初日の攻防 その3
トビがトイレに、ユーミルが入浴に向かい、闘技場内の酒場にひとりになった。
観戦に向かおうかとも思ったが、今はちょうど一斉中断の時間だ。
観る試合がない。
仕方なく、自分も一旦ログアウトするべく席を立とうとしたところ……。
「リィズ」
目の前にリィズが再ログインしてきた。
右を見て、左を見て、最後にフレンドリストを見て……。
自分たち以外に誰もいないことを確認すると、普段よりも近い距離まで詰めてくる。
このまま話をする気配を察したので、俺は浮かしかけていた腰を下ろすことに。
カウンター席に隣りあって座る。
「今、ログアウトするところだったから……部屋かリビングで話してもよかったんだぞ?」
「そうですか? 水分関係のアラートがない限り、特に心配ないと思いますが」
いまいち話が噛み合わない、というか話が食い違っている。
水分関係……現実側で喉が渇いたとか、トイレに行きたいとか、そういう理由でオフラインでと言ったわけではなかったのだが。
そしてリィズの妙に上気した頬が気になる。
……俺は妹のことを全面的に信用している。
信用しているが、時には疑念を抱くことだってある。
だからこう問いかけた。
「……リアルのほうでなにかした?」
と、そのように。
わざわざ俺のログアウトを妨げるようなことを言う必要性がわからない。
他者の目という意味でも、ユーミル――未祐が入浴中であることを考えれば、どちらの状況もあまり変わりない。
秘密の会話をしたいというわけでもなさそう。
リィズの答えを待つ。
「いえ。確かに兄さんの部屋にお邪魔しましたが、エアコンの温度調節と過失――加湿を行っただけです。本当ですよ?」
「そうなのか? ありがとう」
言われてみれば、ログイン時間……三時間は経過しているのか。
ゲームを始める前は快適な環境にしてから潜っているつもりだが、部屋が温まりすぎたり、湿度が下がったりということは起こるだろう。
AI管理されていても、参照するのは一般的に快適とされる数値。
特に室温なんかは、その日の体調・外気温によって感じ方が変わるものだ。
……なにかされただなんて、自意識過剰かつ失礼な考えだった。
少しでも疑いを持ったことを反省しないと。
「――あっ」
「ん?」
頼れる家族の素晴らしい気遣いに感心していると……。
なにかを思い出したような、あるいは失敗に気がついたような声を出す。
リィズにしては珍しい。
これがユーミルというか未祐なら珍しくないのだが。
あっ! とか、ああっ! とか、しまった! とか、忘れてたぁぁぁ! とか。
主に登校時の玄関前で発していることが多い。
家の玄関前ならセーフで、学校の玄関前だとアウトである。
――で、対照的にそんな声を中々出すことのないリィズだが。
「万が一、万が一ですよ?」
「う、うん」
「兄さんの衣服が乱れていたとしても、それは毛布をかける際にできたものですから。お腹が寒そうでしたからね」
「お、おう……?」
言っている内容だけを聞くと、特に失敗している部分はないように思える。
じゃあ、なんで焦ったような声を出したんだ……?
「特に胸元というか襟元は、もしかしたら毛布を引っかけてしまったかもしれません。途中で邪魔――もとい、未祐さんがログアウトしてきたものですから。大きな足音を立てて浴室に突撃していきましたよ」
未祐のやつ、風呂に行く! とか言っていたが。
当然のように向かったのが我が家の風呂なんだな……まあ、今更だから別にいいけど。
「わかっている、大丈夫だよ。VRギアのアラートも無反応だったし、そんなに念を押さなくても」
「そうですか。……それはそれで、複雑な気持ちではありますが」
VRギアのアラートは、ゲームプレイ中に誰かが接近すると警告を発してくれる。
ただし家族やリストに登録した人は除外できるため、理世がよほど無法なこと――プレイヤーの身体に異常を来すようなことをしない限り、警告は鳴らない。
軽度の呼吸増加、脈拍上昇、発汗などでも一応弱い警告は出るので、かなり精度は高いものと思われる。
さすが医療技術分野の転用品。
そんなわけで、リィズへの疑いは完全に晴れている。
……晴れているよな? なにか引っかかるような気がするが、気のせいだと思いたい。
「ところで、リィズ」
「はい?」
リィズがリコリスちゃんのように、こてっと首を傾げたあとに……。
動きを止めて表情を消しつつも、照れたように赤くなる。
うんうん、近くで見ている人の癖が移ることってあるよな。
容姿的には似合っている仕草なのだから、そんな自己嫌悪に陥ったような顔をしなくてもいいのに。
……かわいいなぁ、ウチの妹は!
