280.マジでどうしよう……。
お待たせしました。
今回は、最初に言っておきます。
――流石に今回ばかりは織部さんは悪くない!! ……はず(ボソッ)
ではどうぞ。
「夜分遅くにごめんなさい。長居はしないよう手短に済ませます」
「いや、そこまで気を遣わなくても良いけど……」
志木は声を抑えながら靴を脱ぎ、家の中に上がる。
変装用の帽子と眼鏡を外し、ソファーへと上品に腰かける。
「? ……何だか貴方の方が気を遣ってる様に見えるんだけど?」
「……はて、そんなことはないと思うぞ?」
図星である。
が、それを悟られたくない。
ジーっと視線を向けてくる志木の顔を、こちらも負けじと見つめ続ける。
これはあれだ、逸らしたら負けの奴だ。
「っっ――ふ、ふぅぅ……もう夏真っ盛りね。夜なのに汗かいちゃった」
志木はプイっと顔を背け、早々ににらめっこを打ち切る。
ふっ、勝った……いや何にだ。
「あ~外は暑かったでしょ。良かった~お兄さんの家でグダることにして」
「……貴方はいつも殆ど室内から出ないでしょうが」
空木へとジト目を向けつつも、志木はシャツの首元を少し引っ張る。
パタパタと軽く前後させ、クーラーの利いた空気を送り込んでいた。
……し、志木さん?
鎖骨がチラリズムですことよ!?
「ウフフッ……お茶、今入れますね」
「あっ、ありがとうラティアさん」
……ラティアめ、今の“ウフフ”は何か意味深な“ウフフ”だったぞ。
絶対に“暑かったのでしたら、喉がお渇きでしょうから飲み物をお持ちしないと、ですね……ウフフ”的な意味ではなかった。
クッ、ラティアも、レイネやルオを見習って早く寝なさい!!
「んくっ……ごくっ……ふぅ。はぁ、美味しい」
コップを傾け麦茶を飲む。
白く綺麗な首筋に目がいき、喉が動くのが見て取れる。
そんな何でもない動作一つが、何故かとても魅力的に映り。
ほう……。
――っていやいや! 何が“ほう……”だよ!!
ヤベェ……ただでさえ、あの忌まわしい事件のせいでいつも以上に意識が行ってるってのに。
志木の服装や所作が、夏のせいか少し無防備なこともあり、余計にハラハラドキドキとしてしまう。
「――で、でっ!? 今日はどういう用件で来たんだ? 何もないなら、俺は自分の部屋に帰らせてもらうからな!!」
「……何でミステリの被害者フラグっぽい言い方なのよ」
うっ、しまった……。
これだとまるで、この後俺が志木か誰かに殺されるみたいじゃないか……。
――い、いや! まだだ!
まだ“るおりん事件”が志木にバレて、激おこの末に暗殺されると決まったわけじゃない!!
「はぁぁ……――一2点。さっき美桜さんがSNSで呟いていたと思うけど、そのニュースのことで1つ。後、今度あるイベントについての話が1つ。それらについて話しておこうと思って立ち寄りました」
「あっ、花織ちゃんもウチの呟き見てたんだ」
志木は頷くと、キッチンで聞いていたラティアやリヴィルにも聞いて欲しいと前置いて告げる。
「美桜さんや颯さん達が頑張ってくれたあの攻略動画、それに今日のニュース。そうした一連の流れが上手く軌道に乗ってくれています」
その言い方からすると、やはりどちらも志木の想定内の事柄らしい。
「許可制だから、100や200みたいな大きな単位が動くわけじゃないけど……今後、買取業に参入しようと思う企業も出てくるはず」
「……確かリツヒとカオリの所が合弁で、会社作ったんだよね?」
リヴィルの質問に、志木は良く調べてると感心するように頷く。
そして今度も空木を除いた俺達に向けるようにして告げた。
「ええ。ただ、貴方やリヴィルさん達にお願いすることは今後も変わりません。また私達に素材を買い取らせてもらえれば」
「まあだろうな……俺、そもそも探索士でも補助者でもないし」
許可を受けた企業に表立って持っていけない立場だしな……。
そうして同意を示すと、志木からまた何か意味ありげな視線が飛んでくる。
まるで“じゃあどっちか、試験受けなさいよ……”とでも思ってるような目だ。
「……じゃあどっちか試験、受けてみたらいいのに」
俺と志木の気持ちがシンクロした。
わーい。
……いやいや!
嘘です、ごめんなさいふざけてません!!
だから睨まないで!!
