262.お出かけ!!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「おぉ、おぉぉ~!!」
「こ~ら、ロトワ、はしゃぎ過ぎですよ。電車内では静かに、ね?」
「あっ、うん、ラティアちゃん! ロトワ、静かにするです! ……おぉぉ~」
ラティアに軽く窘められても、ロトワは車窓からの眺めに釘付けになっていた。
週末の朝、早目に出たこともあってそこまで乗客はいない。
ただ、ラティア達はその見た目から、嫌でも目立つことが多い。
そこん所は俺が周囲に気を配っとく必要があるだろう。
「……フフッ、ロトワ、子供みたいにはしゃいじゃって」
いや、ルオよ、君も人のこと言えないでしょうに。
「……クスッ。ロトワもルオも、ウキウキとしちゃってよ」
……いや、えっと、レイネさん、ツッコみ待ちですか?
ルオもレイネも、最初の頃はココ〇オドルでエンジョイしてたでしょうに。
「はぁぁ……ほんとブーメランが好きだな二人とも……」
「…………」
こ~ら、リヴィル、その物言いたげな視線はな~んだ?
言ってみ、今日は君のマスター、機嫌がいいから大体のことは許しちゃうぞ☆
「……マスターもだと思うけどな」
ゴラァァァ!
そういうことは思ってても言わないのが優しさなんだよ、分かったか!!
そうして心の中で理不尽に言い返していると、ゆっくりと電車は速度を落とし、駅に停車した。
乗り降りの客は少ないものの、それでもちょっとばかり緊張する。
隣でモゾモゾしながら興奮しているロトワをチラッと確認。
……うん、大丈夫。
耳も尻尾も全く目には映ってない。
まっ、映ってたら今頃はもっと奇異の目で見られてるか……。
「――もう、“とう”さん! 遅いよ!」
「ゴメンゴメン! いやぁ、早くに起きて電車に乗るなんて久しぶりでね……ふぅぅ」
ドアが閉まる直前、二人組が乗り込んできた。
20代くらいの若い男性、そしてルオくらいの年の少年だ。
「忙しいのは分かるけどさ、今日連れて行ってくれるって約束したのは“とう”さんなんだからね?」
「だから、ゴメンって……弱ったな」
親子?
……にしては年の差が無さすぎるような気もする。
というかどっちもイケメンだな……くそっ。
マスクしてても顔面偏差値が高ぇなおい。
「……?」
「いや、大丈夫、何でもない」
ロトワが首を傾げてこちらを見てきたので、首を振って答えておく。
それでロトワも納得したのか、前を向き、再びルンルン気分で足をブラブラさせていた。
それを確認し、俺はその二人組――年上の方の男性をチラッと視界に入れる。
どこかで見たことがあるような……ん?
ルオ、どうした、こっち見て。
「あっ……いや、ううん、ゴメン、何でもない」
ルオが何かに気付いたというように小さく声を上げるも、直ぐにそれを撤回して黙ってしまう。
……やっぱり俺達の知っている人、なのかな?
「ふぅぅ……もう夏だね、暑い暑い。冷房が効いてて助かるよ」
男性はマスクをちょっとだけ指先で摘み、引っ張る。
風を入れて涼むようにマスクを軽く前後させた。
……あっ。
「……ちょっと、“とう”さん、暑くてもマスクはしっかりしてよね?」
少年が小声で注意し、男性――藤冬夜さんもそれに従う。
そうか、“とう”さんって“冬”さんあるいは“藤さん”ってことね。
例えば俺が誰か親しい人に“ハルさん”って言われるようなもんか。
……いや、そもそもそんな呼び方してくれる親しい人なんていなかったわ、うん。
それはともかく。
何だ、納得。
少年は知らない相手だが、多分アイドルか事務所の後輩とか、そんなんだろう。
勿論、相手が変装した“Rays”のメンバーだと分かったからと言って、親し気に話しかけたりはしない。
というか、俺は普通の一般人Aだし。
モブにいきなり話しかけられても「は? 何コイツ」ってなるだけだろう。
俺も別に話しかけてまで取り上げたい話題があるわけでもないしな、うん。
「…………?」
また気になったのか、ロトワが笑顔のまま俺を見てくる。
そして俺がチラッと視線を向けていた方を確認した。
「はぁぁ、もう…………――っっ!!」
あっ、少年とロトワ、目が合った。
いや、そんな慌てて逸らさなくても、別にロトワ、君を責めてるとかじゃないよ?
「…………?」
目を逸らされ、不思議そうにしながらも少年を見続ける。
少年はもう見てないだろうと視線を戻し、だが。
まだロトワに見られていたと分かり。
「うわっ、ぁっ!!」
二度見ならぬ二度逸らしである。
少年の表情全部は見えないが、ちょっと顔が赤い所を見るに、これは……。
「……フフッ」
「……フフッ」
――今、藤さんと笑みが零れる瞬間がシンクロしたような気がした。
おそらく、彼も今の一連の流れを見ていたのだろう。
「ん? んんっ?」
当事者たるロトワだけが、何が起こっていたのか未だに理解できておらず。
でも、相手側であるロトワは、それでいいのだ。
ロトワは今、初めてのお出かけということでさぞかし輝くような笑顔を浮かべていたことだろう。
そしてそんな可愛らしさMaxロトワの純粋な笑顔を見て、思わず顔を赤らめ、逸らしてしまった。
……俺は今、幼い少年の、淡い恋心が芽生えた瞬間に立ち会ったのかもしれない。
――だが残念だったな少年!
ロトワの今の保護者的立場にいるのはこの俺だ!
どこの馬の骨とも分からん奴に、お義父さんと呼ばれる筋合いはないぞ!!
