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誰も救えない僕が、それでも魔王と生きる話  作者: 霜月ルイ
リィナ編

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27.冬を手放す-2

 朝、屋敷の窓を開けたとき、空気が白かった。


 霧ではない。煙でもない。

 ただ冷たさだけが、目に見える形で漂っている。

 指先を外へ出すと、皮膚の表面がすぐに痛んだ。

 冬は、もう「来た」ではなく、居座っている。


 マントを羽織る。

 留め具を留める動作が、どこか儀式めいていた。

 寒いからではない。

 寒さが、身体の都合ではなく、時間の都合だと分かってしまったからだ。


 扉を閉める金具の音が乾く。

 いつもと同じ音なのに、今日は「戻れない側」の響きを持っていた。


 村へ向かう道は、何も変わらない。

 石畳はいつものまま、木の幹も、家の並びも、畑の輪郭も。

 ただ、色だけが落ちていた。

 土が黒い。草が薄い。空が高い。

 風が抜けていくのではなく、骨の間に入り込んでくる。


 歩いているあいだ、考えないようにしていた。

 考えたところで、結論は出ない。

 結論のないものを、頭の中で擦り続けるのは、痛みを増やすだけだ。


 だから、足を動かす。

 今日も行く。

 その事実だけを、身体に任せる。


 ♢


 店の裏口をノックする。


 返事が遅い。

 一拍、二拍。

 その間に、胸の奥が勝手に数を数えそうになる。

 数えない。

 数えた瞬間、世界が「終わりの計算」を始めてしまう。


「……どうぞ」


 声はある。

 それだけで、呼吸が戻る。


 扉を開けると、薬の匂いが濃かった。

 煮詰めた根の苦味、乾かした葉の青さ、鉄に似た微かな匂い。

 冬は匂いを閉じ込める。

 部屋の中のものが、外へ逃げていかない。


 寝台が見える。

 窓の位置も、椅子も、机も、前と同じ。

 違うのは、寝台の上の「沈み方」だった。


 リィナが、起きていない。


 眠っているというより、起きていない。

 目を開ける理由がまだ戻ってこない顔。

 まつ毛の影が頬に落ち、頬骨が静かに浮いている。

 呼吸は浅く、規則があるのかないのか分からない間隔で続く。


 胸が上下するのを確かめ、ようやく息を吐く。

 生きている。

 今日も、まだ。


 音を殺して近づく。

 足音を殺す必要など、本当はない。

 この家の人間は、寝台の前では皆、足音を殺す。

 そうすることで、現実の重さを少しでも軽くできる気がするから。


「……リィナ」


 小さく呼ぶ。

 返事はない。

 前なら、瞼が動くか、指が動くか、息が返るか、何かはあった。

 今日は、何もない。


 待つ。


 待つことに慣れた自分がいる。

 怖いのは、待つことそのものより、待つことが上手くなっていることだった。

 待てる。

 焦らずに待てる。

 つまり、こういう時間を「日常」にしてしまっている。


 しばらくして、眉がわずかに動く。

 瞼が薄く開き、光が入る。

 その目がこちらを捉えるまで、もう一拍かかる。


「……エル……?」


 声は空気の擦れる音みたいに軽い。

 軽いのに、胸にだけは重い。


「うん」


 それだけ答える。

 言葉を増やすと、彼女が追いつけなくなる。

 追いつけないことを突きつけるのは、今の彼女には残酷すぎる。


「……寒い?」


 問いかけは短く。

 返事に必要な息が少なくて済むように。


「……ちょっと」


 それで会話は終わる。

 終わってしまう。

 続けられない。


 沈黙が、部屋に落ちる。


 音が消えるわけじゃない。

 外の風の音、薪の爆ぜる気配、遠くの店の気配。

 けれど言葉だけが、ここには育たない。


 エルは沈黙を破らない。

 破ってはいけない気がした。

 ここで言葉を増やせば、会話の形をした「確認」になる。

 確認とは、現実に釘を打つ行為だ。


 今のリィナに、現実は少し重すぎる。


 だから、隣にいる。

 ただ、そこにいる。


 夏の畑では、触れないことで守ってきた距離があった。

