マール共和国へ向けて・遭遇編
「セレーネさん!」
「っ!」
結論から言うと、俺達は『ハーピー』に全く苦戦しなかった。
『アタックアップ』の補助を受けたセレーネさんの『ブラストアロー』が直撃し、ハーピーのHPを散らす。
レベル28だもの……加えてハーピーは素早さと攻撃に片寄ったステータスらしく、ユーミルが偶然カウンターで当てた一撃でHPを大きく減らしていた。
高威力の矢に貫かれたハーピーが、地に着かずして光の粒子となって霧散する。
「お疲れさん。低レベル相手だと三人でも結構余裕だなぁ」
俺が声を掛けると、武器をしまいながら二人もこちらに近付いてくる。
「セッちゃんの矢の命中率は凄いな?」
「そんなことないよ。ユーミルさんがしっかり敵を引き付けてくれているからだよ」
「そうか? そうだな! ワハハハハ!」
「お前って幸せなやつだよな……」
世辞の混じった誉め言葉でこうまで舞い上がるんだから。
羨ましいような、そうでもないような。
やや離れた位置から聞こえてくる攻防の音に目をやると、ヒナ鳥PTの戦いも大詰めだった。
トビもリィズも必要以上に手を出さない方針のようで、リィズがデバフを掛け終わった後は最低限のフォローのみに留めている。
リィズの闇魔法で足を止めれば直ぐにでも決着がつくだろうが、それではプレイしていて楽しくないだろう。
「リコ、いいよ!」
「分かった、下がるね!」
「足止めは任せろー」
彼女達の必勝パターンである光属性魔法『ヘブンズレイ』からの『アローレイン』がハーピーに突き刺さる。
やっぱりこの三人の連携、綺麗だ。
ハーピーが多数の矢を浴びてハリネズミのようになり、消滅。
武器を一斉にしまうと、サイネリアちゃんが最初にこちらに駆け寄ってきた。
「ハインド先輩。お二人にサポートして頂いたおかげで、こちらも無事に終わりました」
「OK。休憩は――いらなそうだね? よし、じゃあこのまま進もう」
メンバーの顔色を窺うと、戦闘を挟んだことで気持ちが切り替わったのかまだまだ余裕そうだった。
移動の退屈さも状況が変化したことで多少は緩和されたようだ。
……今夜のプレイ可能時間は残り2~3時間といったところか。
このままサクサク進んで、なるべく海に近付いておかなければ。
「ハインド、ハインド」
「何だ?」
戦闘場所から離しておいた馬の方へ行こうとすると、ユーミルが服の裾を引っ張ってくる。
それからちょいちょいと指で横の方を示すので、そちらを見ると……俺達が戦闘に入る前から戦っていたPTの姿が未だそこにあった。
彼等が戦っているハーピーのHPバーはまだ半分以上残っているのに、既にPTは虫の息だった。
「まだ戦ってんのか、あの人達……」
「どうもレベル25付近の中級者PTのようだぞ」
「タスケテー!」
「……助けを求めているが」
「横入りできるなら助けなくもないけどな……残念ながら無理だ。既に彼らは五人PTだし。文句はこういう仕様にした、開発か運営に言って欲しい」
「ヒトデナシー!」
「……人でなしと言っているが」
「しっ。目を合わせずに速やかに去ろう。俺達にしてやれることは何もない」
「ホンタイ、ムノウ!」
「うっせえてめえバーカバーカ! 勝手に全滅――あっ……」
「……どんまい、ハインド」
あの重戦士、明らかに掲示板の住人じゃねえか。
こっちが誰なのか気付いてやがったし……はぁ。
何にせよ今ので気の毒に思う気持ちが薄らいだので、グラドタークに乗り込み早々にその場を後にした。
その後も山を下り、川を越え、橋を渡り順調に道程を消化していった。
難易度的には始めてサーラの王都ワーハに進んだ時よりも楽なくらいで、無事にマール共和国へと到着。
現在はマール国内の町を二つ通過し、次の町がいよいよ目的の港町ということになる。
マール共和国はいくつかの島と島とを大きな橋で繋いだ連合国家で、元は島毎に小さな国家が存在していた……という設定らしい。
今も、俺達は島を繋いでいる大きな木製の橋を馬で走行中だ。
橋桁の繋ぎ目の処理が丁寧なので、馬が蹄を引っ掛ける心配はない。
「ふー、走った走った。もう少しでござるな! 砂漠とはまた違った爽やかな暑さでござる」
「この潮風の匂い……相変わらずの再現度ですね。海もエメラルドグリーンで綺麗です」
「でも視界に入る限りエメラルドグリーンってことは、相当沖に出ないとマグロは釣れないんじゃないのか?」
俺の言葉に、リィズが一瞬だけ考えるような仕草を見せてから答える。
「そうですね。エメラルドグリーンということは海水に不純物……プランクトンが少なく、水深が浅いということですから。やはり、ある程度は沖に出なければならないでしょう」
「遠浅の海なんだね。浜で遊ぶのには最適だけど、やっぱり船は必要かな」
「浜で!? 遊ぶ!? その手があったか! ……で、ござる!」
「ど、どうしたの? トビ君」
「あ、いや……ハインド殿! ハインド殿! こちらへ!」
トビが手招きをしてくるので、隊列を崩してそちらに馬を寄せていく。
そのまま二人と二頭で最後尾に流れてから、トビが小声でボソボソと話しかけてくる。
「ハインド殿! 水着でござるよ!」
「はぁ? 水着?」
何を言っているんだ、こいつは?
