クイーン・ソル・アントの威容
手早くアイテム整理などを済ませている間にも、凄まじい速度でプレイヤーたちが群がってくる。
方向は主に外縁部からで、レベル30から40辺りのプレイヤーが多い印象だ。
反対に、フィールド中央部から走ってくるプレイヤーは少数に見える。
これは……。
「ハインド、何をしている! 行くぞ!」
「――っと、悪い。今行く」
ボヤッとしているとすぐにも満員になりそうだ。
焦りを見せつつ手招きするユーミルの従い、光の柱に触れた直後――。
視界の中央に『太陽の化身、クイーン・ソル・アント』と表示され、その下には『参加者5/50』から『参加者10/50』と数字が俺たちの人数分増えて行くのが見えた。
眩い光が晴れると、そこには光の柱に入る前と変わらぬ景色が。
しかし、周囲にあれだけいたプレイヤーが誰もいなくなっており、ここがレイドボス戦用の特殊空間であるということが分かる。
そして――。
「ぶっへぇ!?」
「ぎゃあああ!? 人が飛んできたでござる!」
トビの足元には、瀕死で吹っ飛んでくる召喚PTのプレイヤーの姿が。
おかしなことに、その男性プレイヤーのPTメンバーの姿が見えない。
「あっ、あっ、援軍!? 助かった! ――って、勇者ちゃん!? 本物!?」
「ふむ、即答するのもやぶさかではないが。私の偽物には、これまで生きてきた中で会ったことはないので……ここはそうだと答えよう!」
「何だよ、その意味のない逡巡。普通に肯定すりゃあいいだけだろうが」
「しかしだな、ハインド。自分が自分だと自信を持って言える人間が、果たして世の中にどれだけ――」
「やめろやめろ! 何か哲学入ってきちゃっているだろうが!? お前らしくもない!」
「フハハハハ! そのまま思考の袋小路に迷い込むがいい!」
「あ、これ本物だわ……」
「嫌な納得のされ方でござるなぁ。そしてユーミル殿、戦闘前にハインド殿を惑わせてどうするのでござるか……」
大体、普段から確固たる自分を持って生きているユーミルにそんなことを言われても。
こいつのことだから、偶然何かの本か番組辺りで聞きかじったことをそれらしく並べ立てているだけだろう。
そんなくだらない会話を瀕死のプレイヤーの前でしていると、セレーネさんとリィズが俺の袖を両側から引いた。
「な、何だ? 二人とも」
「ハインド君、さっきから不自然な砂の盛り上がりが……」
「それと、右の砂丘の影に三人、左に一人――」
「逃げろォォォ!!」
砂中からそいつが現れたのと、男性プレイヤーの叫びは同時だった。
間一髪、全員がその場から逃げ出したところでそいつの全貌が露になる。
「――でかっ!?」
「これじゃあ恐竜とか怪獣のサイズだろ……さすがレイドボス」
巨大な蟻が眼下の俺たちを睥睨する。
腹部が激しく発光しているものの、通常の『ソル・アント』と違い炎を常に噴き出したりはしていない。
それが却ってエネルギーを無駄にしていない証のようで、とても不気味だ。
後退しながらレイドボスの観察を終えた俺は、リィズが告げてきた位置にも視線を走らせる。
すると、数人のプレイヤーが砂に埋もれるようにして動かなくなっており……。
「あの、もしかしてあなたがたのPT……」
「俺以外全滅だよ! 頼む、何とかしてくれ!」
「レベル40代のPTがこの短時間で全滅でござるか!? ハインド殿、ここは――」
「ああ。外のソル・アントと同じく――いや、それ以上に高火力だと掲示板でも話が出ていたが、どうやら本当みたいだ! ここは他のプレイヤーが到着する前に、トビ!」
「承知! ヘイトを稼ぎまくるでござるよ!」
今回のレイド戦仕様では、パーティ以外の人員は強制的に野良の知らないプレイヤーということになる。