 今は違う。

 触れなければ、支えられない。

 触れなければ、起き上がれない。

 触れなければ、彼女の時間に同席できない。


 その変化を、季節のせいにしていいのか。

 彼女のせいにしていいのか。

 それとも、自分のせいなのか。


 区別がつかない。

 区別をつける余裕がない。

 区別をつけた瞬間、何かを選んだことになってしまう気がした。


 ♢


 身体を起こすのを手伝う。

 背中に腕を回すと、以前より力が要らない。


 軽い。


 その感覚に意味を持たせない。

 意味を持たせた瞬間、軽さが「減った命」の重さになる。


 椅子に座らせ、毛布を整える。

 手順はもう身体に染み込んでいる。

 角度。

 枕の位置。

 首の支え。

 冷えやすい足元に布を足す。


 薬を用意する。

 量を測り、器を温め、口元に運ぶ。


 リィナはすぐには口を開かない。


 待つ。

 待って、待って、ようやく小さく唇が開く。

 ほんの少し飲む。

 喉が動くのを確認して、器を下げる。


「……ありがとう」


 声が途中で切れる。


「うん」


 それでいい。

 会話を成立させようとしない。

 成立しないことを、すでに受け入れている。


 窓の外を見る。

 光が弱い。

 陽はあるのに、温度がない。

 冬の光は、慰めるために差すのではなく、ただそこにあるだけだ。


「……雪、降るかな」


 ぽつり。

 未来の話だ。

 今までなら避けていた。


 でも、その声には期待がない。

 計画もない。

 願いもない。


 ただの観測だ。

 空を見て、天気を言うのと同じ。


「……たぶん」


 曖昧な返事をする。

 確かな言葉を置けない。

 確かな言葉は、次の日を約束してしまうから。


 彼女はそれ以上、何も言わなかった。

 言えなかったのかもしれないし、言う必要がなかったのかもしれない。


 どちらでもいい。

 どちらでもいいと、思うことにした。


 ♢


 部屋の外が騒がしくなる。


 足音。

 布の擦れる音。

 控えめなノック。


「エル様」


 メイリスの声。

 いつも通りの敬称。

 いつも通りの音程。

 それが、今日だけは怖かった。

 いつも通りに言えるほど、彼女もまた慣れてしまっている。


「医師のヘルマンが到着しております。……ご相談が」


 “相談”という言葉に、温度がない。

 提案でも、報告でもなく、相談。

 つまり、これからは“選択の話”になる。


 僕は、頷いた。

 言葉を返さない。

 返した瞬間、何かが始まってしまう気がした。


「リィナ、少しだけ……」


 声をかける。

 彼女は目を閉じたまま、小さく指先を動かす。

 了承の印。

 それが本当に了承かどうか分からなくても、エルはそれをそう受け取る。


 手を離す。

 離すという行為が、いつもより重い。

 椅子の脚が床を擦る音がやけに響いた。


 ♢


 店の奥の、もう一つの部屋。

 そこは生活の匂いが薄い。

 家族の場所ではなく、現実を話す場所だ。


 ヘルマンが立っていた。

 医師の服装。

 背筋が正しい。

 目が穏やかで、しかし、その穏やかさが“慰め”ではないことを知っている。


 リィナの両親もいる。

 母は手を組み、父は口を結んだまま。

 泣きそうではない。

 泣かないと決めている顔だ。

 泣いたら、ここから先の話ができなくなることを分かっている顔だ。


 そして、ミレイユがいる。

 屋敷の人間なのに、ここでは一歩だけ距離のある位置に立っている。

 他人の家の終わりに、入り込みすぎないための距離。

 それでも、逃げないための距離。


「エルディオ様」


 ヘルマンが一礼する。

 その礼が丁寧であるほど、言葉が残酷になることを、エルは知っている。


「……先に申し上げます。これは“寿命”の話ではありません」


 寿命、という言葉を避けた。

 その時点で、内容がもっと狭く、もっと鋭いことが分かる。


「数日から……長く見積もっても数週間です」


 数字は、刃だ。

 季節よりも具体的で、願いよりも冷たい。


 僕は頷かない。

