252.織部は、やる時はやる奴だって信じてたから……。
ふぅぅ。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「だ、大丈夫でしょかお館様……タルラちゃん、すっごく強いんです! ブレイブ殿、御怪我をするかもですよ……」
膝上に座ったロトワが心配そうにコチラを振り向く。
モゾモゾと体が動くと、モフモフしている尻尾も連動しているのか。
さわさわと俺のお腹をぎこちなく撫でる。
……服の上からでも、ちょっとこそばゆく感じるな。
「ブレイブ……間違えた。――織部も、伊達にSランク冒険者にまでなってない。だから、まあしばらく様子を見てようぜ。なあレイネ?」
“ブレイブ殿”ってなんだ……とどうでもいいことを考えながらも、レイネに振ってみる。
「ああ、戦場に長いこといたからな、あたしは分かる。カンナは強ぇよ?」
レイネの短いながらも実感の籠った一言。
「…………」
ロトワはしばらく無言で、レイネを見た。
そして一つ頷き、何かを返すこともなく前を向く。
一応納得はしてくれたようだ。
……さぁ、織部、気合入れろよ!
『――いいですね? 負けた方が勝った方の言うことを何でも一つだけ聞くこと』
DD――ダンジョンディスプレイの画面から、いつになく真剣な織部の声が届く。
『笑止。タルラ、強い。加えてオリヴェア、が持ってきてくれた、術剣がある――負ける、要素がない』
それに対するはタルラだ。
地に突き立てた巨大な剣も目を惹くが、驚くべきはもう一つの武器だった。
見た目何の変哲もない、綺麗な片刃のブレードを、タルラが掲げる。
すると――
「うわっ!? えっ、タルラが増えた!?」
「増えた……というか、剣そのものがタルラに変化した、って感じか?」
まるでルオの【影重】を見ている気分だ。
椎名さんとルオが同じ場所に同時にいて、ルオが椎名さんを再現したように。
タルラの片手剣は光を帯びたかと思うと、一瞬にしてその姿をタルラソックリに変化させた。
無機物から人へと変化したことにも驚きだが、そのブレードタルラは無口ながらも人と遜色ない動きをするのだ。
『あれが、タルラ様が副官を置かずとも領地経営を上手くこなせている理由……タルラ様本人がそうおっしゃってました』
織部のDDを持ってくれているサラが、観覧する俺達にそう補足してくれる。
レイネの妹さんは今、ロトワの件が片付いたので先に領地へと帰っていた。
短期で空ける場合を除いて、基本的には五剣姫自身か、もしくは信頼できる副官が領地経営を行う。
タルラは正に自分の分身を置いていたから、安心して領地を任せられたというわけか。
『……ふっ、一人が二人に増えたところで、どうってことないですよ。さぁ、私の胸を大きく借りるつもりで、ドンとぶつかってきてください!!』
……その勝利を確信している頼もしさは有難いんだが、“胸”の表現、いる?
言ってて自分で悲しくならないのかな、借りられる程ないだろうって……。
いや、これ以上は言うまい。
タルラのためにも、織部には勝ってもらわねば!!
今回の二人の模擬試合。
連絡を取った時に丁度、織部がタルラへと吹っ掛けていたのだ。
しかし、俺達はロトワも含め、織部を応援していた。
タルラがもっと、人らしい人生を送るために。
もっと、自分に自信を持てるようになるために。
そんな想いが込められた試合だったからだ。
『では立ち合い人は私と、カズサ、そしてオリヴェアの3人が務める。勝敗の判断は公正に行う。いいな?』
二人の間の丁度真ん中付近に立ったシルレが確認する。
『では――始めっ!!』
それに織部とタルラが頷いたのを見て、シルレが試合の開始を告げたのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「……す、凄いです。本気のタルラちゃんが、ここまで圧倒されるなんて……」
「強い、とは思ってたが……ハッキリ言って想像以上だぞ、カンナ……」
二人が呆然とするように画面内の勝負の行方を見守っていた。
ただ、ロトワとレイネがこう表現しているように、ほぼ決着はついていた。
シルレが開始を告げてから、未だ3分と経っていない。
それ程までに、一方的な展開だった。
『――っっ!! まだ! タルラ、負け、てないっ!!』
本物のタルラは息絶え絶えになりながらも、織部へと向かっていく。
片方――奇術剣で生み出した分身は既に機能せず、地面に打ち捨てられていた。
自分の背丈程もある大剣を振りかざし、織部へと叩きつける。
『――【五重光盾】!!』
織部は片手を突き出す。
無詠唱で、光の魔法陣が幾重にも展開された。
自慢の力から生み出される、純粋な攻撃力による一撃は一層、二層と防御壁を叩き割っていく。
だが――
『ぎっ!! っっぁぁぁあああ!!』
『――ふぅ、後2枚追加しておきますかね』
三枚目のシールドを破るか破らないかで拮抗していた所。
