12.中央都市に絡む因縁
翌日、私たちはヒュノーの村を出ることにした。怪我も治り、食料の準備もしてある。さらに村の人達の好意で、セントルまで送ってもらえることになった。といっても、騎乗用の動物に直接乗って向かう、という方法らしいが。
ともかく、乗せてもらえるということで連れてこられた獣舎で、私は目を見開いた。そこには馬どころか、四つ足ですらない動物が佇んでいたのだ。一言で言えば、大形の鳥。ダチョウに似て、大きな胴体と鱗に覆われた力強い足を持っている。なんというか、穴掘りやレースでも始めそうな風貌だ。体の色は緑だけれど。
「この子達に乗って行くんですか?」
私はクロヴィスさんに尋ねた。彼はその鳥に鞍をかけながら頷く。
「ああ、このケッター達に乗って行きます。二人ずつ乗れるが……乗ったことのある人は?」
問われて、私は首を横に振る。今日初めて見たんだもの、乗り方なんてわからない。アッグやカイトも困惑している。ただ、ミシュエルだけは小さく手を挙げた。
「訓練程度ですが、不足はないかと」
「なるほど、ではお願いします。……親父! 一騎頼む!」
ミシュエルの返事を聞いて、クロヴィスさんは声を張り上げる。呼ばれて現れたのは、彼と同じ赤髪の男性だった。見た目は若いが、がっしりとした体格は歴戦の猛者を思わせる。クロヴィスさんの父親は気さくに返事をすると、騎乗の準備に取りかかった。
私はクロヴィスさんの助けを借りて大形の鳥、ケッターに跨がった。乗ってみると羽毛はふわふわと柔らかく、体温が高いのか温かい。私が座ると、クロヴィスさんが私の前に乗った。落ちないようにと言われ、私は彼の背中を掴む。皆がそれぞれ騎乗したのを確認すると、くちばしに付いた紐を引っ張った。
「俺が先頭で案内します。付いてきてください!」
「キアァァッ!」
綱を引かれたケッターが甲高い鳴き声を上げた。ぐっと後ろに飛ばされる感覚に、私は慌ててクロヴィスさんを掴む。軽快に土を踏みしめる音と、頬を撫で去る風が心地いい。ちらと横を見れば景色が後ろに流れていき、腹に来る振動と合わせて疾走感がある。実際、ケッターは早かった。なんだか馬で戦場へ掛ける戦士みたいだ、なんて似合わない感想まで浮かんでしまう。もちろん馬じゃないから、余計ファンタジーで楽しい。
そうして時々休憩を挟みながらおよそ半日。前方の森に壁が見えた。アレスキアやウォラレスで見たような頑丈そうなそれではなく、木ほど太い蔓状の植物がみっちりと壁を形成している。クロヴィスさんはぐいと綱を引いて、速度を緩めた。ケッターを歩かせて門と思しき柱の前まで来ると、クロヴィスさんは降りて柱を軽く叩いた。門の傍の窓が開き、中から門番の人がこちらを見つめる。
「通行証を」
「こちらです」
門番に言われ、クロヴィスさんはやや厚みのある小さな板を取りだした。確認が済むと一部の蔓がずるりと動き、街並みが露わになる。エリアムで見たのと同じ、森と都市とが融合した空間。王都の厳かな雰囲気とは違い、より派手で活気があるように見えた。
門をくぐってから送ってくれたクロヴィスさんと別れ、私たちは探索を始める。出発は朝早かったが、木漏れ日はわずかに赤みを帯びている。先に宿を探してしまおう。そう思っていたのだけれど。
「星護様だ! 星護様がいらっしゃった!」
オーラが見えるというエルフ族にとって私は注目の的であり、あっという間に人が集まってきてしまった。ある人はお菓子をくれたり、ある人は握手を求めてきたり。好意的なのは嬉しいけれど、身動きが取れない。
「ごめん、先に宿とっておいて」
「わかりました」
しばらくこのままだろうと考え、私はミシュエルにそう頼んだ。彼は少しばかり心配そうな顔をしたが、アッグやカイトがこの場に残るのを見て安心したらしい。すぐに人混みの向こうへ見えなくなってしまう。私は彼を見送ってから、集まってきた人々に視線を戻した。
と、にわかにどよめきが起こった。それは伝承の英雄に会えたという歓喜の声ではなく、驚きと動揺の混じった困惑の響き。一人が後ろを向き、釣られて他の人々もそちらを向く。何があるのだろうかと思っていると、さっと人垣が分かれた。その道の先に、一人の男性が立っている。群青色の燕尾服に身を包んだ、青髪のエルフ。装飾のきらびやかさからみて、身分の高い人であることがうかがえる。彼は悠然とした足どりでこちらへ来ると、私の前に跪いた。
