258.一気に行こう!!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「≪闇よ、刃となりて、揺れ刻め――≫」
ラティアの澄んだ声が、ダンジョン内に響き渡る。
「Kikiki---」
「Kiii!!」
その詠唱を何とか阻もうと、大型犬程の大きさがあるアリが続々と方向を変えようとする。
が、そうはさせないと敵意を一気に引き寄せた。
「オラオラ、アリども、どうしたどうした! こっちだこっち!!」
目と鼻の先に、自分達の命を刈り取る鎌を研ぐ存在がいるのに。
アリ達はまるでとても強力な磁力によって吸い寄せられるかのように、俺の下へと群がって来た。
「お、お兄さんっ! 大丈夫ですか!? っっ!!」
空木が堪らずといった感じで弓を引き、矢を飛ばす。
ようやく小粒ではあるものの、ダメージらしいダメージを与え始めたが、20を超すアリの群れには無いも等しい。
でも、その心遣いは嬉しかった。
「大丈夫だっ!! 後はもう――」
全部片付いてる――そう言い終わる前に。
「――【シャドウ・ペンデュラム】!!」
ラティアの詠唱が完成した。
この世の光全てを飲み込むのではと言うくらいの闇が噴出し、ドス黒い大鎌を形作る。
一振り、二振りして、辺りを埋め尽くしていた大アリの姿がほぼ消える。
そして三振り目で、見える範囲のモンスターは全て鎌にその存在を粉々にされたのだった。
「ふぅぅ……これで後はリヴィル達だが――」
「――マスター、終わったの? こっちも今潰して来た所」
「……相変わらず、ラティアさんの魔法は凄いわね……」
丁度、1班・3班とは別行動を取っていた2班の面々が戻って来た。
特にケガをした様子もなく、どうやら上手くいったようだ。
〈Congratulations!!――ダンジョンLv.17を攻略しました!!〉
〈Congratulations!!――“ダンジョン間戦争 攻略戦”に勝利しました!! ――当該ダンジョンを総代表“ハルト・ニイミ”の直轄へと組み込みます〉
攻略を告げる音声も聞こえ、2つ目が無事終了したんだと分かった。
「それで? レイネとロトワは? 二人は一緒じゃないのか?」
帰って来たばかりの志木やリヴィルに尋ねる。
二人の後ろを覗くようにしても、その姿は見えなかった。
「ああ、二人なら……」
リヴィルにしては珍しく、言い辛そうにポリポリと頬を掻いてダンジョン奥を指差した。
もう既に攻略して危険もないことから、一人で確認しに行ってみる。
2分も進まないうちに、二人の姿が見えてきた。
そこはダンジョン最奥の一歩手前。
地面に、大きな蟻地獄が出来ていた。
そう、リヴィル達はここから無限湧きするアリどもを止めるために別行動をとっていたのだ。
「えっと……何してんだ?」
ダンジョン攻略がなされ。
もうアリが湧いてこないところを見るに、その役目はちゃんと果たしてくれた。
ただ斥候として先導役を引き受けたレイネ、そしてロトワは何をしているのか……。
「ああ、ははっ! ったくよう! こんな所に隠れてないでさ、あたし達ん所に来いよ!」
『……ぶるぶる。いじめない? 人、精霊、いじめない?』
「ああいじめないって。もう……ま、そんなところも可愛いんだけどな」
ああ……精霊がいたのか。
レイネはシャボン玉みたく宙を浮く、大きな水の塊と話していた。
そうか、最近は攻略したダンジョンでもハズレが多かったからな。
久しぶりにダンジョン内ではぐれ精霊を見つけられて、レイネもテンションが上がってんだろう。
「とにかく、あたしに力を貸してくれるかどうかは後で考えてくれていい。ここを脱出するだけでいいからさ」
『……ぶるぶる。いじめない? 脱出とか言って、実は置いてけぼりにしたりしない? 密かにお家に帰ってたりしない?』
……分かりみが深い懸念を持ってるな、あの精霊。
精霊間のかくれんぼで、俺と同じようなことされた過去でも持ってるのだろうか……。
そうしてレイネが精霊とのコミュニケーションを図る一方。
ロトワは――
「レ、レイネちゃん、とうとうおかしくなっちゃったです……! お館様に、ど、どうお知らせすれば!?」
岩陰に隠れ、客観的に見たレイネの奇行に震えていた。
あっれぇぇ~!?