織部は何でもないかのように、また新たなシールドを展開。
タルラはそれを見て絶望したような表情を浮かべる。
当然だ。
50km走で20kmを何とかかんとか走り切ったと思ったら、理不尽にも“はいじゃあ後20km追加ね~”と言われたようなもの。
最初の全力を払った頑張りが無に帰したと思ってしまっても無理ないだろう。
「……タルラちゃん」
ロトワは自身の右手を左手で包み込み、ギュッと握りしめる。
タルラが今回、織部に負けることを祈っているものの、でも。
本当にいいのだろうか、このままでも大丈夫なのだろうかと不安そうに顔を俯かせた。
「――大丈夫だ、ロトワ」
「……お館様」
画面から目は逸らさず。
ただ安心させるようにロトワの頭を撫でてやった。
「織部は普段はまあ色々と手の付けられない奴だが、それでも。やる時はやる。だから、しっかりとこの光景を見といてやって欲しい」
「…………はい」
もう目を逸らさないと言った風に、ロトワは画面を食い入るように見つめる。
尻尾も気持ちを代弁するようにブンブン振り回されるくらいに動いていた。
……あっ、ちょ、当たってる、股間にバシバシ当たってるから!
短パンに空けた穴から覗く、尻尾の付け根を掴んで止めてやろうかと考えたが、思いとどまる。
『――【光鎖】!!』
どうやら決着が近いようだ。
織部が技名を叫ぶと同時に、タルラの周囲に幾つもの魔法陣が展開される。
上空のみならず、地面からも無数に光の円が出現。
そこから魔力でできた鎖が飛び出してくる。
『っっ!! んっ、んぁ!! くっ!!』
タルラの四肢に何重にも絡みつき、その身動きを封じる。
両腕は空に吊るされ、足も大きく広げられるようにして鎖に拘束されていた。
「……決着、だな」
レイネの言う通り、俺もこれで勝負ありだと思う。
ただ……決着、なのはいいんだけど。
……なーんか、技の見えない部分にちょくちょく、織部の思想というか、嗜好というか、出てない?
縛り方一つとっても、何か拘りを感じた気がした。
『……これで私の勝ち。――で、いいんですよね?』
殆ど使わなかった自分の長剣をわざわざ抜いて、身動きが取れないタルラの喉元へと突き付ける。
そしてシルレを振り返って確認した。
『ああ――この勝負、カンナの勝利だ!』
シルレの宣言に、地球側も異世界側も、一気に緊張が解けたのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
『敗北……手も足、も出ずに、負けた』
光の鎖の拘束から解放されたタルラは、悔しそうに地面を叩いた。
その姿に思うところはあるものの、今は口を挟まない。
一方で、おおよその問題は解決しただろうとホッと一息つく。
明後日、ロトワのためにダンジョン間戦争を仕掛けることを報告しようとして、しかしこれがあってできなかった。
問題が問題だから、そこは仕方ない。
後はもう俺達が何もしなくても大丈夫だろう。
『……タルラ、顔を上げてください』
近づいた織部はわざわざ膝をついて、タルラの肩に手を当てる。
言われた通り顔を上げたタルラに、優しく語りかけたのだった。
『これで分かったでしょう? あなたは確かに強い。私が戦った中でもトップクラスに強かった。――ですが、“化け物”なんかでは、決してないです』
「ブレイブ、殿……!」
今の一言だけで、既にロトワの涙腺は決壊寸前のようだ。
自分の一番大事な親友が、家族が。
自身の力の強さ故に苦しんでいた。
それを、そんなことはない、苦しむ必要はないんだと言ってくれた、示してくれたのだ。
『本当の“化け物”――いわゆるチートっていうのは、私みたいな者を指すんですよ。どうです、ブレイブカンナ、出鱈目に強かったでしょ?』
『……肯定。タルラが、出会った中、で。一番強かった。カンナ、強い。ブレイブ、凄い』
ふぅぅ。
これで本当に一件落着、かな。
救出するためとはいえ、ロトワと現実に触れ合える機会を奪ってしまっている身としては。
タルラがロトワだけでなく、織部との関係からも人としての自己肯定感を高めてくれるようになれば、それはとても嬉しい。
織部……やっぱりやる時はやる奴なんだな。
『――では! タルラ、約束通り! 勝者として一つ、敗者に命令をしたいと思います!!』
そうして胸中で織部のことをちょっと見直していた時だった。
織部はサラを呼んで、自分の荷物を持ってきてもらう。
そのためDDの画面が一旦固定され、あちらがどうなっているかが視覚からは分からなくなってしまう。
ただ音声はそのままなので、何やら不穏な気配を感じ始める。
「……何かコスプレでもさせるのかな?」
「えと、ロトワ的にはとても温情ある命令に聞こえましたです! ブレイブ殿、無茶な要求だってできたはずなのに、指定する衣装に着替えるだけでいいって!!」
レイネやロトワの言葉を耳にしながらも、ムクムクと不安の雲は胸の中で膨張していく。
だ、大丈夫、だよな?
