285.ぎゃふん……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「――ドウヤラ。チャント、ウンディーネ様ノ御力、使イ熟セテイルヨウデスネ」
人魚は歌うような澄んだ声で告げる。
休んでいる皇さんへと向ける視線は、穏やかでいてとても嬉しそうだ。
「うっす……どもっす」
「いやお兄さん、何でそんな舎弟っぽい返答の仕方なんですか」
えっ、だって何か下手に出た方がいい感あるでしょ。
人魚さん、偶に目が笑ってないように見えて怖いんだよな……。
「……何となくは分かりますけど。でも凄いですよね……人魚さんなんて、見るの初めてですよ」
空木は改めて、滝つぼの石枠に腰かける人魚を見た。
人魚はというと、上から下までジーっと見られること自体が面白いというように、ニコニコしている。
「本当、美人さんですし。胸とか下半身が鱗で隠されてるってのが逆にこう、いやらしさをUPさせてません?」
「俺に聞くな」
お前は何でそんな感想が思い浮かぶんだよ。
怖い物知らずか。
「ウフフフ……オモシロイ、人達デスネ」
えっ、今のやり取り面白いところあった!?
むむっ……人魚的にはあれでツカみはOKらしい。
懐が広い種族なのかな?
「えっと、あの子も――シー・ドラゴンも上手くやってるから、安心してくれ」
シーさんはワっさんの妹分として日々頑張っている。
……あのヌルッとした感じだけは受け付けないが、普通に戦闘では優秀なのでそこは目を瞑っていた。
「ソウデスカ……マダ幼イノデ、ドウカ、ヨロシクオ願イシマスネ」
軽い前置きはこのくらいにしよう。
お互いに少し話してペースも分かって来た。
俺はそこでようやく、ダンジョンのことについて情報提供を求めることにする。
「――と言うわけなんだ。アルラウネは“良く分からないままこっちの世界に来た”みたいに言ってたけど、どうなんだろうか?」
簡単にアルラウネやシルフ、赤星の件について説明する。
話す間はジッと俺の目を見つめてきたが、話し終わると考え込む様に俯いた。
「……ソノ、彼女ノ説明ト、大キク異ナル事ハ無イデショウ」
顔を上げた人魚は、しっかりとこちらを見据えて答える。
「私モ。イツモ通リ、過ゴシテイマシタ。ソレガ気付イタラ、イツノ間ニカ、別ノ世界ニイタノデス」
「…………」
ジーっと見つめるも、相手は視線を逸らすことなく。
負けじとこちらを見つめ返してくる。
うーん……嘘をついている、と言う感じはしない。
ダンジョンがこぞって地球を侵略するために、一斉にタイミングを合わせて出現した、とか。
そんな突拍子もないことも一応念頭にはあったが……。
「……うっす。了解っす」
話して貰ったことに礼を言い、それ以上の考察を終える。
少なくとも当事者達にその認識はない、とは言って良いと思う。
……まあ親玉達がどうかはまた別だろうが。
「――やっぱりダンジョンって謎なんですね~。日本が一番先行って攻略してても、分からないことは分からないまんまですね」
空木が解明することを半ば諦めたように呟く。
……そうか。
空木視点からは、“異世界”って言ったら具体的に想像がつくような場所じゃなく。
本当にどこから来たのか分からない、未知の場所なんだ。
「……そうだな。これからもっと分かると良いんだけどな」
一応は同意しながらも、俺は一方で織部達に期待していた。
異世界を救うために旅立った織部。
地球の状況と合わせると、その“救う”という部分が“ダンジョン”と無関係だとは思えなかった。
つまり、織部の異世界の旅を補助する意味で、ダンジョン攻略を頑張っているが。
それが根本的な問題解決の部分でリンクしているんじゃないか?
織部には是非とも、ちゃんとまともに異世界を救って欲しい。
……“異世界を救う”という言葉に“ちゃんと”とか“まともに”ってつく時点でおかしいんだけどね。
「……えと、その、人魚さん。一つ、質問、良いですかね?」
もう今話すべきことは無いかな、という所で空木が切り出した。
恐る恐る尋ねる空木に、人魚は優しく微笑み頷く。
「エエ。何デショウカ?」
「あの――人魚さんって、人間との間に子供、生まれたりするんですか?」
……え?
「……空木さん? えっと、何聞いちゃってんの? そう言うお年頃なの?」
「お兄さん引かないでくださいよ!? いやアレなんです! ロトワちゃんに前聞かれたんですよ! “子供って、赤ちゃんってどうやって出来るんでしょうか?”って!」
いやだからって何で人魚相手に聞いてんの!?
しかも人魚同士の話じゃなくて、人魚と人間のこと聞いてるし!
「うぅぅ……その、今度また同じこと聞かれたら、ウチだってまともに答え辛いし。人間同士じゃない話だったらまだ間接的でマシかな、って……」
空木にしては珍しく、気恥ずかしそうというか、少しばつが悪そうに顔を背けて言い訳した。
んんん~……まあそうか。
そういう知識を正面から教えるって、結構難しかったりするし。
……それに、そっち方面の知識だけは、ラティアに任せっきりにしたらダメな奴だからな。
「“人魚”ト“人間”……“子供”」
人魚は俺達の話は聞こえていなかったかのように、ずっとそればかりを呟いていた。
そして“人間”と口にする時、その視線は俺に向いていて――
「……出来“辛イ”トハ聞イテマスネ」
とても意味深な言い方をしたのだった。
頬を赤く染め、その羞恥を隠そうとするかのように水溜まりの中に飛び込んだ。
「“出来ない”とは言わないんですね……――あっ……これ、お兄さんを相手として考えたんですかね」
こらっ、空木、変なことを深掘りしようとしない。
探求心は時として藪蛇になるよ、ほどほどに、良いね?