「お、オホン! で、なにか話したいことがあったんじゃないのか?」
にやけそうになる顔を咳払いで誤魔化しつつ、話の続きを。
まだ本日の最終試合までは時間がある。
わざわざインしてきたところを見るに、早めに伝えたい、あるいは話したいことがあるのだろう。
「そうでした。私たちの次の対戦相手が決まったのですが……確認しましたか?」
「いや?」
ユーミル、トビと喋っていたから見ていない。
さっとメニュー画面を開き、リィズの声を聞きながらチェックする。
「今のところ、大手ギルドが関わっていて負けているグループはありません」
「それはそうだろうな」
一試合に最大五戦闘もやるんだ。
実力差を覆すような戦いを三度も起こせとなると、非常に難しい。
他のトーナメントよりも、くっきりと実力差が出る。
自分たちの対戦相手よりも先に大手ギルド、それから親交のあるギルドを順に眺めていく。
「ソール、ルーナ、アルテミス、和ギルド――順当だな」
「はい」
どこも苦戦した様子なしに、軽々とトーナメントを登っている。
稀に3-1とかが見える程度か。
俺たちみたいにランク外の敵に二敗しているグループはなかった。
グループを二つ以上に割っているギルドすら、である。
「羨ましい戦績たちよ……」
早いとこグループの連携とコンディションを安定させないと……。
でもなぁ、明日からまた人員が追加されるからなぁ……。
戦闘中の連携に関しては更に難しくなる。
中々に頭の痛い問題だ。
――って、なんだこりゃ!?
「セゲム全試合ストレート勝ち!?」
「そうなんですよ……」
自分で思っていた以上に大きな声が出てしまった。
俺たちとの格差がひどい。
少数精鋭なスタイルは一緒なのに……。
これがプロゲーマーとその辺にいるゲーマーの差だ! と言われればぐうの音も出ないが。
「在来ギルドのどこよりも成績が高いです。ソールのグループ1……一軍ですら一戦落としていますから」
「憎たらしい」
「そうですね。トビさんでなくてもそう思います」
掲示板でもどう書かれているのやら。
気になるので、時間が空いたら見に行ってみることにしようか。
あと、セゲムが関連動画をアップしていないかどうかも確認だな。
少しでも情報がほしい。
「それで、話は戻るのですが」
「うん、待っていてくれてありがとうな。今更だけど、俺たちのトーナメント位置、かなり後ろのほうだよな」
上からひとつずつページ送りで見ていくと、結構最後尾に近い位置にある。
もちろん自グループの位置までワンボタンで遷移する機能もあるのだが、そこはリィズの気遣い。
俺の現状把握が足りていないとみて、わざわざ付き合ってくれたわけだ。優しいね。
「見えた見えた……って、なんだこのグループ名」
例によって、グループ戦でも団体への名付けは可能だ。
ちなみに俺たちは『大鳥同盟』という名で登録されている。
命名者はユーミル。
読み方は「だい・とりどうめい」である。
「おおとりどうめい」ではない! だそうだ。謎のこだわり。
で、トーナメント上で大鳥同盟の横に来たグループ名。
次の俺たちの対戦相手だが……。
「サーラの愉快な仲間たち……?」
そうイベントページには記載されていた。
なんとなく、リーダーと構成人員に心当たりがある気がする……。




