16.ふぅ。じゃあ、ダンジョン攻略を再開しますか!!
ゴブリンが跡形もなく消えたことを確認し。
「――あの……“陽翔”様」
一息ついていると、いつの間にか皇さんが、すぐ傍に来ていた。
何故か下の名前で、しかも“様呼び”されている。
――ってか!?
「え゛、どうしたの!? 何で泣いて――うゎっ!!」
目から零れた涙を拭おうともせず。
皇さんは俺に飛び込んで来ると、声を押し殺したようにして泣いた。
「怖っ、かったです、私、何も、できなくて、あの子も、私も、ダメになるんじゃ、ないかって――」
な、何で俺に!?
怖かったのは分かった。
そりゃいきなりゴブリンと実戦だし、あの女の子を助けようとしたけど、上手くいかなかったんだったら。
それに講習を受けたと言っても、まだ中学2年の女の子だ。
それは分かる。
でもなんで俺!?
さっき会ったばっかだよ!?
「御姉様が、ラティア様が、陽翔様が、来て下さらなければ、私、私――」
そこに、君が信頼している御姉様――志木がいるよ!?
一応「そうかそうか、怖かったね、辛かったね」と痛む腕を無視して撫でながらも。
そう思って、志木の方へと視線を向ける。
「…………」
丁度、志木もこちらを見ていた。
地面に膝をついて、気を失ってしまった女生徒の頭をそこに乗せている。
彼女の視線はこう言っている。
“今私も動けないから、あなたが慰めなさい”と。
チッ!!
腹黒かおりんめ!!
実は泣いている女の子を慰める自信がないんだろう!!
「――…………」
――ギロリッ
ヒェッ!?
怖い!!
な、な~んて!!
うそうそ!!
全部俺自身のことを言ってたんスよ!!
俺みたいなボッチに泣いている女の子をカッコよく慰めるスキルなんてないッスから!!
嫌だな~、そんな志木さんのこと言ってるわけないじゃないッスか!!
「…………」
……ふぅぅ。
ヤベぇよ……あの子直感と視線鋭すぎだろ。
使用人とか後輩に“ナイフ”とか“キレるカミソリ”みたいなあだ名つけられてるぞ、絶対。
それじゃあラティアは――
「…………フフッ」
ああ!!
慈しみの目!!
あれはご主人様がお優しい一面を発揮されてるから邪魔せずそっと見守ろう――的なことを考えてる目!!
うぅぅ。
優しい子だからね、ラティアは。
仕方ない。
「俺は、ただ、ゴブリンに囲まれて、いいようにされてただけだけど――」
「――そんなこと、ありません!!」
クワッッと顔を上げる皇さん。
うわっ、ビックリした!?
そしてあんなに泣いていたのに、強引に俺の腕を取る。
あっ、イタっ。
「陽翔様は、私達のために、自らの危険を顧みず、敵の注意を一身に、引き受けられて――」
「あ、いや、えっと――」
まあ多少薬草効果で、頑丈になってるから。
その俺に攻撃集中させた方がいいかなって、純粋に思っただけなんだけど。
それに最後は全部ラティア頼りだからね。
ラティアは「ご主人様がダメージを受けるまで詠唱が長引いてる時点で、まだまだです」っていつも不服そうだが。
俺が腕を痛めていることを感じ取ってか、そっと両手で俺の右手を包み込む。
「――私と違って、本当に、勇気をお持ちで、とても、その、素敵、でした」
そう告げた、皇さんの頬は薄っすら桜色に染まっており。
その頬を伝っていた涙は、既に止まっていた。
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「律氷も勿論そうだけど――私も、あなた達にはとても感謝してます」
俺が貸したリュックを女の子の頭の下に敷いて。
志木は立ち上がって、そう言った。
「…………そうか」
「ありがとう、大切な学園の生徒を、そして律氷を助けてくれて」
スッと頭を下げるその動作はとても綺麗で。
礼儀作法がその身に染み付いているのだろうことがわかった。
「――私も、正直悔しいわ」
志木は頭を上げた後、表情を歪める。
