畑に立てる大きな旗
「ふおぉぉぉ! レイド! レイドでござるよぉぉぉ!」
レイドと聞いて仲間内で最も喜んだのは、トビだった。
なぜかといえば……。
「レイドといえば魔王ちゃん! 魔王ちゃん! 魔王ちゃんの噛み噛み演説! 楽しみすぎるでござるぅぅぅぅぅ! あああああ! 同志とこの喜びを共有せねばぁぁぁ!」
レイドイベントの案内人は、これまで全て魔王が務めているからだ。
叫びながらくねりながら、盛んに魔王ちゃん親衛隊メンバーへとメールを送るトビ。
ピロン、ピロン、ピロン。音が鳴る。
……確かに、俺も親衛隊の相談役にされたけど。
一斉送信で怪文書を送ってくるのはやめろ。
メール着信音が騒がしい。
「うるせえなぁ、ウチの忍者は。忍ぶ気皆無か?」
「口に釘でも詰め込んでおくか!」
「縫い付けたほうが早いと思います」
「す、すごく遠慮のないやり取りだよね……いつもながら……」
おお、セレーネさんがドン引きしていらっしゃる。
ちょっと口が悪かったかな?
……現在の時刻は夜の七時前、場所はギルドホームの談話室だ。
スケジュールが合ったので、今夜は全員集合してイベント演出待ちである。
「レイドといえば、長距離移動ですよねぇ……はぁ」
盛り上がるトビに反比例するように、元気をなくしているのはシエスタちゃんだ。
乗り物に乗っていると文句を言わないシエスタちゃんだが、徒歩が絡むと途端に渋い顔をする。
そして、TBの移動は全て馬で! というわけにもいかないのが実情だ。
深い森、湿地、水場、崖のある場所などはグラドタークでも無理である。
「む? 長距離? 今はワープがあるではないか!」
「そうなんですけど、対象地域が未踏破フィールドだと面倒だなって」
「近くまでワープできるから、前よりはずっと楽だよ! シーちゃん!」
「まあ、そうなんだけどね……」
ユーミルとリコリスちゃん、元気コンビの言葉を受けても愚痴が止まらない。
結局のところ、少しの距離でも移動したくないというのが本音のようだ。
「時間毎に、それぞれの地域に出現ー……みたいなパターンになりませんかね?」
「向こうから近づいてこいってこと?」
面白い発想ではあるが……どうなるにせよ、いつも通りならそろそろだな。
お空に投影魔法が表示される時刻だ。
だらけるシエスタちゃんの左右にユーミルとリコリスちゃんが移動し、椅子から立たせる。
立たせるというか、そのまま両側から支えて持ち上げられる。
「おー、二人で運んでくれるんですか? 楽で――」
ユーミルとリコリスちゃんには身長差がある。
そんな状態で左右から肩を支えて持ち上げると、どうなるか?
答えは簡単。
「――ちょ、バランス悪い! バランス悪いですってー! 片足浮いてる! へ、変なところに力が……肩、痛ぁ! 脱臼するー! リコ! ユーミル先輩! ……先輩! 助けて! せんぱぁぁぁい!」
かつてないほど切迫した声を上げるシエスタちゃん。
うん、脱臼は間違いなく大袈裟だ。
助けを求める声がするが、ここは放っておこう。頑張れ。
そんなわけで、俺たちは空がよく見える畑へとやってきたのだった。
レイド演出を見るには、やはり静かなプライベートエリアに限る。
「はー、極楽極楽ぅー」
のどかな畑の景色に合わせるような、ゆるい声は背中から。
シエスタちゃんはバランスの悪い宙吊りから解放された直後、驚異的な速度で俺の後ろを取った。
まさか強引に振り落とすわけにもいかず、あっという間にこの状態である。
「結局、おんぶしているではないか……」
「振り落としていいですからね? ハインドさん」
「そうだ! 落とせ落とせ!」
ユーミルとリィズが呆れている。
しかし、もう慣れたというか……。
俺の側は背中に柔らかい感触があっても無心だし、支える手もお尻に近すぎず遠すぎずの位置に自然と行く。
シエスタちゃんのおぶさりスキルも上がっており、互いに負担が少なく楽に――おぶさりスキルってなんだよ?
