108.それくらいなら、まあ……。
感想でご指摘いただいて、何か題名の数字部分、最近の物にダブりがあるそうで一つずれるっぽいです。
修正はまた時間があるときにやりますが、とりあえず今回のは107としておきますね。
→2/24 修正しました。
で、でも多分違うよね?
そんな、リヴィルのスカウト失敗したからって人が変わるほどショックなんて受けないだろうし。
うん、あの件とは無関係、よし!
「? あれっ、新海君、どうかした? 汗かいてるみたいだけど……」
目敏く気づくなっ、クソッ、赤星めっ!
そういう気配りはもっと別のところで発揮しろ!
「え? 何のことだ? 汗? はて……」
さっぱり分かりませんと白を切り通す。
いや、もしかしたら隠し通すことでもないかもしれないんだけど……。
でも、さ。
「……マスター、大丈夫? もしかして、ちょっと暑い? 室内」
赤星の指摘を受けて、リヴィルが心配そうに振り向いてきた。
それに合わせてラティア、ルオも……ああ、やっぱりダメだ。
リヴィルは今、全くあの日のこと、つまり堀田プロデューサーのことを覚えてない。
なのに今、実はあんなことがあったんだと話すことは、リヴィルが少しでもその原因になっているかもしれないと言及することに繋がる。
別にしつこいスカウトを断わっただけなのに、その原因をリヴィルに帰すみたいに蒸し返すのは違うだろう。
……うん、よし。
「ああ、いや、そうかもしれないな、うん。いや~食い過ぎたかもしれない、でも無自覚に汗かいてるんなら、代謝が良い証拠だ」
「…………そう? なら、良いけど」
どうやらリヴィルはこれでちょっと怪しみながらも納得はしてくれたようだ。
少し体の向きを変えようとしていたラティアやルオも、それで元に戻る。
「……何かあったら、言ってね? 新海君、周りに気を遣って自分のこと後回しにしそうだからさ」
ウグッ!?
一方、追及の眼差しは解いたものの、赤星は今度、心配気な表情になって言ってくる。
手強いな……。
だがむしろ好機と見た。
これで話を別の方向に持って行ける!!
「ああ、そうだな……むしろ俺は周りに気遣いまくってるぞ。他人の顔色を窺いまくる生活を続けて、遂には人と相対した時に疑う癖がついたまである」
さあ、どうだ!!
「…………フフッ」
スッと力を抜いてみせた赤星は、柔らかい笑みを浮かべた。
目を細め、俺を見つめてくる。
「……何だ?」
ちょっと気味の悪さみたいなものを感じる。
なるほど、志木が赤星を買う理由が改めて良く分かるな……。
シャーベットを一掬いして口に運ぶと、何でもないようにサラッと言った。
「新海君のそういう細かな心配りっていうか、優しさ?みたいなもの。ちゃんと分かってる人は分かってるから」
「…………」
それだけ言った後は何も無かったみたいに、またシャーベットの残りを美味しそうに食べていく。
……流石にエスパーみたく全部が全部見抜かれてるということはないはずだ。
だが、何だろうな……。
手強さというか一筋縄じゃ行かない感はする。
それでも、嫌な感じはしない。
うん、まあ、赤星がそれで揶揄ってきたり、バカにするような奴じゃないと分かってるからだろう。
俺も、赤星がそうして相手を尊重したり距離感を大切にできる奴だと知っている。
「…………」
「…………」
だから、ま。
今はとりあえずこれでいい。
「……伏兵です。極めて強力な伏兵です!」
「マジでそれ……ハヤちゃん、何なの! 無警戒だったのにラスボス感半端ないし!」
「です! 颯様、多くを語らずとも分かり合ってる空気が漏れ出てましたよ!」
「は? えっ、ちょ、ちょっと、梨愛も律氷ちゃんも何言ってるの!?」
当たり前だが、赤星にも分からないことはあるらしい。
物凄い慌てようだ。
……うん、この二人が何を言っているかは俺も良く分からんがな。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
デザートも食べ終え、それぞれが食後の休憩に入り始めた。
テレビは点けっぱなしにしているが、彼らから実のある話はこれ以上はなさそうだ。