「え、えーっと……そ、そうだ! 今日も一応潜ったんだよ! ほれっ、直接渡しとくな!」
話を変えるように、今日ゴッさん達と頑張った成果を取ってきて手渡す。
コボルトの耳や体毛だ。
「…………」
受け取りはするが、志木からのジト目は変わらない。
クッ、いや、それも意外に貴重な素材だよ!?
コボルト、良くWEB小説とかでは出てくるけど、現実ではそんな簡単に遭遇できないから!
「はぁぁ……分かりました、有難く受け取っておきます。報酬はいつもみたいに振込でいいですか?」
よ、よかった。
溜息は吐かれたけど、何とか乗り切った。
「――話は2点目に変わるけど、今度シーク・ラヴ結成1周年の記念ライブがあるの」
っと!?
本当にいきなり話が変わるな!!
「え? そうなん? ウチ、知らなかったなーこれは大変だー」
「……美桜さん? 貴方、他の誰よりも把握してるでしょう? だって今度の歌の個人レッスン、何だかんだと言い訳付けて一番サボってるもんね~?」
あ……。
空木、お前のことは忘れない――
「――ちょっとお兄さん!? 今ウチのこと早々に見切りつけませんでした!? ウチまだ命が惜しいんです助けてぇぇ!!」
「コラッ、ロトワたちが起きちゃうだろ。静かにな」
注意を受け、悔しそうに空木は反論を飲み込む。
それを見て幾らか溜飲が下がったのか、志木はしょうがないといった感じで溜め息を吐いた。
「……まっ、それでも本番までにちゃんと仕上げてきちゃうから、あんまり強く言えないんだけど」
「そ、そう! ウチ、やれば出来る子だから! 周りから言われずに自分でやろうと思った時にやる現代っ子だから!」
あの志木がそこまで言うんだから、空木のアイドルとしてのポテンシャルってのは本物なんだろうな……。
志木は切り替えるように首を振り、簡潔に用件を伝えてきた。
「話を戻して……午前・午後2部構成なんだけど、チケットは勿論、人数分をお送りします」
「へ? へぇぇ……いいのか? 悪いな」
なんだ……。
そう言う業務連絡っぽい感じなのね。
ふぅぅ、最初ちょっと焦って損したぜ。
「いえ、いつも貴方やラティアさん達には助けて貰ってるから――ただ、午前・午後のどちらか、貴方一人でもいいから裏方でバイト、してみる気はないかしら?」
やっぱり焦って正解だったらしい。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「バッ、ババババババイト!? 何で!? バイト何で!?」
「むしろ“何で”は私が言いたいわよ。何でそんなに挙動不審になるのよ……」
いや、俺も良く分からん!
ただ、さっきの来たばっかりの時の雑談で出た、“夏”というワード・時期が影響したのか。
俺の脳内を一瞬にして連想ゲームが駆け巡っていた。
“バイト+夏→プールの監視員→プール自体→水着→るおりん事件!!”という最悪の過程だ!
このままだと“バイト”自体には全くやましいことはないはずなのに。
“あれ、こいつバイトって事に何か後ろめたいことでもあんじゃね?”みたいに受け取られる!!
「わ、分かった! 午前か午後、どっちかでいいんだよな!? ならラティア達ともちゃんと一緒に見られる。うん、予定が空けば良いぞ!!」
だが、俺の返答に対し。
志木は良い顔をしなかった。
それどころか、一層その目を険しくさせ――
「――ねえ。貴方、何か今日はよそよそしくないかしら?」
ギクッ!?
その一言だけで、あの場面が鮮明に脳裏に蘇ってくる。
“お、おしっこ……”と志木の姿で、羞恥に耐えるように言われた、あの場面が――
「っっ!! やっぱり!! ――美桜さん、私が来るまで、何か話をしてなかったかしら!? バイトのこととか……」
追及の矛先が空木へと向いてしまう。
ビクッとした空木は一瞬だけ俺を見て、だがすかさず志木に対して首を振った。
「い、いや……お兄さんとバイトの話は全くしなかったけど――あっ、そうだ! スク水の話してた!! “織部さん”って人の水着の写真見てて……」
空木ぃぃぃぃ!?
“バイト”ってワードが何かマズそうだってレーダーが反応したんだよな!?
上手く俺のことフォローしようとしてくれたんだよな、ありがとう!!
でも織部の方が地雷っぽいんだよぉぉぉぉぉ!!
「っっ!!――」
――ほらぁぁぁ!!