「先輩はそんなことしませんよー、甘々ですから。そこが好き」
「なんでもいいけど、満足したら降りてよね……」
「満足するまでいいんですね? 太っ腹ぁー」
「……」
自分から降りる気はなさそうだった。
最悪、サイネリアちゃんに手伝ってもらおう……シエスタちゃんのことは彼女に任せるのが一番だ。
ちらりと視線を向けると、うなずいて近づいてきてくれる。
「さっきの話ですけど、レイドモンスターが大陸全域に出現するパターンってないのでしょうか?」
疲れたらいつでも言ってください、と目で答えつつ話題を振ってくれた。
シエスタちゃんはそんなサイネリアちゃんを追い払おうと、無言で足をバタバタさせる。
やめなさい。
「そうだねぇ。各地の海から襲来……はグラドが内陸だから、なしか。クラーケンは場所指定だったし」
「船の要素は前に対人戦で出ましたし、また海のレイドはありそうですが」
「あー。あの海戦、結構楽しかったよな」
リィズも横に来て、シエスタちゃんに圧をかける。
サイネリアちゃんと同じように、追い払おうとするシエスタちゃんだったが……。
体力が尽きたのか、やがて動きを止めてしっかりと体重を預けてくる。
な、なんか背中があったかーく……え? 眠るのか? 眠れるのか? この状況で!? すげえ図太いな!
「そろそろプリンちゃんの出番、またほしいよね……」
「ですね。あれっきりは勿体ないです」
重たくなったシエスタちゃんを背負い直しつつ、セレーネさんに同意する。
俺たちが預かっている船、プリンケプス・サーラを主に補修したのはセレーネさんだ。
今でも海洋探索には偶に使うが、やはり馬などに比べると出番が少ない。
「ワープが解禁されたことだし、異次元からの魔物! ……というのはどうだ!?」
「お、その設定なら全域指定にできるな」
ユーミルの意見は突拍子がないようでいて、RPGではありがちなシチュエーションだ。
転移魔法、魔界・天界の存在、そして冥界と、TBには条件を満たす要素も充分に揃っている。
ない話ではないだろう。
「あとは……」
俺は、この後に投影魔法が放たれるであろう上方を見た。
インしている他のプレイヤーも、今ごろは各地で同じようにしていることだろう。
「空ですね!」
リコリスちゃんが言葉を引き取り、元気に言う。
ベタだが、飛べる竜や怪鳥などは行動範囲が空のすべてだ。
そういう魔物なら、向こうのほうから来てくれるということもあるだろう。
「ちょっと待ってほしいでござるよ、ハインド殿。仮に空から飛来する敵だと……拙者、なぁんか嫌な予感がするのでござるが?」
と、歩きながらメールを送りまくっていたトビが物申す。
お前、よくその状態で俺たちの会話が聞こえていたな。
「……天界からの依頼ってか?」
トビは俺の言葉に物凄い勢いでうなずいた後で、今度は拒絶するように首を激しく左右に振りまくった。
噂をすれば影が差す、なんて言葉もあるにはあるが。
「ははは。まさか、こんな俺たちの適当な雑談通りになるわけないだろ」
次のレイドモンスターに関する情報は、今のところ一切ない。
そろそろ魔界産モンスターばかりじゃ飽きるかな? なんて、運営が考える可能性はなきにしもあらずだが。
まさかなぁ。
「そ、そうでござるか?」
「そうだよ。よっぽどのことがない限り、今回も魔王ちゃんが依頼主だって。例によって、ドジって封印が解けちゃうあれだろ」
言ってはみるが、不思議とそうならない予感が拭えない。
トビと話せば話すほど、今回は魔界案件ではないのでは? という疑念が溢れてくる。
本当に不思議だ。
そんな予感を振り払うように、トビは引きつった笑みを無理に浮かべた。
「そ、そうでござるな! 間違いない! レイドといえば魔王ちゃん! 魔王ちゃんなのでござるよ! 絶対! ……あと数十秒もすれば、いつもの舌っ足らずなロリボイスが――」
自己暗示するような言葉の途中で、空から光が降り注ぐ。
これは投影魔法の光……なのだが、いつもの禍々しい紫の光ではなかった。
むしろ、神聖な気を感じる白と淡い黄色の混じった光だ。
トビはその光を見た瞬間、もう叫びだしそうな顔で空を仰ぎ――
『――わたくしの声が聞こえますか? 愛しき地上の民、並びに異界のお客人』
――女神様の澄んだ美しい声、そして投影される大人びた姿を確認した直後。
僅かな硬直を挟んだ後で、叫んだ。
「のぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉう!? ああああああああああああっ! おああああああああああああっ! んあああああああっ!」
さすがにその場のみんなで、同情するような視線を向ける。
正直やかましかったが、誰もトビの慟哭を止められず。
「……あえ?」
その叫びは、滅多なことでは起きないシエスタちゃんが目を覚ますまで続いたのだった。