 否定もしない。

 受け取った瞬間、内部で何かが崩れそうだった。


「朝を迎えられない日が、突然来ても不思議ではありません。

 これは予測ではなく、進行の結果です」


 ヘルマンの声は淡々としている。

 感情を混ぜれば、医師として嘘になるから。


 母親が目を閉じる。

 父親の顎が僅かに動く。

 歯を食いしばったのかもしれない。


 ミレイユは、視線を落としたまま、指先を握り直している。

 泣かない。

 泣けない。

 泣けば、エルが“壊れる顔”を見る。


 この部屋にいる全員が、それを避けている。

 壊れるべき場所を、ここにしている。


 ヘルマンは一拍置いて続けた。


「……そして、ここから先は“できること”が減ります

 呼吸を整えること

 痛みを和らげること

 眠りを深くすること

 ……それ以上は、彼女の身体が許しません」


 許しません、という言い方が残酷だった。

 誰かの意思ではない。

 身体が、世界が、季節が、許さない。


「彼女は、もう不可逆の段階に入っています」


 不可逆。

 戻れない。

 戻れないという言葉を、医師の口から正式に聞かされる。


 僕は、口を開いた。


「……それは、分かっています」


 声は揺れなかった。

 揺らす余裕がもうない。


 ヘルマンは頷き、次の言葉に移る。

 ここからが、今日の本題だ。


「分かっていらっしゃるなら――次に確認すべきことがあります」


 確認。

 その響きが、選択肢を机の上に並べるときの音だった。


 ヘルマンは、視線をミレイユへ移した。

 ミレイユは一歩前に出る。

 彼女の役割は、医師では言えない部分を言葉にすることだ。


「エル」


 呼び方が“エルディオ”ではない。

 それだけで、話が家の論理ではなく、“あなた個人”へ向けられていると分かる。


「禁術のこと」


 ミレイユは、その単語を躊躇なく口にした。

 言葉にした瞬間、部屋の空気が少しだけ硬くなる。

 それは、タブーではない。

 ただ、扉の奥に置かれていたものが、こちらへ引きずり出された音だ。


「あなたが何を調べて、何を理解しているか……私は全部は知らない

 でも、ヘルマンから報告は受けている

 あなたの改良で、術は()()()()段階にある」


 成立する。

 つまり、使える。

 つまり、使わないことは技術の問題ではなくなる。


 僕は、何も言わない。

 否定すれば嘘になる。

 肯定すれば、道が開いてしまう。


 ヘルマンが言葉を引き継いだ。


「私も、神代の魔法についてはミレイユ様からの命を受け調べておりました。

 術式の成功率については、あなたの計算は正しいでしょう。

 少なくとも“失敗して死ぬ”ようなものではない」


 それを言われた瞬間、救われたはずなのに、もっと追い込まれた。

 失敗が怖いから使えない、という逃げが消える。


「条件も、満たしています」


 ヘルマンは続ける。


「魂が強く“居場所”を望むこと」

「戻りたい場所がはっきりしていること」

「その場所に定着するだけの意思があること」


 リィナは、条件を満たしている。

 畑ではなく、村でもなく、季節でもなく。

 “エルの隣”という居場所を。


 それを言葉にされる前に、僕は理解していた。

 だからこそ、息が詰まる。


 ミレイユが静かに補足する。


「つまり、使えば――彼女は“生きる”」


 生きる。

 その単語が、やけに薄い。

 冬の光みたいに薄い。

 暖かさの保証がない。


 ヘルマンが言葉を切るように言った。


「ただし、代償があります」


 代償。

 命を払う。寿命を削る。術者が死ぬ。

 そんな分かりやすい話ではない。


「代償は……“世界との同期”です」


 同期。

 時間と、出来事と、人の心と。

 それらが同じ速さで進む、当たり前の権利。


「術によって固定されるのは、肉体ではありません

 ()()()()()()()()()()です

 その居場所に合わせて、世界の方が歪む」


 ヘルマンの言葉は、説明の形をしているのに、ほとんど告白だった。

 医師が本来扱わない領域の告白。


「結果として――

 対象は、戻れません