“おとうさん”と呼びたければ、隣にいる藤さんをいくらでも好きに呼ぶんだな!!
「……マスターがまた良く分からない考え事してそう」
「……ですね、ご主人様、そんなお顔をされてます」
……何でバレてんの?
……ってかコソコソ話しても聞こえてるよ?
電車内ってこととご主人様の心の傷に配慮して、もう少し声を抑えてね……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「わぁぁぁ!! これが“ほぉむせんたぁ”ですか、お館様っ!!」
ようやく最初の目的地に付いたところで。
しかしロトワの興奮は全く冷めないどころか、むしろまた一段階上がったようなはしゃぎ振りだった。
「“ホームセンター”な。この時間だとまだモールの専門店は開いてないだろうからさ。悪いが先に用事を済ませてからにさせてくれ」
「サラお姉さんたちへの物資だよね! えっと……ボクは何を探してくればいい!?」
ルオが率先して手を上げてくれる。
手伝い自体も楽しいのだろうが、純粋に大きなホームセンターを探検するようなワクワクした気分なのだろう。
「そうか、頼まれてくれるか。じゃあ……ロトワと一緒に、懐中電灯5つ、あんまり値が張らないのを探してきてくれ」
異世界でかなり重宝しているらしく、電池と共に、度々注文されるのだ。
織部は光の魔法を使う勇者なんだから、灯りの確保くらい何とかしろといつも思うのだが……。
「分かった!! ――行こっ、ロトワ!」
「うん!! ――ではお館様、行って参ります!!」
敬礼して挨拶するロトワを、ルオが引っ張って行った。
軽く手を振って送り出し、今度はレイネへ頼みごとをしておく。
「悪い、レイネも見たい物あるかもなんだが……二人のこと、それとなく見といてやってくれるか?」
レイネは皆まで言うなと言わんばかりに力強く頷き返してくれる。
「ああ、任せてくれよ! 流石に迷子にはならないだろうけど、精霊達にも頼んどくよ!」
「そか、助かるよ」
レイネも離れていき、後の必要な物も手分けすることにした。
「じゃあ俺は発電機見てくるから。飲食料とかの防災セット系は任せてもいいか?」
「はい。リヴィルがカートを押してくれるので、大丈夫です」
「ん。じゃあまた後で集合ってことで」
そこでラティアとリヴィルとも別れる。
一人になり、俺は淡々と自分の割り当て分を探しに向かった。
「ふぅぅ……まあこれでいいだろう」
太陽光で充電出来る機能までついているから、多分あっちでも大丈夫なはず。
これがダメなら、また別の奴探そう……。
それらしい物を見つけ、機能も見比べた結果、良さげな発電機を一つ手に取る。
こういうのも普段なら、通販で探して済ませる。
織部への転送物は飲食料を求められることも多く、端的にかさ張るからな……。
が、今日はあえてこうして、ホームセンターで揃えることにした。
「大丈夫……だよな、うん」
近くに貼ってあった、サービス内容が記載された紙に目を通す。
モールと併設されていることから、購入した商品を宅配で送ってくれるサービスがあるのだ。
その条件に目を通し、大丈夫だろうと確認する。
だから今回、車がなくても帰りの荷物を心配しなくていい。
それに……。
「――ご主人っ、懐中電灯、ちゃんと見つけたよ!」
「お役目、きちんと成し遂げて見せました! お館様のお役に立てたでしょうか!?」
「おお、凄い凄い、そうそうこれこれ、こういうので良いんだよ、ありがとう」
合流したルオとロトワが差し出してきた懐中電灯を受け取り、カゴに入れる。
お礼を言うと、二人とも嬉しそうに顔を綻ばせた。
ロトワに至ってはまた感極まってプルプル震え出しそうだし……お前は忠犬か。
「……オッス、レイネも、お疲れさん」
「……ああ、無事、何ともなかったよ」
多くは語らない。
二人を陰から見守っていたというのは、お使いを終えた二人に告げるのは無粋だろうからな。
後でジュースでもおごって労ってやろう。
「――あっ、皆もう集まってましたね」
「私達が最後だったみたい」
それからしばらくして、ラティアとリヴィルも集合場所にやって来た。
これで、必要な物資は揃ったことになる。
「あのね! ロトワも凄いんだよ! 初めてなのにちゃんと何所に何があるか、結構覚えててさ!」
「へぇぇ……凄いですね。ルオもロトワも、よく頑張りました」
「え、えへへ……ロトワ、嬉しいです!」
レジに向かう途中、それぞれの話を共有し合っている。
「ふーん……レイネは迷子にならなかったんだ」
「ならねえよ!? ったく……リヴィルこそ、ラティアと一緒だったから迷わなかっただけじゃねえのか?」
「……フフッ」
「鼻で笑うなよ!?」
ダンジョン攻略とは関係ない、ただの日常の一コマだが。
それでも、何か一つの目標に向けて皆で協力して達成するってのは、大事なことだと思った。
こういう何気ない小さな積み重ねが、皆の絆を深めたり。
あるいは大事な思い出の一つとして残ってくれれば、嬉しい。
柄になくそんな真面目っぽいことを考えながらも、俺は――
「……うん、軽く5万は超えるな」
戦力として20を超える諭吉さんを財布に装備してきたが、それでもダメージは少なくない。
志木と皇さんに、またダンジョン紹介してもらわないと……。
そんな日常の悩みについて、頭を悩ませていたのだった。
お出かけ回は後1話で、多分その次に合同ダンジョン攻略に移ると思います。
織部さんはですんで、またしばらくお休みです。
……お休みったらお休みなんです!!(必死)