俺は風にあたるために席を立ち、断りを入れて外に出た。
「ふぅぅ……」
風が肌に当たり、ぶるっと身震いする。
吐く息は白く、宙に浮かんで幻のように消えた。
手も直ぐに冷え、迷わずポケットに突っ込む。
流石に冬だな、としみじみ感じつつ。
店の入り口にあったスロープの手すりに腰かける。
「はぁぁ……実際ちょっと食い過ぎたな」
焼き肉というのも随分久しぶりだった。
最近親父たちと網を囲んで肉をつついたのは果たしていつだったか。
結局今年一杯、顔を会わせたのも数える程。
まあそれで寂しいとか思う年でもないわけだが。
それに今年は何といっても、新たな出会いがあまりにも多かった。
「いや、織部とは既に教室で出会ってたが……」
痴女との遭遇……。
あれは……どうカウントすればいいんだろうか。
まあでも、始まりはあそこからだった。
そこからラティアに出会い、逆井達との具体的な繋がりができて。
リヴィルの問題を解決して、ルオがその輪に加わり、そしてまた色々あって今に至る。
「本当に色々あったな……」
「――そうね、本当に色々あったわ」
声のした方へと振り返る。
扉を開けて出てきたのは志木だった。
外気に触れ、寒そうに身を震わせる。
俺の隣まで小走りに駆けて来た。
滑らないよう慎重になりながら、そっと横に腰を落ち着ける。
片方の手に持っていたブリーフケースは抱えたままに。
……丁度俺が風避けになってるな、まあいいけど。
「はぁぁ……ああ、寒い」
両手を口元に持っていき、温めるように吐いた息を当てる。
ブリーフケースは両肘と胸で挟み、落ちないよう気を付けていた。
……寒いなら戻れば、とは流石に言わない。
「……何だ、何か用か?」
「……こういう沈黙の余韻みたいなものを楽しむ気はないの?」
「生憎、そういうことを楽しむ機会すらなかったからな、分からん」
いや、別にそういう相手がいなかったとか、端的にボッチでしたとか言ってないよ?
ただ機会に恵まれなかったってだけ、うん、それ以上のことは言ってない。
「……まあ、そうね――はい、これ、渡しておくわ。遅ればせながらのクリスマスプレゼントよ」
そういって抱えていたブリーフケースをそれごと俺に手渡してくる。
……あんまり受け取りたくないな。
「クリスマスプレゼント、ねぇ……」
わざわざ志木がそう言って渡そうとしてくるのだ、言葉そのままを飲み込むわけにもいくまい。
受け取るまでこのまま固まっているぞと言わんばかりに、志木は腕を伸ばしたままでいる。
仕方なくそれを手に取り、中身を拝見。
そこには何枚もの紙が入っていて、芯を使わないホッチキスのようなもので一つに束ねられていた。
「“シーク・ラヴ研究生・留学生内定リスト”ねぇ……」
表紙にでかでかと書かれた一文を読み上げ、めくっていく。
そこには履歴書のように一人一人の経歴・長所短所などが簡単に書き連ねてあった。
顔写真もあり、見た所少なくともどの子も写真映りは悪くはなさそうだ。
「今後、私達のグループは更に肥大化することになる。貴方にも目を通しておいてほしくて」
「……何で俺に」
素直な疑問を口にすると、志木はジトっとした目を作って俺に釘を差してくる。
「……勿論貴方の手籠めにされる候補を献上してるわけではなくてよ?」
「それ、一々確認すべきこと?」
「ええ、勿論」
えー、不服だわー。
「そうではなくて――」
「――あっ」
めくっていた紙が、止まる。
見覚えのある写真を見つけて、反射的に手が止まったのだ。
志木が俺の手元を覗き込み、反応に納得するように頷いた。
「“シャルロット・ホワイト”――留学生として真っ先に決まった子ね」
これが本当にその少女の名前なのかはわからないが、少なくとも見覚えはある顔だった。
あのシーク・ラヴお披露目ライブの前。
そこで一度会っただけだが、それでも印象深く記憶に残っている。
「その子はまあ情報収集のために海外から送り込まれた典型例でしょう」
志木は何でもないような口調でそう言って、体をグッと乗り出す。
覗き込むようにして体を近づけてきた志木に少しドキっとしながらも平常心を装う。