志木さん、“キッ!!”って感じで睨んできたぁぁぁ!!
「……やっぱり、まだ前を向けないの? “織部柑奈さん”のこと、そんなに引きずってるの?」
「え? あっ、いや、違っ――」
空木のフォローから、二重の意味で話がおかしくなってる!
バイトはそもそも関係ない、俺の脳内連想ゲームのミスだし!
更に言えば織部も、よそよそしいって受け取られた態度とは全く無関係!!
引きずるとかそう言うんじゃないんですよ!!
写真だってそもそもアイツの暴走対策のために、逆井から送ってもらっただけ!!
立石はお互いケガするでしょ!?
だからっスよ!!
「――忘れないであげることは大事よ。でもね、囚われ続けないで!!」
だが否定しきる前に、ヒートアップしてきた志木の言葉に遮られてしまう。
あ、アカン!!
何故か“迷”探偵かおりんに追い詰められてる!?
「“スク水”ってことは、去年か、もしくは中学生くらいの織部さんの写真を見てたんでしょう? それはやっぱり“過去”に囚われてるのよ!」
志木がググっと迫ってくる。
俺に目を覚ましてくれと言わんばかりに腕をしがみ付き、訴えかけてくる。
いや、だからちゃうねん……。
何かこれじゃあ、俺が一方的に織部に片思いしたまま失踪された男みたいじゃねえか。
現実との乖離ががが……。
でも織部の存在を告げるわけにもいかねぇぇぇ。
俺は心の中で頭を抱えたくなった。
「“スク水”が何よ……貴方が、前を向いてくれるなら……それくらい、着て見せてあげるわよ……」
コテンと、頭を俺の胸にもたれさせ。
普段の志木ではありえないような小さな声で、そう告げられる。
うん、そう……全ては“スク水”が元凶なんですよ……。
「――んん、んん~? 隊長さん、カオリ? ……何か、あったのか?」
静まり返った所で、レイネがリビングへと入って来た。
半覚醒の状態なのか、眠そうに欠伸を噛み殺している。
上でもう既に寝ていたはずだが、どうやら起きてきたらしい。
いや、うん……俺も何があったのか聞きたい。
何もないはずなのに、何かあったような感じになってしまったんだ。
「えっと……悪かった。別に俺としてはそんな自覚は無かったんだが、そう見えてるんなら、これからは気を付ける」
志木は少し気まずそうにしながらも、顔を上げて一歩下がった。
「その、私も、少し感情的になり過ぎました。ごめんなさい。――ただ誤解しないで欲しいのは、“彼女”を想うことそのものは本当に悪いってことじゃなくて、あまり引っ張られ過ぎないように、ね?」
「ああ、分かった」
その忠告は完全に同意できるものなので、力強く頷くことができた。
織部に引っ張られ過ぎるのは良くないからな、うん。
「そう、良かった――」
ホッとしたように胸を撫でおろす。
志木の表情からは、ぎこちなさのような物が消えていた。
どうやら納得してくれたようだ。
「じゃあ、また――あっ、ライブのバイトの件、前向きに検討してくれると嬉しいです。その……スク水、も。何なら衣装室で着ます、から」
「お、おう……うっす」
いや、別にスク水はいいんだけど……。
それだけ言い残し、志木は家を後にした。
「ウチも隣に帰りますね……」
空木も、志木を追うようにして家を出る。
その際、多くは語らなかったが、とても申し訳なさそうに目で謝って来た。
うん……あれは、仕方がないさ。
空木は俺をフォローしようとしてくれただけだし、事故みたいなもんと思っといてくれ。
さてと――
「……隊長さん、“カンナ”絡みか?」
「うん……織部のこと、割と真剣にどうしよう」
「えっと……ですね」
「うん……ちゃんとどうするか考えた方がいい、かも」
流石のラティアとリヴィルも、ここは茶化さず。
マジのトーンで一緒に頭を抱えるのだった。
うーん……どうしてこうなってしまったんでしょうね。
かおりん、スク水着るってよ(白目)
もうね、私も何が何だかさっぱりです(遠い目)
さて。
私が先程確認した限りですが、ブックマークが10000件超えてました!!
遠い道のりでした……。
まさか自分がここまで来ることができるとは、感慨深いものがあります。
読者の皆さんの支えが無ければここまで続けることはできなかったと思います。
本当にありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!
――という話をしておきながら、すいません。
もしかしたら明日はお休みして、感想返しだけになるかもしれません。
まだ分かりませんが、そういうつもりでお願いします。