レイネが精霊としゃべれるって話、伝えてたはずなんだけどな!?
……ああでもそうか、実際に精霊としゃべってる場面を指して“これが、精霊としゃべってるってことだよ”とまでは言ってやってない。
つまり、ロトワには今、レイネが一人エア友達のトモちゃんと話していると言ったら、そっちの方がしっくり来てしまうという認識なのか!
「レイネちゃん……自分で“しっかり者”ってよく言ってたですし……一人で沢山抱え込んで、遂にああなってしまって! ロトワ、ロトワ一生の不覚!」
“ああなってしまって!”とか言ってやんな。
精霊が見える俺にまで何か刺さってくるだろ!
「ロトワ、違うから、あれは前に説明したように精霊と会話してるだけだから……」
その後、拠点に戻るまで説明を繰り返し。
リヴィルやラティアの助力を得てようやくロトワの認識のズレを正せたのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「……じゃあ3つ目に行くけど、さっき言った通り。逆井と志木は交代で入ってくれればいいから」
1つ目のダンジョンは3班体制でローテーションを組んだ。
それで大分余裕が出来たので、2つ目は一気に進むべくラティアの魔法を中心に据えた。
モンスターが大型アリという集団行動を主とする奴らだったので、その相性もあってラティアの魔法が上手くハマり。
こちらのダメージは殆どない。
……その分俺はかなり体張ってタンクしてたけどね。
ただ流石に5発も魔力による大砲を撃ったので、ラティアの疲労は考慮して、3つ目は2班に分けた。
「ん、分かった! じゃ、アタシらの内休んでる方はロトワちゃんと一緒に護衛ってことでいいんだよね?」
最初に下がる方になった逆井が、空木とラティアを振り返ってからそう確認する。
「そうそう。――ルオ、準備は良いか?」
「ああ、任せてくれ!」
ルオは今日の殆どをシルレで過ごしていた。
これからの3つ目も、俺と2人態勢で前衛のタンクをする。
俺達の方は、これからは休憩は無い。
その分、戦えるメンツは1班に集めた。
さぁ、行くか!
「……オーク、だね」
「……オーク、だな」
「……オーク、だよな」
誰が見てもオークだった。
5階層と今まででは一番深いダンジョン。
にも関わらず、この最深部に到達するまで戦闘は一度として行われなかった。
あんなに気合い入れて班の構成まで色々いじったのに……。
そしてこの台座前へと着いて、ようやく出てきたモンスターが……。
「PIGAAAAーー!!」
「うっわ、メッチャ興奮してるよあの豚チン!!」
おい逆井、だから変なあだ名付けんのやめろって!!
2mを優に超える体してるから“豚ちゃん”と言われても、それはそれでしっくりこなかったかもしれないが、“豚チン”はダメだ。
特に“チン”は女の子が軽々しく連呼していい単語じゃない。
お前、そんなんだからビッチとか言われたり、“世のお父さん方が息子共々お世話になってますランキング”だっけか?
それにランクインすんだよ……。
「実質……あれがこのダンジョンの全戦力なんだろうね」
「でしょうね……総力としては今までの2つと変わらないのかしら?」
オークがピンク色の体を真っ赤にして興奮している真ん前で。
リヴィルと志木が至って冷静に状況を分析していた。
「もしかしたら……このダンジョン自体は既に打ち捨てられていたものだったのかもしれません。それをはぐれのモンスターが勝手に自身の巣に、というのも聞く話です」
へぇぇ。
ラティアの話を聞きながら納得する。
確かに……このオークは明らかに個としての能力は大ネズミやアリ達より2つも3つも格上のように感じた。
ただここは別にいつものボスの間、というわけでもなく普通にダンジョン内にあるただの通路だ。
こういう感じのもあるのか……。
「……お兄さん、あれ、大丈夫なんですか? 滅茶苦茶に興奮してますよ? しかもあれ、完全に性的な目でウチらを見てますし……」
空木の言うように、赤オークの目は完全に血走り。
特に近い位置にいるシルレ――ルオやリヴィルを見ては鼻息を荒くしていた。
「……まあ倒せなくもない、はず」
俺一人でも脅威とまでは感じてないことからすると、このメンバーならそこまで苦労することなく倒せるはずだ。
「ならもう良いよな? 早速行くぜ――」
レイネ?
