289.うん……何これ?
お待たせしました。
今回……自分で書いててあれですが、“何書いてんだろ……”と素に戻る瞬間がありました。
織部さん、逆井さん、そして主人公。
やっぱり3人揃うとダメです、“何だこれ”ってなりますね。
……ではどうぞ。
「え、えーっと、柑奈、元気出して! ほらっ、ねっ? アタシも新海も、柑奈のお願い、出来るだけ聞いてあげるからさ!」
逆井!?
お前は何を言っているんだ、血迷ったか!?
『……本当ですか? 何でも?』
織部は気分悪そうに伏せていた顔を、そーっと上げる。
……いや、俺そもそもそんな事言ってないんだけど。
それと勝手に“何でも”に変換されてる件。
「えっと……」
「新海、アタシからもお願い! 柑奈がここまで弱ってるのって、アタシも初めてだしさ、何とか元気にしてあげたいんだ」
逆井は顔の前で拝むようにして手を合わせる。
その後、頬を掻きながら視線を逸らし、言い難そうに告げた。
「……その分アタシが、さ。後でその……新海の言うこと、何でも、聞いてあげる、から」
……言い出しっぺの逆井までもが“何でも”に変換してるんだが。
コイツら何なの?
どんな要求が飛び出すか分からないハラハラ感を楽しむ、ギャンブラーか何かなの?
「はぁぁ……――織部、協力関係を結んで、そろそろ1年くらいか?」
『へ? ああ、えっと、そうですね……あぁ、もうそんなに経つんですか。フフッ、懐かしいですね……――えっと、それが?』
……そんな無邪気に嬉しそうな顔すんなよ。
こっちが照れんだろ。
「……1つだけだぞ?」
その言葉を聞き、織部の顔に理解の色が広がって行く。
確認した意味が頭に浸透したのだろう、嬉しそうに頷いた。
『ぁ……――はいっ!!』
もう十分元気じゃねえかと思ったが、流石に今それを指摘するのはズルか……。
「……で、何をして欲しいんだ? ってか逆井とはまた別のことをすればいいのか?」
俺の粋な計らいだと察するだろうから、流石に今回は織部も、滅茶苦茶なことは言わないだろう。
そうして少しの不安感のみを残し、織部に尋ねると……。
『いえ、梨愛と新海君、二人で一つのことを、私の前でしてくれるだけでいいです――』
織部は躊躇うことなく、既に決めていたであろう内容を口にしたのだった。
『――二人が、仲が良いことを示す実例を一つ、見せてください』
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「えっ――」
困惑する逆井。
織部はそれを想定済みだとでも言うように頷き、自らの発言の意図を説明した。
『梨愛にも、新海君にも。私はいつも迷惑ばかりかけて……。それでも支えてくれる二人が仲が悪いのは、私としても、心臓に悪いんです。ですから、仲の良い所、一つ、見せてくださいな?』
迷惑かけてる自覚はやはりあったのか……。
だったら自重してくれと思わなくもない。
……が、それで素直に控えるようならそれはそれで、もう“織部”ではないような気もする。
「柑奈……バカッ」
小さく呟く声。
だが、それは親友を想う情愛を感じさせるような、優しい響きだった。
今の説明だけで逆井はその意図を理解したらしい。
逆井と仲が良い所を、ねぇ……。
「……まあお前がそれで納得するなら、俺は何も言わないが」
『……ありがとうございます、新海君』
今の答えるまでの間は、要するに。
何かしら織部も、口にしたこと以外に意図するところがあるって事だろう。
それに触れないでくれてありがとうございます、ってわけか。
……逆井や俺のためを想って、ってことなのかね。
本当、こういう時にはちゃんと出来るんだからな……。
何だかんだ個人プレー無双が多い織部だが、他人を想う気持ちっていうか、大事な部分は間違えないというか。
ちゃんと勇者なんだな、と見直した。
「……それは良いけど……具体的にどうすればいいんだ? そう言うのって逆に、言われて直ぐポンと出るようなもんじゃないぞ?」
正直、俺自身まだ逆井と“仲が良い”のか良くわかってないし……。
でもこういうのって、そういう意識せず自然な状態を言うんじゃないの?
織部も一理あると思ったのか、顎に指をあてて考え出す。
『うーん……そうですね。私が言い出して、あんまり茶化すのもあれですし……』
織部はジーっと逆井と俺のことを見つめると、独り言を呟いた後、何かに気付いたように質問してきた。
『あの日から大体1年……――あっ、梨愛、そっちって今、夏ですよね?』
「えっ? うん……もう“THE・日本の夏!”って感じ。もう毎日暑くて暑くて……」
「まあ今はダンジョン内だから、比較的マシだけどな」
ただ、さっきまで攻略で動いていたと言うこともあり、体の熱はまだ少し残っていた。
『ですか……――よしっ、決めました!』
織部はパチンと手を合わせ、笑みを浮かべる。
……何だか猛烈に嫌な予感がしなくもない。
暑さとはまた別の意味で、じんわりと額に冷や汗が流れた。
正にそれを見逃さなかったかのように――
『――梨愛、新海君、汗をかいているみたいですから。その汗、拭ってあげてください。それが、二人の仲が悪くない証だということにしましょう』
そう告げたのだった。
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「うぇっ!? にっ、新海の!? その……自分で――じゃなく、アタシが、だよね?」
織部は頷き、そしてDD――ダンジョンディスプレイに近づく。
それで目敏く、俺の急所を突いたのだった。
『あぁ、丁度そこ――新海君がポケットに入れてるようですが、何か黒い布っぽいもの、あるでしょ? それでいいです』
「えっ、あっ、そうなん? 新海、ハンカチか何か持ってんの?」
――違うゥゥゥ!!