そのため、早期にトビがヘイトを累積させておけば戦いをコントロールしやすくなるはずだ。
「で、他のメンバーは――」
「散開だな、ハインド!? 各員、散開!」
作戦指示を素早く済ませた後は、全体攻撃を経過して距離を取る。
トビが『挑発』『分身の術』を、リィズが『ガードダウン』『レジストダウン』、アタッカー二人が数発の攻撃を入れたところで他のプレイヤーたちが次々と戦列に加わっていく。
俺は瀕死の男性プレイヤーに『ヒーリングプラス』を使用してやり、PTメンバーを自分で蘇生させるよう送り出す。
「すみませんが、今はこれで手一杯です!」
「ありがとう、本体! 十分だよ!」
聖水を手に、弓術士の男性プレイヤーが砂丘の影へと駆けて行く。
どうやらトビがターゲットを取ることに成功したらしく、無事に仲間の下へと辿り着けたようだ。
しかし、その直後――。
レイドボス『クイーン・ソル・アント』の腹部の赤熱化し、口と顎ががばっと豪快に開く。
飛び出した熱線が周囲を薙ぎ払い……。
「あああああ!!」
「――っ!?」
「うっわ……」
声を上げることのできたプレイヤーはまだマシなほうで、もう40人は超えていたであろう参加者の半数がその攻撃により――叫ぶ間もなく一瞬で溶けた。
酷い範囲攻撃だ……。
幸い渡り鳥のメンバーに被害はなかったが、あの攻撃力。
加えて視界内に表示されている参加プレイヤーのレベル帯。
それを見るに、嫌な予感が増していく。
そして数分後。
嫌な予感は的中し、周囲に俺たち以外の立っているプレイヤーの姿はなくなっていた。
「……!! 皆の衆、毒液でござる! 回避を!」
「っ! ――くっ、ハインド! もう聖水がほとんどないぞ!? どうしたらいい!」
「高レベルプレイヤーと、いい動きをしていたプレイヤーを優先で! あ、それと遠距離アタッカーを優先――っていうか、お前は蘇生しなくていい! 攻撃に集中しろ! 俺がやる!」
他のPTプレイヤーを回復したり蘇生したり、またバフをかけてやるとスコアがもらえるのだが……。
今はそれどころではない。全滅を避けるのに必死だ。
「は、ハインド君、落ち着いて! ユーミルさんにMPポーションを投げるよ!」
「これは苦しいですね……グラビトンウェーブ、行けます」
「頼む、二人とも! トビ、重力波に合わせて一度下がってくれ!」
「はぁ、はぁ……承知!」
トビが女王アリの噛みつき攻撃を躱したところで、リィズの『グラビトンウェーブ』が発動。
デバフの『スロウ』と合わせることにより動きが緩慢になり、トビが呼吸を整えつつ自分にアイテムを使用していく。
「きっつぅ! ハインド殿、分身回復まで残り30カウントでござる!」
「ああ! 空蝉が潰されたら回避に専念してくれ! セレーネさん、グラビトンウェーブ終了後にブラストアローを!」
「了解!」
「ユーミル!」
「分かっている!」
リィズの魔導書から輝きが失われ、手元に落ちてきたところでセレーネさんが一瞬の間もなく矢を放つ。
突風を伴った強弓が女王を僅かに怯ませ、『マジックアップ』のバフの光に包まれながらユーミルが突進する。
「弾けろぉぉぉぉっ!」
位置が下がっていた腹部に剣を突き上げ――爆発。
女王の周囲を駆けるユーミルに支援者の杖から二つの光が飛び、再度突進――爆発。
それでも女王蟻の体躯は揺るがない、倒れない。
「むう、やはり硬い! ――ぬお、危なっ!?」
「足の攻撃に気を付けろ! モーション小さいぞ! ――だああ、また砂に潜りやがった!」
結局、最終的に俺たちが『クイーン・ソル・アント』の討伐に成功したのは、戦闘開始から実に50分後のことだった。