 同じ世界に、戻れません」


 母親が小さく息を吸う。

 父親の拳が握られる。

 彼らは、もう聞いたことがあるのだ。

 だから、今さら驚かない。


 僕だけが、改めて“言葉”として刺される。


 ミレイユが、まっすぐ言った。


「終わりが成立しなくなるの

 別れが終わらない

 失うべきタイミングが、失われない」


 救う魔法ではない。

 死を止める魔法でもない。

 喪失を壊す魔法だ。


 ヘルマンはさらに続ける。


「本人が壊れるとは限りません

 むしろ、穏やかなことが多い

 壊れるのは周囲です

 周囲が、先に耐えられなくなる」


 それは、僕が文献で読んだ“成功例”の言葉と一致していた。

 存在が噛み合わなくなる。

 時間の流れが歪む。

 本人は穏やかだが、周囲が壊れる。


 ミレイユが、吐息みたいに言う。


「だから……誰も“使え”だなんて…言わないわ」


 その瞬間、部屋に短い沈黙が落ちる。

 命令がない。

 許可がない。

 禁止もない。


 ヘルマンが言った。


「医師としては、勧めません

 しかし、止める権限もありません

 それは医療ではなく、あなたの……選択だからです」


 選択。

 その言葉が机の上に置かれる。


 ミレイユは続ける。


「でも、誰も“使うな”とも言わない

 言えないの……だって、使わなければ――」


 言葉がそこで止まる。

 止まった言葉の続きを、皆が知っている。

 知っているから、言わない。

 言えば、それは宣告になる。


 僕は、静かに息を吐いた。

 吐いた息が、室内でも白くなりそうな気がした。

 白くならない。

 それでも、冷たい。


 ここまで、神代の禁術は「可能性」だった。

 やろうと思えばできる、という妄想に近い可能性。

 そこに逃げ込むことで、現実から目を逸らせる可能性。


 今は違う。

 禁術は机の上に置かれた。

 紙の上の文字じゃない。

 思考の奥の手段でもない。


 現実の選択肢として、置かれた。


 誰も「取れ」と言わない。

 誰も「触るな」とも言わない。


 ただ、置いてある。


 それが、いちばん残酷だった。


 ♢


 僕は、問わなかった。

 成功率も。

 術式の細部も。

 必要な準備も。


 聞けば、道ができる。

 道ができた瞬間、足が勝手にそっちへ向いてしまう自分を、僕は知っている。


 代償が分かっているから。

 周囲が壊れることも分かっているから。

 そして、それでも手を伸ばしたくなる自分がいるから。


 だから、聞かない。

 聞かないことで、まだ“決めていない”形を保つ。


 ミレイユが、少しだけ声を落とした。


「エル……これは、あなたを追い詰めるための話じゃない。

 あなたが“知らないふり”をして壊れるのが、一番まずい。

 ……だから、見える形にした」


 見える形にした。

 つまり、逃げ道を消した。


 ヘルマンも頷いた。


「あなたが彼女の前で壊れるなら――彼女はそれを最後にします

 そういう方です

 あなたの沈黙を、あなたの呼吸を、全部読んでしまう」


 読んでしまう。

 リィナは、そうだ。

 僕が未来を語らなかった理由を分かっている。

 優しさが嘘になる瞬間も、きっと分かっている。


 だからこそ、僕は“壊れた顔”を見せてはいけない。

 壊れた顔を見せた瞬間、彼女は自分の終わりを確定させる。

 それは、彼女なりの優しさになる。


 ミレイユが言った。


「だから、あなたは今――選ばないといけない

 使うか、使わないかじゃない

 “()()()()()()()()()”ことは、もうできない」


 僕は、答えなかった。

 答えられなかった。


 答えとは、今この場で出すものではない。

 この場で出した答えは、次の行動を固定してしまう。


 そして固定された行動は、リィナの時間を“手段”に変える。

 手段にした瞬間、今まで守ってきた「最後の普通」が崩れる。


 僕は立ち上がり、深く頭を下げた。

 礼は正確だった。

 儀式のように正確だった。


「……話は、理解しました」


 その言葉は、逃げではない。

 受け入れでもない。