「ようこそおいでくださいました、星護様。私はセントル領主、オリヴィエ・レバル・ロンドアーツと申します」
オリヴィエと名乗った男性は見た目にふさわしい優雅な仕草で頭を下げた。驚いている私の手を取り、手の甲に口づけをされる。貴族ゆえなのか手が早いのか、その行動に既視感を覚えて苦笑する。
「何してやがんだ」
横からカイトが割り込み、オリヴィエさんの手を振り払った。払われたオリヴィエさんはわずかに目を見開いたが、すぐに立ち上がってカイトを睨み付ける。
「ふん、魔倉風情が偉そうに。人にも魔にもなりきれぬ、まがい物が」
オリヴィエさんはひどく凍りついた声で吐き捨てる。先ほどの挨拶と同じ口が放った声とはとても思えなかった。
「ぁあ? 誰がまがい物だって?」
「カイト、落ち着いて」
カイトは背中の傘を握りしめた。彼の殺気に気付いた私は慌てて彼を引き留める。カイトは飛びかからなかったが、じっと相手を睨んでいた。困っていると、アッグもなだめるのに協力してくれる。
「カイト、今は我慢ッス。こんな街中で暴れられないッスよ」
「はっ、力任せに暴れることしかできぬくせに、よく言う」
アッグの言葉を、オリヴィエさんが嘲笑った。さすがのアッグも目つきを変え、オレンジ色の眼光で相手を見据える。
「それ、俺に言ったんスか?」
「他に誰がいる? 魔法もろくに扱えぬ、野蛮なリザードよ」
冷たい嘲笑に、アッグが拳を握りしめたのがわかった。二人が怒りたくなる気持ちもわかる。実際私も、灸を据えてやりたいと思う。でも挑発に乗って暴れては、それこそ相手の思うつぼだ。どうしたらこの場を収められるだろうか。おそらくオリヴィエさんはアッグやカイトの嫌味を言い続けるだろう。となれば二人を引きずってでもこの場を離れるしかないが、私には彼らを引きとどめるので精一杯だった。
「カイト、アッグ、何をしているんですか!」
聞き慣れた声に、私は振り向いた。宿を取りに行っていたミシュエルが戻ってきたのだ。タイミングのいい助け船に、私の心は明るくなった。が、安心したのもつかの間、ミシュエルの表情が固まる。見れば、オリヴィエさんの雰囲気も変わっていた。
「ミシュエル、貴様、何故ここにいる?」
「……お久しぶりです、兄上」
久しぶりの再会にしては、両者の声は強張っていた。何となく既視感があるとは思ったが、兄弟だったなんて予想外だ。確かに髪の毛や瞳の色は似ているし、そういえばミシュエルのラストネームも“ロンドアーツ”だったけれど。オリヴィエさんは青い瞳をすっと細め、低く唸るような声で言う。
「もう一度聞く。何故ここにいる? それも汚らわしい他種族を伴ったままで……」
「国王陛下に星護様の護衛を仰せつかりまして」
兄の問いに、ミシュエルは淡々と、しかしどこか自慢げに答える。案の定、それを聞いたオリヴィエさんは眉をつり上げた。
「陛下に? 貴様が? 十年前ならともかく、なぜ今になって……!」
オリヴィエさんは唇を噛み、納得できないとばかりに肩を震わせる。そして何を思ったか、私の前に進み出た。
「星護様、何故こいつなんです? 私ならば、百でも千でも兵を付けて護衛できます!」
オリヴィエさんは熱心に私を説得しようとした。彼の言葉に三人の目つきが険しくなったのを感じる。私は小さくため息をつき、しゃんと背筋を伸ばした。
「ありがたい申し出ですが、その必要はありません。何があったのかは知りませんが、私は彼らを信頼しています。何より――」
そこで一旦言葉を切り、背の高い相手を見据える。
「私の仲間を侮辱した者と手を組むなんて、まっぴらです」
はっきりとした声でそう言い放つ。オリヴィエさんはさすがに言葉に詰まり、一歩後退った。それでも何か言いたげに唇を噛んでいたが、やがてキッとミシュエルを睨んだ。
「どうやったのかは知らんが、ずいぶんと星護様を手懐けたものだな」
そう言い捨てると、オリヴィエさんは踵を返して立ち去った。向こうから去ってくれたことに安堵し、私は息を吐き出す。
「ねえミシュエル、宿は取ったんだよね?」
「もちろんです」
私はちらと彼を見上げて尋ねた。ミシュエルは私の問いに小さく頷く。
「じゃ、早く行こう。もう疲れちゃったよ」
「……そうですね」
珍しく低い声でミシュエルが答えた。それが少し気になったが、何も言わずに彼に付いていった。