えっ、あっ、おい――
確認する間もなく、レイネが仕掛けた。
瞬く間に黒い水になるように、その体がドロッと溶ける。
既にあの赤いオークの背後に闇の精霊を待機させていたらしい。
場所の入れ替わりを殆ど終えていた。
「っっ!! 行くぞっ――」
「ああっ!!」
すぐさま意図を理解した俺とルオも飛び出す。
オークの意識を出来るだけ前に集中させるために打って出たのだ。
「PIGIAAAAA!!」
物凄い声を張り上げながら、獲物の接近を喜ぶ。
外見も大層優れているシルレ――の姿をしたルオを、オークは一目で気に入ったようだ。
振り上げられた拳を見て、【敵意喚起】を発動。
意識がこちらに向いた瞬間、横から風が吹き抜けた。
「フンッ!!」
「やぁっ!!」
志木と逆井だ。
状況を的確に判断し、二人で攻めに加わってくれた。
剣で無防備な左腕が切りつけられると、その追い打ちとばかりに逆井の槍が突き刺さる。
「GIIIIIAAA!?」
「鈍臭い奴め――」
ルオにはあまり似つかわしくない言葉を吐きながら、シルレの得意とする長剣にて右腕を叩き切る。
俺へと振り下ろす前に、肘から先が一刀両断された。
すっげぇ一撃……。
「――っらあ!!」
俺も負けずに、下からアッパーを食らわす。
何が起こっているのか理解が追い付いていないその顎に、的確にヒットした。
「PIGI――」
「――【不意打ち】っ!!」
俺達が今まで全ての注意を引きつけた結果。
スキル名通り、完全にオークの不意を突いた。
双剣は眩い程の光を帯びる。
その輝きが最高潮に達した時、レイネはそれを力一杯にガラ空きの背中へと叩きつけた。
「らぁぁぁあ!!」
「PGGG――」
コチラに巨体が大きく飛んでくる。
「っと!?――」
それを上手くかわし。
飛んでいく方へと視線を向ける。
その先には――
「――これで、終わりッ!!」
リヴィルが待ち構えていた。
その右手に、今日一番の密度の“導力”を纏わせて。
もう、レイネの一撃で避ける気力も残っていない。
リヴィルは頭から突っ込んで来たオークに、導力で満ちた正拳突きを食らわせた。
スイカが叩き潰されたみたいな音と共に、オークの頭から胴体までが一気にへこんだ。
真正面からダンプカーにでも衝突されたみたいに、とても大きな衝撃が加わる様子が綺麗に目に入った。
「……ふぅぅ」
クリティカルな一撃を見舞った余韻を吐き出すように。
リヴィルはゆっくりと呼吸する。
勿論、これで勝負アリだった。
〈Congratulations!!――ダンジョンLv.9を攻略しました!!〉
〈Congratulations!!――“ダンジョン間戦争 攻略戦”に勝利しました!! ――当該ダンジョンを総代表“ハルト・ニイミ”の直轄へと組み込みます〉
今までより確かに強い個体ではあったものの、それでも1体だけ。
俺達は1つ目2つ目とは違い、無傷で3つ目を攻略したのだった。
とても駆け足になりましたが、何とか終わらせました……。
実際にロトワの見た目をどう解決するかはまた次話になります。
本来ならもう少し丁寧に書こうかと思っていた部分ですが、諸事情により必要最低限のことだけは何とか書いて、後は泣く泣く省いて……。
勿論、話数がかさむのを避けたかったというのもあるのですが、更新自体の予定がちょっとキツくて……。
すいません、1週間程、更新をお休みします。
以前より申してましたが、この1週間が山場となりそうなんです。
緊急事態宣言が出て、予定が延期になるみたいなことでもない限りは、朝から晩までそのことを考え通しの日が続くことに。
ですので、何とかキリの良い所までは終わらせたかったという事情がありました。
最近感想の返しが滞りがちなのも、その準備に追われる時間が増えたためでして……すいません。
日曜日には終わると思いますので、多分日曜に更新できると思います。
申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。