 ただ事実だった。


 ミレイユは何も言わない。

 ヘルマンも何も言わない。

 両親も言わない。


 誰も押さない。

 誰も引かない。


 ただ、机の上に置かれた選択肢だけが、僕の背中に重さを増して貼り付いてくる。


 ♢


 部屋へ戻ると、リィナは眠っていた。

 起きていない。

 呼吸だけが、かろうじて世界と繋がっている。


 僕は椅子に座り、しばらく彼女を見た。


「……来たよ」


 返事はない。

 当然だ。

 眠っている。

 起きていない。


 それでも言う。

 言わなければ、今日が今日でなくなる。

 言わなければ、彼女の時間に同席できなくなる。


 指先に触れる。

 冷たい。

 でも、拒まれてはいない。

 拒む力がないのだとしても、それをそうだとは言わない。

 言った瞬間、手が“確認”になる。


 僕は、まだ確認しない。


 外では風が鳴っている。

 店の気配が遠くにある。

 世界は冬の準備を続ける。


 この部屋だけが、冬の始まりを待ち続けている。

 待っていれば終わる。

 そのフェーズの中で、禁術という選択肢が“机の上”に置かれた。


 僕は、自分の胸の奥にあるものを、名前にしない。

 恐怖とも、希望とも、絶望とも言わない。

 言えば、形になる。

 形になったものは、行動を呼ぶ。


 まだ、決めない。

 決めないまま、今日を続ける。


 リィナの髪にそっと触れ、乱れを直す。

 恋人の触れ方ではない。

 介助の触れ方だ。

 整える触れ方だ。


 それが今の“普通”だ。


 エルは、彼女の耳元で小さく言った。


「……寒くなったね」


 返事はない。

 それでも、言葉はそこに残る。

 残ることが、今日の証になる。


 窓の外で、枝が揺れる。

 葉はない。

 遮るものがないから、冷えがそのまま入ってくる。


 冬は、もう始まっている。

 そして今、冬はもう一つの形で始まった。


 選択肢が、見える形で現れた。

 それでも、誰も命令しない。

 誰も止めない。


 僕は、椅子の上で背筋を伸ばした。

 崩れる姿勢を、あえて正した。

 ここで崩れたら、彼女の前で崩れる。


 それだけは、しない。


 今日も、ここにいる。

 明日も、ここに来る。


 ただし——

 それはもう、習慣ではない。


 続けることが、確かに“選択”になってしまっている。


 僕はそれを評価しない。

 正しいとも、間違っているとも言わない。


 ただ、事実として置く。


 冬の空気が、部屋の隅に溜まっていく。

 逃げていかない冷えが、床に沈み、壁に貼り付き、寝台の足元に留まる。


 終わりはまだ来ていない。

 でも、終わりは待っている。


 待っているだけで、辿り着けてしまう場所だ。


 それが、いちばん残酷で――それでも、僕は今日も来てしまう。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

冬編が始まり、物語ははっきりと「猶予のない時間」に足を踏み入れました。


この話では、何かが起きることよりも、起きないことを丁寧に積み重ねています。

返事がない沈黙、続かない会話、意味を持たせられない優しさ。

それらはすべて、「選ばなければならない状況」に追い込まれていく過程そのものです。


第27話では、禁術という可能性が“希望”としてではなく、

机の上に置かれた選択肢として現れました。

誰も勧めず、誰も止めない。

それは自由ではなく、最も重たい形の責任です。


エルはまだ決めていません。

けれど、続けること自体が選択になってしまった今、

何も選ばないという逃げ道は、もう存在しません。


この冬は、何かを奪う季節ではありません。

ただ、手放す準備をさせる季節です。


ここまで付き合ってくださったことに、心から感謝します。

もし感じたことがあれば、感想や評価、レビューとして残していただけたら嬉しいです。

それらは作者にとって、何よりの支えになります。


もう少しだけ、この冬にお付き合いください。

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