織部、やる時はやる奴だし……。
――っと。
サラが戻って来たらしい。
DDを再び持ち上げてくれる。
……が、サラの反応が無い。
不安ポイントが一気に増大した。
『――ん。羞恥……。少し、恥ずかしい』
「な――」
「うひゃぁ!?」
「んあっ!?」
画面に映った光景を見て、俺達は驚きの声を上げる。
ロトワとレイネは更にそれに加え、あまりの衝撃に手で目を覆い隠していた。
……いや、しっかりと指の隙間から覗いてるけども。
ロトワ、レイネのムッツリスケベ移ってるぞ?
『そうです! その“恥ずかしい”という気持ち、大事ですよ~!! これからもどんどんこういう体験をしていきましょう! 大丈夫、私の言う通りにすればドンドン新しい感情が芽生えていきますからね!?』
織部はそのように言いながらも、自分と同じ格好をするタルラの肩を優しく叩いたのだった。
――そう、V字の水着を見に纏ったタルラの肩を、だ。
下半身の一番大事な部分からV字に伸びた生地は、胸の絶対隠さないといけない部分だけを隠し。
そうして一直線に両肩を回って、お尻の部分に。
そんな際どい水着を、ペアルックで着用しているのだ。
「――お前何やってんの!?」
堪らず立ち上がってツッコんだ。
膝上に座っていたロトワをゆっくり右に退かしながらも、織部への追及の手は止めない。
「お前な! 変態は一人の時だけにしろ!! 折角やる時はやる奴だと思ったのに、やることやってんじゃねえよ!?」
『な!? 人聞きの悪い! まだ全然、何もしてませんよ! これは歴とした戦闘着ですよ、ほらっ、肌の露出だって、腕や脚はちゃんと抑えています!!』
織部は自身の腕、そしてタルラの脚を指差しながら抗弁してくる。
確かに二人は腕に防具としての籠手、そして脚にはブーツを着用していた。
しかし問題はそこじゃない!!
「胴体っ!! 一番隠さないといけない部分の肌の露出!! お前の常識観念どうなってんの!? ってかそんなの俺送ったっけ!?」
見たところ、あの水着と呼べるのかどうかすら怪しいV字の生地は地球産……だと思う。
『フッフッフ……新海君、私が頼んだ物を、そのまま送ってくれるのは嬉しいです。ですが!! 私がえっちぃ衣装を頼んでもまたいつものことだと流れ作業で送っていましたね!!』
「くっ!!」
いや何で俺が押されてるみたいになってんだよ。
まあ確かに、“ああまた異世界ではっちゃけたいのかな……”と思った時、今までもあったよ!?
掃除の時にエロ本を見つけた母親並みの心の広さで、見て見ぬフリしたのが何回もあったけども!!
まあ、ということは、俺が頼まれて、適当に通販でポチポチして入手したのを送っちゃったのかな……。
『さぁ!! タルラ、折角着たんです、新海君やロトワちゃんに見せましょう!! 誰か親しい人に見せてみるのも新たな感情獲得の第一歩ですよ!!』
『っっ!! 拒否!! 恥ず、かしい! ハルト兄、ロトワ……こんな姿のタルラ、を、見ないで』
背中を押されるようにしてタルラは画面前まで来て。
本当に恥ずかしがるようにその細く可憐な腕で精一杯、自分のお腹や胸の肌を隠していたのだった。
『ん~~~!! グーですグー! ベリーグッドですよ!! 凄く良いです、なんだか私に通ずるものを持ってる感じがしてきましたよ!!』
『…………』
なるほど、織部はある意味本当にやる時はやる奴で間違ってなかったんだな……。
騒ぎ出した織部を横目に、サラが一切の言葉を発しなくなった意味を悟った気がしたのだった。
織部さんは、いつもちゃんとやる時はやる人なんですよ……(白目)