そして、今は欠片すら残っていない、ゴブリン達がいた空間へと視線を向けた。
「幼い頃から、色んなことを躾けられてきた。会社の経営も幾つも経験してる――」
俺に聞かせるというよりは。
自分が今どういう気持ちを抱いて、どう感じたのか。
それを忘れないため、自分に刻み込むために口にしている、そんな風に思えた。
……ってか同い年なのに、会社の経営も既にやってるとか。
どんだけハイスペックなんだよ。
「政界の相手でも上手く腹の探り合いをこなしてきた。何かあっても対処できると思ってた――それがさっきのあの様よ」
もう、完全に地が出ている。
腹黒志木さんのご登場。
やはり、俺に聞かせることを主としているわけではないんだろう。
今はラティアに心を許して慰めてもらっている皇さんの方に、スッと視線を移す。
「私は迷った。どう動くべきか。どうすれば一度に二人を助けられるのか――そのせいで、二人とも失うことだって、あり得たわ」
そして、視線を俺に戻した。
「――少し、あなたに嫉妬した。あそこで、迷わず動けたあなたに。そして尊敬もした。私ができないことをできるあなたに」
いやいや!!
全く誇れる部分なんてなかったから!!
ただ意味の分からないセリフ叫んで。
ゴブリンに集合かけて。
それで殴り殴られしただけだから!!
その証拠に、まだ両腕ジンジンして痛むし。
後で薬草ムシャらないと。
「いや……俺は、本当に――」
「――ただ!!」
志木は指をピンっと立て。
俺にジトっとした目を向ける。
「あなた、いつもあんな無茶してるの? 毎回それだと体が幾つあっても足りないんじゃないの?」
そして視線は俺が後ろへ隠している腕に。
「いや? そんなことないにょ?」
噛んだ。
「…………」
「…………」
やめて!!
無言で!!
そんな目で!!
俺を見ないでくれ!!
「――はぁぁぁぁ。私も気を付けないと……あなたに、泣かされそうな女性が今後増えないことを祈るわ」
そうして溜息をついた後。
皇さんとラティアの方をチラッと見る志木。
何のことや。
「――それで、勿論、あなた達のことは黙ってるけど、ダンジョンの攻略は任せてもいいのね?」
安心しきって眠っている少女を背負い。
志木は俺に確認した。
「ああ、それは任せてくれていい」
あの後。
俺たちは今後どう動くか、動くべきかを簡単に話しあった。
俺とラティアはできる限り目立ちたくない。
志木は特に、ダンジョンを身内だけで攻略したという実績が欲しい。
そして俺たちに対して少なからぬ恩も感じてくれているらしい。
なので、攻略自体は俺たちがする。
その後は志木達が攻略したと公表しようと、秘密のままにしておこうと、好きにしてくれていいというもの。
そして、今後は協力関係を築いていくということも含まれた。
「――あ、あの、お電話、お待ちしております!! 一日千秋の、思いで!!」
俺が3つずつ渡した薬草とポーションを胸に抱いて。
皇さんは前のめり気味になって、そう言った。
協力関係について、とりわけ強く主張したのは意外にも皇さんなのだ。
そして俺との連絡係は主に自分が受け持つ、と。
この学園はお嬢様学校らしく、携帯の持ち込みが基本的に禁止で、家族などからでないと電話を繋いでくれない。
寮生活に戻った皇さんは、しかし。
「家の者に、伝えておきます!! 陽翔様の、こと!!」
少し拙いながらも、並々ならぬ思いを何とか言葉にしようという気持ちは伝わって来た。
……やっぱり皇さんにも意外な一面があったか。
あんなに大人しそうなのに、こんなにも前のめりになるとは。
俺と話したいから――は流石に無いだろうな。
俺、というよりは誰かと話せることが重要なんじゃないだろうか。
やっぱりあれか。
寮生活だと電話できるってこと自体が娯楽の一つみたいになるんじゃないかな。
「ああ、じゃあとりあえず、これで」
背中の少女の様態も気になる。
なので早めに話は切り上げて、先に出ることを促した。