さっき梓に強引に渡された賄賂!!
だが、何故か既に気合いを入れてやる気になってる逆井に、運悪く見つかってしまう。
「……え? 新海、これって、さ……ニーハイ?」
「いや、違うんだ」
ソックス・ニーハイであることはその通りだが、そうじゃない。
認めたら色々と終わる!!
「……あ、あはは。あれっしょ? 梓ちんのでしょ。何かさっき、二人でコソコソ揉めてたもんね。……強引に渡された?」
えっ――
「逆井、お前さては名探偵か!?」
『梨愛、頭脳はどうかは分かりませんが、体は歴とした大人ボディーですけどね……』
いや、自分で言って、寂しそうに自分の胸を見下ろすなよ。
……またテンション下がって“もう一個言うこと聞いてください”なんて言われても知らんぞ。
「も、もう! アタシの胸とかは今はどうでも良いっしょ!? ほっ、ほらっ、新海、それ貸して――」
「あっ、おい――」
“嗅ぐなり使うなり自由にしていい”と言われた、梓の脱ぎたてソックスが逆井に奪われる。
「はっ、早く終わらせちゃお? こういうのって、意識したりすればするだけ長引いて、恥ずくなるやつだから、さ……」
それはそうなんだが……。
その言葉に理解できる部分はあるものの、それと現実とが噛み合ってない。
「んしょっ……あっ! “汗を拭く”んだから、こうすればいいんじゃない?……」
梓の物だった靴下を、逆井はその細い腕に装着していく。
それで“これで正解じゃん!”みたいな表情をする逆井を見て、更に現実感が遠のくのだった。
……いや、何これ?
『――おぉぉぉ! ふぉぉぉぉーー!! 梨愛、貴方は天才ですかっ!?』
だが織部はこれで満足らしい。
というか、今日一番のハイテンションを記録している。
ヨカッタ、ヨカッタ。
「ははっ、名探偵とか、天才とか、ちょっと二人とも褒め過ぎだし……じゃ、新海、ちょっとジッとしててね――」
褒めてねえよ、とツッコむこともできず。
逆井の言われるまま、特に頭部を動かさずに止まっていた。
――うわっ、女子の良い匂いが凄い!
逆井の顔が近いこともそうだが、それ以上に。
靴下の汗や洗剤の匂いが混じって……。
ソックスのつま先に当たる部分が、逆井の手の指先を覆い。
その部分で、俺の額や顎を優しく撫でていく。
逆井のその動作自体は、一所懸命にやってくれているんだと思う。
……しかし、先程まで梓の脚を覆っていた生地が、自分の顔の汗を拭っていると思うと、もう謎の心境になっていた。
――ああ、あれだ……点Pが移動を重ねた結果、まさる君がお兄さんを時速12kmで追いかけて、ミカン10個とリンゴ5個が1200円で吾輩は猫であるだ。
……はっ、俺は今、一体何を!?
『妄想――もとい、想像が捗ります……でも――』
グフフと勇者がしてはいけないような笑い声を漏らした後。
織部はまた、急に表情も声のトーンも真面目なものに。
『梨愛も、新海君も。本当に私のために頑張ってくれてるんですよね。いつもいつも――』
「……柑奈?」
逆井が手を止め、心配そうに織部を見る。
『――よしっ、元気出ました!』
織部はそれに、笑顔で応えてみせた。
『新海君、梨愛、ありがとうございます! おかげで、男勇者にも立ち向かって行けそうです!』
「……そ、そうか……」
まあ立ち直ってくれたんなら、言うこと無いな。
……脱ぎたてソックスと知っても、なおそれで異性の汗を拭わせるという発想は何とかして欲しいが。
「えっと、柑奈が元気出たんなら、良かった、うん!」
『梨愛、新海君。いつもいつも助かってます、これからも、改めてよろしくお願いしますね!』
織部の感謝の言葉は、まっすぐで混じり気の無い、清々しいものだった。
俺も逆井も頷き、笑顔で答える。
「ああ」
「うん! 頑張ろうね!」
何だかんだありつつも、今回は問題らしい問題も起きず、比較的平和だったんじゃないだろうか。
織部も協力関係を結んで大体1周年ということで、穏便に済まそうと――
『――はっ!? ちょっ、ちょっと待ってください!! 今、脳内で凄いこと思いつきました!!』
……してくれてる――
『――さっ、サラッ! タルラさん!! ちょっと聞いてください! “逆バニー”という発明を今、私がして……そうですそうです!! ……オリヴェアさん! 貴方なら分かって下さると思ってました!!』
「か、柑奈!? “逆バニー”って、既にある概念だよ!? ってか“アレ”を着せようとしてんの!? サラちゃん達に!?」
……ってことはないな、うん。
俺と逆井はまだマシな被害だったのかも。
その分、特にサラとタルラが、これから大きな被害に遭う可能性大なんだが……。
織部はやはり、織部なのだった……。
感想の返しが少し滞りがちで申し訳ないです。
でも、ちゃんと目は通してますので!
“逆バニー”というワードが出てたのも、ちょっとドキっとしてましたから!
皆さん、“梓のソックスで逆井さんが顔拭き”は……あまり深く考えず、織部さんがいる空間だから成り立つこと、と思っておいてくださいね(白目)




