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誰も救えない僕が、それでも魔王と生きる話  作者: 霜月ルイ
序章

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04.泣かない子

ミレイユのあの一言から、僕の人生の歯車が回り始めた。

僕がエルディオ・アルヴェインとして生きなければならない人生が始まったのだ。

名前、家名、役割を負わされ、僕はこの世界で死ぬことができないのだとようやく自覚した。

そんな日常が、音もたてずに始まった。

だけど、僕はこの日常で息が詰まってしまう。

誰も悪くない。

ミレイユも、アインも、メイリスも。

そう、誰も悪くないのだ。

またあの過去のような生活に戻ってしまうのだと思うと苦しくて仕方なかった。

僕は我儘なのだろうか。

こんな環境を与えられ、愛してくれる両親のもとに産まれ、僕を慕う従者たちがいる。

きっと贅沢な生活を送っているんだと思う。

だけど、そこに僕はいない。

過ぎていく日々の中で、僕だけが取り残されている。

心は、まだ過去にあるから。



僕の身体は成長し、背も伸びた。

赤ん坊の時に着せられていた服が、物語や歴史に語られる貴族のような服装に変わった。

華やかな装飾の施された服で、ごてごてとしている。

僕からしてみれば、着づらいだけの機能性なんてものは何もない服だ。


食事の席も変わった。

今まではミレイユとアインに挟まれて摂っていた食事も、今では時間は別々。

アインの席で、後ろにメイリスが控えている中、食べる食事は味がしない。

今日のメニューは…と説明されても何一つ僕の頭には入ってこなかった。


ミレイユやアインとの食事を摂れるのは一日一度、夕食のみだ。

彼らはそれなりに忙しい地位についているということは理解していた。


食事中でも書類を離さないミレイユ。

メイリスとスケジュール管理を行うアイン。

僕が自分から両親に話しかけることはなくなった。

代わりに、彼らからも僕に話しかけてくることは少なくなった。


それでもメイリスだけは違った。

侍女として僕に尽くしてくれている。

教育、食事作法、マナー、この世界の常識なんかをいつも教えてくれる。


「坊ちゃまは将来、立派になられるお方ですから。」


メイリスはいつもそういう。

アルヴェイン家は『辺境伯』の地位を持つ家だ。

僕はそのあたりの知識が乏しいのだが、

上から数えて三番目の伯爵と、二番目の侯爵の間くらい、伯爵よりも階級は上、とわかりやすくメイリスが教えてくれた。


つまるところ、僕は所謂大貴族という家の長男として生まれてしまったということになる。

そう言った事情もあり、僕が成長するにつれて教えられることが増えていった。

そして、立場というものを理解した時から侍女たち…メイリス以外の侍女たちの態度が変わった。


僕が廊下を歩いていると、立ち止まり礼をする。

坊ちゃまから、エルディオ様へと呼び方が変わる。

今まで通りでいいよ、と僕が言うと「アルヴェイン家の者として、それはなりません。」

と侍女たちから一歩引かれる。


あぁ、本当にここは貴族の家なんだなと嫌でも自覚してしまう。



両親…父上と母上からは僕は大いに期待されていた。

産まれた時から泣いたことがない僕を心配していたようだが、動けるようになり、知識を吸収し、言葉を話せるまでが普通の子どもとかなり差があった。

それもあり、両親は僕のことを神童だと喜んだ。

勉強をすればするだけ知識を身に着け、今ではアインから政治の話までされるようになった。


そして、この世界には魔法がある。

ミレイユは今でこそ辺境伯夫人だが、以前は筆頭宮廷魔術師として名を馳せていた傑物だったそうだ。

そのミレイユが言うに、僕の魔力量とやらは今の技術では測れないとのことで、とても嬉しそうだった。

私の持つ魔法のすべてを教えます、と意気込み毎日のように魔法の訓練をしている。


魔法の訓練は、今までの苦しいことを全て忘れさせてくれた。

だからこそ、僕はそれに没頭してしまった。


初級魔法、中級魔法、上級魔法、そして古代魔法。

更にそれより古い神代魔法。

ミレイユは古代魔法までは教えてくれたが、神代魔法はおとぎ話の産物。

魔法理論として今は再現不可能と言われている。


だが、僕はできてしまった。

期待されることを期待されるがままにやってしまった。


両親は魔法の天才だと喜んだ。


また過去と同じことを繰り返している。

期待に応えてしまうから、逃げられなくなる。


また僕が、僕じゃなくなっていく。

期待に応えてしまった瞬間、逃げ道は消えていた。


そんな感覚に押しつぶされそうになりながら、ミレイユに笑顔を向けるのだった。



「アイン、あなたは…エルのことどう思う?」

「あいつは天才さ!君の持つ古代魔法だけでなく神代魔法まで使えるんだろう?」

「……ええ。そうね。あなたの言う通りよ」


ミレイユは微笑んだ。

その笑顔に、迷いが混じっていることを、

アインは気づかなかった。


「泣かない子だ。昔から」

「……ええ。()()()なのよ」


強い、という言葉を使いながら、

ミレイユの胸はざわついていた。


エルディオは産まれた時から泣かなかった。

夜中に目を覚ますことはある。

でも、声を上げることはない。

私が部屋に入ると、ただ静かにこちらを見るだけだ。


泣かない。

欲しがらない。

訴えない。


それが良いことだと、頭では分かっている。


「手がかからなくていいじゃないか」


アインは笑った。

誇らしげに、少しだけ胸を張って。


「我慢強いんだよ。アルヴェインの血だ」


ミレイユは、それ以上何も言わなかった。


泣かない子。

強い子。

手のかからない子。


そう言われるたびに、

胸の奥で何かが、静かに沈んでいくのを感じながら。



ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


この話では、

「優しさ」や「期待」が、

必ずしも救いにならないことを描いています。


泣かない子。

手のかからない子。

強い子。


それらはすべて、

誰かが“そうあってほしい”と願った姿です。


エルディオはまだ、

何も選んでいません。


それでも歯車は回り続け、

彼の人生は少しずつ形を与えられていきます。


次話から、

彼が初めて「役割ではない誰か」と出会います。


よければ、もう少しだけ

彼の歩みに付き合ってもらえたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
救いのない話ではあるのですが、何故か読み進めさせられますね。 物理的に読みやすいのもありますが、先が想像出来ないのが、先を気にさせるのかも知れません。 ブックマークさせていただきました。
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