺が持ってきて敷いてやった布団に入り、スヤスヤと寝ていた。
話し声を抑えているとはいえ、人が5人もいて、そしてテレビまで付けているのに、だ。
ルオにとってはむしろ、心地良い子守唄みたいに聞こえているのかもしれない。
グッスリ眠って、スクスクと良い子に育ってくれ……。
『――彼女の知名度・人気を押し上げたアイドル活動も勿論、疎かにしない。大勢の人の視線を惹き付け、魅了する彼女は、前準備にこそしっかりと力を入れる』
ナレーションが、場面の移り変わりを教えてくれる。
もう番組も終盤に入っていた。
アイドル用の衣装を身に着けた志木が、控室のような所で最終確認をしている映像だ。
『フフッ、いつもはこんなに動いたりしませんよ? テレビの密着があるから、サービスですよサービス』
志木が揶揄う様な悪戯っぽい笑みを浮かべてそう告げる。
それを目敏く見つけて、カメラに告げ口する人物がいた。
『うわっ、かおりん嘘つきだ! 嘘つきかおりん! いつも念入りに歌も立ち位置もチェックしたりするくせに!』
『ちょっ、ちょっと梨愛さん!? そんなことなくって、私は別に――』
『――メンバーの逆井のおかげで、志木の普段見られないレアな一面を、我々はカメラに収めることに成功したようだ』
ナレーションも粋なセリフをする。
……って、いや、そこじゃなく。
「お前も映ってんのかよ……」
ジーっと半目で視線を向けると、逆井は悪戯が成功したように笑う。
「ニシシ! チョイっとだけどね! ただまあ……新海は別にいいよね? かおりんのレアな一面なんて沢山見てるしさ?」
「むっ!」
「むむっ!」
逆井の言葉に反応するように、空木と九条が視線を向けてきた。
……いや、見てるかもだけど。
でも楽しいもんじゃないよ、決して。
レアな一面なんて、大体ジト目で睨まれてる顔しか浮かばないんだけど……。
「お兄さん、つまりアレですね? “グヘヘ、このことを話されたくなかったら……志木、分かるよな?”“クッ! 殺しなさい!”――的な?」
何で志木が女騎士風で“くっころ”なんだよ。
しかも俺がゲスっぽい感じになってるし。
「むむぅぅ……複雑な気分。私の知らない花織さんを知ってるハルさんに嫉妬すべきなのか。それとも……それほどハルさんと浅からぬ仲になっている花織さんを羨むべきなのか……」
……九条は独り言が多い子なのかな?
アイドルとして持ってる物は超一級品なのに、何だか将来が心配になる子だ……。
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「へぇぇ~六花さんと知刃矢ちゃんもいたんだ。……そう言えば、この前そんな事言ってたかな、うろ覚えだけど」
番組はエンディング近く。
空木が口にした通り、逸見さんや桜田とイベントをこなした映像が流される。
「うぅぅ……終われ、早く終われ……!」
「?」
だが、あれだけ志木の密着番組を楽しみにしていた九条の様子がおかしい。
自分の好きな人が出てる番組だと、終わらないで欲しいと願うのが普通だろうに。
こうして早く番組が終われと呟き続けているのだ。
何だろう……。
『――志木さんにとって、“シーク・ラヴ”とは? そして“ダンジョン探索士”はこの先どこに向かうのでしょう?』
最後の締め。
今まで密着を続けてきたカメラの女性が質問する。
控室に戻っていた志木が、一瞬宙に視線を置く。
そしてカメラを見ず、真正面を見据えながら答えた。
『――“今の私の全て”……ですかね。そして“ダンジョン探索士”ですが、まだまだ広がる余地を残した未成熟な資格です。これから先、社会にもっと根付き、皆さんに寄りそう存在になれるよう、微力ながら努力していきたいと思います』
その後、質問者が『ありがとうございました』と密着の終了を告げる。
これで番組は終わりかと思った、その時――
『――失礼します。花織さん、お疲れさまでした。今日のイベントすっごく良かったです! それで、これ、差し入れで――』
丁度、志木と質問者たちしかいない部屋に、九条が入って来た。
そして小走りが災いしたのか、何もない所で躓き――
『――ひゃぅ!?』
綺麗に、お手本の様に転んでみせたのだった。
上手く受け身で手を付いたものの、その失態はとてもおかしく映り――
『フ、フフ……だ、大丈夫? 聖、貴方、どうして何もない所で転ぶのよ』
『う、うぇぇぇ……すみません、大丈夫です……』
痛みではなく、恥ずかしさで半泣きになる九条。
そしてケガがないことを確認した上で、おかしそうに志木は笑う。
それを一つの画面に切り取り、最後にナレーションを入れて番組は締めくくったのだった。
『――彼女たちは強く、モンスターとも戦う稀有な存在だ。だが、こうして笑い、泣き、喜ぶ、私達と変わらない存在でもあることを忘れず、変わらぬ感謝の気持ちを持ち続けたい』
「う、うぅぅ……」
とても良い感じに番組が終わったことに反して、室内の雰囲気は何とも言い辛い物になっていた。
九条がどうして番組が早く終われと念じていたのか、その理由が分かって逆井や空木はクスクスと笑っている。
「フッ、フフ……ひじりん、いたんだ。アタシ達がいない間にかおりんとあんな面白いことしてたなんて」
「おぉぉ……SNSでも花織ちゃん以外に、聖ちゃんのこと、かなり呟かれてるよ」
俺もそっとスマホを出し、検索してみる。
“凄い……人って何もないところで、あんなに綺麗に転べるんだw”
“九条ちゃん、典型的なドジっ子属性持ちとは……でもそれがいいw”
“あれ、今って昭和だっけ? 俺達は今、凄い映像を見た気がする”
などなど。
“花織様が見出した逸材……まさかコッチ方面でもその才能を遺憾なく発揮するとはw”
“むしろ花織ちゃんに水をぶっかけて、ラッキースケベイベントが起こるの期待”
“受験期間近は聖ちゃんに近づくな! 繰り返す! 受験期間近の奴は聖ちゃんには近づくな! 滑って転んでも知らんぞー!”
散々な言われようだ。
だがどれもこれも愛のあるイジりというか、九条の不運を好意的に受け止めている。
一方で本人は――
「編集で切っておくって言ってくれてたのにぃぃ……花織さんにも、皆にも笑われて……」
ドヨーンとした雰囲気を纏い、膝を抱えて落ち込んでいる。
傍からみたらあの映像はとても微笑ましい光景だと思うんだが……。
「――聖ちゃん、そんなに気になるんなら、解決策、いる?」
そんなことを言い出したのは、空木だった。
「解決策……?」
顔を上げた九条に対して、空木は自信ありげにニィっと笑う。
そしてベッドに腰かけるロトワをギュッと抱きしめたのだった。
「――そう! なんとこのロトワちゃん、実は幸運を引き寄せる女神だったのです!」
「えっ!? そうなのですか!? ロトワ初耳です!!」
……本人が驚いてんぞ。
うーん……どうもここのところ、ちょっと体調が整わない日が続きます。
しんどいとか気分が悪い、と言う感じではないんですがどうもボーっとしがちで。
……い、いやいや!
織部さんが恋しいとか、そんなんじゃないですよ!?
普通の体調不良ですから、いや本当!!
次話で、幸運を引き寄せると言われるロトワと、不運筆頭の九条さんが組み合わさったらどうなるかを書いて……。
で、それで志木さんがおこりんになるかもで、その後織部さんが……はっ!?
い、いつの間にか織部さんのことを……(白目)