「水着を作って、イベント開始前に浜で遊ぶのでござるよ! きっと楽しいでござるよぉ!」
「……うん。遊びたいってのは建前なのが見え見えだな。何を企んでいる?」
「拙者は女性陣の水着姿が見たい! 偶然とはいえこれだけハイレベルな面子、そうそうお目に掛かれないでござるし! この絶好の機会を逃すなんて勿体ない!」
「アホか」
「Youはそれでも男かい!?」
「そういう問題じゃねえ。俺に全員の水着のサイズを訊いて回れと言うのか? 嫌だよ。可能不可能以前に、絶対に冷視線を浴びるもん」
「アレンジじゃなくても、設計図にあるかもしれないじゃんか!」
あるかなあ、水着の設計図なんて……。
あるなら調整機能が働くから、確かにサイズを訊く必要は無くなるんだが。
「いや、待つでござるよ? もしかしたら港町のNPC商店に売っている可能性も……」
「無駄に粘るな、おい。その熱意はどっから湧いて来てるんだ? お前、ちょっと前に魔王ちゃんで満たされたばっかだろうが」
「これは別腹でござる!」
「最低だ!?」
「じゃあ勝負でござる! もし設計図に水着が在ったら6人分、きっちり作ってもらうでござるよ! ついでにハインド殿が上手いことみんなが水着を着るように促すでござるよ! 水着が売ってた場合も同様に!」
「ほう。で、無かったらどうするんだ? 一方的な条件じゃ賭けは成立しないぞ」
「え? えー……わっちの喫茶店で、一番高いコーヒーを奢る!」
「よし、乗った!」
「あっ! 待って、今のナシ!」
「待たない!」
「あー!?」
本当にブラックアイボリーを注文しろとは言わないが、もし俺が勝ったら少しだけ高い珈琲を奢ってもらおう。
となると、目的の町に着いたら裁縫セットの設計図を確認してみるか。
そして遂に目的地『港町ノトス』を前にした『クレシェンテ海岸』のフィールドボス戦。
相手のモンスターは『フォルティスパグールス』レベル35。
ヤドカリのモンスターである。
「喰らえぇぇぇ!」
ユーミルの『バーストエッジ』がヤドカリの貝殻に突き刺さる。
刀身から流し込まれる魔力と共に殻に無数のヒビが走り、次の瞬間――殻と共に中身も爆散。
久しぶりの大技の感触に、ユーミルが会心の笑みを湛えながら剣を納める。
「よーし、終わり! あっちはどうだ? ハインド」
「もうちょいで……あ、終わったな。珍しくリコリスちゃんが止めを刺したみたいだ」
「――珍しくって、ハインド先輩ひどいですよぉ! 私だってやる時はやります!」
「あ、ごめん聞こえてた? でも、防御型なのに止めを刺したのは純粋に凄いと思うよ」
「エッヘン!」
「リコ、今のは偶然クリティカルが出ただけでしょ? マグレじゃん」
「何で言っちゃうの!? シーちゃぁん!」
そのやり取りに俺達が和んでいると、突如周囲に異変が起きた。
大量の矢と投げナイフが木立の中から一斉に飛んでくる。
偶然そちらを向いていた俺とトビ、セレーネさんが近くに居たメンバーを引き倒しながら砂浜に伏せる。
危ねえ!
「ぶへっ!? な、何だ!?」
「気を付けろ! 何か居る!」
攻撃が飛来した方向を凝視していると、木陰からは続々と人が現れ……そう、モンスターではなく人だ。
そしてそのネームは一様に、ゲーム内の犯罪歴があることを示すオレンジ色だった。
「……」
「……」
覆面のプレイヤー達が無言で、明らかな害意を放ちながらにじり寄って来る。
そして総勢数十人からなるPK軍団が、一斉に武器を抜いて躍りかかってきた。