志木と皇さんはもう一度だけ俺たちに礼を言うと、歩いてダンジョンを脱出した。
「――さて、ラティア、俺たちも行くか」
「はい!! ご主人様!!」
俺たちは二人で、またダンジョン攻略を再開した。
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「――【シャドウ・ペンデュラム】!!」
ラティアの魔法によって、階段前を陣取っていたゴブリン4体を一掃する。
俺の感覚で、更に強かったアーマーアントすら一切の抵抗が許されなかったのだ。
ゴブリン4体でも、敵ではなかった。
「ふぅぅ――ご無事ですか、ご主人様!?」
魔法後の硬直から解放されると、直ぐに俺の心配をしてくれる。
「いや、ラティアこそ。これで5発、か」
一番最初の戦闘も合わせると。
ラティアはこれまで5回、魔法を使っていた。
つまり、最初を除くと、4回、ゴブリン達と接敵したわけだ。
全部で……13体、だったかな。
今までも複数回、魔法を行使したことはあった。
だが5回は最多だ。
今、ようやく通れるようになった下り階段に視線を投げる。
このダンジョン、複数階層あったわけだ。
それを考えると、あまり深追いしない方がいいかもしれない。
だが、ラティアは――
「大丈夫です、ご主人様。後2発は行けます。頑張れば、3発」
ラティアは無理をしているでもなく、正直にそう打ち明ける。
それに――
「最悪の場合は、ご主人様のDDの機能――ダンジョンテレポーターで脱出可能かと」
「ああ、なるほど」
そうか、あれはそういう使い方もできるか。
ふむ。
他の要素――俺の疲れ具合、残り薬草・ポーション、今後どれだけ戦闘がありうるかの予測――を一瞬、考え。
そして――
「よし、分かった。最悪の場合は即、撤退で」
「はい!!」
「ありゃ……ちょっとした覚悟、いらなかったな」
「そうみたい、ですね」
何時でも撤退できるように、DD――ダンジョンディスプレイを出現させて。
俺たちは慎重に、30段程あった石造りの階段を下ったのだが。
目の前に現れたのは、ダンジョン攻略後にいつも訪れるあの台座の間だった。
「でもおかしいな、いつもなら機械音が鳴るはずなのに――ん?」
あの〈Congratulations!〉が聞こえないということは、まだ攻略ということではないと思う。
そう不思議に思っていると、あの台座が、いつもとは少しだけ違うことに気づく。
「……ラティア、これ、何かわかるか?」
台座の周りを囲うようにして、青い半透明の光が現れていた。
「ええっと……これは、【結界】ですね」
「【結界】?」
「はい。この台座を守っているんです。どこかにこれを保ち続けるための“魔法石”が……」
ラティアは周囲をグルっと一回りするように歩き出す。
「――あ、ありました!」
ラティアが指さす方を見る。
そこには、丸い水晶が、また別の小さな台座に据え付けられていた。
水晶は深い海の底を思わせる青色をしている。
あのエネルギー状の結界を思わせる色だ。
「これを壊せば、おそらく攻略完了かと」
「……壊せる、のか?」
大体こういうのって特別なアイテムが必要だったりするが――
「――はい、大丈夫ですよ?」
ラティアは普通に頷いた。
いや壊せるのかよ。
「じゃあ、頼めるか?」
「はい――」
そうして、またラティアは詠唱を始める。
――パリンッ
ラティアの腕に纏われた闇。
それが作り出した大きな悪魔の腕が、水晶を粉々に砕いた。
〈Congratulations!!――ダンジョンLv.10を攻略しました!!〉
「あ、本当だ。これで攻略か」
そして、腕が元に戻ったラティアと共に台座に寄る。
また、今回のGradeを算出する時間が、少し流れ。
これでまたDPに変換したら、終わりか。
――そう思った時。
〈Congratulations!!――“ダンジョンを 5つ 最速攻略”しました!! 報酬を進呈します〉