「…………キャッ――」
人魚は鼻から上だけをソーっと水面から出し。
そうして俺と視線が合うと、恥ずかしそうに水の中に潜って行った。
……さっきまでの近寄りがたい感ある雰囲気どこに行ったし。
人魚は意外とおませさんなのかな?
「……お兄さん、モン娘も行ける口ですかぃ? これ、モン娘ハーレム行けますぜぃ」
いやだから空木、お前は何キャラなんだよ。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――ふんっ! せぃっ、やぁっ!!」
「フフッ、ハヤテ、やる、ねっ!!」
戻ると、赤星とリヴィルの手合せが行われていた。
「凄っ……これが噂に聞く“それは残像だ”って奴ですか」
空木が二人の動きを捉えることを早々に諦め、地べたに腰を下ろす。
まあそこまでだとは思わないが、確かに速いよな……。
赤星の速度に合わせ、リヴィルも受ける手や脚の動きをより滑らかにする。
それに触発され、赤星もまたギアを上げ、それでリヴィルも気合いを入れ――みたいな感じでドンドン二人は動きを洗練させていた。
「あっ、お帰りなさいませご主人様、ミオ様」
「おっす。……皇さんの調子は? 大丈夫そう?」
ラティアは近くで応援している皇さんに視線を向ける。
「やはり初めてということで体がビックリしたんだと思います。十分休まれましたし、問題ないかと」
皇さんを見ると、座ってはいるが元気そうに声を出している。
確かに大丈夫そうだ。
「――じゃあリヴィルちゃん。“とっておき”、行くよ!!」
赤星が距離を取り、腰を落として構えた。
リヴィルも何かが来ると予感して、迎え撃つ備えをする。
「【疾風】――」
マントが風に靡く。
赤星の体が黄緑色の光に包まれる。
――かと思うと、今度は本当に赤星の姿が捉えられなくなった。
反射的にリヴィルへと目をやると、もう既に赤星が迫っていた。
「――っっ!!」
リヴィルが驚いた表情を見せる。
予想以上の速さだったようだ。
だがそれでもリヴィルが焦ることはなく――
「はっ!!」
導力を瞬時に纏わせ、その肘でナイフを綺麗に受け止めたのだった。
「……は、はは。リヴィルちゃん流石だね。まさか完璧に受け切られるとは」
赤星はお手上げだというように乾いた笑いを浮かべた。
ちょっぴり悔しそうな所を見ると、もう少しリヴィルを追い詰められると思ったようだ。
「ハヤテ。まだ人へ攻撃する時の躊躇いがあるね。それが無かったらもっと焦ってたかも」
リヴィルは何でもお見通しらしい。
赤星は図星を突かれたように、今度こそ言い返す言葉もなく「参りました」と引き下がった。
……いや、どっちも凄いけどな。
皇さんが初の魔法使いなら。
赤星はスキルを初めて使った人物になるのだろう。
赤星は既に何度か使用したことがあるように、どう改良していけばもっと強くなれるか、リヴィルにアドバイスを請うていた。
「――さっ、一段落したことですし、食事休憩にしませんか?」
ラティアがタイミングを見て切り出した。
そう言えば、軽食を準備してくれてたんだっけか。
「……ふふん! お兄さん、実はウチも、その準備には関わっていたんです!」
胸を張る空木に、あえて驚いたリアクションをしてやることにする。
「な、何だってー!?」
「……棒読みのリアクション、ありがとうございます。良いですよ、どうせウチはグーたらですから」
そう言いながらも、空木も準備したという水筒をせっせと出していく。
「ミオ様には汁物・ドリンクの方をお願いしました」
ラティアはおにぎりや、軽くつまめるおかずを出していく。
なるほど、役割り分担したらしい。
「頑張って一人で作って持って来たんです。お兄さんにはぎゃふんと言わせますからね!」
妙に強気な空木はまず、紙コップにドリンクを注いでいく。
少し茶色い色が付いているが透明で、単なるお茶ではないように見える。
一番動いて疲れているであろう赤星とリヴィルに先ず手渡した。
「ありがとう。いただきます……ゴクッ、ゴクッ……はぁ、スッキリと酸味があって美味しいね」
言葉通り美味しそうに飲み干した赤星。
それを見て、空木がちゃんと頑張って作って来たんだと理解する。
……何か一瞬、引っ掛かるものを感じたが……ん?
が、それも直ぐになくなり。
空木が嬉しそうにドリンクの内容を説明するのを聞いていた。
「ちゃんと作りましたからね! ばあちゃん監修のはちみつレモンドリンク! 疲れた体にはオススメですよ!」
ああ、良く聞くよな、はちみつレモンドリンクは体に良いって。
…………。
……ん?
はちみつ……“レモン”ドリンク!?
慌ててバッと視線を向ける。
俺とラティアがそのことに気付いて、リヴィルを見たのはほぼ同時だった。
その時、リヴィルは既にコップの中を空にしていて――
「――うぅ、ヒッく。……あれ~? どうしたの? マスタ~。ラティアも見て……えへへ。ジュース、おいちぃね」
既にリヴィルはトロンとした目をし、ほんのり酔っていたのだった。
「え、え? えっと……その、ウチ、お酒は入れてないよ!? 未成年にお酒飲ませない、大事っ!!」
空木は何が起こったのか分からないといった感じで慌てていた。
……空木、確かにぎゃふんと言わされることになったぜぃ……。
すいません、もしかしたら明日はお休みするかもです。
感想返しは……頑張ります。
ですのでまだ分かりませんが、そういうものと受け取っておいてください。