そんな俺には気づかずに、志木は手元の紙を俺越しにどんどんと捲っていった。
「この子は父親が市議会議員でしょ、こっちの女性は母親が繊維系の大企業で取締役。この女の子なんて、お爺さんが確か物凄い資産家だったはず……」
「ええ……もう聞いてるだけでお腹いっぱいなんだけど」
ようやく顔を上げた志木は、それで含んだような笑みを作って見せる。
「フフッ、そうね。国外だけでなく、国内にも。いるのよ、沢山。気を付けるべき人はね」
そうは言いつつ特に気負った様子を見せない志木。
そのいたずらっぽい笑みを見て、まあ必要以上に深刻にとらえることはないと思った。
「……その、今後、彼女たちのような人の目は私が出来る限り集めます」
志木が突然改まった口調で話し出したので、ああこれがようやく本題なのだと理解する。
俺は口を挟まず、彼女の伝えたいことに耳を傾けることにした。
「その分、身動きは取り辛くなると思うの……でも颯さんが代わりに、皆を纏めてくれるわ」
「赤星なら……まあ適任だろうな」
「ええ……律氷はまだ周りと比べると幼いけれど、私の考えを一番理解している」
ダンジョンでの経験やアイドルとして活動を始めたこともあるのだろう。
少しおどおどすることもあるものの、最近の皇さんは大事な部分ではちゃんと肝が据わっている、そんな風に思える。
「皇さんに任せたいのは……志木の考えを理解したうえで、赤星のサポートを、か?」
「ええ……律氷なら立派に成し遂げてくれると確信してるわ。それと、ダンジョン攻略になったら、特に梨愛さんは皆の支えになってくれるはず」
やはり逆井に期待されていたのはムードメーカー的なこと。
そして戦闘面で特に、中心的、エース的な役割を担うことなのだろう。
「桜田は……まあのびのびやるかもな」
苦手とする志木があまり面倒を見れないとなると、その可能性は大だ。
「……知刃矢さんのためを思って、色々口うるさく言ってるんだけどね」
志木はそう言って苦笑する。
まあ何だかんだ言いつつ、桜田も志木には懐いてるというか、信頼してるからこそ甘えてる節もあるだろうし。
別々の行動が今より多くなると、意外に寂しがるかもしれないな。
「だから、ね? ちょっとだけでいいの。彼女たちがあまり危険に遭遇しないよう、少しだけ、少しだけ……気にかけてあげてくれないかしら?」
「…………」
なるほど。
それを言いたかったらしい。
それ自体は今までとやることが大して変わったわけではないから、別にいいんだけど……。
でも、プライドが高そうな志木がわざわざ俺に頼み込んでまで来るんだ。
余程彼女たちのことが大事なんだろう。
なら……。
「さっきも聞いてただろう? 俺はむしろ既に周りを気遣いまくってる。更にあいつらのことを気遣うなんてことになったら、もうそれはストーカーのレベルにまで発展するぞ?」
これなら特に貸し借りなんて気持ちも生まれず、それでいて志木の願いには応えられる形になる。
「…………フフッ」
志木のその可笑しそうに笑った表情は、何の含みも屈託もない純粋な笑みだった。
「そうね! でも、うん、ああ、やっぱり……そうなのね」
だがその後の呟きは、自分の中で何かを思い出すような、確認するような、そんな表情に包まれてなされていた。
「えーっと……何? 俺がストーカーってところ、そんなにおかしかったか?」
ちょっと間が持たず、思い切って尋ねる。
「いいえ、貴方がストーカーだってところは全然、可笑しくないわ」
「いや! そこは可笑しいって言って! じゃないと俺が“ストーカー”要素と親和的みたいに聞こえる!!」
ボケだから!
ボケただけだからツッコんで!!
だがしかし、ツッコミが入ることはなく。
可笑しそうに笑い声をあげる志木の声だけがただただ続いたのだった。
店内でのやり取りの一つ――
律氷「むむっ!? また強力な伏兵の気配が!?」
梨愛「今日で3人目じゃん! 新海なんなの、どんだけフラグ立ててんの!?」
後1話、またいつものように事後処理的な話をして、多分第3章は終わりです。
ただ、念のため、2話あるかもしれない、と申しておきます。
感想の返し等は、また昼頃になるかと思います。




